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しおりを挟む翌日、蒼太は自宅から出勤した。拓海との宅飲みは何だかんだいって盛り上がってしまい、結局は日付を超えるまで終わらなかった。寝不足と二日酔いの状態で一日を乗り越えるのはかなり厳しかったが、拓海と飲まなければ藍の事を一晩中考え結局は一睡も出来ないことが容易に想像出来たため、蒼太は結果オーライだと思っている。
なんとか一日を乗り越え、自宅ではなく藍と住むマンションへと帰ってきた蒼太は、すー、はー、と繰り返し深呼吸をした。
──大丈夫、大丈夫だ。
昨日の藍の記憶を全てシャットアウトした蒼太は、思い切り両頬を叩くと顔を引きしめた。もう一度ふぅ、と息を吐き意を決して扉に手をかける。
蒼太が中へ入ると、既に藍の靴があった。今日も藍の方が蒼太より帰りが早かったみたいだ。藍が居る、その事実を確認しただけで蒼太の心拍数は一気に跳ね上がった。落ち着け、と蒼太は再度自分に言い聞かせゆっくりと息を吐く。
「ただいま藍」
蒼太が笑顔でリビングに入ると、ソファに両膝を抱え座っている藍の姿が目に入る。テレビさえ付いていない静かな空間で、藍は特にスマホをいじる訳でもなく、ただボーッと一点を見つめていた。一件不審に思える藍の姿だが、藍のスイッチがオフになっている状態は常にこんな感じだったため、今更蒼太は驚きもしなかった。電気すら付けずにただ座っているだけの時もあったほどだ。
蒼太の存在に気がついた藍は、黒目を少しだけ動かし蒼太の姿を確認した。そして「今日は帰ってきたんだな」と小さな声でボソリと呟いた。
「あ、うん。昨日は急に友達に誘われちゃってさ」
「友達って女?」
「えっ?違う違う!男友達だよ」
蒼太は何を焦っているのだと自分に突っ込みを入れたくなった。なんだか藍の様子がおかしな事に、蒼太は引っ掛かりを覚える。いつも以上に藍の反応が冷たく、蒼太を見つめる瞳も鋭いような気がする。
「誰?俺の知ってる人?」
「あっうん、高校が同じだった拓海だよ。ほら、同じクラスだった」
「あー、お前とよく一緒にいたあいつか」
蒼太は浮気を尋問されているような息苦しさを感じた。別に悪いことをしたわけでもないのに、攻められているようなこの感覚はなんだろうか。今日の藍は一段と機嫌が悪い、仕事でなにかあったのだろうかと蒼太は不審に思う。
「藍どうしたの?仕事でなんかあった?」
「は?なんで」
「なんか機嫌悪いから…」
言いづらそうに蒼太が口を開くと、藍はぎろりと瞳を細め立ち上がった。そして蒼太の方へとずんずんと距離を縮めてくる藍に、蒼太は思わず後ずさってしまう。
「別に機嫌悪くないけど?」
「そ、それならいいんだけど」
「てかなんで距離取ろうとするんだよ」
ついに壁まで追い詰められた蒼太は、数センチの距離に藍がいることにバクバクと心臓を鳴らす。流石に昨日の事があったせいでこの距離の藍は駄目だ、危険すぎる。
「いや、近くないですか藍さん…?」
「お前は誰に対してもこれ以上の距離感でいるくせに何言ってんだよ」
正論すぎて言い返せない蒼太はぐっと藍から視線を外す。この近距離だと藍の甘い匂いさえも感じてしまい、蒼太としてももう限界だった。すると「もういい」とくるりと身体を反転させた藍が冷たく言い放つ。
「あ、それとお前明日仕事休みだろ?スタジオまで車出してくれない?」
「え?別にいいけどどうして?」
「黒さん明日休みなんだ、俺車持ってねぇしタクシー呼ぶのもめんどいから」
「分かったよ」
「んじゃあよろしく」とだけ言うと、藍はリビングを出ていった。ガチャりと藍が自室の扉を閉めたことを確認すると、蒼太は「ふぅーー…」と大きく息を吐いた。
やはり昨日の藍の姿がどうしても蒼太の脳内にチラついてしまう。藍の友人として忘れなければいけない記憶なのに、あの藍の姿を忘れるなど蒼太には不可能だった。
蒼太はソファへ腰を下ろしため息をつく。それにしても今日の藍は機嫌が悪かったな、と蒼太は先程の藍の態度を振り返った。いつも以上に冷めきった瞳に低い声、そして今日は一度も笑うことがなかった。まさか昨日の事がバレたのかと一瞬思ったが、それだったらあんな態度だけで済むはずがない。とりあえず明日になったら藍の機嫌が治っていることを蒼太は祈った。
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