召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景

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「なあ、あの噂聞いたか?」

僅かに潜めた声に最近囁かれている噂のことだと見当がついた。

「聖石が値上がりした原因ってやつか?あんなのデマだろ」

よくある根拠のない噂話の一つだと鼻で笑う男の態度に気を悪くしたのか、話題を振った方の男は尖った口調で返す。

「デマじゃねえよ。ちゃんと神殿に出入りしている奴から聞いたんだからな。我儘な聖女様に振り回されて大変なんだとよ。仕事をしないくせに宝石や豪華な衣裳ばかりに夢中だからこんなことになったんだ」

決して大きな声ではなく、賑わう店内では余程注意して耳をそばだてていないと聞こえないだろう。だがやんごとなき立場である聖女の不満を口にしたと不敬罪で引っ立てられても文句は言えない。

「以前に平民の治療を無償でしてくれたって聞いたが……」
「そんなの人気取りに決まってんじゃねえか。数回治療をしただけで終わりだろ。俺たちが汗水たらして働いてんのに、聖女様の贅沢に使われるんじゃやってらんねえよ」


「機嫌を損ねたせいで神殿だけでなく、王都からも追い出された侍女がいるんですって」
「贅沢三昧で王太子殿下にも見放されているとか」
「見目の良い騎士ばかり侍らせているそうよ。不潔だわ」

貴族から使用人や出入りの商人に伝わり、平民へと無責任な噂話は鬱憤を晴らすために瞬く間に広まっていく。

「知り合いが治療してもらったの。質素な恰好で横柄な態度でもなく優しい方だったそうよ」

そんな小さな声は不満を持つ人々に聞き流されて届かない。



「今や立派な悪女だな。聖女と呼ばれるよりかは性に合うけど、ちょっと都合が悪いよね」

ディルクが仕入れてきた王都の最新情報を聞いて、瑛莉がそんな感想を漏らすとエルヴィーラは僅かに眉をひそめた。二人きりであれば冗談でもそういうことを言うものではないと窘められただろう。
代わりに声を上げたのはエーヴァルトだ。

「女神のように慈悲深く気高いエリーをそんな風に貶めるなんて……随分と悪辣なやり方をする」

いつもより低い声には冷ややかな響きがあり、思わずエリーが凝視すると何事もなかったかのようにふわりとした笑みが浮かぶ。

「どうかご命令を。我が君を不快にさせる者など存在する必要はございません」
「頼むから物理的排除はやめてくれよ。それこそ相手に大義名分を与えることになるぞ」

エーヴァルトが望めば本気でやりかねないベンノに、ディルクは軽率な行動をしないよう注意を促している。ベンノの排他的な空気は変わらないものの、このような発言をしても以前のように頭ごなしに拒絶するような言動が随分減ったように思う。

「それにしてもエリーは既に王都にいないのに、どうしてそんな噂が広まるんだろう?」

瑛莉も同じ疑問を抱いたが、ディルクはあっさりと理由を告げた。

「そもそも聖女失踪自体、王家にとっても神殿にとっても醜聞を避けるため機密事項とされたはずだ。捜索にそれなりに人数を出したおかげで長く秘匿しておけないだろうが、正式に発表する前に失踪の理由をでっちあげる必要があったんだろう」

「聖女に相応しくないと追放したことにするのかな?でもエリーの力を彼らが簡単に手放すとは思えないけど」

シクサール王国に未練があるわけではないし、別段構わないのだがこれから他国と交易をするにあたって、追放されるほどの罪を犯した悪女であると認識されれば色々と動きづらくなる。

「恐れながら、発言の許可をいただけますでしょうか?」

静かに壁際に控えていたエルヴィーラに、皆の視線が集まった。あくまでも侍女の立場を崩さず、常に一歩引いた態度を取っているエルヴィーラがこのような場で口を開くことは珍しく、エーヴァルトはすぐに快諾した。

「エリー様の悪評を立てることには別の目的があるように思います。聖女召喚を行ったのは神殿であるため、聖女ではなく悪女だったとなれば神殿にも責任が問われます。あの神官長がそれを容認するとは思えません」

ダミアーノの性格を把握しているエルヴィーラの発言には説得力があった。噂を広め民衆を巻き込むやり方は搦手を好むダミアーノらしいと考えていたが、別の人間の仕業だろうか。

「神官長は魔王陛下に全ての責任を擦り付けるつもりではないでしょうか?召喚した聖女が魔王の影響で悪女になってしまった、そういう筋書きにしてしまえば討伐の大義名分になりますし、召喚後にエリー様を保護していたのは王家ですから神殿の評判に傷はつきません」

「なるほど、そういうことか。エリーとエーヴァルトが共にいるところを目撃されているし、無理がある話でもないな。聖女であれば他国からも引く手数多だが、わざわざエリーの評判を落とすのはそれを防ぐためでもあり、魔王との信憑性を高めるためか」

悪しき者を滅ぼす善なる存在、平和の象徴として好意的に捉えられていた分、その反動は大きいだろう。せっかく新しい未来を描き始めたエーヴァルトの手助けどころか、足を引っ張ることになりかねない。

「その噂ってもう他国にも広まっていると思う?」

瑛莉の懸念が伝わったのか、ディルクも難しい表情で答えた。

「王都は人の出入りが多い。優秀な商人たちは噂を鵜呑みにしないが、利に聡い分そこに何らかの意図を察して警戒はするし、そういう情報もまた商売の一部だからな。他国への土産話にはうってつけだろう」

たかが噂と馬鹿には出来ない。魔王が悪しき存在だと決めつけられているのも、結局はそう伝え続けられた結果だからだ。

(まだ課題はたくさんあるけど、今動かないと聖女の名を使うことが出来なくなる)

「とりあえず明日エカトス連合国に行こうと思うんだけど」

瑛莉の発言に全員の顔が一斉にこちらを向いた。明らかに反対だという視線を感じるが、この人数を説得できなければエカトスへの交渉など到底叶わないだろう。
特に過保護な二人への反論を考えながら、瑛莉は自分の計画を話し始めた。
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