純白の少女と烈火の令嬢と……

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「シトリン、話がある」
 
「なんでしょうか、オニキス様。私はこれでも忙しい身なので、手短にお願いいたします」
 
 オニキスとルビーは、シトリンを呼び出した。
 オニキスとルビーが座り、テーブルを挟んでシトリンが向かい合って座る。
 まるで、オニキスとルビーがシトリン商会と商談でもしているかのような構図だ。
 
「この魔道具について、話を聞きたい」
 
 オニキスは、ダイヤモンドのベッドに刺さっていた魔道具をテーブルに置いた。
 
「拝見します」
 
 シトリンは魔道具を手に取り、全体をくまなく眺めた。
 
「これは、シトリン商会で開発したものだな」
 
「シトリン商会のエンブレムが入っておりますので、そうなりますね」
 
「この魔道具について、詳細を聞きたい」
 
「お断りいたします」
 
 オニキスからの強めの問いかけに、シトリンは平然として答えた。
 
「何故だ?」
 
「理由の説明も控えさせてください。商会にとって、顧客の情報を漏らすことは信用の低下、つまりは莫大な損失へと繋がります」
 
「私の頼みでもか?」
 
「はい」
 
 オニキスにとっては、わかりきった返答であった。
 オニキスは、王族として多くの商会と取引をしてきた。
 一部の悪意ある紹介を除けば、全ての商会は信用の構築を最重要視していた。
 それゆえにオニキス自身も安心した取引ができていたが、現在においてはその堅牢さが、オニキスの望みを妨げる。
 
「シトリン様」
 
「これはルビー様、いがななさいましたか?」
 
「私から、いくつか質問をさせて欲しいの。もちろん、答えられないことは答えられないで構いません」
 
「でしたら、どうぞ」
 
 ルビーは即座に、質問する役をオニキスから奪い取った。
 理由は二つ。
 シトリン商会との取引を行っているオニキスがこれ以上踏み込むと、オニキスとシトリン協会の間の信用を失い、今後のオニキスの不利益になる可能性があったため。
 ルビー自身はシトリン商会との取引を行っておらず、今後のシトリン商会との取引を失ったとしても、オニキスほどの痛手を負わないと判断したため。
 
 もう一つ。
 オニキスには、話すことではなく見ることに集中してほしかったため、
 
「ありがとうございます。ではまず、この魔道具はオーダーメイドの物ですね?」
 
「質問を返す形で申し訳ありませんが、何故、そう思われたのですか?」
 
「既製品であれば、オニキス様が魔道具の詳細を尋ねた際、将来の顧客となりうるオニキス様へ詳細を説明する方が商会の利益になると考えたからです。シトリン様が説明を避けたのは、この魔道具が顧客の要望を受けて作った者であり、詳細を話すことは顧客が魔道具を求める理由の特定、そして理由次第では顧客が誰かまで特定されかねないと考えられたから。違いますか?」
 
「私が何故詳細を話すことを避けたかについての回答は差し控えますが、この魔道具が既製品ではない、というのは正しいです」
 
 ルビーは、シトリンから視線を外さない。
 ルビーが外さない以上、シトリンも礼儀としてルビーから視線を離さない。
 それゆえ、二人とも状況を見ることができない。
 オニキスが、ルビーの意図を汲み取って、シトリンの表情を観察してシトリンの心の声を読み取ろうとしていることなど、誰にもわからない。
 
「この魔道具の顧客は、王宮魔術医、あるいはダイヤモンドさんではないですか?」
 
「お答えいたしかねます」
 
「ま、そうですよね」
 
「ええ」
 
 ルビーには、シトリンの表情の変化がわからない。
 商人に相応しく、べったりと表向きの表情を崩さない。
 ルビーは、オニキスがシトリンの表情から真実を暴いていることを期待しつつ、次の言葉を紡ぐ。
 
「次に、この魔道具がどこにあったかをお話します」
 
「それは、私への質問と関係が?」
 
「御座います。御商会の魔道具が悪事に使われているとすれば、商会のイメージダウンは必須でしょう。私が質問の背景を口にするのは、商会への注意喚起であり、シトリン様であれば善悪を踏まえた判断をしていただけると信じているからです」
 
「そうですか」
 
 シトリンの性格は、打算的かつ楽観的だ。
 善悪を無視する人間ではないが、利益があるならばグレーには足を踏み入れる。
 それも、踏み入れた結果を楽観的に考えるため躊躇いがない。
 つまり、間接的に悪事へ関わったシトリン商会、という言葉に対しても大きくひるむことはない。
 間接的、などシトリンはとっくに飲み込んでいる。
 
「まず、この魔道具は、とある生徒のベッドの下に突き刺さっていました。魔法陣と共に」
 
「ほう」
 
「その魔法陣が描かれたベッドで寝ていた者は、例外なく体調不良に倒れました」
 
「ほう」
 
「まだ調査中の段階ではありますが、この魔法陣は対象者の精神に何らかの影響を与える、悪意ある物であると考えられます。そして、シトリン様の開発した魔道具は、その助長をしている可能性があります。シトリン様、もしもこれが真実であれば、商会が悪事の一端に加担したという大きなイメージダウン、ひいては減益へと繋がります。商会が顧客の情報を秘匿する信用で成り立っていることは承知しておりますが、こういった悪事に加担しない姿勢を見せることもまた、商会の信用向上に繋がりませんでしょうか?」
 
 ルビーの言葉を聞き終えたシトリンは、感情なく笑った。
 
「ルビー様、貴女の意見は二つ間違っています」
 
「お伺いしても?」
 
「一つ。あらゆる道具は、使い手によって善にも悪にもなります。例えばナイフ。果物を切るために使えば便利な料理器具ですが、人を刺すために使えば凶器になります。仮にルビー様のお話が真実であったとしても、魔道具に罪はありません」
 
「正論ですね。二つ目をお伺いしても?」
 
「二つ目は、私のシトリン商会は、その程度のことで信用を失ったりはしませんよ。小さなケチをつける者はいるかもしれませんが、小さなケチがつくだけで傾く商会は、小さな商会か後ろめたいことをしていた商会のどちらかです。シトリン商会は、そのいずれでもありませんので」
 
 シトリンの言葉の語尾が、少しだけ強くなる。
 自身の商会への絶対的な自信と、その自信を疑われたことへの不快感。
 
「失礼しました、シトリン様」
 
 シトリンの示した不快感を察したルビーは、即座に頭を下げた。
 
「いえ。ルビー様が、商会を案じたが故の発言だったことは承知しておりますので」
 
 ルビーの言葉ではシトリンは揺るがないと、オニキスとルビーは一度の対話で理解した。
 静かに席を立ち、シトリンが対話の場を設けてくれたことへの感謝を述べる。
 
「突然だったにもかかわらず、対話に応じてくれて感謝する」
 
「ありがとうございます、シトリン様」
 
「いえいえ。私としても、オニキス様のお役に立つことができず、心苦しい限りです。また何かございましたら、どうぞご贔屓に」
 
 
 
 オニキスとルビーは廊下を歩く。
 オニキスが収穫した情報の共有会だ。
 
「魔道具の顧客については不明だ。王宮魔術医とダイヤモンドの名が出た時も、シトリンの表情に変化はなかった」
 
「顧客を守るという点では、さすが、というしかありませんね」
 
「ああ。だが、善悪を問われたところでは、少々心が揺れていた」
 
「本意ではないと?」
 
「商会としての方針、といったところだろうな。おそらくシトリン自身は、魔道具に罪がないとは言いつつも、悪事に使われることを嫌っている」
 
「なるほど。では、その辺りをついていくしかないですね」
 
 そして二人の言葉は止まる。
 どうやって、という共通の感情は、どちらの口からも出てこない。
 
 今回の対話で、シトリンの基本スタンスは十分に理解した。
 善悪でシトリンの感情を揺らすには、オニキスでもルビーでも足りないだろうということも理解できてしまった。
 シトリンは、商会のために感情を優先しない。
 そんなシトリンの感情を揺らし、方針を諦めさせてでも善悪に基づいた行動をさせることができる人間の存在。
 
 ルビーとオニキスは、同時に一人の人間の顔を思い浮かべた。
 
「エメラルド!」
 
 二人の言葉は一致し、その名前を強調させた。
 
 
 
 
 
 
「なんで私がこんな目にー!! ダイヤモンドー!! 次会ったら許さないからー!! お兄様ー!! 誰でもいいから助けてよー!!」
 
 謹慎中のエメラルドは、ダイヤモンドの高圧的な言葉を前に反省文を書くことさえ拒否し、今ではペリドットでさえも会えない謹慎室の中にいた。
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