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しおりを挟むカーテンを開くと、窓ガラスが結露によって白く覆われていた。指で擦るように曇りを取ると、外の景色が姿を現し始める。
「雪だ…」
数日ぶりに目にしたさらさらとした粉雪は、まるで銀の粉を撒いたような輝きを帯びていた。その美しい景色に陽翔はしばし立ち尽くしていると、スマホのスヌーズの音に我へと帰る。慌ててベッドから身体を抜け出した陽翔はスマホを片手に部屋を出る。
「おはようございます慶先輩、外見ました?雪降ってますよ」
リビングの扉を開けた陽翔は、椅子に座り食パンを齧っている慶に声をかける。すると食パンを頬張りながら「おっマジか」と慶は立ち上がり窓を覗き込んだ。
「ほんとだな、もう二月だってのにまだ降るんだな」
「はは、ほんとですね」
陽翔も自分の分の食パンを袋から一枚取り出した。冷蔵庫からマーガリン、そしてチーズを一枚手に取り慣れた手つきで朝食の準備をする。
「先輩ちゃんと寝れましたか?」
「ああ、意外と緊張せずにぐっすり寝れた」
コーヒーを一口口に含んだ慶は喉を上下させる。慶の様子を見るに、今も普段通りの慶であり緊張している様子は見られなかった。慶がリラックスしている事に、陽翔はほっと表情を緩めた。
今日は慶の大学受験当日だ。慶にとって非常に重大な今日この日、陽翔はまるで自分の事かのように胸を忙しなく動かしていた。慶なら心配いらないだろう、もちろん陽翔も慶の事を信じている。けれど不安というものはどうしても存在してしまうわけで、特に心配性である陽翔としては平常心で過ごす事が困難だった。
「じゃあ行ってきます」
「ああ、雪降ってるから気をつけろよ」
玄関で靴を履き終えた陽翔は、慶に見送られる形で鞄を肩にかけた。本来自分が慶を見送る立場でありたいのだが、生憎今日は普段通りの登校日であり陽翔の方が先に家を出なくてはならなかった。
「あの、先輩これ」
陽翔は鞄の中から赤いリボンが施され綺麗にラッピングされた包みを取り出し慶に手渡した。突然の陽翔からの贈り物に驚いた慶が「これって…?」と尋ねると、陽翔は照れくささからはにかむように微笑んだ。
「クリスマスのプレゼント、僕は先輩に何も渡すことができなかったから…それと今日の試験を心から応援している僕からの贈り物です」
包みを凝視している慶は「開けてもいいか?」と尋ねた。陽翔は快く「はい」と頷く。
慶がリボンを解くと、包みの中からふわりとしたグレーの布が顔を出した。陽翔が慶へ贈ったもの、それはマフラーだった。
「もしかしてこれ…陽翔が編んだのか…?」
「はい、悠哉が手伝ってくれたおかげで何とか形にはなったんですけど…やっぱり不格好ですよね」
陽翔はあはは、と頭を搔く。今日のために、陽翔は悠哉に習ってマフラーを手編みしていたのだった。悠哉自身も編み物などやった事はないと言っていたものの、陽翔のために我が身となって手伝ってくれた。手先が器用な悠哉はものの数分で編み物をマスターしてみせ、陽翔に教えるレベルまでの上達を果たした。悠哉がいなければまず編み物というものの第一段階ですら突破出来なかっただろう。
「手作りの何かを渡したかったんです、喜んでもらえるかどうかは分からないけど…」
「嬉しい、すげぇ嬉しいよ」
陽翔の手を取った慶は、爛々と輝かせた瞳で陽翔を見つめる。その熱烈たる瞳にたじろいだ陽翔の頬は思わず熱を増す。
「お前が…俺のためにって事だよな…?マジで嬉しい、ありがとな陽翔」
心からの喜びが慶の声色から伝わってくる。陽翔は寝る間も惜しんで頑張って良かったと実感した。
「今日の試験、僕は心から応援しています。先輩なら大丈夫、そう信じています」
「ありがとな陽翔」
緊張や不安とは無縁な慶の力強い瞳に、陽翔は慶なら大丈夫だと確信した。
とは言ったものの、陽翔は今日一日気が気ではなかった。今頃慶が試験を受けていると考えるだけで心臓が忙しない。
「陽翔、おい陽翔!」
聞きなれた中低音の響きが陽翔の鼓膜を鋭く刺激する。陽翔は慌てて我へと返った。
「えっ?なに悠哉?」
「何って…上の空過ぎるだろ、そんなに難波が心配か?」
陽翔の目の前の席で弁当を広げている悠哉は陽翔の様子がおかしな事に気がついたのだろう、陽翔は「心配っていうか…」と口ごもる。
「慶なら大丈夫だろう、あいつはやる時はやる男だ」
菓子パンの袋を開けた彰人も、陽翔を気にかけてさりげなくフォローの言葉をかけてくれる。それでも陽翔の気分はなかなかに晴れてはくれなかった。
「もちろん先輩なら大丈夫だって僕も信じてます、だけど不安や心配というより緊張…?が強くて落ち着かないというか…」
「緊張ってお前が試験受けるわけでもないのになんでそんなになるんだよ」
「ははは、ほんとだよね」
呆れ果てている悠哉の意見に、陽翔は笑うことしか出来なかった。
「陽翔がそこまで緊張してるってことは、自分のことのように慶の事を想っている、その現れなんじゃないか?」
「えっ?てことは陽翔お前、難波の事好きになったのか?」
陽翔の心の内まで覗き込んでしまいそうな程の純粋な瞳で悠哉が尋ねる。突然過ぎた悠哉のその問いに、この空間の一角だけが静寂に包まれた。
「なんだよこの間は」
沈黙に耐えられなかったのであろう悠哉は、陽翔と彰人の顔を交互に見た。すると彰人は「全くお前はデリカシーってものが本当にないな」と眉を下げる。
「はぁ?なんでデリカシーどうこうの話になるんだよ?」
「お前は直球に答えを求めすぎだ」
「なんでお前にそんな説教じみたこと言われなきゃならないんだ、俺は単に気になったから聞いただけだろ?」
悠哉は納得がいかないと言うように反論を繰り返した。悠哉のデリカシーの無さは長年共に過ごしている陽翔にはもはや慣れっこであったが、まさかこのタイミングで慶へ想いの真意を尋ねられるとは思わなかった。
ここ数日、陽翔の頭は慶で溢れていた。しかしそれだというのに、慶に対して恋愛感情を抱いているのかという本来考えるべき事は全く頭になかった。慶にとって甘えられる存在となりたい、そうは思っているものの、この感情が恋なのかは未だに定かではなかった。
「僕にもまだ分からないや」
陽翔の言葉がぽつりと残る。
「先輩を好きなふりして付き合っていた頃よりは確実に歩み寄れてはいるけど、それが恋愛感情としての行動なのかはまだ…」
「じゃああいつのためにクッキー作ったりマフラー編んだり、苦手なことでもあいつの為ならって思って取った行動も全て友人としての行為だったのか?それとも未だに難波に対して罪悪感があったからか?」
悠哉の問いに「罪悪感からではないよ」と陽翔は即答した。確かに付き合っていた当時は罪悪感での行動がほとんどだったが、今は陽翔自身が慶の為に自ら起こした行動だ。罪悪感などといった感情とは明らかに違う感情で陽翔は行動を起こした。
「やったことも無い編み物を毎日頭を痛めながら進めてたお前の姿は、心から大切な人を想いやってるように見えた。陽翔にとってあいつは特別なんだろうなって俺はそう思ったよ」
そう言って微笑んだ悠哉の表情は、とても穏やかであった。なんだか無性に照れくさくなった陽翔は「特別…特別だ…よ…」と顔を伏せる。
「あー!もどかしいなぁ!好きなら好きって言えよなっ?」
陽翔を圧倒させるような悠哉の勢い余る物言いに、陽翔のうちに込められた感情が奥底から溢れ出てくるようだった。一遍に頭がのぼせるような感覚に陽翔は動揺を覚える。
「悠哉、これ以上は陽翔自身が自分で気づくべきだ」
「…お前は俺にもう何も喋るなって言いたいんだろ?…分かったよ、これ以上言及はしない」
一度息を吐いた悠哉は「だけど」と言葉を続けた。
「陽翔、俺は難波のこと正直いけ好かない奴だって思ってる、だけどあいつは良い奴だ。だから俺はお前の事を心から応援してる」
親友からの熱い言葉に、陽翔は感化されるようだった。悠哉のその真っ直ぐな瞳に、陽翔はまたも救われるような気分に陥った。
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