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第11話 第二回戦・2

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「時間がない! 急いで探しに行くぞ!」
 
「あ! おい待て!」
 
 ゲーム開始直後、生徒たちの行動は大きく二つ。
 がむしゃらにカードを探しに動く者と、探し方を考える者。
 
「一分、時間をくれ!」
 
 二年三組をまとめ上げたのは、慧一だ。
 探しに行こうとした生徒を引き止めて、指示を出す。
 
「このゲーム、全員ががむしゃらに探すと同じ場所を何度も探すことになって、無駄が多い。事前に探す場所を決めて、二人一組でしらみつぶしに探していこう」
 
 学校は、広い。
 一年生から三年生の教室がある三階建ての本館。
 美術や技術の実験や実習で使用する教室が集合した東館。
 職員室、図書室、保健室と言った授業以外の目的で使用する部屋が集合した西館。
 本館を中心に東館と西館が伸びてコの字をしており、三館に囲まれるように中庭が存在する。
 本館の裏にはグラウンドやテニスコート、本館と中庭を挟んで大小二つのアリーナ。
 アリーナから少し離れたところには、トレーニングルームや資料館もある。
 三時間で探し切るには、あまりにも広すぎる。
 
 だからこそ、大切なのは速度と効率である。
 素早く行動できることは、慧一の長所だ。
 独断で二十人を十組に分けて、探す場所を指定していく。
 
「小田君と大塚君は本館の一階、小川君と鈴木陽子さんは本館の二階、安藤君と西月さんは本館の三階、田村君と稲垣さんは東館の一階、豚山君と田中君は東館の二階、白井さんと大山さんは東館の三階、小林さんと武田さんは西館の一階、東君と小野さんは西館の二階、寺井君と白石さんは西館の三階、鈴木めぐみさんとぼくは小アリーナから調べよう」
 
 選んだ二人に、意味はない。
 しいていえば、近くに立っていたから、それだけだ。
 
「探し終えた人とカードを見つけた人は、グループチャットに書いてくれ。情報をもとに、次を考える!」
 
 慧一は、自身のスマホでチャットアプリを開き、二年三組の生徒全員が入っているグループチャットを周囲に見せる。
 
「了解!」
 
 素早く行動できる慧一の長所を、同級生は信頼している。
 素早い行動が、ベストではないがベターな結果を残すことも知っている。
 だから、異を唱えることはなかった。
 
「俺は、資料室を探したい」
 
 京平一人を除いて。
 
「何故だい?」
 
「なんとなく。さっきのルール説明で、気になったことがあって」
 
「気になったこと?」
 
 さっそく足並みを乱されたことに、慧一は少々不服だったが、第一回戦を切り開いた京平の閃きにいくらかの信頼を寄せてもいた。
 あるいは、京平の一言がなければ死んでいたかもしれないという事実が、知らず知らず京平に貸しを作ったという気持ち悪さを残していた。
 京平が気になったことを具体的に聞き、その上で判断したいとも思ったが、同時に聞いている時間が勿体ないとも思った。
 
「わかった。鈴木めぐみさんは、小野さんと西館の二階を探してくれ。小アリーナは、ぼく一人で探す」
 
 結果、慧一は京平の言葉を信用することを選んだ。
 時に直感は、計算を上回ることを、慧一は知っている。
 
「ありがとう」
 
「信じるぞ。では、行こう!」
 
 慧一の合図で、皆が担当の場所へと駆けだした。
 広い広い校舎から、小さな小さなカードを探すために。
 
 京平も資料室へと走り出す。
 走り出した瞬間に、ちらりと萌音の方を見る。
 同じタイミングで、萌音も京平の方を見た。
 萌音は両手をグッと握りしめ、京平に頑張ろうと合図した。
 京平もまた、グッと親指を立てて応えた。
 
 
 
 資料室に到着した京平は、片っ端から資料を開き、ページの間にカードが挟まっていないかを確認する。
 
 宝探しポーカー。
 公表しているルールは、学校にばら撒かれたカードを探すこと。
 そして、公表していないルールが二つある。
 一つ目は、探すのに時間がかかる場所や手に取るのが難しい場所ほど、数字の大きなカードがあること。
 二つ目は、カードが探知機の役割も兼ねており、手に持っているカードよりも数字が小さいカードが近くにあった場合、カードが熱を帯びて教えてくれること。
 つまり、如何に最初に高い数字のカードを入手できるかが、このゲームの鍵となる。
 
 だから京平は、資料館の本の中であれば、探すのに時間がかかる場所に該当するだろうと踏んで、真っ先にやってきた。
 本の冊数は図書室の方が多いため、ポーカーにおける最大のカード『ジョーカー』を資料館に期待してはいない。
 最低限、絵札があるだろうとの考えだ。
 
 本を手に取り、パラパラめくり、床に捨てる。
 それを繰り返す。
 気が遠くなる作業を、一人で黙々とこなしていく。
 
 十分経過。
 ニ十分経過。
 京平のスマートフォンに、調べ終えた連絡や、カードが見つかった連絡が届く。
 案の定、見つかったカードは二や三で、強いと呼べないカードばかりである。
 
「京平君の方はどうだい?」
 
 京平の個別チャットに、慧一からメッセージが飛んでくる。
 急かすなよと京平は不満げだったが、デスゲームの背景を知る者と知らない者では時間の感覚も違うのだろうと、納得した。
 
「まだだよ」
 
「そうか。見つかりそうになければ、アリーナに合流してほしい。さすがに一人で探すには広すぎてね」
 
 ニ十分。
 それは、慧一にとって大きな時間だ。
 慧一は、京平の当てが外れたならば、すぐにでも自身に合流し、決めた順に学校を探す作業へ移って欲しいと考えていた。
 数人の生徒たちがニ十分でカードを発見しているのに対し、未だ京平が一枚も発見していない事実は、京平の行動を当てが外れた行動と解釈した。
 
 対して京平は、ルールを知っているからこそ、ニ十分を小さな時間と捉えていた。
 宝探しポーカーは、三つのフェーズに分けられる。
 最初は、がむしゃらにカードを探して、数枚見つけるフェーズ。
 次は、探すのに時間がかかる場所や手に取るのが難しい場所ほど数字の大きなカードがあるという法則に気づくフェーズ。
 最後は、カードが探知機の役割も兼ねていることに気づき、効率的にカードを探し始めるフェーズ。
 そして、最後のフェーズが始まった時点で、最も大きなカードを持っているクラスが絶対的に有利で、勝利する可能性が高い。
 
 京平は、二番目のフェーズが始まるまで、一時間はかかると予想していた。
 よって、一時間以内に絵札を手に入れ、他のクラスが強いカードを探し始めた裏で、絵札以下のカードをかっさらうことが勝利の条件。
 もとより、絵札だけの強い役をそろえられるとは考えておらず、如何に絵札以外、つまりは十以下のカードを大量に集められるかが勝敗を握ると、京平のは理解していた。
 
「もう少し、時間をくれないか?」
 
「どのくらい?」
 
「最低、後四十分」
 
「……本当に、大丈夫なんだろうね?」
 
「ああ」
 
「わかった」
 
 慧一に、不満がないと言えば嘘にになる。
 京平が意地を張っているだけだと疑ってないと言えば嘘になる。
 それでも、一時間は慧一が待てるギリギリの時間だった。
 
 
 
 五十分経過。
 
 京平も、少しだけ焦り始める。
 本当にここにあるのかと自問自答する。
 京平の自信の根拠は、神へルールを伝える際、京平は探すのに時間がかかる場所の例として本の間や高い場所と言ったことだ。
 京平が言ったことで、神があえて両者にカードを配置しない可能性もあったが、どちらの場所も、知っていても探すのに時間がかかる場所だ。
 時間がかかると言う事は、誰もが平等に絶望する公平な場所だ。
 神の性格を考えれば、平等な不利を作り出すだろうと信じていた。
 
「あー、くそっ! 時間が!」
 
 京平の声が、誰もいない資料室に響く。
 
 五十一分。
 
 五十二分。
 
 五十三分。
 
 時間が過ぎていく。
 容赦なく。
 躊躇なく。
 そろそろ各クラスが本館、東館、西館辺りを調べ終え、グラウンドや資料館を探し始める。
 
 五十四分。
 
 五十五分。
 
 五十六分。
 
 グループチャットには、カード発見の連絡が合計四件。
 二、二、三、六。
 二のワンペア。
 ストレートが揃いそうで揃わない現状に、神もずいぶん意地の悪い置き方をすると、京平は苦笑いする。
 
「たぶんこれ、数の大きなカードほど、探すのが難しい場所に隠されてる」
 
「五のカード見つけた。六のカードが段々熱くなってきたから、不思議に思って周辺を探してみたら、あった!」
 
「カードが、他のカードの位置を教えてくれるってこと?」
 
 二年三組の生徒たちは、宝探しの公表していないルールに近づいていく。
 着実に。
 それは、他のクラスも同様。
 
 五十七分。
 
 五十八分。
 
 五十九分。
 
 
 
 一時間。
 
「京平君、一時間だ。ぼくのところへ合流してほしい」
 
「見つけた!」
 
 ギリギリではあったが、第二回戦は京平の想定通りに進んだ。
 
「資料室の本の中に、スペードのキングを見つけた!」
 
 エースに次ぐ、二番目に強いカード。
 クイーン以下のカードの探知機を。
 
 ゲーム終了まで、残り二時間。
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