暴君マフィアの愛玩人形

浅海 景

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幸せな色と不穏な気配

朝だ……起きよう。

半分意識が覚醒した状態で手を伸ばすと、固い感触が当たって壁だと思った。もこもこと柔らかい感触を求めて寝返りを打とうとしたが、何故か身体が動かない。

……これは金縛り、的なやつ?

それにしてはつま先や指が動く感覚があって、不思議に思いながら目を開けると人の顔があった。

え、……誰?

「おはよう、朔空。まだ眠っていていいよ」

呆けた頭にぎゅんと勢いよく昨日の記憶が駆け抜けていく。
御子柴零、男性、笑い上戸、幼女趣味、キス魔、変人。
うん、思い出した。
あのまま眠ってしまったのだろう。

「……おはよう、零」

そう言って起き上がろうとすれば、零は背中に回した手に力を入れて身体を密着させてきた。壁だと思ったのは零の身体で、道理で温もりがあるはずだ。

「零、起きる。トイレ行きたい」
「……部屋を出て斜め右だよ。3分以内に戻っておいで」

なかなかタイトな時間設定に、ベッドの側に落ちていたショーツとインナーだけを持って部屋を出て行く。
呼び止めるような声が聞こえた気がしたけれど、聞き返す暇はない。

用を足しながらインナーを身に付け、トイレを出る前にショーツを穿いた。ここまでで恐らく1分ちょっと、意外と時間は掛からなかったようだ。
最後までしていなかったので、中を掻き出す必要がなかったためでもある。

あ……スマホ。

就寝前に連絡がないか確認するのがルーティンだったのに、昨晩はそれどころではなかったため、忘れていた。
急げば間に合うと思って小走りで昨日通された部屋に向かう。

「………!」
「………」

部屋に着く手前で遭遇したのは、昨日朔空を連れて来たボーズさんらしき男だった。
断言できないのはボーズさんの頬が腫れ上がっているからだ。
僅かに首を傾げた朔空を見て、ボーズさん(仮)が青ざめた後に必死な様子で視線を横に逸らした。
無理矢理ねじった首が痛そうで、大丈夫かなと思う。

「あの……」
「――っ!」

びくりと身体を震わせるボーズさん。話しかけては駄目だったのかもしれないけれど、スマホを取るためには扉の前にいるボーズさんにどいてもらわないといけない。
時間切れになってしまうし、一度戻ったほうがいいのかもしれない。
だけど朔空が動くよりも先に低い声が降ってきた。

「何してるの、朔空?」

背後から拘束されて顔は見えないが、何だか不機嫌そうな気配を感じる。まだ時間になっていないはずだったのに、頭の中でカウントしていたはずの時間がずれてしまったのだろうか。

「もう、3分経った?」
「経ったよ」

時間を計るのは得意だと思っていたけれど、過信しすぎていたらしい。

「約束破ってごめんなさい」

耳元で重い溜息を吐かれてしまった。誠意が足りないのかもしれない。そもそも謝るのに相手の顔を見ないのは駄目だろう
身体の向きを変えようとするが、零はそれを許してくれない。顔も見たくないほど怒っているということなのだろうか。

「それで、そんな恰好で歩き回るほど急ぎの用事でもあった?」

甘く圧のこもった声に、視線を下に向けると、インナーで隠れていたはずのショーツが覗いている。
トイレを出る前に確認した時は、ギリギリ隠れていたはずなのにおかしい。
どうやら動いたせいで生地が引っ張られて上にずれたようだ。
ボーズさんから目を逸らされた理由が分かった。

「みっともない恰好を晒してごめんなさい」

急いでいたとはいえ、他人の家の中をうろつく恰好ではない。さぞ見苦しかったことだろう。

猪俣いのまた、朔空の下着姿を見たのか?」
「っ、申し訳ございません!」

身を投げ出すように土下座をするボーズさんこと猪俣さんの様子を見て、なるほどと思った。

「もうその目はいらないな?」

いると思う。
猪俣さんは必死に謝罪を繰り返しながら、許しを乞うている。自分が原因なのだから、流石に申し訳ない。
拘束されて動けないので、取り敢えず零の袖を引っぱった。

「何、朔空?」

身体をもぞもぞさせると意図が伝わったようで、拘束していた腕が離れた。
猪俣さんと零の間に立つと、零の瞳が冷ややかなものに変わる。もう一度猪俣さんを見て、朔空は床にぺたりと座り込んだ。

「申し訳ございません」

土下座をするのは初めてなので、少し緊張する。
やり方、間違っていないかな……。

零のつま先が見えた途端に、身体をぐいっと起こされた。脇に両手を入れられて、身体が宙に浮く。何だか幼児かペットの持ち上げ方みたいだ。

「朔空はそんなことしなくていい。ねえ、土下座したのは猪俣のため?」
「私のため」

いくら人に無関心だからといって、自分の軽率な言動のせいで誰かが視力を失うのは精神的に負荷がかかる。その重さを一生抱えて生きていくのは、ちょっとしんどい。
探るような瞳は酷薄さをたたえていて、強くて美しい獣の瞳だと思う。

「おい、行け。今回だけだ」
「はい!ありがとうございます」

猪俣さんは顔を上げかけて、朔空の恰好を思い出したのか再び深く頭を下げるとそのまま回れ右をして行ってしまった。

「それで、何でここまで来たの?もしかして――逃げようとした?」

緩んだはずの空気が、あっという間に逆戻りだ。
流石にこの格好で逃げ出すほど羞恥心を捨てていない。

「スマホを――」

取りに来たのだと言いかけた途端に着信音が聞こえてきた。柔らかいメロディで音量も小さいので微かな音だが、間違いない。
そしてこんなに早朝に電話を掛けてくる人なんて、一人しかいなかった。

早く取らなきゃ。

扉に飛びつくようにして部屋に入ると、幸いにもバッグは昨日と同じ位置にあり、画面を確認することなく通話ボタンをスライドさせる。

「朔空です」
『朔空、朝早くに悪いな。起こしたか?』

申し訳なさそうな口調だが、拓斗兄さんの声は明るい。

「起きてたから大丈夫」
『メッセージが既読にならないから、唯美が気にしててな。大丈夫だって話してたんだけど、あいつ心配性なんだよ。気づかなかっただけだろうって言っても聞きやしない。朔空が起きてたから良かったとはいえ、朝っぱらから電話してすまん』
「悪いのは私のほう。ごめんなさい」

朔空に気を遣わせないように拓斗兄さんが言葉を選んでいるのが分かる。二人に迷惑を掛けたくないのに、朔空はいつも上手くできない。

『お前のせいじゃないよ。メッセージ送ったのは週末飯食いに来ないかと思ってさ。朔空の好きなシチューを作るって唯美が張り切ってる』

唯美さんのご飯は好きだ。初めて食べたシチューの味は一生忘れられない。
食べたいなと思う。
だけどさっきから刺すような視線を感じている。

「今週は、ちょっと忙しいかも」
『そうか。じゃあまた今度な。予定の合いそうな日を教えといてくれたら調整するから』
「うん。ありがとう」

電話を切るのと手首を掴まれたのは同時だった。

「誰?」

聞かれるだろうなとは思っていた。ただ正直に答えていいものか一瞬迷う。
だが零は朔空の名前や恐らくは住所まで調べている。きっと拓斗兄さんのことも調べようと思えばすぐに調べられるのだろう。

「従兄の拓斗兄さん」
「朔空は他の男にばかり目移りするね。さっきも俺と話していたのに、そいつのほうが大事なんだ?」

拓斗兄さんは大事な人だ。アパートを借りる時の保証人になってくれたし、起業したばかりの大変な時なのに仕事をくれたり、何かと世話を焼いてくれた。
唯美さんも無頓着な朔空を買い物に連れて行き、仕事に必要な服を選んでくれたり、料理を振舞ってくれた。拓斗兄さんと唯美さんは温かくて幸せな色をしている。
朔空にとって数少ない大切な人たち。
だから返事は決まっていた。

「うん」
「……へえ、妬けるな。朔空は俺のものなのに」

噛みつくようなキスに僅かに身体が震えた。零は怒っているようだったからきっと乱暴に扱われる。

見えるところに傷が付かないといいな。

「――んぅっ!」
インナー越しに胸の先をつねられて、驚きとちくりした痛みに声が漏れたが、それすらも零に呑み込まれていった。
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