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第一章

第四話 散歩する二人

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 セノンと一香は役場を出てから二十分ほど裏路地を通りながら歩き宿のある店を目指していた。
 道中セノンが空を見上げると甲高い鳴き声をしている鳥が飛んでいた。その鳥はまるで昔飛んでいた空飛ぶ恐竜のようなもので長く伸びた尻尾が特徴的であった。

 そんな現実とはかけ離れている景色が流れていくと一香がセノンに紹介したい宿屋につく。

「セノンさん! ここですよ!」

 一香が指さした先にあった宿屋は建物の周りに地面から生えてくる草の蔓が店の外壁を隠すように覆っている。

 セノンは一瞬言葉を失ったが、せっかく紹介してくれたのだし、という思いもあり勇気を出してみることとした。

「なら、入りますか」

 セノンは心の隙を微塵も見せず言う。

「はい!」

 一香はというと、セノンがこの店に入ってもらえるか、という心配があった。しかし、セノンは何の抵抗もなく入ろうとした。一香にはこのような経験を今まで一度もしたことがなかったためちょっぴりうれしいという一面もあった。

 二人はそろって両開きになる扉を開けた。
 すると、中に広がっていた景色は外の景色とは程遠いものだった。
 まずセノンが驚いたことは内装の清潔感だった。入った先にあるロビーは木で作られた机の上に一輪の花。空間全体は暖色で埋められており落ち着く空間となっている。

「いらっしゃいませ」

 フロントにいた男の人は礼儀正しく二人をもてなす。 

 セノンと一香はその男の前まで行く。

「本日はどのようなご予定でしたか?」

 男はわかりやすいように二人に説明が載っている紙を見せる。

「一泊お願いします。部屋は別でお願いできますか?」

 セノンは紙に軽く目を通し言う。

「かしこまりました。食事のほうはどうされますか?」

 男は自分の手元から二枚目の紙を取り出し手で指し示す。

「これでお願いします」

 セノンは少し一香の顔を伺った後、紙に記されている夕食と翌日の朝食と書かれている文を指す。

「かしこまりました。夜までお時間がありますが、お出かけになりますか?」

 セノンは部屋でゆっくりするほうが良いと思ったが、

「お、お出かけしたいです――」

 一香が宿屋に入り初めて口にした。

 セノンは少し考えたが情報などを収集することもいいと思い口にする。

「では、外出します」

「かしこまりました。料金はここを出る際に支払っていただきます。

「わかりました」

 セノンは見た目で判断することはよくないと改めて実感した。

「では、ルームキーはこちらになります」

 男は手渡しでルームキーを二つセノンに渡した。
 その後、セノンは軽く一礼をし宿屋を一度出る。一香はセノンの斜め後ろについていった。

「どうでしたか? あそこの宿屋は」

 一香はセノンの機嫌を伺うために少し上目遣いで見上げる。

「とてもいいと思いました。部屋が気になりますね」

 セノンは一香と少しずつではあるが馴染めて来ていた。

「でも、部屋一緒でもよかったじゃないですか? わたしは一緒が良かったです……」

 一香はまだ年が浅くずっと泥棒として人から物を盗み続けていた。そのため人からは優しいことなどされたこともなかった。

「それはダメですよ。僕が捕まってしまいますよ」

 セノンは少し声を出して笑った。それにつられた一香もニコニコせずにはいられなかった。

「まぁ、今回は許します――」

 一香のかわいらしい笑顔はまるで天使のようであった。

「そういえば、今日はこの街の図書館に行きたいんだけど、どこか知っていますか?」

 セノンはここの図書館に興味があった。仮想世界の図書館は現実世界にあるものがほとんどを占めている。しかし、それだけではない。ここ[狩集区]には独自で進んでいる歴史や文化もある。それに[試練の塔]についての知識も深めておきたいと考えていた。今まではテルルのリーダーであるセレンがセノンに情報を与えていた。が、これを機にプラスアルファの情報が欲しいと思っていた。

「もちろんわかりますよ。私たちのボスも本は読めとたくさん言っていたので図書館は常連でした」

 一香は少し自信気に話す。そして、セノンの前を少し早歩きで歩き出す。

「連れて行ってくれると嬉しいのですが……」

 セノンは一香を掌で遊ぶかのように調子に乗せる。

「当り前じゃないですか? 今の私は昔とは違いますからね!」

 一香は腕を前後に振り大股で歩いていく。

 セノンはそんな一香についていこうと思ったとき一香は立ち止った。

「ここが図書館です!」

 セノンはもう少し歩くつもりだったがあまりの速さに驚いてしまう。

「思ったより近かったですね」

 セノンは一香に感想を述べると改めて図書館を見る。

 ここの図書館はたくさんの魔法書が置いてありそうな少し不気味で歴史の深そうな感じであった。

「中にはたくさんの本が置いてあって、人間は一生かけても読み終わることはないと思いますよ!」

 一香はセノンの手を引きながら図書館に入る。

 図書館の中は本当に一香の言うとおりだった。上を見上げると三階までありところどころには机椅子が準備されておりその場で読むことも可能となっている。また、机の上には紙と筆が準備されておりいつでもメモができるようになっていた。

「セノンさん。ここは静かにしていないといけないですからね」

 一香は少し体をセノンに近づけ、囁いた。

「わかっていますよ」

 セノンも体を小さくして囁く。

「ちなみに、ここのはセノンさんについて書かれている本もあるんですよ? まぁ、内容は少ないし真実かどうかは自分で確かめろって書いてあって……今本物のセノンさんを見たらわかりますけど嘘だな~っていうことも書いてありました」

 一香はそういうとセノンを置いて先に歩き出す。

 セノンはというとその本のことが少し気にはなったが先に[試練の塔]についての本を探そうと決めた。

「なら、私はセノンさんについていくので自由に回ってください」

「それがありがとうございます。ですが……好きなところに行っても構いませんよ?」

「それはダメです。セノンさんが私を置いて行ったり行けないところに行ってはダメなのでしっかりと監視をさせていただきます」

(そんなに自分が怪しく見えるものか……)

 少し悲しくなるセノンだったが、一香のことはよくできた子供だと思った。そして、そんな子が悪さをしていたことを思い出すと少し心が痛くなりもした。

 そんなことを考えながら、三階に行き[狩集区]にしかない本を探し始める。
 上の段から見ていくと試練の塔について書いてある本の列を見つけた。
 セノンはその本を一冊一冊手に取りぺらぺらとページをめくっていく。そうして少し時間をかけてようやく詳しくいろいろな情報が書いてある分厚い本を見つけた。しかし、試練の塔も未知な部分が多いため本は三冊借りていくこととした。
 自分のことが書かれた本というのは少し気になってはいたが、それはあきらめて一香の話しかける。

「これを借りていきます」

「わかりました。それにしても時間かかりすぎです。こうなったからにはお昼に期待してもいいんですかね?」

 セノンは今手に持っている三冊の本を決めるのに、三時間弱かけていた。
 しかし、一香は何一つ文句を言わず黙ってセノンの様子をうかがっていたのだ。

「はいはい。わかっていますよ」

 少しあきれているが、昼ご飯のことなどだすことは前々から当たり前に考えていたため、別にどうといったこともなかった。

「ありがとうございます!」

 一香は嬉しさあまり一瞬図書館ということを忘れ声のボリュームが上がってしまった。
 すると、図書館にいた周りの人が二人をチラチラとみる。二、三人で図書館に来ていた人は少し小声で何かを話していることがわかった。

「ここでは目立つから、これだけ借りて外に行きますか」

「はい」

 そうして二人は少し急ぎで外に出た。時刻は昼の一時を回ろうとしていたころだった。

「さて、それではご飯は近くの店でいいですか?」

 セノンもおなかが減っていたため近くで早く済ませようとしていた。

「はい、もちろんそれでいいですよ」

 一香もセノンの言うことにはすぐに納得した。彼女にとって昼ご飯は久しぶりのごちそうとなる。いつもは働くだけ働き、食事は貧相。そのため、心はとてもわくわくしていた。

「ここって、竜のソテーが有名だけどそれでもいいですか?」

 セノンはせっかく[狩集区]に来たためご当地グルメを食べたい気持であった。

「――え、いいんですか? そんなごちそうを食べっちゃって……」

 普段竜のソテーは経済力が少し高いお金に余裕のあるものが食べるものであった。
 一香はセノンからまさかの食事の名前が出てきたため少し動揺する。

「さっき自分でおいしいものが食べたいって言ってただろ」

「確かにそうですけど……」

「遠慮なんてしなくていいですよ。僕はこう見えて、意外と持ってますしね――」

「は、はい――」

 一香少し申し訳なさそうにするが料理を目の前にするとすごい勢いでかぶりついた。

「セノンさん今日はありがとうございます。もう、私は死んでも悔いはありません」

 大きな口をあけながらとてもおいしそうに食べている一香を見てセノンは大事なものを思い出した気がした。

「確かにこれはおいしいですね。初めて食べたけど……何っていうんでしょうか? 鶏肉と牛肉が合わさったようなインパクトがある味ですが、食べ続けられるこの感覚は今までにないですね。見た目の迫力満点ですし」

 セノンは初めて食べた竜のソテーに感動している。

「そうですよね! これはもう、料理界の革命ですよね! ここまでの味は仮想世界だからできることですよね!」

 一香も大絶賛している。仮想世界の食事機能は人間がおいしいと思える味をできるだけ理想に近づけて脳にその情報を与えることができる。

「この時代に生まれてよかったですね」

「そうですね」

 この調子で二人は高級料理をバクバクと食べ終えた。二人は一緒にいた時間はとても短いが、食事まで一緒にすると会話が弾むようになった。
 二人がこの店を出ると二人で歌を歌いながら宿に戻った。
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