令和百物語 ~妖怪小話~

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捌拾肆 丑の刻参り

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 丑の刻参り代行。
 
 怪しげなチラシではあったが、それでも少年が電話してしまったのは、少年の命が途切れかけており、自分なんてどうなったっていいと絶望していたが故。
 沈黙するスマートフォンを取り出して、チラシに書かれた電話番号を押した。
 
 発信音が響く。
 
 コーン。
 
 コーン。
 
 コーン。
 
 木に釘を打ち込む発信音がスマートフォンから発せられる。
 
「もしもし?」
 
 釘が十三回撃ち込まれたところで、人間の声へと切り替わる。
 ノイズが大きくて聞き取りにくいが、女性の声であることまで少年は理解した。
 
「丑の刻参り代行って書かれたチラシを見て電話したんですけど……」
 
「ああ、はい。では、一度お会いしましょう」
 
 女性は、用件以外を削ぎ落したそっけない質問を繰り返した。
 いつ会うか。
 どこで会うか。
 誰を呪うのか。
 どういう関係性か。
 何故呪いたいのか。
 
 少年は、一つ一つに答えていく。
 
「では最後。呪いたい相手の髪の毛か爪を、用意できますか?」
 
「……必ず用意します!」
 
 少年は、覚悟を持って答えた。
 
 電話は切れた。

 翌日からもいじめは続く。
 うっかりぶつかられ、うっかり水をかけられ、うっかり教科書をごみ箱に捨てられる。
 
 少年は耐えて。
 耐えて耐えて耐えて。
 反撃に見せかけて、いじめっ子の髪の毛を引っ張った。
 
「ってーな! なにすんだよ!」
 
 百倍返しの暴力と引き換えに、少年はいじめっ子の髪の毛を三本手に入れた。
 
 
 
 そして、女性と会う当日。
 待ち合わせ場所には、スーツに身を包んだ、いかにも仕事ができるという出で立ちの女性が立っていた。
 対して少年は、服装こそ年相応なものの、顔や腕は湿布と絆創膏だらけだった。
 
「すごい顔ですね」
 
 女性は一瞬驚いた後、すぐに少年に手を伸ばした。
 何かを要求する掌の形に、少年はティッシュにくるまった髪の毛を渡した。
 
 女性は壊れ物を扱うような繊細な手つきでティッシュを開き、髪の毛を抜き取ってポケットにしまった。
 
「確かに。では、決行は今週の日曜日の丑三つ時。月曜日には、朗報が届けられるでしょう」
 
 そして、にっこりを微笑んだ。
 
「あの、お金は」
 
「いりませんよ?」
 
 少年は、もう片方のポケットから財布を取り出したが、女性に制止された。
 
「でも」
 
「いりませんよ?」
 
 女性の変わらない態度に、少年は財布をしまった。
 代わりに、一つ質問をした。
 
「あの、お金が要らないなら、なんでこんなことを?」
 
 女性はにっこり微笑んだ。
 
「人を助けるのに、理由なんていらないでしょう?」
 
 
 
 次の月曜日。
 少年のクラスに、いじめっ子の訃報が知らされた。
 先生が詳細を伝えることはなかったが、いじめっ子が日曜日の深夜に突然苦しみだし、病院に緊急搬送された時は手遅れだったという噂が流れた。
 いじめっ子は極めて健康だったため、呪いだの恨みだのという噂が立ち、人の死を扱うのは不謹慎だという感情がすぐに噂を消していった。
 
 唯一、少年だけは、今も記憶に深く深く刻まれている。
 
 
 
 ――人を助けるのに、理由なんていらないでしょう?
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