純白の少女と烈火の令嬢と……

はの

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「これはいったい何事だ?」
 
 ルビーは忘れていた。
 ダイヤモンドが呼び出されるこのイベントは、オニキスの登場によって完結することを。
 ゲームでは、皇太子オニキス・アイボリーは、たまたま通りかかった校舎裏が水浸しになっていることに気づき、その中心にいる服の濡れたダイヤモンドと、水の魔法を使っているネールの姿を確認する。
 
 しかし今、この場にネールはおらず、いるのはルビーただ一人。
 平民と貴族のトラブルは、一般的に貴族からの理不尽に起因することが多い。
 まして、ルビーは気に食わない相手に対して正面から喧嘩を売る苛烈さを持ち合わせている。
 
 オニキスがこの惨状を見て、ルビーがダイヤモンドに危害を加えていると考えても、なんら不思議ではない。
 
「ルビー。君は一体何をやっている?」
 
 怒気を含むオニキスの言葉に、ルビーの背筋がサッと凍り付いた。
 口を開いて事情を説明しようとするも、突き刺さるオニキスの強い眼光が、ルビーの口を上手く動かすことを許さない。
 
「え、あ、いえ、これは」
 
 言葉が出てこないルビーの様子を、オニキスは自白と受け取った。
 
「まさか、入学早々問題を起こしてくれるとはな」
 
 オニキスが速足でルビーへと近づいてくる。
 
「ひっ!?」
 
 ルビーは、頭の中に響く破滅の音を聞きながら、小さく悲鳴を上げた。
 
「ご、誤解です!」
 
 そんな緊迫した状況を打ち破ったのは、ダイタモンドだ。
 公爵家ゆえオニキスの言葉を重く受け取りすぎるルビーと違い、ダイヤモンドは平民ゆえ、オニキスの言葉を適度にしか受け取れない。
 だからこそ、ルビーに代わって、ダイヤモンドは回答できた。
 
「ルビー様は、問題なんて起こしていません。むしろ私が……ちょっと同級生の方を怒らせてしまい、喧嘩になりそうだった所を諫めてくださったのです」
 
「ふむ」
 
 オニキスは足を止めて、改めて周囲を見る。
 水浸しの現場は、炎の魔法を得意とするルビーが暴れた後としてはあまりにも似合わない。
 オニキスは、自身の視野が狭くなっていたことを反省し、ルビーへと視線を戻す。
 
「彼女が言っていることは本当か?」
 
「え、あ、はい。本当、です」
 
「そうか。疑ってすまなかった」
 
「ああ、いえ。わかっていただければ、私はそれで」
 
「それで、誰がこんな真似を?」
 
 オニキスは、ルビーの仕業でないことは信じたが、ダイヤモンドの言う喧嘩になりそうだったでは到底納得できなかった。
 オニキスからの問いかけに、ルビーは口をつぐむ。
 回答するべきかしないべきか、ルビーの中に答えがなかった。
 オニキスが知るということは、王族の権力が動くということと同義だからだ。
 果たしてネールの件をそこまで大事にして良いものか、ルビーはこっそり天秤にかけた。
 
「言えないのならば、それでいい。この件は、君に任せよう」
 
 対し、ルビーの考えを理解したオニキスは、早々に前言を撤回した。
 下の人間の意思を尊重するのもまた王族の務め。
 
「しかし、もしも平民というだけで危害を加えようとする者がいるのなら、私としても見過ごす訳にはいかない。注意して見ておくようにはしよう」
 
 オニキスは、この場の全てをルビーに任せて立ち去った。
 
 オニキスが去った瞬間、ルビーの緊張の糸が切れて、汗が噴き出した。
 
「っはあああ!!」
 
「ルビー様!?」
 
 オニキスは、ルビーを家ごと取り潰す権力を持っている、いわば最も破滅を起こせる人間だ。
 一瞬でもかけられた嫌疑は、ルビーの心臓を握り潰せるプレッシャーを持っており、その解放感は並ではない。
 
 ルビーは全てが終わったことにひとまず安堵し、呼吸を整えてダイヤモンドの方へと向く。
 
「と、とにかく、今回の件は私が一先ず預かります」
 
 オニキスに任されてしまった以上、サファイアを止めなければ、ルビーも巻き添えを食らって破滅へ進む可能性も低くはない。
 明日にでもサファイアと接触しようと心に決めつつ、ルビーもこの場を去ろうと歩きだす。
 
「あ、あの!」
 
 が、ルビーの足は、ダイヤモンドからの呼びかけで止まった。
 
「何?」
 
「えっと、ダイヤモンドです」
 
「はい?」
 
「私、ダイヤモンド・レグホーンと申します」
 
 ふとルビーは、自身は名乗ったがダイヤモンドからの自己紹介がされていないことを思い出した。
 ルビーにとっては、ゲームの知識で良く知った名前であるが、ダイヤモンドにとっては現在がルビーとの初接触である。
 名乗ることは、不思議ではない。
 
「そう、ダイヤ。よろしくね」
 
 ルビーは一言だけ残して、再び歩き始めた。
 ルビーの背に向かって、ダイヤモンドは再び頭を下げた。
 
 
 
 翌日。
 
「あら?」
 
 授業に、サファイアは出てこなかった。
 ルビーは不思議に思いながら、放課後にサファイアの部屋の扉を叩く。
 
 コンコン。
 
 コンコン。
 
「……はい?」
 
 扉の奥から聞こえてきたのは、サファイアの使用人の声。
 
「ルビー・スカーレットと申します」
 
 ルビーが公爵家の名前を添えて名乗るも、扉が開くことはない。
 
「何か、御用でしょうか?」
 
 どころか、扉越しに会話が継続される始末。
 公爵家の人間に対してあまりにも無礼な行為であり、サファイア・インディゴ直属の使用人である事実を加味しても、眉を顰めない貴族はいないだろう。
 しかし幸い、現世の記憶が混じるルビーは、階級による無礼には比較的寛容だった。
 感情が乱れることなく、用件を伝える。
 
「サファイア様に、お伺いしたことが御座います。少しだけ、お時間頂けませんでしょうか」
 
「申し訳御座いません。お嬢様はお疲れのご様子ですので、本日はご遠慮ください」
 
 ルビーの用件は、使用人とサファイアとの相談時間もなく、即時に拒否された。
 それはつまり、面会の依頼を断るようにと、事前にサファイアから指示を受けている証明。
 同時に、返答に含まれているのは本日の面会の拒否だけで、後日に調整したい旨の内容が含まれておらず、サファイアが誰とも面会する気がないことを暗に示していた。
 
「そうですか。では、明日にお約束はできませんでしょうか?」
 
「何分、学院生活も始まったばかりでお嬢様の体調も安定しておらず、お約束はできかねます」
 
 念のためにルビーが探りを入れるも、案の定の拒絶で終わった。
 
「……そうですか。サファイア様のお身体が良くなるよう、お祈り申し上げます」
 
「ありがとうございます」
 
 成果はゼロ。
 ルビーは、とぼとぼと自身の部屋に帰っていった。
 サファイアがネールを使ってダイヤモンドに嫌がらせをした理由は、結局分からずじまい。
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