眠りにつく世界

はの

文字の大きさ
6 / 14

第5話 校内

しおりを挟む
 創は、学校中を歩き回った。
 一年生の教室、二年生の教室、三年生の教室を全て回る。
 扉を開いては熱気を浴び、空っぽの教室を目にして扉を閉める。
 
 教室の中に誰かいた痕跡は見当たらない。
 
 下駄箱に戻って、近くの男子更衣室の扉を開いて中に入る。
 脱いだ服を入れるための籠は空っぽで、当然着替えている者などいない。
 女子更衣室の扉も躊躇いなく開けて中に入る。
 男子更衣室と全く同じ構造の部屋には、やはり誰もいなかった。
 
「誰かいませんか?」
 
 時々、そう呼びかけながら廊下を歩く創ではあったが、心の中ではとっくに誰もいないだろうことを受け入れていた。
 校内で人間に遭遇することなど、期待していなかった。
 それでも歩き回ったのは、ゼロパーセントの可能性にかけていたのかもしれない。
 
「失礼します」
 
 職員室の扉を開ける。
 教師たちが忙しそうに歩き回っていた光景も、今は昔。
 綺麗に片づけられた机から、机上に書類が残されている机まで、創はくまなく調べていった。
 ロッカーを開けると出てくる、テスト用紙。
 人類滅亡がなければ受けていたのだろう問題を見て、創は机上の黒ペンをとる。
 問題用紙に解答を殴り書きして、同じく机上の赤ペンを持って、丸を付ける。
 正解かどうかは創にもわからない。
 出鱈目だ。
 
 ガッシャンガッシャン。
 教員机のキャビネットを乱暴に開ける音だけが、職員室に響く。
 創は自分が何のために行っているのかを忘れ、義務的に乱暴にキャビネットを開けては閉める。
 全ての教師机を確認しを得た時、創はどことなく充実感を得ていた。
 
 職員室を出た創は、目に入った特別教室もすべて入り、ひたすら荒らす。
 教室から出た後は、まるで空き巣でも入った後のような散らかり具合だ。
 いったい何があるのだろう。
 そんな好奇心を押さえられなかったことは否定できない。
 
「次は、っと」
 
 校内を歩き回る創の目に、次に映ったのは図書室だった。
 
 創は図書室へと入り、案内図を見る。
 入学してからの創は、あまり図書室を利用することはなかった。
 調べものがあるときはスマートフォンで済ませていた。
 それ故、図書室に来たのは片手で数えられる程度。
 図書室の構造には詳しくなかった。
 
 創は案内図を見て、行きたいコーナーを四つ指差した。
 薬学、化学、歴史、そしてSFだ。
 
 薬学コーナーに到着した創は、睡眠薬に関する本を本棚から取り出して、パラパラと捲っていく。
 知りたかったのは、安眠薬の効果。
 どういった成分で睡眠薬が作られ、どういった場合に睡眠薬が効かなくなるのか。
 しかし、所詮は学校の図書室。
 睡眠薬の仕組みをわかりやすく図解して説明する本はあったが、安眠薬に関する情報が載っている本はなかった。
 
 次に到着したのは科学コーナー。
 原子や分子に関する本を本棚から取り出して、パラパラと捲っていく。
 知りたかったのは、粒子化。
 粒子とは何か、人間が粒子化するための条件とは何か。
 しかし、出てくるのは科学のテストで出題されるような、一般的な分子や原子の説明のみ。
 粒子化という、最新技術の情報が書かれた本はなかった。
 
 次に到着したのは歴史コーナー。
 知りたかったのは、過去に同様の歴史はあったのか。
 未知のウイルスとまでは言わないまでも、人類が滅亡の危機に瀕した時の実例を探した。
 しかし、当然そんな歴史はない。
 ペストやスペインかぜといった、歴史上多くの死者を出した病気が載っているのみ。
 ペストは適切な患者の隔離と抗生剤の治療で終わり、スペインかぜはいまだ収束理由が分からず研究の真っ最中。
 いずれにせよ、人類が最後の一人にまで減った歴史はなかった。
 
 最後に到着したのはSFコーナー。
 知りたかったのは、人類滅亡を迎えた世界の行く末、そして最後に取り残された人類の末路。
 
「宇宙に避難、体を電子化して生存。後は、超常的な力を手に入れて新しい世界の神になる、か。どれもこれも、無理そうだな」
 
 気になった本を全て読み終えた創は、本を本棚に戻して図書室を後にする。
 
 学校中を回って創が得たことは、現在も未来も何もわからないという事実の再確認だった。
 創以外が滅亡しただろう世界は今後どうなっていくのか。
 どうして創だけが目覚めたのか。
 創の体は何故粒子化していないのか。
 あるいは、いずれ粒子化するのか。
 
 生きるとは何か。
 死ぬとは何か。
 
 日常にいれば宿題の忙しさに忙殺され、考えてもしょうがないと流せる内容ではあったが、幸か不幸か創には時間があった。
 つい考えてしまう時間しかなかった。
 
「どうしようかな」
 
 頭の片隅に疑問を残したまま、創は二年三組の教室へと戻った。
 
 扉を開いても、熱気が溢れ出てくることはない。
 ナップサックは創の机にかかったままで、他の机も椅子も動いた形跡はない。
 
 創はナップサックを手に取り、窓の外を眺める。
 静かな町。
 誰もいない町。
 
 人も。
 犬も。
 猫も。
 鳥も。
 
 学校には誰もいなかったし、何もなかった。
 次はどうしようかと考えながらボーっとしていると、創のお腹がグウッと鳴った。
 腕時計を見れば、時刻は午後一時を指していた。
 
 校内を歩き回って、大量の本を読むことたっぷり四時間。
 創の胃は、朝食べた食パンを吸収し終え、次のエネルギーを求めていた。
 
「近くに、コンビニがあったっけ」
 
 創が食料を求めてコンビニに目を向けると、コンビニの近所にある同級生の家が目に入った。
 
「そういえば、充電のこと忘れてた。もしかしたら、モバイルバッテリーあるかな?」
 
 創は教室の窓を閉め、扉を閉め、学校の外へ出る。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

入れ替わり夫婦

廣瀬純七
ファンタジー
モニターで送られてきた性別交換クリームで入れ替わった新婚夫婦の話

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...