Besides you 下

真楊

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 ソファーに腰を下ろした陽翔は、そのまま足をたたみ膝を抱えた。するとキッチンの方から「お茶でいいか?」という慶の声が聞こえてくる。

 ここは慶の家だ。しかし、陽翔が何度か訪れたことのある慶の自宅とは違っていた。
 あれから少しして泣き止んだ陽翔に、慶は「うち来るか?」と誘ってきた。家に帰っても空音がいる、そのせいで家へ帰ることが出来ない陽翔は慶の誘いにのった。そして慶に連れてこられた場所がこのマンションだった。陽翔が知っている慶の自宅とは違う初めて来た場所、戸惑っていた陽翔に「ここは俺が大学に入ったら一人暮らしするために借りたマンションなんだ。まだ受かってもねぇってんのに契約しやがってさ、全くあいつら気が早んだよ」と慶は呆れた様子で説明した。
 中に入ると確かに生活感がほとんどなく、必要最低限の家具だけが置いてあるだけのように感じた。

 陽翔は膝を抱えたまま俯いた。また慶の世話になっている自分が心底嫌になってしまう。そして先程の出来事を思い出すと吐き気が込み上げてくる程気分が悪くなった。

「お前の家には連絡入れておいたから心配すんな。あー、夕飯カップラーメンでいいか?今から買いに行ってもいいんだけど生憎俺は料理はてんでダメなんだ」

 慶はコップに注がれたお茶を運びテーブルの上へと置いた。陽翔は少しの間を置いて「何でもいいです」と答える。
 しばらくして二人分のカップラーメンを両手に持った慶が陽翔の隣に腰を下ろした。「ほい、夕飯」と慶は片方のカップラーメンをテーブルに置き、自分の分のカップラーメンの蓋を全て剥がし麺を解し始めた。

「いただきます」

 両手を合わせた慶は湯気を立てている麺を持ち上げ、ふーふーと息を吹きかけると勢いよく啜ってみせる。

「久しぶりに食べると美味いな、陽翔も遠慮せずに食えよ、腹減ってるだろ」

 陽翔は顔を少し上げ、チラリとテーブルに置いてあるカップラーメンに視線を向けた。確かに空腹は感じていた。こんな時でも空腹は感じるのだな、と陽翔は半ば他人事のように思った。

「食べねぇの?」

「…食べたくないんです」

「カップラーメン嫌いだったか?」

「そうじゃなくて…」

 陽翔は喉の奥が引っかかっているような気持ちの悪さを覚えた。言葉が出てこない、慶には話さなければいけないことが山ほどある、それなのに話してしまうことが恐ろしかった。
 すると慶は箸を置き、陽翔に向き直った。

「俺がお前に惚れた理由、教えてやろうか?」

「えっ…?」

 突拍子もない慶の発言に、陽翔はこれ以上の反応が出来なかった。何故今このタイミングで惚れた理由など教えようと思ったのだろうか、と陽翔には訳が分からず思わず慶の顔を見る。

「お前と初めて会った時のこと覚えてるか?旧校舎の教室でたまたま居合わせてさ」

 陽翔と慶が初めて出会ったのは本当に偶然の事だった。放課後にたまたま陽翔が旧校舎の掃除をしていたら慶が入ってきたのだ。お互いこんな所に人が来るなんて思っていなかったため、最初はとても気まずい空気だったことを陽翔は思い出した。

「放課後にこんな人が寄り付かなそうな場所に誰かいるもんだからすげぇ驚いたよ」

 慶は懐かしそうに笑った。
 当時陽翔は週に一回旧校舎の清掃をしていた。そしてそこは一年の頃からの慶の穴場だったらしく、何か嫌なことがあった時や一人になりたい時に足を運んでいたらしい。あの時の慶もだいぶ参っていたようだった。

「模試の結果が悪かったせいで親父にしこたま絞られて、最悪の気分だった俺はつい初対面のお前に色々話しちまったよな」

「…いい大学に行かせたいために親が必死すぎて嫌になった、そう言ってましたよね」

 陽翔はあの時慶と何を話したか、鮮明に覚えていた。テストの結果が芳しくなく、父親にキツイ言葉を浴びせられた慶はかなり気落ちしていた。何故自分だけがこんなに努力する必要があるのか、とかなり思い悩んでいるようにも見えた。
 そんな慶のことを、初めて会ったにも関わらず陽翔は尊敬の眼差しを向けた。たった二つしか歳が変わらないというのに、しっかりと自分の将来を見据え努力していた慶のことを陽翔はなんて立派なのだろうと思っていたのだった。

「まさか後輩に愚痴ることになるとは思ってもみなかったんだけど、何故だかお前にはついな。いやーでもほんとさ、陽翔はすごいよな」

 陽翔はなんの事だが分からなかった為「…何がですか…?」と問いかけた。

「初対面なんかの俺の愚痴を真剣に聞いてくれてさ、そんでもって俺の事すごい立派だって目きらきらさせて、俺なんか全然すごくないのにな」
「そんな事ないですよ…っ」

 陽翔はすかさず否定した。陽翔にとって難波慶という人間は憧れの存在だった。老若男女誰にでも慕われており、周りの人達に幸せを分け与えてくれる、陽翔が憧れていた勇者のような人間。

「先輩はすごいですよ、進路のことも諦めることなく今だって努力してる」

「俺からしたらお前の方がすごいよ。あの時もお前は俺の味方でいてくれた、それにただの建前じゃなくて本気で俺の事を思ってくれてるって感じたんだ。嬉しかった、赤の他人なんかの俺の愚痴を聞いてくれて、俺の言葉を受け止めて貰えたことが何より嬉しかったんだ」

 慶からそんな風に思われていたなんて想像もしていなかった陽翔は少しの間言葉が出てこなかった。陽翔はグッと唇を噛み締め「それが…僕に惚れた理由ですか…?」と口を開いた。

「まぁ、そうだな。でも元々俺は男なんざ好きになったこともなかったし、初めて会った時は素直で良い奴なんだろうなって感心したぐらいで恋心まで抱かなかったさ。それでも何度か廊下でお前を見かける度気になった、もっと陽翔のことを知りたいって思ったんだ。で、話してるうちに気づいたら既に時遅しってやつで惚れてた、どうしようもなくお前のことが好きになってたんだ」

 慶の熱いその眼差しから、如何に自分が慶から好意を寄せられていたのだと陽翔は実感した。しかし今の慶の言葉で陽翔は尚更訳が分からなくなってしまった。

「だったらなんで…なんで今でも僕に優しくしてくれるんですか?僕は慶先輩が思っていたような善人じゃない、あなたを利用した酷い人間なんですよ…幻滅したでしょ…?」

 慶が思うような人間ではない、だから慶のような人間に好意を持たれること自体がおかしいのだ。陽翔は慶の前ではいい恋人を偽っていたけれど、本当は弱く自分勝手な酷い人間だった。

「それに写真の件だって…あれは全部空音の仕業だったんです…空音が僕を陥れるために仕組んだこと、学校中に慶先輩が男と付き合っているかもしれないという疑惑が広がってしまった…僕のせいでまた先輩を巻き込んでしまった」

 陽翔は今朝の写真が空音の仕業だったことを慶に打ち明けた。結局あの騒動だって空音が陽翔を陥れるために行ったこと、陽翔が引き起こしたことに変わりわなかった。
 しかし、慶は「お前は酷い人間なんかじゃねぇよ」と陽翔の言葉を否定した。

「さっきも言ったけど俺はお前の本当の気持ちを知ってたんだ、なのに気付かないふりをしてた。俺もお前を騙してたんだ。だから陽翔、お前だけが悪いわけじゃない、俺も同罪だ。写真の件だって空音の仕業だったなら陽翔は何も悪くないじゃんか」

「違う…っ全部僕が…僕が悪いんです…っ」

「それにお前が俺と付き合ったのも悠哉の為なんだろ?やっぱりお前は優しすぎるよ陽翔」

「違う…っ!!」

 陽翔は声を荒らげて否定した。違う、自分は優しくなんかない。悠哉のため、すべては悠哉が自分へ抱いていた好意を恋愛感情ではないと気づかせる為にとった行動、しかしそれは言い訳にしか過ぎなかった。結局は自分のためなのだ。悠哉を一生縛りつけ、いつかは酷く傷つけてしまうのではないか、それが恐くて…だから陽翔は逃げたのだった。

「僕は優しくなんかない…っ弱いだけなんです…、自分のせいで悠哉が傷つくのが恐い…。でも結局空音に全部バラされて悠哉を傷つけることになった。僕は悠哉のことも慶先輩のことも傷つけたんです」

 陽翔は膝に顔をうずめた状態でさらに縮こまった。すると慶はそんな陽翔の肩をぎゅっと抱きしめ、自分の方へと引き寄せた。

「お前がなんと言おうが陽翔は優しいよ、だってお前は見境なく人のために動けるような奴なんだから。まぁ、悠哉は特別だろうけどさ」

 慶の優しすぎる声色に、陽翔の弱りきった心は締め付けられるようだった。

「先輩だって…僕にすごく優しいじゃないですか…?」

「それはお前にだけだよ。惚れた相手に特別優しくするのは当たり前だろ?なんとも思ってない奴に優しくなんてするかよ。だけどお前は違うだろ?誰にでも分け隔てなく優しさを振りまく、お前が気づいてないだけで陽翔のおかげで幸せを感じた人間はたくさんいるよ」

 慶の大きな手が陽翔の頭を優しく撫でた。途端に陽翔の瞳からはまた大量の涙がこぼれ落ちていく。慶の言葉は陽翔を絶望の奥底から救いあげてくれるようだった。

「だから陽翔、自分も大切にしてやってくれ。どんなに他人に優しくしてやっても自分に優しく出来なきゃいつか自分自身が参っちまう。俺はお前の笑顔が好きなんだ、心の底から幸せを感じてるお前の笑顔を俺は見たいんだ」

 涙で視界がぼやけ、慶の顔がまともに見れなかった。けれど今自分に向けている慶の表情はとても柔らかく優しいものなのだと陽翔には感じ取れた。
 慶に愛されている、慶の愛が陽翔には抱えきれないほど大きすぎた。今でも自分のことを愛してくれている慶に、陽翔は言葉が出てこなかった。
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