竜帝は番に愛を乞う

浅海 景

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代償(エドヴィン視点)

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幼少の頃は、神の代理として世界を統べる竜帝の後継候補として目されたこともあった。だが当時の竜帝が番との間に設けた御子に会った瞬間、これが本物なのだと分かった。まだ幼子であるにも関わらず泰然とした雰囲気を醸し、絶対的な存在に自然と頭が下がる。

(この方が帝となった時、俺は当主となり四家として誰よりも側でお仕えしよう)

唯一無二の主君に出会った日から、エドヴィンはその誓いを果たすために注力した。
番を失った竜帝を懸念し、御子が成人するまでの中継ぎとしてエドヴィンを推す声が上がった時には、軽薄さを装い不適格者として振舞った。
それが思った以上に楽で、人々の警戒を解き相手の懐に入りやすいと気づいてからはずっとそのままだ。

先代当主や一族の承認を元にようやくハウザー公爵家の当主になったのが一年前。
老臣たちに交じって陛下を支えることに喜びと使命感を感じていた矢先、陛下が番を得たという知らせが入った。
番を伴侶に迎えれば力を高めることが出来ると言われているのに、爺様たちは一様に動揺していてエドヴィンは内心呆れていた。

先帝陛下が番を失くした悲哀のほどは耳にしていたが、陛下に限ってそんなことはあり得ないだろう。そもそも陛下の番は健康体であるらしいので、そこまで深刻に捉えなくてもと思いながらも、僅かな懸念を覚えたのはある種の予感だったのだろうか。

(完璧な陛下の隣に相応しくない者であれば、排除が必要かもしれない)

エドヴィンは番の情報収集と対策について水面下で準備を進めたのだった。


「途中までは上手くいっていたはずなんだけどな」

洞穴が崩れる直前に何とか岩石の隙間に潜り込んで難を逃れたものの、そこから脱出するにはなかなか骨が折れた。
岩肌を掴みながら這い上がり、ようやく平らな地面に辿り着いたエドヴィンはその場で大の字になりながらぼやく。

(だけど、そのおかげで竜化した陛下の姿を見ることができた……。いや、でもやっぱりあの番は邪魔だな)

美しく輝く鱗と優美な姿は神々しく絶対的な存在であるのに、あのようなつまらない女が触れるなど許されることではない。
陛下の怒りに触れて殺されてしまったとしても、それだけはやり遂げなければ。

「ああ、生きていたか」

人が近づく気配を察知できなかったことに、内心舌打ちしながら起き上がるとそこには意外な人物が立っていた。

「……レオナルド様」

屋敷に引き篭もり番を偲ぶ日々を送っているはずの先帝に疑問を抱きつつも、跪いて頭を下げる。久しぶりにその姿を目にしたが、陛下によく似た風貌は変わらない。

「愚かな事をしたものだ。処分は追ってアレクシスから下るだろうが、今のあの子はそれどころではないからな」

退位したとはいえ先帝であるレオナルドに逆らうことは出来ず、エドヴィンは城へと送られることになった。

「レオナルド様!」

通された部屋には三家とファビアン、それから番の侍女の姿があった。殺気の込められた視線に笑顔で応えてやると、事前に察知したファビアンから羽交い絞めにされている。
別の方向からは威嚇するような唸り声が聞こえてきたが、レオナルドから無造作に抱え上げられると大人しくなった。流石に身動きがとりづらい状況でフィンから炎で攻撃されるとそれなりにダメージは大きいので有難い。

だがレオナルドの目的が分からず、エドヴィンは警戒を強めていた。
親子というのにこれまで陛下と関わるどころか、ずっと避けていたはずなのだ。

「レオナルド様、折角お越しいただいたところ恐縮ですが、今は少々取り込んでおります」

グラフ公爵が恐る恐るといった様子で発言すると、レオナルドは呆れたようにため息を吐いた。

「アレクシスの番を排除しようとした件だろう。お前たちは私たちのような立場の者にとって番がどれだけ救いになるか分からないのだろうな」

「確かに番を得たことでレオナルド様の御力が高まりましたが、その後のことはご自身がよくご存知でしょう。長きにわたり陛下に寄り添える相手でなければ、陛下もレオナルド様のようにお辛い思いをなさると私たちは危惧したのです」

ブラッカー公爵の言葉にレオナルドが冷ややかな笑みを浮かべた。それが建前に過ぎないことをどうして悟られていないと思うのだろう。
番が陛下に相応しくないことが分かってから、エドヴィンは個別に当主たちへと接触した。

ブラッカー公爵にはより相応しい相手がいるのではないかと囁き、自慢の孫娘を伴侶候補とするよう誘導したのだ。陛下への忠誠心は篤いものの、グラフ公爵に劣等感を抱き筆頭公爵家を望むブラッカー公爵は思い通りに動いてくれた。

グラフ公爵には番の否定的な情報を与えて不安を煽り、争いごとを好まないレーマン公爵には陛下のためだと強調すれば、反対の声は上がらなかった。

「そう言ってお前たちはレネ亡き後、他の伴侶をあてがおうとしたな。あの時私がどれほど怒りと落胆を覚えたかもう忘れてしまったらしい。沙汰が下りるまで四家は全員謹慎処分とする。エルクセリアの統治は私が代わりに行おう」
「レオナルド様、陛下のご不在時の代行権は四家にございます。いかに先帝陛下のお言葉といえど、勝手な真似をしてこれ以上陛下の不興を買う訳には参りませぬ」

重々しく告げるグラフの言葉に、レオナルドは声を上げて笑った。

「アレクシスはもうお前たちを信用していないぞ。あの子にとってエルクセリアがどうなろうと最早知った事ではないだろうし、大事な番を失いかけたのだから、恐らくもう戻ってこないだろうな。好きにすればいいと言いたいところだが、レネとの思い出が残るこの土地を荒地にするのは避けたい」

陛下が戻ってこないと聞いて、ぎょっとしたのはエドヴィンだけではない。だが陛下の執心を知った今、現実味のある言葉に空気が重くなった。

「レオナルド様は、これまで陛下を気に掛けておられなかったではないですか」

レーマン公爵の声に僅かに責めるような響きを帯びる。これまで支えてきた自分たちだという自負からくるものだろう。

「ああ、アレクシスの瞳はレネを思い出させるから見るだけで辛かった。それでもこれまで何もしてやらなかったからといって、今後もあの子のために何もしないという理由にはならないだろう?」

レオナルドの言葉に老公たちは反論する気力もなくなったのか、静かに項垂れた。エドヴィンたちは屋敷に軟禁される形で解放されたが、レオナルドの言葉を裏付けるように二月経っても陛下が戻ってくることはなかった。


その後、エドヴィンに下された処分は、エルクセリアからの追放だった。届けられた書状とともに監視としてつけられたのはイリヤナの弟であるヘンリクと番の元護衛であるオルガだ。
一ヶ所に留まることは許されず、世界各地を放浪するよう告げられた。陛下の逆鱗に触れたにしては軽すぎる処分だが、これまでの功績や一族からの嘆願などが認められたのだろうか。

これまでほとんどの時間をエルクセリアで過ごしてきたが、世界を周って知見を増やせばいつかまた陛下の役に立つことを証明できるかもしれない。
陛下の番に対する執着と激しい怒りを、エドヴィンはまだ分かっていなかったのだ。

人族の多さや気候の違いに辟易としながらも、放浪の旅自体はそう大変なものではなかった。必要に応じて短期間での仕事で路銀を稼ぎ、次の場所へと移動する。短い滞在期間では人付き合いに煩わされることも少なく、いっそ気楽なほどだった。

オルガとヘンリクとは一定の距離があるものの、ただの監視役と親しくなるつもりもない。
そうしてエルクセリアを発ってから2年になろうかという頃、それは突然起こった。

昼食に立ち寄った食事処で、一人の女性から目が離せなくなった。ずっと探していた物が見つかったような喜びが満ちて、誘われるように足を向けかけたエドヴィンの腕をオルガが掴んだ。

「どこに行かれるのですか?」

様子の違うエドヴィンに警戒した眼差しを向けるオルガに、思わず舌打ちが漏れる。邪魔をされたことに対する苛立ちを覚えつつ、少しだけ冷静さを取り戻した。

(くそっ、彼女が俺の番なのか……!)

恐らくは嫌悪していた陛下の番と同じ人族だろう。だが彼女に対しては陛下に出会った時のような高揚とともに愛おしさが溢れてくる。

「あの女性は――」

ヘンリクの注意が彼女に向けられたことを感じ取って、エドヴィンは反射的にヘンリクを睨みつけた。番に余計なことをされてはたまらない。

「ああ、彼女が貴方の番なんですね」

そう告げたオルガの声はどこか悲しげで、その意味を問う前にエドヴィンは覚えのある匂いを嗅いでしまい、意識を失った。
気づいた時には揺れる馬車の中で、手足を縛られて転がっていた。

「おい、これはどういうことだ!」
「貴方が番を見つけたら、エルクセリアに戻るように言われていました」

馬車にいるのはオルガと見知らぬ護衛らしき男が2名、その中にヘンリクの姿がないことに嫌な予感を覚えた。

「ヘンリクは何処にいる?!彼女をどうするつもりだ!」
「貴方は奥様をどうするおつもりでしたか?」

この罰を与えるために世界各地を周るよう命じられたのだと悟って、エドヴィンは血の気が引いた。エドヴィンの番を同じ目に遭わせることで、同等の苦しみを与えるつもりなのだろう。

陛下の番を攫いはしたものの、手を掛けたわけではないから命までは奪われないと考えるのは楽観的だろうか。脅迫され暴力を振るわれる彼女の姿を想像して、エドヴィンは必死で暴れたが、他の護衛たちから取り押さえられて身動きが取れない。

「止めろ!彼女は関係ない!」

そう叫んだものの馬車は止まらず、エドヴィンはエルクセリアに戻されるとそのまま幽閉された。

どれだけ日が経っただろうか。
エドヴィンの前に現れたヘンリクの顔を見た途端、憔悴しきっていた身体が怒りでかっと熱くなった。

「お前、何をした!彼女は、俺の番は無事なのか!」
「陛下の番様はお優しい方なので、無関係の彼女を傷付けるような真似はしていません。代わりに彼女に良縁を与えること、それが陛下から命じられたことでした」

ほっとしたのも束の間、鈍器で頭を殴られたような衝撃を感じてエドヴィンは茫然とヘンリクを見つめた。

「意図したわけではありませんが、彼女が好意を寄せてくれた結果、僕の婚約者になりました。もう二度と戻ってくることはありませんので、彼女の安否だけはお伝えしておこうと思って」

少しだけ申し訳なさそうな顔をしたヘンリクは、それ以上何も告げることなく去っていった。

自分の番なのに会いにいくことも、想いを伝えることも出来ない。名を呼びたくても番の名前すら知らないのだ。
どれだけ過去の自分の行いを悔いたところで、もう遅い。
エドヴィンは深い絶望に呻くことしか出来なかった。
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