召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景

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エーヴァルト

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身体が重く吐く息が熱い。

(魔力を消費しないと……)

使わなければ魔力が体内に籠って負荷がかかり、使い過ぎれば制御できずにやはり負荷が掛かる。人間が扱えるはずのない魔力を有しているのだから無理もない。

魔力が身体に馴染めば制御できるようになるとベンノは言っていたが、いまだに振り回されている状態だ。
重い溜息を吐いてエーヴァルトは寝台に身体を沈めた。もう真夜中に近く、ベンノに気づかれないよう魔力を消費しなければならない。

心配性のベンノは自分に異変があれば、どんな時でもすぐに駆け付けてくれる頼もしい存在であるが、だからこの程度のことで煩わせたくはない。

(少し遠出してみようか)

転移は魔力をある程度消費できる一方で反動も大きく、何よりベンノに確実に気づかれてしまうが、意識だけ飛ばす遠見であればさほど大きな魔力は動かない。
眠りに落ちるように、美しい月夜に手を伸ばすように意識すると身体がふわりと軽くなるのを感じた。


眼下に広がる森はまるで波のように静かに力強くざわりと揺れる。周囲を見渡せば、遠くに行きたいと願っていたからか、普段は来ない王都近くの森まで来ていた。

(ディルクに会いたいな……)

大切な友人は王都での立場は仮初のものだと言って譲らないが、自分が余計な足枷になっているのだと思うと、罪悪感に心が締め付けられる。あの日崖から落ちて怪我をしていた少年を助けたことで、恩義を感じそして自分の境遇に同情しながらも友情を育んでくれたディルクには感謝しかない。

ディルクの将来のためにも袂を分かつべきだと分かっていたのに、彼の優しさに甘えてここまで来てしまった。
見習い騎士の誘いを受けたものの渋るディルクを後押しした際に、関係を断つつもりでいたが、自分を救う術を懸命に探そうとしている彼に根負けした、というのは言い訳に過ぎない。
他ならぬ自分が唯一の友人を手放したくなかっただけなのだ。

(そうして今もディルクは僕のために無理をしようとしている……)

ディルクは召喚された聖女の力をエーヴァルトの魔力制御に利用できないかと考えているそうだが、手紙の中に綴られた言葉から彼が聖女に対して好感を抱いていることが読み取れた。淡々と事実だけを記しているようで何気ない表現から聖女を案じていることが伝わってくる。

いい加減きちんと線を引くべきなのだろう。このままではディルクは自分と聖女の間で板挟みになり苦しむことになる。
感傷的な気持ちを振り払うように深呼吸をして移動しようとしたとき、何かに呼ばれた気がした。

それが何なのか意識するよりも先にエーヴァルトは惹きつけられるように、その場所へと向かう。暗い森の中で月明りに浮かび上がった少女の姿を見た時、胸の中に歓喜が湧き上がる。それと同時にエーヴァルトは強い力に引き寄せられるのを感じた。


(やっと――会えた)

薄闇の中、どこか困惑したような表情を浮かべる少女と面識はない。それなのに喜びと安堵、そして切なさに胸が締め付けられる。

初代の魔王の記憶に揺さぶられながらも、自分が冷静であることを確かめたエーヴァルトは好奇心と僅かな期待を胸に少女――聖女に声を掛けたのだった。

自分と向き合ったエリーは警戒した様子を見せたが、嫌悪する素振りはなくエーヴァルトは密かに安堵した。
ディルクの話では『少々変わり者で攻撃的な性格ながら根は優しい』と貶しているのか褒めているのか分からない説明だったが、エーヴァルトの素性に気づいても取り乱すこともなく、冷静に事の経緯を話してくれる姿勢にも好感を抱く。

ディルクの幼馴染の女性について触れた時、案じるような表情を見せたこと、そして王都から単身ディルクを追いかけてくれたことが、エーヴァルトにはとても嬉しいことだった。
友人であるディルクを同じように大切に思ってくれている、そう思うと胸が温かくなり自然と笑みがこぼれる。

だがそんなエリーからのまっすぐな問いかけにエーヴァルトは動揺してしまった。

『エーヴァルトはどういう立ち位置にいるんだ?』

魔物を浄化する聖女と本来対立する立場の魔王である自分に向けて、ある意味当然の質問だったが、エーヴァルトの返答次第で彼女は自分と敵対してしまうかもしれない。
そんな危惧を抱いたエーヴァルトは誤魔化すように告げた。意識を自分の体へと向ければ、見慣れた天井が視界に映っていた。

明け方にはまだ時間はあるが、朝の気配を纏い始めた暗がりで身体を起こす。いつもより身体が軽く感じるのは、エリーとの出会いや会話が楽しかったからかもしれない。
喉の渇きを感じて寝台を抜け出して、ダイニングテーブルの水差しを飲み干し一息ついたところで、控えめなノックの音が聞こえた。

「ベンノ」
「よろしければ温かいお飲み物でもご用意いたしましょう」

気遣うような眼差しに、エーヴァルトは淡く微笑んだ。彼が案じてくれるのはいつものことで、人間を心底嫌っているにもかかわらず魔王の魂を持つ自分にだけは申し訳なくなるほどに世話を焼いてくれる。
姿形が変わっても傍に侍ることを許して欲しいと願ったベンノの望みを聞き入れた魔王。
それが彼を苦しめることになるのだと思わなかったのだろうか。

『あの方の魂を有する貴方様だけが私の主人になり得るのです。どんな選択をしようと私は貴方様に忠誠を誓います。どうか御心のままに、我が君』

人として生きるには異端過ぎて、魔王として生きるには幼い頃の記憶が足枷になる。
魔王としての力が覚醒した時の記憶は未だに鮮明だ。親しくしていたはずの人々が恐怖と嫌悪の表情を浮かべ、激しい罵声と向けられる殺意を思い出すと今でも苦しくなるほどだ。
ベンノが助けてくれなければあのまま殺されていただろう。

人間不信になるには十分だったが、それでも両親に愛されて暮らしていた過去がなくなるわけではない。たとえ彼らに心ない言葉を投げつけられても、憎むことは出来なかった。

魔物たちは基本的に獣と変わらず、上位の存在であるエーヴァルトには従順で大人しかったが、エーヴァルトの魔力に当てられると凶暴化してしまう。
また自分に害意を抱く者に敏感で、自分を守るために人に襲い掛かる彼らを止めることもまた躊躇われた。

魔物を傷付けたくはないが、人を傷付けることもしたくない。
いつの間にか故郷であったプラクトスは忌地として人に嫌厭される場所となっていた。
この土地に侵入する人間を追い出すこと、土地の魔物を守ること。エーヴァルトが決めたのはその二点だけだ。

魔王にも人にもなれない中途半端な存在だと告げたら、エリーはどう思うだろうか。
怖くもあるが彼女の反応を見てみたくもあり、またエリーに会いたいと思っている自分に少し驚く。

(まともに会話をしてくれるだけで、こんなに嬉しいなんて……)

他者との交流にどれだけ飢えていたのかと自分でも呆れるほどだ。だがそれよりもまずエリーを無事に森から助け出さなければならない。

「今朝は随分と早起きですね。体調は問題ないようで何よりですが、無理をなさってはいけませんよ」

しっかりと釘を差すものの、エーヴァルトの状態が良好だとベンノの機嫌も良い。嫌がるだろうことは簡単に予測できたが、問題なく意思疎通ができ、かつ森の外まで誘導できる適任者はベンノしかいない。

「ベンノ、お願いがあるんだけど」

そう切り出したエーヴァルトの願いに、ベンノの機嫌が急下降するまでにそう時間はかからなかった。
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