ヒュブリス!

柿崎ゴンドウ

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深淵2

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始め頃は荒涼した大地だったのに今はべったりとした泥沼で辺り一面埋まっている。
上に白い太陽か月かが静かにしているだけだ。

『まだ来てくれないの?』

背後から声、自分の声だ。

「。。もう来ないで」

振り返ることもせず首を声から背けた。
何度も聞いている自らの声。

『僕は僕を否定するの?』

声は近くなる。

「お前は僕じゃない」

現実から背いている。それはわかる。
もう一人を否定すると胸が痛む。

「!」

背後から抱きしめられた。

『どうして胸が痛いのかわかる?拒絶してるのは自分自身じゃないか』

耳からではなく直接脳内に響いてくる。
心療内科に行き出した頃にもう一人の僕が夢に現れるようになった。

「?!。。う、ぁぁぁ。。///」
『。。待ってるよ。必ず僕は来てくれる』

タクトの耳を銀髪のもう一人の自分が噛んだ。
怯んだ青年に呪文のように囁く。

「!!」

悪夢から飛び起きた。
寝汗をひどくかいている。

***

「おぉ、タクトじゃん。おはよー」

翌朝、オフィスに来た社長が気づいて声をかけた。

「。。。」
「花の世話、よろしくなー」

返事をしない彼を気にすることなく青年は自室へ向かった。事情は知っている。
拓徒は休職中だが、生花の世話だけは自らやりに来ていた。上手に活けられるのは彼だけだし、運動もかねて通勤はしている。

社長の右腕は埋まっている。ならば左腕は拓徒だった。

「おはようございます、拓徒さん」

女性の挨拶にも無言だが、微笑して返すとオフィスから出た。エントランスには小振りな可愛らしいブーケが残った。

そのまま帰宅する体力はない。裏通りにあるカフェのテラス席で身を落ちつかせてから帰るのだ。

「全然手つけてないな」
「!…」

少しうたた寝していた。
聞いたことある声。

「サツ、キ…」

メンズスーツで詰め襟シャツ姿の彼女は向かいの席にドカッと座った。

「テラス席に一人だけ沈んでるからすぐわかった」
「…そう」

彼女はエスプレッソだけを頼むと、手つかずの拓徒のブリオッシュをくすねた。

「残りのもいいよ」
「そう?そのスクランブルエッグとカットフルーツは食べときなよ」

どうして彼女がここにいるのかわからなかった。サツキはたまたま裏通りを歩いていただけと言った。移動が多い仕事だから。今は帰り。

「…」
「…アンタ、そのまま行けば自決しちゃうよ。それかヒュブリスの餌食になる。私はイヤだよ。そのタイプが一番厄介だから」

眼鏡ごしの虚ろな瞳には生気が感じられない。
ヒュブリスと言われる邪心は心の弱ったヒトを襲って現世に現れる。基本は邪心と同調した人間を襲うが、心身が衰弱した人間も喰われることがある。討伐する側にとって精神をすり減らすのは後者だ。

「…独身男性が一番自殺率が高いからね」
「分かってんじゃん」

サツキはマイペースにバゲット類を食すとふらっと去っていった。ダークレッドの口紅がエスプレッソの縁に残る。

「…」

アドバイスは水果だけ従った。口内に酸味が広がり、拓徒を起こすと重い身体を上げた。


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