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第21話 第四回戦・2
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「はあ……はあ……。鬼が……、すかい君が増えた……」
青澄は、交差点からすぐ近くの物陰に隠れていた。
青澄が一人で走ればもっと遠くまで行くことは可能だったが、すっかり動かなくなった京平を連れていれば、ここが限界。
距離をとることはできず、隠れるしかなかった。
ゲームが始まってから、京平はぼーっと立ち尽くしていた。
瞳に感情はなく、消えかけの蠟燭火のように朧気だ。
まるで、死に場所を決めたように。
「もう、どうでもいい」
現在の京平の精神は、分断されていた。
デスゲームに関わる場所にいるときは、現実を受け入れた無気力となった京平。
日常にいるときは、現実を受け入れられずに幻の萌音と過去の記憶の中で生きる京平。
今は、当然前者だ。
放っておけばすぐにでも殺され、ゲームは終了していたが、京平に死んでほしくない青澄の手によって京平は救われた。
手を引かれ、強引に交差点から離された。
青澄は、声を出させないように手で京平の口を押さえながら、物陰からすかい君の様子を伺う。
もしも、すかい君が交差点の周辺に隠れた人間を探すことから始めれば、京平と青澄は死ぬ。
動かない京平を連れて、青澄は逃げ切れる自身などなかった。
一方で、すかい君が目に見える人間を追いかけることから始めれば、この場だけは生き残ることができる。
「あー、ずいぶん遠くまで逃げてますねー。ま、関係ないですけどね」
幸い、すかい君は目に見える人間を優先した。
手に持ったマシンガンを放って、遠くに見える高校生たちの動きを封じる。
後は、倒れ込む高校生のところまで走り、棍棒で頭を叩き潰していく。
ガンガンガン。
ゴンゴンゴン。
道路はべこべこの穴だらけ。
べちょべちょの血だらけ。
「五分が経過しました。鬼の数が倍になります」
すかい君は四人になった。
四人分の足跡は、交差点からどんどん遠くなっていく。
青澄は急場をしのげたことに安堵すると同時に、自身の手が京平の口に触れていることを思い出し、赤面しながら手を離す。
勿体なさそうにハンカチで手を拭きながら京平の顔を見るも、京平は未だに動かない。
「東君……」
青澄が、京平の頬に触れる。
体温はある。
肉体は生きている。
何と声をかけていいかはわからないが、声をかけることだけは決めていた。
「東君」
京平は動かない。
「東君」
京平は動かない。
「西月さんが亡くなって辛いの、わかるよ」
京平は動かない。
「大切な、幼馴染だったんだもんね」
京平は動かない。
「子供の頃から、ずっと一緒にいたんだってね」
京平は動かない。
「でも、もういないんだよ」
京平は動かない。
「東君!」
京平は動かない。
「五分が経過しました。鬼の数が倍になります」
「五分が経過しました。鬼の数が倍になります」
「五分が経過しました。鬼の数が倍になります」
青澄の必死の表情も、京平には届かない。
青澄の必死の叫びも、京平には届かない。
目も耳も、京平は塞ぎ終えた。
「東君……」
塞ぎ終えたところに触れたところで、京平に届くはずもない。
青澄は自身の掌を見つめた後、覚悟を決めて京平に近づく。
手を伸ばせば届くよりも近い距離へ。
息がかかるよりも近い距離へ。
塞がれていない、口元へ。
青澄と京平の唇が触れた。
「…………」
「…………」
「…………」
「……!? 白石さん!?」
京平が目と耳を覚まし、両肩を掴んで青澄を自身の体から離した。
離された青澄は顔を真っ赤にしたまま俯いて、京平もまた顔を真っ赤に染めた。
京平は、腕で唇をごしごしと擦り、俯く青澄の唇を見てさらに強く擦った。
京平は、キスをしたことがない。
最初に受け入れるのであれば萌音の唇だろうと思い込み、他の一切を受け入れなかった。
中学生の頃は、布団に唇が触れることもファーストキスになるのではと恐れ、気を付けていたほどの筋金入りだ。
萌音のいない今では、否、萌音と京平が結ばれることがなくなった瞬間から、その想いは呪いでしかなくなったが。
あっけなく奪われたファーストキスを前に、京平は青澄を睨みつける。
「なにをするんだ!」
そして、青澄へと掴みかかる。
「俺初めては……! 初めては……!」
無念の言葉を出しかけて、口を閉ざす。
京平の求めた初めてなど、もうやってこないと思い出した。
「……こうでもしないと……見てくれないと思って」
青澄がゆっくりと顔を上げ、京平の瞳をじっと見ている。
熱を帯びている青澄の強い瞳に、京平は少しだけたじろいだ。
「……ようやく、見てくれた」
感情の宿った京平の瞳を見て、青澄は嬉しそうに微笑んだ。
「もういいんだ」
京平は、呟いた。
京平は、死にたかった。
萌音が生きる妄想の世界にいる間に、死にたかった。
東京都の高校生全員と天秤にかけて生かそうとした萌音がいない今、京平が考える唯一の萌音の供養が、死だった。
萌音を殺したデスゲームの中で、東京全てを巻き込んだ壮大な自死。
幼馴染と一緒に死ぬことができた千雪が羨ましい。
千雪の置き土産が、京平に歪んだ願望を与えていた。
「もういいっていうのは、西月さんがいないから?」
「そうだよ」
「西月さんなら、東君に生きて欲しいって言うと思」
「言わないよ。俺は、ただの幼馴染だから」
京平が口を開くほど、青澄には京平の無念が伝わってきた。
萌音に最も近いところへいたはずの京平が、萌音を理解できていないと口にする、それは何より大きな京平の変化だった。
京平の変化を聞いた青澄は、京平を立ち直らせる一筋の光を見た。
青澄は、京平が萌音を助けられなかった自責の念によって、萌音の喪失によって、京平の心が壊れたと考えている。
京平がゲームよって一を殺そうとし、そのせいで萌音も死んでしまったという実情を知らない。
だからこそ、萌音への狂信という自信を失い、京平の心の萌音がいた場所に、ぽっかりと穴が開いているのが見えた。
穴を、別のもので埋めるしかないと思った。
京平への心配と、青澄自身のみっともない欲望。
「私は、生きて欲しい」
青澄は、自分の心を、京平の心の穴に注ぎ始めた。
「え?」
「私は、東君に生きて欲しい。私のために、生きて欲しい。私と一緒に、生きて欲しい」
感情を羅列する。
高鳴る緊張が、青澄に正常な文法の使用を許さない。
「私の事を、好きにならなくても構わない。私を、西月さんの代わりにして欲しい。東君が生きる、理由にして欲しい!」
「……白石さん?」
ところで、京平は壊れている。
萌音を失ったときに壊れている。
青澄もまた、壊れている。
なまじ容姿がいいゆえに、悪い男性に言い寄られたことで人間拒絶の人生を送ってきた。
結果、死の淵に立ち、京平に救われ、初恋を感じた時点で壊れた。
来週には死んでいるかもしれないという極限状態の中で、これが最後の恋愛かもしれないというコンプレックスが、京平への恋心を爆発的に引き上げていた。
「私のファーストキスの……責任を取って欲しい」
手を変え品を変えた、青澄からの恋の言葉の一つが、京平の地雷を踏んだ。
ファーストキスという言葉は、京平には重すぎた。
京平にとってファーストキスは、人生十六年大切に守り続けてきた重い物。
青澄の言葉は京平にとって、青澄が十六年の人生すべてを捧げたことと同義だった。
それは愛情か。
それは同情か。
それは狂気か。
京平には正体がわからないが、青澄の言葉は京平の心の中を確かに埋めた。
京平は、青澄をその場で抱きしめた。
生きる理由を見失っていた京平は、別の生きる理由を見つけた。
青澄は、京平を抱きしめ返す。
二人はそのまま、抱き合い、座っていた。
「五分が経過しました。鬼の数が倍になります」
「五分が経過しました。鬼の数が倍になります」
「五分が経過しました。鬼の数が倍になります」
「五分が経過しました。鬼の数が倍になります」
「五分が経過しました。鬼の数が倍になります」
「五分が経過しました。鬼の数が倍になります」
「五分が経過しました。鬼の数が倍になります」
「五分が経過しました。鬼の数が倍になります」
その茶番劇の間、二人が鬼に見つからなかったのは、奇跡と呼ぶしかない。
「今生き残ってる人、ゲームクリア」
第四回戦は、終了した。
青澄は、交差点からすぐ近くの物陰に隠れていた。
青澄が一人で走ればもっと遠くまで行くことは可能だったが、すっかり動かなくなった京平を連れていれば、ここが限界。
距離をとることはできず、隠れるしかなかった。
ゲームが始まってから、京平はぼーっと立ち尽くしていた。
瞳に感情はなく、消えかけの蠟燭火のように朧気だ。
まるで、死に場所を決めたように。
「もう、どうでもいい」
現在の京平の精神は、分断されていた。
デスゲームに関わる場所にいるときは、現実を受け入れた無気力となった京平。
日常にいるときは、現実を受け入れられずに幻の萌音と過去の記憶の中で生きる京平。
今は、当然前者だ。
放っておけばすぐにでも殺され、ゲームは終了していたが、京平に死んでほしくない青澄の手によって京平は救われた。
手を引かれ、強引に交差点から離された。
青澄は、声を出させないように手で京平の口を押さえながら、物陰からすかい君の様子を伺う。
もしも、すかい君が交差点の周辺に隠れた人間を探すことから始めれば、京平と青澄は死ぬ。
動かない京平を連れて、青澄は逃げ切れる自身などなかった。
一方で、すかい君が目に見える人間を追いかけることから始めれば、この場だけは生き残ることができる。
「あー、ずいぶん遠くまで逃げてますねー。ま、関係ないですけどね」
幸い、すかい君は目に見える人間を優先した。
手に持ったマシンガンを放って、遠くに見える高校生たちの動きを封じる。
後は、倒れ込む高校生のところまで走り、棍棒で頭を叩き潰していく。
ガンガンガン。
ゴンゴンゴン。
道路はべこべこの穴だらけ。
べちょべちょの血だらけ。
「五分が経過しました。鬼の数が倍になります」
すかい君は四人になった。
四人分の足跡は、交差点からどんどん遠くなっていく。
青澄は急場をしのげたことに安堵すると同時に、自身の手が京平の口に触れていることを思い出し、赤面しながら手を離す。
勿体なさそうにハンカチで手を拭きながら京平の顔を見るも、京平は未だに動かない。
「東君……」
青澄が、京平の頬に触れる。
体温はある。
肉体は生きている。
何と声をかけていいかはわからないが、声をかけることだけは決めていた。
「東君」
京平は動かない。
「東君」
京平は動かない。
「西月さんが亡くなって辛いの、わかるよ」
京平は動かない。
「大切な、幼馴染だったんだもんね」
京平は動かない。
「子供の頃から、ずっと一緒にいたんだってね」
京平は動かない。
「でも、もういないんだよ」
京平は動かない。
「東君!」
京平は動かない。
「五分が経過しました。鬼の数が倍になります」
「五分が経過しました。鬼の数が倍になります」
「五分が経過しました。鬼の数が倍になります」
青澄の必死の表情も、京平には届かない。
青澄の必死の叫びも、京平には届かない。
目も耳も、京平は塞ぎ終えた。
「東君……」
塞ぎ終えたところに触れたところで、京平に届くはずもない。
青澄は自身の掌を見つめた後、覚悟を決めて京平に近づく。
手を伸ばせば届くよりも近い距離へ。
息がかかるよりも近い距離へ。
塞がれていない、口元へ。
青澄と京平の唇が触れた。
「…………」
「…………」
「…………」
「……!? 白石さん!?」
京平が目と耳を覚まし、両肩を掴んで青澄を自身の体から離した。
離された青澄は顔を真っ赤にしたまま俯いて、京平もまた顔を真っ赤に染めた。
京平は、腕で唇をごしごしと擦り、俯く青澄の唇を見てさらに強く擦った。
京平は、キスをしたことがない。
最初に受け入れるのであれば萌音の唇だろうと思い込み、他の一切を受け入れなかった。
中学生の頃は、布団に唇が触れることもファーストキスになるのではと恐れ、気を付けていたほどの筋金入りだ。
萌音のいない今では、否、萌音と京平が結ばれることがなくなった瞬間から、その想いは呪いでしかなくなったが。
あっけなく奪われたファーストキスを前に、京平は青澄を睨みつける。
「なにをするんだ!」
そして、青澄へと掴みかかる。
「俺初めては……! 初めては……!」
無念の言葉を出しかけて、口を閉ざす。
京平の求めた初めてなど、もうやってこないと思い出した。
「……こうでもしないと……見てくれないと思って」
青澄がゆっくりと顔を上げ、京平の瞳をじっと見ている。
熱を帯びている青澄の強い瞳に、京平は少しだけたじろいだ。
「……ようやく、見てくれた」
感情の宿った京平の瞳を見て、青澄は嬉しそうに微笑んだ。
「もういいんだ」
京平は、呟いた。
京平は、死にたかった。
萌音が生きる妄想の世界にいる間に、死にたかった。
東京都の高校生全員と天秤にかけて生かそうとした萌音がいない今、京平が考える唯一の萌音の供養が、死だった。
萌音を殺したデスゲームの中で、東京全てを巻き込んだ壮大な自死。
幼馴染と一緒に死ぬことができた千雪が羨ましい。
千雪の置き土産が、京平に歪んだ願望を与えていた。
「もういいっていうのは、西月さんがいないから?」
「そうだよ」
「西月さんなら、東君に生きて欲しいって言うと思」
「言わないよ。俺は、ただの幼馴染だから」
京平が口を開くほど、青澄には京平の無念が伝わってきた。
萌音に最も近いところへいたはずの京平が、萌音を理解できていないと口にする、それは何より大きな京平の変化だった。
京平の変化を聞いた青澄は、京平を立ち直らせる一筋の光を見た。
青澄は、京平が萌音を助けられなかった自責の念によって、萌音の喪失によって、京平の心が壊れたと考えている。
京平がゲームよって一を殺そうとし、そのせいで萌音も死んでしまったという実情を知らない。
だからこそ、萌音への狂信という自信を失い、京平の心の萌音がいた場所に、ぽっかりと穴が開いているのが見えた。
穴を、別のもので埋めるしかないと思った。
京平への心配と、青澄自身のみっともない欲望。
「私は、生きて欲しい」
青澄は、自分の心を、京平の心の穴に注ぎ始めた。
「え?」
「私は、東君に生きて欲しい。私のために、生きて欲しい。私と一緒に、生きて欲しい」
感情を羅列する。
高鳴る緊張が、青澄に正常な文法の使用を許さない。
「私の事を、好きにならなくても構わない。私を、西月さんの代わりにして欲しい。東君が生きる、理由にして欲しい!」
「……白石さん?」
ところで、京平は壊れている。
萌音を失ったときに壊れている。
青澄もまた、壊れている。
なまじ容姿がいいゆえに、悪い男性に言い寄られたことで人間拒絶の人生を送ってきた。
結果、死の淵に立ち、京平に救われ、初恋を感じた時点で壊れた。
来週には死んでいるかもしれないという極限状態の中で、これが最後の恋愛かもしれないというコンプレックスが、京平への恋心を爆発的に引き上げていた。
「私のファーストキスの……責任を取って欲しい」
手を変え品を変えた、青澄からの恋の言葉の一つが、京平の地雷を踏んだ。
ファーストキスという言葉は、京平には重すぎた。
京平にとってファーストキスは、人生十六年大切に守り続けてきた重い物。
青澄の言葉は京平にとって、青澄が十六年の人生すべてを捧げたことと同義だった。
それは愛情か。
それは同情か。
それは狂気か。
京平には正体がわからないが、青澄の言葉は京平の心の中を確かに埋めた。
京平は、青澄をその場で抱きしめた。
生きる理由を見失っていた京平は、別の生きる理由を見つけた。
青澄は、京平を抱きしめ返す。
二人はそのまま、抱き合い、座っていた。
「五分が経過しました。鬼の数が倍になります」
「五分が経過しました。鬼の数が倍になります」
「五分が経過しました。鬼の数が倍になります」
「五分が経過しました。鬼の数が倍になります」
「五分が経過しました。鬼の数が倍になります」
「五分が経過しました。鬼の数が倍になります」
「五分が経過しました。鬼の数が倍になります」
「五分が経過しました。鬼の数が倍になります」
その茶番劇の間、二人が鬼に見つからなかったのは、奇跡と呼ぶしかない。
「今生き残ってる人、ゲームクリア」
第四回戦は、終了した。
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