感情のない君の愛し方

真楊

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31.

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「おーい蒼太ー!」

 自分の名前を呼ぶ声に反応した蒼太が後ろを振り返ると、手を振っている友人の姿が目に入った。「おー!奇遇だね」と蒼太も友人に手を振り返す。

 金曜の夜、一週間の長い勤務から解放された蒼太はこれから拓海のマンションへ向かうところだった。大晴程ではないが横の繋がりがそこそこ広い蒼太は、週末こうして友人達と集まることも少なくはなかった。大学時代の友人三人との宅飲み、最近は蒼太宅で集まることが多かったため、拓海の自宅へ行くこと自体が久しぶりであり、結構楽しみだったりした。

「いやー、まさか鉢合わせるとはなぁ。運命なんじゃない?」

「何言ってんの」

 友人の冗談に蒼太は笑って返す。大学時代の友人であるこの男は、ニコニコとした笑顔が似合うとても人懐っこい性格をしていた。こうして軽口を叩ける友人も減ってしまったため、蒼太としては友人のノリが有難かったりした。

 他愛のない話しているうちにいつの間にか拓海が住んでいるマンションが見えてくる。この男と話していると話題に尽きないな、と蒼太は思いながらマンションの中へ足を踏み入れた。

 蒼太がピンポーン、と拓海の部屋のインターホンを押すと、しばらくの沈黙のあとガチャリと扉が開いた。

「あっ蒼太だ、あれ?二人とも一緒に来たの?」

「そーそー!丁度鉢合わせてさ!いやーやっぱ運命だわー」

 そう言って蒼太の肩に腕を回した友人に、「ほんと運命だよなー」と蒼太も応えるように友人の肩に手を置いた。そんな二人の様子に拓海は「二人とも相変わらず仲良いね」と笑顔を見せた。
 拓海の部屋へあがると既にもう一人の友人が来ており、早速飲み始めようという雰囲気になった。蒼太は買ってきた酒を取り出しテーブルの上へと置くと「あっそうだ」と友人の一人がゴソゴソとカバンを漁り始めた。

「じゃーん!見てよこれ!」

「えっ!?それって藍の写真集じゃん!?」

 友人は興奮気味に写真集を手に取った。

「予約殺到ですぐに完売したってSNSでめちゃくちゃ話題になってたよね?!」

「そうそう、今日発売なのにもうどこにも売ってなくてさ。俺も朝から本屋さんに並んでやっと買えたんだ」

 友人は嬉しそうに頬を緩ませている。グラスを持って腰を下ろした拓海は「二人って藍のファンだったの?」と二人に尋ねた。

「俺はファンってまでではないけど、普通に好きって感じ。テレビで藍を見ると他に見たい番組あっても変えられないんだよなぁ。でもお前は朝から並ぶぐらい藍のこと好きなんだ?」

「うん、好きになったのは最近なんだけどね」

 友人は照れくさそうに答えた。写真集に夢中になっている三人を横目に、蒼太の心臓は忙しなかった。まさかここで藍の写真集を目にするとは思っていなかった。蒼太は何度もこの目に焼き付けた表紙に映る藍の姿に、何度見ても美しいという感想が一番に出てくる。

 今日、藍の写真集が発売された。写真集の発売日とその表紙が公開されると同時に、SNSでは藍の話題で持ち切りだった。予約開始一日で在庫切れになる異例の事態に、ファンの間ではかなりの争奪戦になっていたようだ。それもこれも藍の人気が凄まじいということも理由の一つだろうが、今回の写真集のテーマである日常というフレーズがファンの間でかなり話題を呼んだそうだ。普段はあまり知ることがない藍の素顔が見れるという点が何よりもファンの興味を駆り立てたのだろう。

 滅多に自分を見せない藍のオフショット、ファンとしてはそんなもの興味を持たない方がおかしいだろう。そして極めつけが表紙だった。表紙に選ばれた藍の写真、それはテレビで見慣れた藍とはまったく異なる魅力を放っていた。普段のキラキラとしたアイドルとしての藍ではなく、どこか物憂げな雰囲気を醸し出していた。その写真を見た人達は驚き、藍の新たな一面に興味津々だった。

 そしてその写真を撮った人物こそが蒼太であり、写真集に写る藍の写真全てが藍と同居期間中に蒼太が撮ったものであった。蒼太は自分が関わったものがここまで話題になるなんて、なんだか現実味がなかった。

 発売の数週間前に黒井から事前に写真集を手渡された蒼太は、あまりの出来の良さに全てのページに目を通すのに数時間かかった。やはり自分には藍を魅力的に撮る才能があるな、と自画自賛してしまうほど、どの写真の藍からも目が離せなかった。

「蒼太は藍のことどう思ってるの?」

 突然話を振られた蒼太の口からは「へっ?!」とあからさまに動揺した声が出る。

「あ、藍?あー、うん!藍ってかっこいいよねー!」

「お、おう。なんかテンションおかしいけど大丈夫?」

 蒼太の様子がおかしなことを心配した友人に「う、うん?別に普通だけど?」と蒼太はとぼけた。拓海以外の友人には蒼太が撮影に携わったとは伝えていなかったため、何も知らないふりをするしかなった。そして、蒼太がその写真集を鞄に忍ばせていることも、とてもじゃないが言うことが出来なかった。

 黒井から事前に一冊貰ってはいたものの、蒼太は今日の早朝から本屋に並び、自分の手で写真集をもう一冊手に入れていたのだった。我ながら笑ってしまうような行動力に、蒼太は自分でも少し呆れてしまった。

 それからしばらく藍の話題になり、蒼太は話を合わせる事にかなり苦労した。そしてなんだかんだいっていい時間になった頃、拓海が「あっもう十一時なんだ」と時計を見た。

「ほんとだー、あっという間だね」

「みんなどうする?泊まってく?」

「まじー!泊まってく泊まってく!!」

 拓海の提案に二人が賛同すると「蒼太はどうする?」と問いかけられる。次の日特にこれといった予定もなかった蒼太は「うん、俺もお言葉に甘えて泊まろうかな」と頷いた。

 するとピコン、と蒼太のスマホから通知音が聞こえてくる。蒼太がスマホを開くと、そこには見知った名前が表示されていた。その名前を見た瞬間、蒼太の気持ちは高まりを増す。

 送り主は藍だった。藍の事だから特に意味もなく送ってきたのだろうと蒼太は予想出来たが、もし万が一の確率で何かあったのではないかという不安も無いわけではなかった。

 蒼太が少しの緊張を抱きながら画面をタップすると、そこには『今からうちに来て』という簡潔なメッセージだけが表示されていた。

 蒼太はまたか、と眉を下げる。藍との同居生活が終わってからというもの、今みたいに藍から呼び出されることが頻繁になっていた。最初の頃は何かあったのではないかと慌てて藍の家へと向かっていたが、特に何かあった訳でもなく平然とした藍がいるだけだった。

 藍は意味もなく蒼太を呼ぶ、それも事前に『○○日予定空いてる?』などという連絡は一切なく、その日に急に蒼太を呼び出すのだった。同居が終わってからというもの、藍は蒼太を求めてくる。

 同居が終わってしまったらまた藍との距離が広がってしまうと蒼太は示唆していたが、そんな蒼太の予想は外れたのだった。あれから藍にかなりの頻度で呼び出されることが多いため、同居期間中よりかは会うは頻度は減ったものの、普通の友人達よりも藍と会うことは多かった。

 藍は蒼太が思っている以上に寂しがり屋だったのだ。もちろん人間なのだから一人になりたい時もある、いや、藍の場合一人を望む時間の方が他の人より多い可能性だってある。しかし、藍は途端に一人が寂しく感じるタイミングがあるらしく、そういう時に限って蒼太を呼び出すのだった。

 藍の"求める”という行為は確かに蒼太に対して向けられている。それは確かな事実だったが、蒼太だから求めるのではなく、たまたま蒼太という存在が身近にいたから藍は蒼太を求めるのだろう。ただ単に寂しいから、一番自分が気楽でいられる相手が蒼太だから、だから藍は蒼太を求める。藍が蒼太に特別な好意を向けている訳ではないのだと、蒼太は自惚れるわけにはいかなった。それでもこうして藍との繋がりが途切れていないことが、蒼太にとっては何よりの喜びであった。

「蒼太」

「へっ?!」

 拓海に名前を呼ばれた蒼太の肩は大袈裟に跳ね上がる。「何っ?」と驚きを隠せてない様子で蒼太は答えた。

「さっきから全然話に入ってこないからさ、どうかしたの?」

「あのさ…ごめんっ!俺やっぱり帰るね」

 蒼太は手を合わせ三人に頭を下げた。すると「えー!なんでよ蒼太ー!?」と友人が蒼太に抱きついた。蒼太としてもこのまま帰るのは忍びなかったのだが、藍に呼ばれてしまっては仕方がなかった。

「今さっき泊まるって言ってたのに何かあったの?」

「あはは、ちょっとね」

 蒼太は誤魔化すように作り笑いを浮かべ、帰る理由は決して口にはしなかった。友人たちは蒼太が帰ることに対して不満そうだったがこれ以上詮索することも無く、蒼太を笑顔で送り出してくれた。



 下まで送ると言ってくれた拓海と共にエレベーターを降り、蒼太はマンションの外に出た。すっかりと冷えきった夜の空気に、蒼太は思わず身体を震わせる。

「もしかして、藍に呼ばれたの?」

「っ?!」

 拓海の一言に、蒼太は驚きから声すら出なかった。拓海は表情一つ変えずに蒼太の事をじっと見つめ、ただ蒼太の返答を待っている。

「な、なんで分かったの…?」

「いやー、何となくだよ」

 いつもの愛嬌のある笑顔で拓海は答えた。しかし拓海のその笑顔に蒼太は違和感を感じる。長年の付き合いからだろうか、どこか裏があるように蒼太には見えてしまったのだ。

「実は大晴から聞いてたんだ。最近藍は蒼太を頻繁に誘うんだって。だから今日も藍から誘われたのかなって思ったら当たってた」

「そうだったんだ…うん、藍から呼ばれちゃってさ。ちょっと行かないとなんだ」

「藍何かあったの?」

「ん?いや、ただ暇だから俺を呼んだんじゃないかな」

 蒼太が困ったように笑うと、拓海の瞳がスっと鋭く光った。

「へー…そんな事で蒼太は藍の家に行くんだ」

 蒼太の胸に突き刺さる拓海の一言。その冷たい言葉は、蒼太が拓海たちではなく藍を選んだということを意味しているようだった。

「高校の時もそうだったけど、蒼太は藍に甘すぎるんだよ。藍に呼ばれたらくだらない事でも必ず藍の元へ行く、蒼太はずっとそうだった。そしてそれは今も変わってないんだね。なんでそんなに藍に依存してるの?今も昔も藍は蒼太の事なんか一人の友達としか見てないのに」

 拓海の一言一言が、蒼太の胸を抉るようだった。拓海には理解出来ないのだろう、蒼太がこんなも藍に依存している理由が。

 親友の言葉をしっかりと受け止めた蒼太は「知ってるよそんな事」と静かに口を開いた。

「俺は別に藍の特別になりたいわけじゃないんだ。ただあいつが求めてくれる限り俺はそれに応えたいし、何よりも藍の傍に居たいんだ。あいつの傍に居られるならそれ以上の幸せはないと思ってるよ」

「蒼太…」

「ごめんね、こんなの気持ち悪いって自分でも分かってる。だけど周りからどんな風に思われようが俺は藍から離れないよ」

 静かな冬の夜に控えめな風の音だけが聞こえる中、二人の間に沈黙が流れる。蒼太は自分の藍に対する気持ちを赤裸々に語りすぎたと後悔した。親友であれど、友人に対してここまで依存的な感情を抱いているだなんて知ったら普通は引くだろう。拓海の顔を見ることが出来ない蒼太は「じゃあ俺もう行くね」と拓海に背を向けた。

「気持ち悪いとは思わないよ。蒼太がそれでいいなら俺は止めない」

 蒼太が振り返ると、そこには悲しそうに笑顔を作ろうとしている拓海の姿があった。蒼太は拓海から認めてもらえた安堵と、拓海の表情から引っかかる何かがごちゃごちゃに混ざり合い、なんとも言えない気持ちになる。きっと今の自分はとても情けない表情をしているのだろう、と蒼太は悟った。

「うん、ありがとう拓海」

「あはは、ほら早く行きなよ」

 拓海に急かされた蒼太は「今日はごめんね」と謝り、藍の家へと足を進めた。
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