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甘やかされた猫
「朔空、こんなところで寝るな」
顔を上げると不満そうな表情を浮かべた零の顔がある。体調不良だが横になるほどでもないとベッド脇の床に座り込んでいたが、そのまま眠ってしまった。
「ん……おかえりなさい」
「……ああ。軽食を用意させた。少しでいいから食べておけ」
正直なところ重い腹痛と眠気で食欲がない。このまま眠っていたほうが楽だなと思っていると、一向に動く様子の無い朔空を見兼ねたのか零から抱えられてソファーへと運ばれた。
ほこほこと湯気を立てる中華スープは消化によさそうな野菜が入っていて、じわりと沁み渡るような身体に良さそうな味がする。
食べ終わると蜂蜜と生姜の入ったホットミルクを、ちびちびと飲む。お腹の底がほっこりと温かくなり、痛みが和らいだような気がした。
「気に入ったか?」
こくりと頷くと頭を撫でられたので、猫の気分なのかと思って「ニャア」と鳴いてみる。
「人間でいいが、猫のほうが甘えやすいならそっちでもいいぞ」
軽く自分の膝を叩く零を見て、以前のように零の膝の上に座ってみた。ふっと笑う気配がありそのままの状態で頭を撫でられながら、もう片方の手はお腹を温めるように添えられる。
本当に猫になったようだと思う。
美味しいご飯をもらっていっぱい撫でられて、まるで愛されているかのように大事にされる。
生まれ変わったら猫になりたいな。
身体が温まったせいか瞼が重くなり、朔空は抗うことなく目を閉じた。
目が覚めるとベッドにいて、零も隣で寝ていた。普段は零の腕の中にいるのに生理中だからか仰向けに並んで眠っている状態だ。いつもの癖で右手を動かしかけ、零と手を繋いでいることに気づく。
そういえば、零の寝顔見るの初めてかも。
起きる前に朔空が身じろぎするせいか、いつも零のほうが先に起きている。
印象的な琥珀色の瞳が閉じられているせいで、かえって整った顔立ちが際立っているようだ。長い睫毛やまっすぐ通った鼻筋、きめ細やかな肌は精巧な人形のようだが、小さく開いた口がどこか無防備で幼く見えた。
暗い金色の髪は薄暗い室内に溶け込むことなく、浮かび上がっているようで手を伸ばしたくなる。さらさらの手触りを思い出したが、右手は動かせないし起こしてしまうだろう。
「眠れないのか?」
先ほどまで熟睡していたようなのに、零の両目は観察するように朔空を見つめていた。
「ううん、少し目が覚めただけ。起こしちゃった?」
そう答えると零は無言で首を振り、朔空の頬を撫でて額に口づけを落とした。外国のドラマで親が子供を寝かしつける時にしているのを見たことがある。
これも甘やかしの一環なのだろうか。
今日は何だかとても零が優しい。
「零……今日は迷惑を掛けてごめんなさい」
これから話すことは少しだけ勇気が必要だった。朔空の言葉で良くない方向に転がる可能性もあったからだ。
無言で続きを促す零にもう後戻りはできないのだと慎重に言葉を選ぶ。
「ピアスさんは零の命令を守ろうとしただけだよ」
きっと今日の朔空の世話係はピアスさんだったのだと思う。だけどあの後、猪俣さんに代わってからピアスさんの姿を見かけることはなかった。
対応を間違えたせいで外されただけなら別にいい。だけどもしそのせいで理不尽な目に遭っているのなら申し訳なく思うのだ。朔空が生理用品を準備していればピアスさんを勘違いさせることもなかったのだから。
「朔空はあいつのことピアスさんって呼んでるんだな」
「あ……本人には言ってないよ。名前分からなかったから、つい……」
勝手にあだ名をつけて呼ぶのは失礼だったかもしれない。
「朔空、ベッドの上で他の男の話をするのはマナー違反だ」
少し不満そうな口調であるものの、零がそこまで怒っている様子はない。だけどマナー違反というのであれば、きっと何かしらの償いが必要だろう。
「ベッドだと汚れちゃうから、浴室でする?」
「……お前は俺が体調が悪いのに性行為を強いるほどの人でなしだと思っているのか」
人でなし云々はさておいて、朔空が零に支払える対価など身体以外にない。少し考えて朔空は別の提案を口にする。
「じゃあ手と口で奉仕――」
言い終わる前に零から顔面を鷲掴みにされて、強制的に黙らされた。先ほどよりも強く責めるような瞳を向けてくる。
「もういいからさっさと寝ろ。下らない勘違いをしたあの馬鹿にはペナルティを与えたが、大したものじゃない。……ったく、一週間後覚えておけよ」
乱暴に肩まで毛布を引き上げてから、零は反対側の方向に顔を背ける。それでも指を絡めるように繋がれた手はそのままだ。
零に気づかれないようにゆっくりと息を吐く。
やっぱりどこかに監視カメラや盗聴器を設置しているみたい……。
零は帰宅してから何も尋ねなかったのに、朔空の一日の行動を把握していた。もちろん他の人からの報告を受けているからと言うのもあるだろう。
だけど今日のようないつもと違うことがあった時――特に朔空が他の人と関わったような場合は朔空にも話を聞いて確認するのだ。
ピアスさんのこともあれだけの言葉で理解するのは、事前にピアスさんと朔空のやり取りを知っていたからとしか思えない。
どうにかして早く終わらせる方法を考えないと。
急に音信不通になれば拓斗兄さんも唯美さんも心配するし、朔空を探そうとして零と関わってしまう可能性が高くなってしまう。
だからその前にいなくなる必要があるのだ。
優しい人たちを傷つけないで済むのなら、もう幸せも温もりもいらない。
顔を上げると不満そうな表情を浮かべた零の顔がある。体調不良だが横になるほどでもないとベッド脇の床に座り込んでいたが、そのまま眠ってしまった。
「ん……おかえりなさい」
「……ああ。軽食を用意させた。少しでいいから食べておけ」
正直なところ重い腹痛と眠気で食欲がない。このまま眠っていたほうが楽だなと思っていると、一向に動く様子の無い朔空を見兼ねたのか零から抱えられてソファーへと運ばれた。
ほこほこと湯気を立てる中華スープは消化によさそうな野菜が入っていて、じわりと沁み渡るような身体に良さそうな味がする。
食べ終わると蜂蜜と生姜の入ったホットミルクを、ちびちびと飲む。お腹の底がほっこりと温かくなり、痛みが和らいだような気がした。
「気に入ったか?」
こくりと頷くと頭を撫でられたので、猫の気分なのかと思って「ニャア」と鳴いてみる。
「人間でいいが、猫のほうが甘えやすいならそっちでもいいぞ」
軽く自分の膝を叩く零を見て、以前のように零の膝の上に座ってみた。ふっと笑う気配がありそのままの状態で頭を撫でられながら、もう片方の手はお腹を温めるように添えられる。
本当に猫になったようだと思う。
美味しいご飯をもらっていっぱい撫でられて、まるで愛されているかのように大事にされる。
生まれ変わったら猫になりたいな。
身体が温まったせいか瞼が重くなり、朔空は抗うことなく目を閉じた。
目が覚めるとベッドにいて、零も隣で寝ていた。普段は零の腕の中にいるのに生理中だからか仰向けに並んで眠っている状態だ。いつもの癖で右手を動かしかけ、零と手を繋いでいることに気づく。
そういえば、零の寝顔見るの初めてかも。
起きる前に朔空が身じろぎするせいか、いつも零のほうが先に起きている。
印象的な琥珀色の瞳が閉じられているせいで、かえって整った顔立ちが際立っているようだ。長い睫毛やまっすぐ通った鼻筋、きめ細やかな肌は精巧な人形のようだが、小さく開いた口がどこか無防備で幼く見えた。
暗い金色の髪は薄暗い室内に溶け込むことなく、浮かび上がっているようで手を伸ばしたくなる。さらさらの手触りを思い出したが、右手は動かせないし起こしてしまうだろう。
「眠れないのか?」
先ほどまで熟睡していたようなのに、零の両目は観察するように朔空を見つめていた。
「ううん、少し目が覚めただけ。起こしちゃった?」
そう答えると零は無言で首を振り、朔空の頬を撫でて額に口づけを落とした。外国のドラマで親が子供を寝かしつける時にしているのを見たことがある。
これも甘やかしの一環なのだろうか。
今日は何だかとても零が優しい。
「零……今日は迷惑を掛けてごめんなさい」
これから話すことは少しだけ勇気が必要だった。朔空の言葉で良くない方向に転がる可能性もあったからだ。
無言で続きを促す零にもう後戻りはできないのだと慎重に言葉を選ぶ。
「ピアスさんは零の命令を守ろうとしただけだよ」
きっと今日の朔空の世話係はピアスさんだったのだと思う。だけどあの後、猪俣さんに代わってからピアスさんの姿を見かけることはなかった。
対応を間違えたせいで外されただけなら別にいい。だけどもしそのせいで理不尽な目に遭っているのなら申し訳なく思うのだ。朔空が生理用品を準備していればピアスさんを勘違いさせることもなかったのだから。
「朔空はあいつのことピアスさんって呼んでるんだな」
「あ……本人には言ってないよ。名前分からなかったから、つい……」
勝手にあだ名をつけて呼ぶのは失礼だったかもしれない。
「朔空、ベッドの上で他の男の話をするのはマナー違反だ」
少し不満そうな口調であるものの、零がそこまで怒っている様子はない。だけどマナー違反というのであれば、きっと何かしらの償いが必要だろう。
「ベッドだと汚れちゃうから、浴室でする?」
「……お前は俺が体調が悪いのに性行為を強いるほどの人でなしだと思っているのか」
人でなし云々はさておいて、朔空が零に支払える対価など身体以外にない。少し考えて朔空は別の提案を口にする。
「じゃあ手と口で奉仕――」
言い終わる前に零から顔面を鷲掴みにされて、強制的に黙らされた。先ほどよりも強く責めるような瞳を向けてくる。
「もういいからさっさと寝ろ。下らない勘違いをしたあの馬鹿にはペナルティを与えたが、大したものじゃない。……ったく、一週間後覚えておけよ」
乱暴に肩まで毛布を引き上げてから、零は反対側の方向に顔を背ける。それでも指を絡めるように繋がれた手はそのままだ。
零に気づかれないようにゆっくりと息を吐く。
やっぱりどこかに監視カメラや盗聴器を設置しているみたい……。
零は帰宅してから何も尋ねなかったのに、朔空の一日の行動を把握していた。もちろん他の人からの報告を受けているからと言うのもあるだろう。
だけど今日のようないつもと違うことがあった時――特に朔空が他の人と関わったような場合は朔空にも話を聞いて確認するのだ。
ピアスさんのこともあれだけの言葉で理解するのは、事前にピアスさんと朔空のやり取りを知っていたからとしか思えない。
どうにかして早く終わらせる方法を考えないと。
急に音信不通になれば拓斗兄さんも唯美さんも心配するし、朔空を探そうとして零と関わってしまう可能性が高くなってしまう。
だからその前にいなくなる必要があるのだ。
優しい人たちを傷つけないで済むのなら、もう幸せも温もりもいらない。
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