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第30話 第六回戦・2

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「やった……! 生き残ったんだ!」
 
「やったあ!」
 
「俺たち、神を倒したんだ!」
 
「友達の、敵をとれたんだ!」
 
 頭部を失った奈々の死体の周りで、神奈川県の高校生たちは歓喜の声を上げる。
 恐怖からの解放感。
 復讐の達成。
 様々な喜びが舞う。
 
「お前のおかげだ!」
 
「ありがとう! 命の恩人!」
 
 奈々を指差したただの凡人は、一躍英雄となった。
 
 
 
 そんな光景は、他の高校生たちにとって、強い興奮剤になる。
 凡人の成功体験は、自分でもできるかもしれないという行動起爆剤。
 
「こいつが神様だ! こいつの怪力、人間とは思えねえ!」
 
 行動は、連鎖する。
 間違えたところでリスクがないとなれば、なおさらに。
 馬鬼が、指を刺される。
 
「お、お前……!」
 
 群馬県の高校生の前に、青と赤の二枚の紙が現れる。
 
 処刑賛成。
 処刑賛成。
 処刑賛成。
 
 感情の高ぶった高校生たちは、奈々の時よりも早く、答えを出していく。
 自分たちも、デスゲームを終えたい。
 間違えたとしてもリスクはない。
 
 馬鬼の全身が、青い光に包まれる。
 
「処刑執行」
 
 馬鬼の頭部が破裂する。
 
「群馬県、ゲームクリア」
 
 二人目の神様が、堕ちた。
 
「た、助かったあああ!」
 
「いやったー!」
 
「生き延びた! 俺たち、生き延びたんだ!」
 
 奈々と馬鬼。
 しいて二人の死因を上げるとしたら、目立ち過ぎたこと。
 先天的な勘の良さでゲームを圧勝してきた奈々と、人間離れした怪力で巨大迷宮の魔物を殴り倒してきた馬鬼。
 誰の目からも目立ち、誰の目からも特別で、それゆえ神様だと思われた。
 
「こいつが神様だ! こいつ、巨大迷宮を迷わずそっこーでクリアしてた!」
 
 行動は、連鎖する。
 葉助が、指を刺される。
 
「はっ!?……馬鹿! お前、誰を指差して! 取り消せ!!」
 
 千葉県の高校生の前に、青と赤の二枚の紙が現れる。
 
 処刑賛成。
 処刑賛成。
 処刑賛成。
 
 次々と示される賛成を前に、葉助の脳が高速で回転する。
 自分がもう助からないという絶望を、自分だけが死んでしまう理不尽と言う怒りが上回る。
 
「くそ……てめえら……!」
 
 理不尽には理不尽を。
 どうせ死ぬならと、葉助は最悪のカードを切る。
 
 ――お前たちがルールを考えた人間だと参加者にバレても道連れで死亡。
 
 道連れと言う。最悪のカードを。
 
「そ、そうさ」
 
 処刑が執行されるよりも早く、大衆の注目を集める中、葉助は笑った。
 
「そうさ! 俺が神様だ! 千葉県のデスゲームを考えたのは、この俺だ!! どうだ、バレたぞ! 参加者にバレちまったぞ!! なあ、神!!」
 
 そして、葉助は神を見る。
 自分ごと全員殺せと、目で訴えかける。
 自身の処刑を喜ぶ高校生たちを全員殺せと、目で訴えかける。
 
「あー、あったなそんなルール」
 
 葉助の言葉を受け、神は思い出したように呟いた。
 
「第六回戦には邪魔になる。廃止」
 
「……は?」
 
 想定外の言葉にポカンとする葉助の頭上を、無情な言葉が飛び越えた。
 
「処刑執行」
 
 葉助の頭部が破裂する。
 
「千葉県、ゲームクリア」
 
 三人目の神様が、堕ちた。
 
「たす……かった?」
 
「はは、何だ最後の?」
 
「知らねえ! とにかく、助かったんだ!」
 
 勢いは、止まらない。
 代表者は、目立ち過ぎていた。
 ゲームの流れは、完全に参加者側になった。
 
「こいつが神様だ!」
 
 勢いは、加速する。
 
「ち、違う!」
 
 京都府の高校生の前に、青と赤の二枚の紙が現れる。
 
 処刑賛成。
 処刑賛成。
 処刑賛成。
 
 感情の高ぶった高校生たちは、馬鬼の時よりも早く、答えを出していく。
 
「処刑執行」
 
 一人の高校生の頭部が破裂する。
 
「こ、これで俺たちも助かったんだ!」
 
「やった……! やったあ!」
 
「さあ! 早く、ゲームクリアの合図を!」
 
 さて、興奮を冷ますのは簡単だ。
 必ず成功すると思ってた行動が、実は失敗する可能性もあるのだと教えてやればよい。
 リスクがないと思っていた行動が、大きなリスクを持っていると教えてやればよい。
 
「……あれ?」
 
 頭部を失った死体を目の前に、指を刺した高校生は首を傾げる。
 ゲームクリアにならない。
 
 その意味を理解した時、指を刺した高校生の顔が青くなる。
 無実の人間を、自分の手で殺してしまったことに恐怖し、全身が震える。
 恐る恐る手を下ろし、恐る恐る周囲を見渡す。
 自身に同調して処刑を賛成したはずの面々は、殺人鬼でも見るような目で彼を見ていた。
 
「うそ……神様じゃないじゃん……」
 
「え、俺たち、無実の人を殺したの?」
 
「うそ……」
 
「いや、俺たちのせいじゃない」
 
「そ、そうよ。私たちは、神様はこいつだって言うから、従っただけで」
 
「そうだよな。殺したのって」
 
 無数の視線が刺さる。
 
「……人殺し」
 
 言葉が刺さる。
 
「人殺し」
 
「人殺し」
 
「人殺し」
 
「人殺し!」
 
「人殺し!」
 
「責任取れ!」
 
 指が刺さる。
 
「こいつが神様だ」
 
 不安な空気に必要なのは、絶対的な正義だ。
 絶対的な正義に必要なのは、法に則った厳密な罰だ。
 
 刑法第一九九条。
 殺人罪。
 人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。
 
 無実の人間を神様扱いして殺した人間への罰は、死刑が相応しい。
 
「ま、待って! 違うんだ! お、俺は!」
 
 処刑賛成。
 処刑賛成。
 処刑賛成。
 
「処刑執行」
 
 高校生たちの思想は理不尽にも一致し、一人の人間が堕ちた。
 
 
 
 以降、神様への指差しは、ピタリと止まった。
 誰もが気づいた。
 ゲームの上で、無実の人間を指名してもリスクはない。
 しかし、無実の人間を指名した人間は、殺人鬼だから死んでも構わないという集団心理が向けられてしまうリスクがあるということに。
 誰もが、神様の正体をもしかしたらという感情のまま放置し、声を出せなくなっていた。
 
「な、なあ。お前、神様が誰か目星ついてないのかよ?」
 
「いや、確実じゃないし。そんなこと言ったら、お前だって」
 
「俺のは、ほら、確実じゃないから」
 
 誰もが、他人に任せたい。
 確信がない以上、死のリスクは犯せない。
 参加者は、被害者だ。
 リスクを負う覚悟など、持つはずもないし持ちたいとさえ思うわけがない。
 
 結果、死のリスクは、押し付けられる。
 
「おい! 神様のやつ! 自分で名乗れよ!」
 
 神様へと。
 参加者にとって幸いにも、葉助という神様を自白した前例が存在する。
 
「そ、そうだ! 名乗れ名乗れ!」
 
「散々人を殺してきたんだろ! 最後くらい、人の役に立って死ねよ!」
 
「責任とれよ!」
 
 神様も人間であることは、皆が理解している。
 しかし、無実の高校生たちをゲームによって次々殺してきた極悪人であると、皆が解釈している。
 であれば、最善手は神様が自主的に死ぬこと。
 何万人の高校生を救うために、たった一人の神様が死ぬことが、数字の上では最適解。
 
 神様への殺意は、増していく。
 
「おい! 聞こえてんだろ!」
 
「早く名乗れよ!」
 
「最後くらい責任取れよ!」
 
 さて、果たして神様死すべしという空気の中、手を上げる代表者はどれだけいるだろうか。
 代表者は、何を考えるだろうか。
 
 ――なんだこいつら?
 
 ――俺たちだって、神様やりたくてやってたんじゃないんだけど。
 
 ――私たちが、どんな思いでルールを考えてたかわかってるの?
 
 失望だ。
 自分たちが守っていた存在は、果たして守る価値があったのかという疑問と失望。
 人間は、もっと感情的だ。
 自分という一つの命と、自分以外という数多の命。
 天秤にかけた時、主観と言う感情によって数の大小で傾かない。
 
「おい! 早く出て来いよ!」
 
「私たちを殺す気なの!? 人殺し!!」
 
 
 
 誰だって、自分が可愛い。
 自分を可愛がるために、自分を正当化する論理を構築する。
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