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しおりを挟むスマホを確認すると、既に日付を回っていた。大晴と別れた蒼太はマンションへ着くと、ゆっくりとなるべく音を立てないように扉を開ける。
当然だが廊下は真っ暗だった。藍の部屋、そしてリビングにも電気が付いていないことから、既に藍は寝ているのだろうと蒼太は察した。寝ている藍の妨げにならぬよう、蒼太はゆっくりとリビングへ入った。
そしてリビングの電気を付けた蒼太は「うわぁっ!?」と驚きの声を上げた。なんとソファの上に体育座りをした藍が居たのだ。藍はゆっくりと顔を上げ、蒼太に視線を向けると「おそ…」と呟いた。
「藍起きてたの?」
「起きてちゃ悪いかよ」
藍はそのまま膝を抱えた状態で頭を填めてしまった。体調でも悪いのかと心配した蒼太は「藍、どうしたの?」と藍の元へ歩み寄った。
「なぁ蒼太、お前にとって俺ってなんだ?」
藍の問いかけだけが静かな空間に残る。蒼太は「えっ…?」と言葉が見つからず、呆然と藍を見つめた。
「分かってる、こんな質問するなんて自分でもクソめんどくさい奴だって思う。だけど聞かずにはいられなかった」
藍が何故このような質問を蒼太にしたのか分からないが、今の藍の鼓動は不安定な音を立てていた。こんな藍、蒼太は初めて見たのだ。
「友達だよ、藍だって俺たちは友達だって言ってたじゃん」
「…じゃあ…なんでここ最近お前は俺の事避けてんだ…?」
顔を上げ、悲しそうに瞳を揺らめかせた藍は蒼太を見た。蒼太の胸がドキリと跳ね上がる。藍は蒼太が自分を避けていた事に勘づいていたのだった。
「結局はお前にとって俺は仕事の一部でしかなかったんだろ?」
「違う…っ!違うよ藍っ!!」
「…っ何が違うっていうんだよ!?本当の俺の姿を撮りたいとかほざいておいて、いざ仕事が上手く終わりそうになったらもう俺は用無しかよ…っ」
キッと鋭く光らせた藍の瞳に、涙の粒が浮かび上がった。藍が泣いている、その事実に気がついた蒼太は考えるよりも早く藍の前にしゃがみ込んだ。
「藍お前…なんで泣いてるんだ…?」
「はぁ…?」
藍は自身の目元に触れ、涙をふき取った。そして「あれ…俺なんで…」と明らかに同様している藍の瞳から、大量の涙が溢れ出す。
「は…はは、俺まだ泣けたんだな」
藍は自分の涙を見つめ乾いた笑いを発した。藍が涙を流している理由も分からない蒼太は、ただ藍の右手をギュッと握ることしか出来なかった。
「俺ってさ、アイドルやってると色々言われるんだよね。特に俺みたいに馬鹿みたいなテンションでやってるやつはうざいとか、気持ち悪いとか、心無い悪口も平気で言われるんだ」
涙ぐんだ声で話し出した藍に、蒼太は黙って耳を傾ける。
「だけど…そんなひでぇ事いくら言われたところで何も感じなかったんだ。お前は俺には感情があるって言ってたよな、確かにお前の言う通り前と比べたら嬉しいことも楽しいことも感じるようになってきた。でも…悲しいっていう感情だけはいつまで経っても感じなかったんだ」
藍の涙が蒼太の手へぽたりと落ちる。ポタ、ポタ、と蒼太の手に落ちてくる涙の粒、そして藍の不安定な鼓動の音からは、藍の悲痛な心情が伝わってきた。
「なのに…お前に避けられてるって分かったらどうしようもなく胸が痛いんだ…っ辛くて…きっと俺は悲しいんだと思う…っ」
藍の消えてしまうそうな程のか細い声を耳にした蒼太は、堪らず藍の事を抱きしめた。
「ごめん…ごめん藍…」
「俺から離れようとするな…っ俺を一人にしないでくれ蒼太…っ」
藍は蒼太の背中に弱々しくギュッとしがみつく。藍から漏れる嗚咽、そして痛々しい音を立てている鼓動からは、藍の悲しいという気持ちが溢れてくるように蒼太に伝染した。蒼太は細すぎる藍の身体を力強く抱きしめた。
──俺はなんてことをしたのだろう。
蒼太は自分の過ちを悔やんだ。藍の気持ちも考えずに自分勝手な気持ちを優先し、藍を避けた。藍の友人だと名乗っておきながらそれを放棄したのだ。自分一人に避けられたとしても、藍なら特に気にもしないだろうという考えが迂闊だった。藍には自分以外にも友人がいる、だから自分が藍の傍を離れても、藍には何も影響はないのだろうと。そして蒼太に避けられたところで藍は悲しいなど感じないと蒼太は思ってしまっていた。けれど蒼太のその考えは間違いだった。
藍は蒼太が思っているよりも、繊細だった。蒼太から避けられて悲しいと感じてしまうぐらいに、藍はしっかりとした感情を持ち合わせていたのだった。
「ごめん…ごめんね藍…」
蒼太はうわ言のように謝罪の言葉を繰り返した。どんなに謝ったところで藍を傷つけてしまった事実には変わりないが、今はひたすらに謝罪の言葉しか出てこないのだ。
「ばか…ばかやろう…お前なんて嫌いだ」
藍は蒼太の肩に頭を寄せ、ぐりぐりと擦り付ける。藍のふわふわとした柔らかな髪が首筋を軽く撫でる度、擽られているような感覚でむず痒い。
藍の弱さに初めて触れた蒼太は、その儚さに心が打たれるようだった。
しばらくすると、藍の鼓動が落ち着いてきた。その事に蒼太はほっと安心した気持ちで胸を撫で下ろす。そして自然と二人の身体は離れた。
「藍…もう大丈夫そう…?」
蒼太は藍の肩を掴み、顔を覗き込んだ。泣いたせいで目を赤く腫らした藍は「爆発した…」と呟いた。
「え?」
「最悪だ…ここ数日貯めてた鬱憤が今爆発したんだよ…っ完全にメンヘラじゃん俺…っ!」
藍は後悔するように自分を自嘲した。
「あーでも久しぶりに泣いたらなんかすっきりしたわ」
ティッシュボックスから何枚かティッシュを引き抜いた藍は、豪快な音を立て鼻をかんだ。普段通りの藍に戻ったことに、蒼太の全身からは力が抜け落ちるようだった。安心したように微笑んだ蒼太は「ごめんね藍」と再度謝った。
「もういいって、それよりもなんで俺を避けたんだよ」
「…別にお前を避けてた訳じゃないよ、ただ今月は飲みに誘われる回数が多くてさ」
蒼太は避けていたという事実を隠した。もし避けていたと打ち明けたとしても、藍の事が好きすぎるからという理由なためとてもじゃないが口にはできない。
蒼太の返答に、ムスッとした藍は「嘘つくなよ…」と呟いた。
「嘘じゃないって」
「…まぁ俺がお前に避けんなって言う資格ないんだけどな、俺だって高校の時避けてたわけだし…」
蒼太は汐らしく自信のない表情でいる藍を珍しく思った。藍の弱っている姿に、蒼太の胸はズキリ痛む。藍を悲しませてしまったことに、蒼太は改めて自分の行いを悔いた。
「藍、お前が望むなら俺はお前から離れないよ」
蒼太は藍の赤く腫れた目元を優しく指で撫でた。藍は「んっ…」と声を漏らし、蒼太の指から顔を背ける。
「ほんとお前ってお人好しだよ」
蒼太は何も言わなかった。お人好しと言われ否定しなかった自分を、なんて卑怯なのだろうと蒼太は思った。それでも藍のためなら都合のいい男にでも何でもなってやる、二度と藍を悲しませないためにも、蒼太は藍が望むのならどんな事でも叶えてやると心に誓った。
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