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第17話 ハヤシライス
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「本屋さんね」
「本屋さんだと言いませんでしたか?」
「常識的に考えれば、本屋さんにハヤシライスを食べに行くなんて聞いたら、本屋さんと言う言葉が違う意味で使われていると思うでしょう?」
「お嬢様に常識があった……だと……!?」
「よし、そこになおりなさい? 一撃で楽にしてあげるから」
「さあお嬢様、上に参りましょう」
『丸善 日本橋店』は、地下一階から三階までの四フロアから成る。
地下一階に文具・眼鏡、一階に丸善セレクション・和書、二階に和書、三階に和書・洋書が売られている。
和書の種類も、階数によってラインナップが異なる。
一階には雑誌や実用書が並び、二階にはコミックやビジネス・経済、文芸や教育などが並ぶ。
そして三階には、医学や工学、児童書などが並ぶ。
一つの建物の中で、あらゆるジャンルを網羅している。
さらに特徴的なのは、書籍の販売以外をする場所も確保されているということだ。
例えば、一階には時計売り場を併設している。
また、立地についてもぬかりない。
日本橋駅の地下一階には、『丸善 日本橋店』へ直通できる扉が用意されており、電車で来た人々は駅の外に出ることなく『丸善 日本橋店』に入ることができる。
周囲の施設も活かした好立地だ。
自動車で到着した三人がくぐるのは、一階の自動ドアだ。
のび田に促されてエスカレーターに乗り、三人は上の階へと向かう。
景色が変われば変わるほど、帆晴れの疑問は膨らんでいく。
本。本。本。
一面全て本なのだ。
予想通りの光景と言えばその通りなのだが、向晴が向かっているのはハヤシライスを食べられる場所だ。
何一つ、光景とそぐわない。
「念のため訊くけど、私をからかっている訳じゃないわよね?」
「ご冗談を、お嬢様。このぼくが、お嬢様をからかったことがあったでしょうか?」
「しょっちゅうよ!!」
最上階の三階に到着し、のび田を先頭に三人は進んでいく。
フロアに並ぶのは本棚の群れ。
相変わらずエスカレーターと本棚に挟まれた通路を歩いていく。
しばらく歩くと、エスカレーターが切れ、本棚が切れ、代わりにぽっかりと開いた空間にぶつかった。
空間には、大きなテーブルが置かれ、テーブルの上には雑貨が販売されていた。
特別展と書かれている看板を見る限り、期間限定の出店スペースのようだ。
そしてテーブルの他には、別の空間に繋がる入り口が二つ。
一つは、競技麻雀のチーム対抗戦ナショナルプロリーグ、「Мリーグ」のオフィシャルショップ。
そしてもう一つが、今回の目的地。
「あ」
現れたブラウンの木の壁は、上部、中部、下部の三つに分かれている。
上部は、白い文字で書かれた『МARUZEN cafe』の文字。
本屋の中にあるカフェの目印だ。
中部は、一面ガラス張り。
店内の席と忙しく動き回る店員が良く見える。
そして下部は、上部と同じブラウンの木の壁。
壁自体にデザインはないが、壁にそって椅子が並べられており、満席の時の待合場所となっている。
木の壁のさらに奥には『МARUZEN cafe』への入り口があり、食品サンプルの並んだショーウインドとメニューの描かれた看板が周囲を彩っている。
向晴はのび田を小走りで追い抜き、ショーウインドウを覗き込む。
ショーウインドの中の棚は三段に分かれていた。
一番上にパフェ、真ん中にハヤシライス、一番下にワッフルの食品サンプルが置かれている。
向晴の興味は、当然のように真ん中、ハヤシライスだ。
キラキラとした瞳で食品サンプルを見ていた向晴は、ハヤシライスの食品サンプルの前に置かれたプレートを見て、首をかしげる。
「ハヤシライス?…‥‥ねえ、これって」
「三名です」
向晴はプレートに書かれた文字への疑問を口にしようとしたが、のび田が入店し、店員へと話しかけていたことに気づいて口をつぐんだ。
「三名様ですね。こちらへどうぞ」
店員が案内するまま、三人は席へと向かう。
入店して、すぐ右手にあるテーブル席。
向晴はソファへ、のび田と兆老はテーブルを挟んで向かいの椅子へ腰を下ろす。
カフェの中は、本屋にあるとは思えない程度に賑わっていた。
本屋ほど静寂に包まれてはおらず、ファミリーレストランほど騒々しくはない。
数名のグループが雑談に花を咲かせる程度の喧騒。
また、カフェに充満する匂いは服や本に染みつくような強さがなく、空腹を刺激する程度の強さである。
強い香りは、併設された本屋に陳列された本と言う商品を汚してしまうが、その心配もない。
「どうぞ、お嬢様」
のび田がメニューを平出、向晴に差し出す。
向晴は、ショーウインドで見つけた疑問を口に出すタイミングをうかがっていたが、開かれたメニューがそのタイミングだった。
「あ、これ!」
向晴はメニューに書かれた、一つの料理名を指差す。
「これが、どうかしましたか?」
「名前よ、名前! 漢字!……知らなかったわ、ハヤシライスってこんな漢字を書くのね。でも、漢字の理由がよくわからないわね」
早矢仕ライス。
向晴が指差した、料理名である。
一般的に、ハヤシライスはカタカナで表記される。
早矢仕という漢字が使われたハヤシライスは、向晴にとって見たことのない物だった。
自分の出番が来たと言わんばかりに、のび田は背筋を伸ばして口を開く。
「あら、ここに理由が書いてたわ。丸善創業者の早矢仕有的さんという方が考案したから、早矢仕ライスというのね。ハヤシという名字はよく耳にしますが、この漢字表記は初めて見ますね」
「ズコーッ」
が、口から音が出る前に、ずっこけて椅子から転げ落ちた。
「お客様!?」
「あ、すみません。なんでもないです。平気です」
心配してやってきた店員に謝罪した後、のび田は椅子に座り直して、目をぱちくりとさせている向晴をジトッと見つめる。
「……なんですか?」
「いえ、そういった解説はぼくの役目だと思っていたので」
「あら、失礼。では、解説をお願いね?」
「非常にやりにくい流れですが、やらせていただきましょう」
のび田の職務は、向晴の食欲を高めること。
即ち、どんな時でも食に付随する豆知識を披露することである。
「まず、早矢仕有的さんは丸善を創業した実業家である一方、医者でもあったのです」
「医者?」
「はい。慶應義塾で福沢諭吉と共に学び、明治元年に医師として就職。その数か月後には、書店丸屋を開業したのです」
「社会に出た一年目に企業までするなんて、よほど優秀な方だったのね」
「他にも、丸家銀行を設立したり、日本初の生命保険会社設立に関わったり、貿易商会の設立に関わったり、神奈川県の県議会議員に就任したり」
「多い。多い。多い。なんですかその、異世界転生チート現実版」
日本の近代化において、早矢仕有的の功績は余りにも大きい。
特に、西洋物品の輸入を通して、欧米の知識や技術を普及の業績は非常に大きいと言われている。
「医師であるから栄養を考えられ、貿易に関われるほど西洋の文化を受け入れている。そんな早矢仕有的さんだからこそ、肉食が珍しい時代に、肉と野菜のごった煮にご飯を添えた料理を考案でき、友人や患者に振舞っていました。早矢仕有的さんが作るご飯。いつしかその料理は、早矢仕ライスと呼ばれるようになりました」
「本屋さんだと言いませんでしたか?」
「常識的に考えれば、本屋さんにハヤシライスを食べに行くなんて聞いたら、本屋さんと言う言葉が違う意味で使われていると思うでしょう?」
「お嬢様に常識があった……だと……!?」
「よし、そこになおりなさい? 一撃で楽にしてあげるから」
「さあお嬢様、上に参りましょう」
『丸善 日本橋店』は、地下一階から三階までの四フロアから成る。
地下一階に文具・眼鏡、一階に丸善セレクション・和書、二階に和書、三階に和書・洋書が売られている。
和書の種類も、階数によってラインナップが異なる。
一階には雑誌や実用書が並び、二階にはコミックやビジネス・経済、文芸や教育などが並ぶ。
そして三階には、医学や工学、児童書などが並ぶ。
一つの建物の中で、あらゆるジャンルを網羅している。
さらに特徴的なのは、書籍の販売以外をする場所も確保されているということだ。
例えば、一階には時計売り場を併設している。
また、立地についてもぬかりない。
日本橋駅の地下一階には、『丸善 日本橋店』へ直通できる扉が用意されており、電車で来た人々は駅の外に出ることなく『丸善 日本橋店』に入ることができる。
周囲の施設も活かした好立地だ。
自動車で到着した三人がくぐるのは、一階の自動ドアだ。
のび田に促されてエスカレーターに乗り、三人は上の階へと向かう。
景色が変われば変わるほど、帆晴れの疑問は膨らんでいく。
本。本。本。
一面全て本なのだ。
予想通りの光景と言えばその通りなのだが、向晴が向かっているのはハヤシライスを食べられる場所だ。
何一つ、光景とそぐわない。
「念のため訊くけど、私をからかっている訳じゃないわよね?」
「ご冗談を、お嬢様。このぼくが、お嬢様をからかったことがあったでしょうか?」
「しょっちゅうよ!!」
最上階の三階に到着し、のび田を先頭に三人は進んでいく。
フロアに並ぶのは本棚の群れ。
相変わらずエスカレーターと本棚に挟まれた通路を歩いていく。
しばらく歩くと、エスカレーターが切れ、本棚が切れ、代わりにぽっかりと開いた空間にぶつかった。
空間には、大きなテーブルが置かれ、テーブルの上には雑貨が販売されていた。
特別展と書かれている看板を見る限り、期間限定の出店スペースのようだ。
そしてテーブルの他には、別の空間に繋がる入り口が二つ。
一つは、競技麻雀のチーム対抗戦ナショナルプロリーグ、「Мリーグ」のオフィシャルショップ。
そしてもう一つが、今回の目的地。
「あ」
現れたブラウンの木の壁は、上部、中部、下部の三つに分かれている。
上部は、白い文字で書かれた『МARUZEN cafe』の文字。
本屋の中にあるカフェの目印だ。
中部は、一面ガラス張り。
店内の席と忙しく動き回る店員が良く見える。
そして下部は、上部と同じブラウンの木の壁。
壁自体にデザインはないが、壁にそって椅子が並べられており、満席の時の待合場所となっている。
木の壁のさらに奥には『МARUZEN cafe』への入り口があり、食品サンプルの並んだショーウインドとメニューの描かれた看板が周囲を彩っている。
向晴はのび田を小走りで追い抜き、ショーウインドウを覗き込む。
ショーウインドの中の棚は三段に分かれていた。
一番上にパフェ、真ん中にハヤシライス、一番下にワッフルの食品サンプルが置かれている。
向晴の興味は、当然のように真ん中、ハヤシライスだ。
キラキラとした瞳で食品サンプルを見ていた向晴は、ハヤシライスの食品サンプルの前に置かれたプレートを見て、首をかしげる。
「ハヤシライス?…‥‥ねえ、これって」
「三名です」
向晴はプレートに書かれた文字への疑問を口にしようとしたが、のび田が入店し、店員へと話しかけていたことに気づいて口をつぐんだ。
「三名様ですね。こちらへどうぞ」
店員が案内するまま、三人は席へと向かう。
入店して、すぐ右手にあるテーブル席。
向晴はソファへ、のび田と兆老はテーブルを挟んで向かいの椅子へ腰を下ろす。
カフェの中は、本屋にあるとは思えない程度に賑わっていた。
本屋ほど静寂に包まれてはおらず、ファミリーレストランほど騒々しくはない。
数名のグループが雑談に花を咲かせる程度の喧騒。
また、カフェに充満する匂いは服や本に染みつくような強さがなく、空腹を刺激する程度の強さである。
強い香りは、併設された本屋に陳列された本と言う商品を汚してしまうが、その心配もない。
「どうぞ、お嬢様」
のび田がメニューを平出、向晴に差し出す。
向晴は、ショーウインドで見つけた疑問を口に出すタイミングをうかがっていたが、開かれたメニューがそのタイミングだった。
「あ、これ!」
向晴はメニューに書かれた、一つの料理名を指差す。
「これが、どうかしましたか?」
「名前よ、名前! 漢字!……知らなかったわ、ハヤシライスってこんな漢字を書くのね。でも、漢字の理由がよくわからないわね」
早矢仕ライス。
向晴が指差した、料理名である。
一般的に、ハヤシライスはカタカナで表記される。
早矢仕という漢字が使われたハヤシライスは、向晴にとって見たことのない物だった。
自分の出番が来たと言わんばかりに、のび田は背筋を伸ばして口を開く。
「あら、ここに理由が書いてたわ。丸善創業者の早矢仕有的さんという方が考案したから、早矢仕ライスというのね。ハヤシという名字はよく耳にしますが、この漢字表記は初めて見ますね」
「ズコーッ」
が、口から音が出る前に、ずっこけて椅子から転げ落ちた。
「お客様!?」
「あ、すみません。なんでもないです。平気です」
心配してやってきた店員に謝罪した後、のび田は椅子に座り直して、目をぱちくりとさせている向晴をジトッと見つめる。
「……なんですか?」
「いえ、そういった解説はぼくの役目だと思っていたので」
「あら、失礼。では、解説をお願いね?」
「非常にやりにくい流れですが、やらせていただきましょう」
のび田の職務は、向晴の食欲を高めること。
即ち、どんな時でも食に付随する豆知識を披露することである。
「まず、早矢仕有的さんは丸善を創業した実業家である一方、医者でもあったのです」
「医者?」
「はい。慶應義塾で福沢諭吉と共に学び、明治元年に医師として就職。その数か月後には、書店丸屋を開業したのです」
「社会に出た一年目に企業までするなんて、よほど優秀な方だったのね」
「他にも、丸家銀行を設立したり、日本初の生命保険会社設立に関わったり、貿易商会の設立に関わったり、神奈川県の県議会議員に就任したり」
「多い。多い。多い。なんですかその、異世界転生チート現実版」
日本の近代化において、早矢仕有的の功績は余りにも大きい。
特に、西洋物品の輸入を通して、欧米の知識や技術を普及の業績は非常に大きいと言われている。
「医師であるから栄養を考えられ、貿易に関われるほど西洋の文化を受け入れている。そんな早矢仕有的さんだからこそ、肉食が珍しい時代に、肉と野菜のごった煮にご飯を添えた料理を考案でき、友人や患者に振舞っていました。早矢仕有的さんが作るご飯。いつしかその料理は、早矢仕ライスと呼ばれるようになりました」
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