令和百物語 ~妖怪小話~

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玖拾肆 空神

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「がーっはっはっは! おうおうそこの、迷える小人間どもよ。朕がお前たちを救ってやろう!」
 
 空神は、慢心帯びた言葉で人間たちに話しかける。
 全長五メートルにも及ぶ長身は、胡坐をかいて座っていてもなお、人間たちを見下ろせる。
 
 空神は、天狗とも呼ばれ、慢心の権化であり、自己顕示欲の高い教えたがり魔でもある。
 高い高い鼻は、そんな性格の象徴と言える。
 
 慢心。
 自惚れ。
 傲慢。
 
 ただただ周囲から嫌悪される材料でしかないが、その裏に確かな実力があるとすれば、話は変わる。
 この危機的状況を回避できる能力があるのではないかと思わせれば、話は変わる。
 
 人間たちは足を止めて、空神へと懇願する。
 
「ど、どうすれば我々は助かりますか!」
 
「私たちは死にたくないです!」
 
「教えてください、天狗様!」
 
「がーっはっはっは! 良かろう良かろう! 小人間を救うのも、神の役目! 朕に任せるがよい!」
 
 空神は自身を扇いでいたセンスをたたみ、自身を天狗と呼んだ人間に思いっきり振り下ろした。
 センスは人間を押しつぶし、真っ赤な肉片へと変えた。
 
「ひっ!?」
 
「しかし、朕のことは空神と呼べ。朕は天の支配者。天に住む狗っころ扱いされるのは、いくら心の広い朕と言えども、許しがたい」
 
「ひ……。わ、わかりました……」
 
 肉片の横に、人間たちは跪いた。
 僅かな言葉の間違いで殺される可能性があってなお、跪いた。
 
 空神が味方でないことなど、最初から承知の上だ。
 生きるためなら、毒をも喰らう。
 妖怪には妖怪を。
 神には神を。
 
「では今から、小人間どもに朕の空神道を教えてやろう」
 
「そ、空神道?」
 
「然り! 朕が死を克服し、神として君臨し続けて言いる理由こそ、この空神道を極めたからに他ならぬ」
 
 一人の人間が、恐る恐る手をあげる。
 
「空神様。無知な私めに、ご教授ください」
 
「なんだ! 言ってみよ!」
 
「ありがとうございます。恐れながら、私は空神道なる教えを聞いたことがございません。いったい、どのような教えなのでしょうか」
 
「良き質問だ!!」
 
 空神はぐーっと胸を張り、長い鼻をさらに長く伸ばす。
 
「空神道とは!! 仏道を踏み台に!! 朕の考えた新たなる教え!!」
 
 仏道。
 仏が教えた悟りへ到る道。
 悟りを得た人間は、生死を超えた永遠の真理を会得するとも言われている。
 
 日本人は、宗教について関心が薄い。
 あるいはカルト的な連想をする者が多い。
 だからこそ、世界中で多くの人間が信仰している仏教で使われる言葉、仏道と聞いた時、人間たちは少しだけ安堵した。
 土台に仏道があるのならば、空神道も悪い教えではないだろうと。
 
「……空神道をお教えください。我々をお救いください」
 
「がーっはっはっは! おうおう、よかろう!! しっかりと朕の教えを聞くがよい!!」
 
 
 
 かくして人間たちは、空神の元、空神道を学んだ。
 
 仏道と邪法。
 二つの混じった空神道の教えを。
 
 人間たちは、空神道を会得した。
 仏道の教えを習得することで、人間たちは地獄へ落ちることがなくなった。
 邪法の教えを習得することで、人間たちは極楽へ辿り着くことがなくなった。
 
「おうおう、よく頑張ったな小人間ども!!」
 
 人間たちは死から救われた。
 地獄でもない。
 極楽でもない。
 輪廻の外へと辿り着いた。
 
 後にその場所は、辿り着いた人間たちによって無間地獄と名付けられた。
 
 
 
 人間たちは、空神道の教えの末端に、こっそり一行付け足した。
 
 
 
 ――善意が善であるとは限らない。
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