竜帝は番に愛を乞う

浅海 景

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幸せと羞恥心

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ふわふわと揺れる意識の中、そっと髪に触れる感触にルーは少しだけ迷いながらも声を上げた。

「……もう少しだけ、休ませて」
「ええ、勿論ですよ。ただ少しだけ水分を摂られたほうがよろしいかと」

聞こえてきた声に一気に眠気が吹き飛んだ。慌てて身体を起こすものの力が入らず、体勢を崩してしまったルーをしっかりと支えてくれたのはマヤだった。

「ルー様、ご無理をなさってはいけませんよ」
「マヤ……マヤ、ごめんね。大丈夫なの?」

エドヴィンから首を絞められ意識を失ってしまった光景がよぎり、自然と首元に視線が向くが、首周りは襟で覆われているため確認できない。

「ルー様が庇ってくださったおかげです。もう二度とこのような事態を許すつもりはありませんが、もしも同じようなことが起きたらどうかご自身を優先させてください」
「……約束は出来ないわ。でも二度と起きないようにアレクもマヤも護ってくれるのでしょう?」

真剣な表情のマヤにそう伝えれば、少しだけ拗ねたような表情に変わる。

「その言い方は狡いです」

ふふっと笑いが零れてしまう。マヤが無事で良かったと安堵していると、小さな鳴き声が近くで聞こえた。
上目遣いで見つめているフィンを撫でようとして腕を伸ばすと、肩に掛かっていた毛布がはらりと落ちる。そこでルーは、ようやく自分が一糸まとわぬ姿であることに気づいた。

「――きゃあああああ!」
「ルー!?」
「まだお召し替えがお済みでないのでお引き取り下さい、ご主人様」

アレクシスが慌てて飛び込んでくる音と、冷静に諫めるマヤの声に、耳を傾ける余裕もないほど、ルーは毛布の中で羞恥に悶えていたのだった。


何とか着替えを終えたものの、生まれたての小鹿のように足に力が入らずソファーに沈み込むルーの前に、温かい紅茶が用意された。

「……そういえばマヤはここが何処か知っているのよね?」

気まずさを誤魔化すために訊ねると、マヤは平然とした様子で答えた。

「コノル王国の屋敷ですよ。こちらはご主人様の私室ですので、ルー様は見覚えがなかったのでしょう」

あの後泣き止んだアレクシスから二人きりになれる場所に行きたいと言われ、竜化したアレクシスの背中に乗って空を飛んだ。不思議なことに風の影響は感じず、地上の景色を眺めるという貴重な体験をすることができた。
行き先を知らないまま飛び続けて二、三時間ほど経った頃、こちらの屋敷のバルコニーに降り立ってから、ルーは現在までずっとこの部屋にいる。

(ここが何処かなんて気にする余裕なんてなかったもの……)

耳元で愛を囁くアレクシスの声や、ぞくりとするほど煽情的で甘やかな瞳、肌から伝わる体温が甦ってきて、顔があっという間に熱を帯びる。幸せで満たされた記憶なのに、少々刺激が強すぎるのだ。

「どうしよう……アレクの顔が見られないわ」

両手で顔を覆うと、フィンがそわそわと落ち着かないようにルーの膝で足踏みを始めた。急に顔が赤くなったので病気か何かだと心配してくれているのかもしれない。

「大丈夫よ。少し心の整理が必要なだけで、心配かけてごめんね」

そう声を掛けると、フィンはキューキューと鳴いてルーの膝に頭を擦りつけている。その様子に心が和んだ。

「そういえばマヤはどうやってここに来たの?」
「先帝陛下にお力添えいただきました」

竜となり姿を消したアレクシスとルーの後を追おうにも、何処に向かったのか見当もつかない。フィンならばアレクシスの匂いを辿って居場所を探し当てることが出来るだろうと教えてくれたのがレオナルドだった。
番を護るため負傷したマヤとフィンならば、アレクシスも問答無用で排除しないだろうと、レオナルドはフィンに力を与えた。
一時的に成竜サイズになったフィンの背中に乗り、マヤはここに辿り着くことが出来たという。

(これまで親子らしい関わりはなかったそうだけど……)

アレクシスを案じて二人に手を貸してくれたのだと考えたら、じわりと胸が温かくなるような嬉しさを感じた。

お茶を飲みながらマヤと二人でしばらく話をしていると、遠慮がちなノックの音がして、マヤが視線でルーの許可を求める。先ほどのルーの発言を気にしていると分かったので、小さく頷いて大丈夫だと伝えた。
途中でフィンは部屋から出て行ったが、この屋敷内にいる人物はアレクシスだけだ。

(普段通りに振舞えば大丈夫。平常心、平常心)

自分を落ち着かせようと気合を入れていたルーだが、部屋に入ってきたアレクシスは何故か鼻の下まである狐のお面を被っている。耳がぴんと立っていて、どこか可愛らしい雰囲気だ。

「ルー、その………謝って済むことではないけれど、本当に悪いことをしたと思っているんだ。私は今回たくさん君を傷付けて怖がらせてしまった。生涯をかけて償うと誓うから、どうか……私を捨てないで」

唐突な懇願にルーはぱちりと目を瞬いた。どうしてそんな話になっているのかと呆然としていると、アレクシスはさらに言葉を重ねる。

「どうしても離れたくなかったとはいえ、ルーを追い詰めて約束を破らせてしまったことも反省している。自分でも止められなくて、ルーの身体に負担を掛けてしまった。ルーの理性が蕩けた顔や反応が可愛くて、つい」
「アレク!?」

マヤが部屋の隅に控えているというのに、とんでもない発言をし出したアレクシスにルーは思わず叫んだ。ただでさえ着替えを手伝ってもらった際に、身体のあちこちに残された痕を見られてしまったのだ。
今日一日でどれだけ羞恥に耐えなければいけないのだろうか。

「怒ってなんていないけど、それ以上言ったら怒るから!」

背筋を伸ばしぐっと言葉を飲み込んだアレクシスと、顔を真っ赤にしながら涙目になったルーの間に沈黙が落ちる。そんな二人の様子に、マヤは空気のように気配を消すことに専念し、フィンは不思議そうに首を傾げながら見つめていたのだった。
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