召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景

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助っ人

「エリーのいた世界は凄いね」

感心したような声を漏らすエーヴァルトに、瑛莉は曖昧な笑みを浮かべる。
ボイスレコーダーやトランシーバーなど救出にあたり、役に立ちそうな道具を片っ端から挙げてみたものの、どういう原理が働くものなのか伝えられなければエーヴァルトの力で創造することは難しい。

「仕組みまで分かれば良かったんだけどね」
「十分だよ。少し試してみたいことがあるから、また後でね」

何か興味を引くものがあったらしく、気もそぞろな様子のエーヴァルトが部屋を出ていくとディルクと二人きりになる。

「……エーヴァルトは、意外と研究者気質だね」

気まずい雰囲気になる前にと話を振れば、ディルクはあっさりと返してくれた。

「これまでの反動もあるのだろうが、元々好奇心旺盛な奴だ。ベンノは甘いが危険だと言う理由で遠ざけていたことも多いしな」

少しだけ緩む眼差しに胸が苦しくなるような感覚がある。

(幼馴染であり親友っていう関係性が羨ましいのかな……?)

自分が得られないものに憧れはしても、妬むようなことはしたくない。そんな感情は見なかったことにしようと別の話題に移す前に、勘の良いディルクは何かに気づいたようだ。

「エリー?」

「あ……ソフィアの様子を見て来るね。そろそろ退屈してるだろうし」

大丈夫かと案じる眼差しを無視して席を立った。あの日のことは互いに謝って水に流したはずなのに、どうしても居心地の悪さを感じてしまう。
自分でも何か変だと感じていながらも、どうして良いか分からないもどかしさがあった。

「エリー、この一件が終わったら少し時間をくれないか?……話したいことがある」

扉に手を掛ける直前に声を掛けられて振り向くと、ディルクはどこか固い表情を浮かべていた。

「ん、分かった。また声掛けて」

不安に胸が騒いだが、瑛莉は何でもない表情でそんな返事をしたのだった。




(これは私が悪いのは分かってるけど……)

「ディルク、あの――」
「ああ、神殿のほうに抜ければ流石に人も落ち着く。もう少しの辛抱だ」

年に一度の花冠祭ということで、街中は非常に賑わっていた。よそ者が紛れ込みやすい反面、一度見失ったら合流するには時間が掛かるだろう。

エーヴァルトの側にはベンノが張り付いているものの、主の安全に気を配ることに集中していて、こちらの動向は気に掛けている様子もないため注意が必要だ。瑛莉も街の様子を見渡しているうちにはぐれそうになり、危機感を覚えたディルクから迷子防止のため手を繋がれていた。

エルヴィーラとフリッツの安否が掛かっている状態で迂闊な行動はしないと告げたのだが、予測不能だと言われれば反論しづらく、そのままの状態になっている。

(恥ずかしいと言うか、居たたまれないと言うか……)

「エーヴァルト」
「今のところ不穏な様子はないよ。だからと言って油断はできないけどね」

以前森で見かけた鼠の魔物に偵察を頼んでいるが、彼らも神殿のごく一部にしか潜入できない。恐らくは浄化の力が強い聖女の遺物などが保管されているようで、行動範囲は限られているそうだ。

ちなみにエーヴァルト自身は何となくという感覚だが、鼠のほうはエーヴァルトの言葉をよく理解しているようで、言われたとおりに動いてくれる。鼠の視界はエーヴァルトにも共有できるため神殿の様子を見ることは出来るものの、肝心のエルヴィーラの姿はまだ確認できていない。

「フリッツも早く助けてあげないとな」

薄暗い牢の中に閉じ込められている少年の特徴から、フリッツだということは判明している。二人同時に助けられれば一番良いのだが、まずは命の危険性が高いフリッツから救出することを優先事項に動く予定だ。

「もう一度言うが、救出に行くのは俺だけでエリーとエーヴァルトは待機しておくこと。状況が変わっても別行動は厳禁だ。分かったな?」

スファリに付いてくることもディルクは最後まで難色を示していたが、エーヴァルトが同行するなか瑛莉を放置するほうが危険だと判断したようだ。
足を引っ張るような真似はしないが、もちろんディルクやエルヴィーラが危険に陥るようなら大人しく待っているつもりはない。

「「はーい」」

エーヴァルトとともに返事をすれば、どこか含みのある返事に気づいたのかディルクは聞こえよがしな溜息を吐く。

「我が君」
「――二人とも後に下がれ」

気づいたのはベンノのほうが早く、エーヴァルトを後ろに庇うように隠す。瑛莉もディルクの言葉に従い、下がろうとしたが視線の先にある姿を見つける方が早かった。

「あ、ジャン……」

喧騒から遠ざかったとはいえ、聞こえるはずもないほどの小さな声だったが、それに反応するようにジャンは眉を下げて困ったように微笑んだのだった。


「知り合いかい?」

エーヴァルトの言葉にどう説明したものかと迷っているうちに、ディルクがジャンのほうに向かう。その姿がどこかピリリと鋭くて、直感的にまずいと思った。

「ディルク……っ」

声を掛けても振り向くことなく進むディルクに駆け寄ろうとするが、ヒヤリとするような一瞥を受けて息を呑んだ。邪魔をするなという意図は十分に伝わったものの、張り詰めていく空気に焦りを覚える。

「申し訳ございませんでした。本来なら額づいて謝罪をすべきですが、目立つのは本意ではないかと思いますので、このような形で重ねてお詫びいたします」

ディルクの雰囲気に気圧されたのは一瞬で、ジャンはいつもと同じような穏やかさで丁重な言葉で謝罪の言葉を掛けた。
ディルクのほうに顔を向けているものの、その視線は瑛莉のほうに向けられていて何のための謝罪かは明らかだ。

「ディルク、ちょっと抑えて。ジャン、あれはお互い様だったし詫びてもらうことはないよ」
「馬鹿か、お前は。あのまま森に迷いこんだままだったら死んでもおかしくなかったんだぞ。そんなにあっさり片付けていいことじゃない」

とはいえ、あの時は瑛莉の勇み足だったということもあり、あまり蒸し返して欲しくない過去でもある。

「お許しいただこうとは思っておりません。ですが、エリー様がこちらにいるという噂を聞いて、何か出来ることはないかと馳せ参じました。神殿にいる聖女様がどうもエリー様ではない気がしておりましたので、行動に移しかねていたところです」

ジャンの言葉に全員の視線が集中した。

「……聖女に会ったの?」
「いえ。部屋には選ばれた人物しか近づけないため人づてに聞いた情報ばかりですが、何というか――その、エリー様にしては大人し過ぎると」

全員の視線が今度は瑛莉に向けられている。誰もが成程いう表情を浮かべているところが納得いかないが、今はそんなことを話している場合ではない。

「ジャンはダミアーノのために動いているの?」

率直な質問にジャンは目を見開き、ディルクは呆れたようにため息を吐いている。そう問われて素直に答えるわけはないが、ジャンに関しては何となくこの方法でいいやと思えたのだ。

「いいえ。もしご不快でなければエリー様のお役に立ちたいと思います」
「ねえ、人手は多い方がいいんじゃない?」

そう提案するとディルクは険しい顔で考え込んでいる。ジャンのことを知らないエーヴァルトはこちらの判断に任せるといった風だし、ベンノはいつものように我関せずだ。

「おや、少しマズいかもしれない。牢屋にエルヴィーラが現れた。……少年が乱暴な扱いを受けている」

エーヴァルトの片目は遠くを見通すかのように焦点が合わないが、片目は真剣な光を帯びていて緊迫した空気に包まれる。

「牢屋であれば、恐らく特別区と呼ばれる場所でしょう。俺が案内できます」
「待て、悪いがまだお前を信用したわけじゃない」

ディルクの言うことは尤もだが、議論している場合じゃない。

「そうだ!エーヴァルト、以前私たちにも水盤でその光景を見せてくれたことあったよね!同じようにあの壁に映せないかな?」

瑛莉の示した先は、神殿の正面を覆う大きな白壁だ。

「後ろ暗いところの光景を神殿に映せば、目撃者を増えるでしょう。そしたらもみ消すのも大変だし、ジャンも裏切りにくいんじゃない?」
「おい、我が君を危険に晒す気か」

正面に急に映像が現れれば驚くし、人々はその原因を探すだろう。もしエーヴァルトの仕業だと分かれば、不審者だと捉えられてもおかしくない。

「悪い……。短絡的だった」
「いや、僕は悪くないと思う。少し工夫すれば大丈夫だろう。……何だか嫌な感じがするしね」

大人数でいると注目が集まりやすいという理由で、ベンノだけを連れてエーヴァルトは人混みに紛れていった。
残された瑛莉たちの間にはどこかぎこちない空気が漂っている。

(まあ、お互い思うところがあるんだろうしな……)

ディルクは魔王に加担しているし、ジャンはダミアーノの指示で瑛莉を誘導しようとした。どちらも騎士として正しい行為とは言い難いが、それぞれ言い分はあるだろう。
活用できるのなら一旦水に流してしまえばいいと思うのは、瑛莉が当事者ではないからだ。

どよめきが上がりそちらを見れば、広場の噴水が勢いよく立ち昇り水面に人影が浮かぶ。
神秘的な光景に人々は声を潜めながらも、そちらに注目している。
エーヴァルトの魔法が成功したのだとほっとしたのも束の間、何かを話しているダミアーノとエルヴィーラをよそに牢内にいた男が不自然に動いた。

「っ――!」

ナイフを握った男がフリッツの背後に迫っている。無音の光景だが、零れ落ちる血液は鮮やかで残酷なほど赤く、そのリアルな光景を目にして女性の悲鳴が響き渡った。

「エリー、エーヴァルトの元に戻れ!」
「怪我人がいるなら私が行った方がいいに決まってるだろう。ジャン、場所教えて」

互いに駆け出しながら告げればディルクは舌打ちしつつも、それ以上何も言わなかった。
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