暴君マフィアの愛玩人形

浅海 景

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一番大切なもの

零のキスは長くて、ねちっこい。
口の中を余すことなく舐られて、舌を絡められると自分のものなのか零のものなのか分からなくなってしまう。

「……っは」

ようやく解放されて、全力疾走した後のように必死に息を吸う。一度で終わるとは限らない。呼吸が出来るうちにしておかなければ。

「んっ!」

首筋を強く吸われて、ぴりっとした痛みが走る。少しずつ位置をずらしながら、何度も執拗に吸われて、吸血鬼に血を吸われるのはこんな感覚なんだろうかと考えていると、じゅっと音がするほど強く吸われた。まるで噛み千切ろうとするかのように。

爛々とした目でまっすぐに見つめる零に、どうしたらいいのかと考える。相手の求めていることなんて分からない。単純な欲望なら分かりやすいのに、昨晩最後までしなかったように零は少し変わっていると思う。
零より拓斗兄さんを優先してしまったから、構ってほしいのだろうか。

少し迷ってから胸の辺りを吸っている零の髪をそっと撫でてみた。最初見た時に思ったとおり、さらさらで手触りが良い。
少しだけ動きを止めた零だったが、すぐにまた舌を這わせ小さな痛みを残していく。
時折与えられる痛みと気持ちよさの中間ぐらいの感覚に、指先に力が入り零の髪の毛を引っ張りそうになる。そうなれば痛いだろうと手を離せば、がぶっと噛みつかれた。

流石に痛い。だけど制止の声はこういう場合は逆効果になることが多く、ぐっと堪えていると、握りしめていた手を持ち上げられて、零の頭の上に置かれた。
戸惑いながらも撫でてみれば、噛まれた場所をぺろりと舐められる。それからまた肌を吸う作業を再開した。どうやらこれが正解だったらしい。

しっかりと残った歯型を見ながら、言葉って大事だなと思った。
首から胸元まで虫刺されだらけのような状態になったところで、ようやく零は新しい痕を付けるのをやめた。

「朔空は誰のもの?」
「私と零のもの」

欲しいというならあげてもいい気がしたが、全てはあげられない。朔空にも欲しい物があるし、それを諦めてしまえばもうそれは自分ではないのだ。

「俺は誰のもの?」
「零は零のもの」

対等でなくてもいい。零を自分のものとするには朔空は色々と足りない。

「俺は朔空のものだよ。だから他の男なんてもういらないよね?」
「いる」

優しく甘やかすように掛けられた言葉に、半ば反射的に間髪入れず答えていた。いらないと言えば零はきっと拓斗兄さんに酷いことをする。迷惑を掛けたくないのに。
やっぱり自分は厄病神なんだと思い知らされる。

「朔空?」
「いる」

警告を促すような響きだが、朔空の答えは変わらない。もっと早く遠くに行けば良かった。大事なものは少ないからこそ、もう誰かに奪われるのは嫌だ。
それならば、もうこのまま――。

「朔空、先に朝食にしようか。パンとご飯、どっちが食べたい?」

さっきまでの気配が嘘のように朗らかな口調。だけど探るような視線は変わらない。

「……いらない」

大切なものを知られるのは危ない。零は簡単に朔空からそれを取り上げられる立場にある。だから駄目だと思うのに、朔空はノートパソコンの入ったカバンを抱え込む。
仕事をするのに必要な、拓斗兄さんからもらったノートパソコン。あの日見た壁紙のグラフィックが鮮やかで、その世界に憧れた。「お下がりだけど」ともらった宝物は、あの日からずっと朔空を支えてくれていたけれど、拓斗兄さんと唯美さんはもっと大事。

「仕事は食事が済んでからだよ。何が食べたい?朔空の好きな物を用意させるよ」
「……いらない」
「拓斗兄さんとやらは――」
「いる」

食い気味に答えると零は困ったなというように微笑んだ。それがとても不穏で少し怖くなる。
私はまた間違えたんだろうか。

「じゃあ朔空、俺は?」
「……分かんない」

いるって言った方がよかったのかもしれない。だけど零に嘘を吐くのは嫌だなと思った。
琥珀色の瞳が細くなって三日月のような形になる。

「正直だね。朔空が食事をしないなら、俺が朔空を食べるけどどうする?」
「いいよ」

好きなようにすればいい。愉悦を浮かべた瞳が僅かに冷ややかさを帯びて、間違えたと思った途端に、唇を啄まれた。
怒っているのではなかったのかと思っていると、舌で唇をなぞられて口を開けると窒息しそうなほど激しいキスが始まった。


「――ああっ!」

達したのが何度目かもう数えていない。キスと同じぐらいしつこく口淫された後は、指で中を丹念に探って性感帯を暴かれた。
気持ちいいのが辛い。
ぐちゅっと卑猥な音がして、指を中に突き立てられる。

「朔空、自分で動いてごらん」

腰を動かして気持ちいい場所に零の指を当てるが、中途半端でもどかしい。気持ちよくないわけじゃないのに、身体が昂らず不完全燃焼のように燻っている。

「朔空、気持ちいい?」

首を横に振りながらも、腰を動かす。達しないときっと終わらない。出来ないときっと怒られるけど、もうそろそろ限界だ。

「零……いけな……ごめんなさ――っ!」
「いい子。もっと俺の名前、呼んで」

突然零の指が動き出して中が締まる。そういえば昨晩もおねだりをするように言われたし、それが目的だったのかもしれない。

「んっ、零……あっ、あ……零っ!」

満足そうに口の端を上げた零はあっという間に朔空を絶頂へと押し上げた。

「身体、綺麗にしようね」

抱きかかえられて向かった先は浴室だった。
器用に片手で自分の服を脱いだ零と一緒に湯船に浸かる。大抵はシャワーだけだから、久し振りのお風呂に少しだけ気分が上向く。

湯船の中でぬるつく中を掻き出されはしたものの、零はそれ以上何もしなかった。どことなく機嫌が良さそうだけれど、油断は出来ない。
それなのに髪を洗う手つきは優しくて心地よくて、うとうとしてしまう。

「溺れないようにね」

洗い場で自分の髪を洗い始めた零に生返事をする。朝っぱらから体力を使い果たしてしまったようだ。

「朔空、起きてる?」
「う…ん」
「拓斗はいらない?」
「――いる!」

眠気が一気に吹き飛び、勢い込んで答えた途端に足が滑った。身体に力が入らないせいで踏ん張れず、為すすべもなく湯船に沈んだ。浴槽の縁に頭をぶつけた痛みよりも鼻に水が入ったのが地味に痛い。
すぐさま零に救出されたが、しばらく噎せるはめになった。

「だから言ったのに……もう一人でお風呂に入るのは禁止だね」

零のせいだと言いたかったが、声にならなかった。
その後は着替えから髪を乾かすまで零に任せきりの状態だった。朝食も食べさせられたが食欲がなく、ほとんど食べられなかったとはいえ、まるで介護か幼児のようだ。
とはいえ、そろそろ自分で動かねばならない。

「零、家に帰る」
「朔空は俺のものなんだから、ここが朔空の家だよ」

半ば予想していた答えだが、ここで引くわけにはいかない。

「仕事する」
「ここでも出来るよね?必要なものがあれば用意してあげるし、朔空の荷物も今日中に引き取るから心配しなくていいよ」

仕事を禁止されなかったことにほっとしたものの、零の言葉に何かが引っ掛かった。他人に勝手に部屋に入られるのは好きじゃない。

「……必要な時に取りに行くからいい」
「もう必要ないだろ?解約しておくから取り敢えず全部持ってくるように――」
「駄目」

すっと零は目を細めて冷ややかな視線を朔空に向けるが、譲れない。1Kの狭いアパートだが、朔空にとって初めて安らぎを覚えた大切な場所なのだ。ここに住むことは構わないけれど大事な居場所は残しておきたい。

「朔空、アパートごと潰すよ?」
「帰らないから、解約しないで」
「従兄とどっちが大事?」
「――拓斗兄さん」

拓斗兄さんを引き合いに出されると、引き下がるしかない。今回はアパートだが、次は仕事だろうか。朔空は零の玩具として気に入られてしまった。
他のものは仕方がないけど、拓斗兄さんと唯美さんだけは絶対に巻き込んじゃ駄目だ。

早く飽きてくれればいい。でもきっとそれより前に朔空がいなくなった方が大切な人達に迷惑をかけない一番の方法だと思う。
急にいなくなったら心配するから、誰も知らない場所でやり直したいと言えばきっと引き留められないはずだ。不義理だと思われても悲しませるよりずっといい。
鋭い舌打ちが聞こえて朔空は思考を打ち切り、零を見つめた。明らかに苛々した態度で表情が険しい。

「アパートの件は、一旦保留だ。それでいいだろ」

不満な様子を隠そうともせず、告げられた言葉を反芻する。諦めて手放したものが戻ってきたことは嬉しいはずなのに、逆に不安になるのはどうしてだろう。

「……ありがとう?」
「身体で返せ。あと勝手な外出は禁止だからな」

それぐらい全く構わない。しっかりと2回頷いたのに、もう一度舌打ちされた。機嫌が悪いようだが、撤回する気配はない。

「零、今からする?」

出来れば仕事がしたかったが、身体で返せと言われた以上、後回しにしないほうがいいだろう。そう思ったのに、今まで一番鋭い目つきで睨まれて舌打ちされた。
ガラが悪い。

とりあえずアパートの貸しを返すまでは生きておくことにした。拓斗兄さんたちが零に八つ当たりされることは避けなければならない。
零はきっと人を傷つけるのを厭わないだろうから。
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