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第4章 冷の間
ミステイク
しおりを挟むある寒い朝のこと。白いブラウスと白いスカート姿の若い女性が1人、マンションの屋上に来ていた。彼女は初日の出を見に、ここに上がってきたのだ。今日は元日、もう眼下の街に人の姿があったが、それでも賑うには早く、このマンションの住人も彼女以外まだひとりも起きていなかった。波ひとつ立てず静まり返ったビルと高速道路が淼々と広がっている。その向こうの水平線の中点にぴかあ、と光るものがあった。その白い光は青黒い都市をぱあーっと照らし、ついにその光の主が姿を現した。その太陽は……。女性はえっ、と目を丸くした。現れたのは太陽ではなく、両翼をいっぱいに開いて扇形にした火の鳥だった。
「てぇめ、何やりやがってんだバカ!!」
壁一面に青緑色のモニターがひしめく暗く湿った部屋の一角で、バシッ、と乾いた音が響いた。
「あ、すいません……間違え、たぶん間違えたんだと思います」
「早くストップウォッチ止めろ!」
「はい、はい、はい止めました。これ違いました、『火の鳥』でした」
「当ったり前だろ、バカ!!」
ピッ。
赤い時計のアイコンがクリックされ、火の鳥が昇ってくる映像がそこで一時停止した。
「初仕事早々、何やってんだ!!」
怒られているのは、体格に似合わぬ小さなサングラスをかけた太陽の中年男。そして怒っているのはそれより奇抜なサングラスをかけた、スリムな月の青年だった。太陽はこめかみの血管を浮き立たせだらだら汗をかいており、月は黄色い自分の体をぴかぴか光らせながらヤンキーらしく太陽の回転イスの背もたれに肘を突いている。ここは彼らの仕事場で、2人はこの世界を創る「技術者」なのだ。ここでは年功序列など一切存在しない。人間でいえば40代の働き盛りのオジサンに当たるこの太陽も、パソコンの扱いについては全くちんぷんかんぷんで、見るからに態度の悪そうな月の若者に教えてもらい、やっと今日、実習に移った段階だ。2人はパソコンに登録されている素材を配置して動かしたりすることで、この世の自然を滞りなく活動させ、「フヘンの真理」を成り立たせているのだ。
「す、すみませんでした……」
「ィやアーッ、これだからオジサンは。文明の利器を使いこなせないとやっていけないんだよ、どこでもさあ」
「はい……」
「あんた前の部署どこだっけ?」
「……経理部、です」
「アー、経理ね!あそこは楽だ。オレらが寝る間も惜しんで必死に雨降らしたりオーロラ起こしたりしてる回数、たーだ数えてりゃいいだけなんだから」
「……は、はい……」
「しっかも熱帯雨林の年間雨量なんて、スパコン使って計算してんだろ? おめでたいもんだよねー」
「ぜ、全部がそういうわけじゃないですけど……」
「でもって、計算機使ってんだろお? んなの、訓練すればサルでも使えるようになるだろッ!」
「…………」
ひとしきり続いた月のかん高い説教の声が収まって、換気扇のうめき声が息を吹き返した頃、太陽が音もないため息をついてサングラスを外し、目をしょぼしょぼさせた。1年365日、ずっとパソコンをのぞきこむ仕事、いい加減そろそろ疲れてきたあ、と弱音を吐けないのが、40の坂を過ぎても実習生の性である。
「あのねオジサン、どうして太陽と火の鳥間違えちゃうの? こんなのもう、間違えようがないでしょ、ええ?」
「……すいません……」
「ってかさ、こんっなにちっちゃきゃ分かんないでしょ? だってこのパソコンのこのちっこい画面に30枚もさ、いろんなのの画像があんだよ、ねえ。もっとさ、画像の拡大して、タテ3ヨコ5ぐらいで、計15枚程度が一気に見れればいいんじゃない?ってかアタマ使って考えればさ、そんくらい分かんだろ、ねえ?」
「はい、あでも、あの……どうやってやれば拡大が……」
「エエーッ、エエーッ!!それも、も、さ、キホンのキでしょそれ!ね!え?え!ここだよここ、このアイコンクリックすりゃあいいだけだよ!?」
「あ……はい、できました。……あー、見やすい」
「分かった!?分かったかい!!もう、地球の小学生でも知ってるよ、そんくらい」
「はい……」
「ね、できたでしょ? はいじゃ、そっから太陽選んで火の鳥と交換して入れれば初日の出完成、と。そのやり方は分かるな?」
「はい」
こうして火の鳥は削除され、交換された。
「これでたぶん太陽が昇るようになると思います……」
太陽の弱々しい声を気にかけ、月が少し同情の色を見せた。
「……まあな、オレも新人の頃はお前みたいに色々ヘマもやらかしたけどな……」
太陽がスライドショーの時間を巻き戻して日の出の前、女性が屋上に着いたところでマウスの手を止めた。
「じ、じゃ、ここからスタートします」
「はい始めて」
月が言うやいなや、太陽がスライドショーを再生し、この世の時は進み出した。
ある寒い朝のこと。白いブラウスと白いスカート姿の若い女性が1人、マンションの屋上に来ていた。
「まあなー、オレも思うよ、この世を成立させるにはほんのちょっとの材料があれば十分なのに、なんでこんな、火の鳥とか、河童とか、火星人とか、も、火星人なんて今から2億年以上後になってやっと最初の個体が登場する予定なのに、しかも絶対地球には出現しないのに、なーんで『地球』のファイルに入ってんだかなー。なー、もーわけわかんない」
月が今までの態度を一変させて太陽に同情している時、
「あっ」
と太陽の声がした。
「ん、どしたおい、お、お、わーっ!!お前、なんで違うやつ昇らせたんだ!!」
その太陽は……。
女性はえっ、と目を丸くした。現れたのは太陽ではなく、太陽のようにまばゆいばかりの金の光を都会にふりまきながら昇る、ダイダイだった。確かにその大きさも色も、太陽に見えなくもなかったのだが……。
「なあんで、オイ、早く時間止めろ!!」
「あー……でもこれでも良いじゃないですか」
「何でだよ!!」
「今日は元日ですよ。ダイダイは鏡餅の頂上に乗っているじゃないですか」
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