魔物の森のソフィア ~ある引きこもり少女の物語 - 彼女が世界を救うまで~

広野香盃

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6. 村に到着したふたり

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(カラシン視点)

 ソフィアとオーガ、魔族同士の戦いが始まった。ソフィアは俺の代わりに戦ってくれているのだろうか? 俺にまだ利用価値があるから死なせたくないだけかもしれないが。それにしても魔族同士で戦うなんて、種族が違うと仲が悪いのか?

 勝負は最初から最後までソフィアの優勢勝ちだった。オーガの奴はソフィアに近づくことさえ出来ずにやられてしまった。しかも最後の攻撃はえげつないものだ。地面に大穴が開いてしまっている。とんでもない奴と関わりを持ってしまったと改めて痛感する。そんなことを考えながらソフィアが置いて行ったリュックを持ち上げ渡しに行く。ソフィアの傍から穴の底を覗き込んで思わず悲鳴を上げそうになった。オーガの身体がバラバラになっていた。俺もソフィアの機嫌を損ねたらいつ同じように成るか分からない。決して逆らってはいけないと痛感した。

 しばらくして子供達の歓声が聞こえた。さっきオーガに追いかけられていた子供達だろう。オーガがくたばったと知って戻ってきたようだ。こいつらの服装は俺の孤児院時代よりひどい、全員靴を履いておらず裸足だ。開拓村なんてこんなものだ、魔物の森の開拓は国の方針というが、要するに町々のスラム街に住む汚い恰好をした奴らが目障りだから、強制的に移住させているというのが真実だ。この村は長年続いていると聞いたから、その中でもうまくいっている方だろう。ほとんどの開拓村は数年で全滅するところが多いと聞いている。

「おじさん、すごい!」

「カッコいい」

「素敵!」

「ひとりでオーガをやっつけた!」

「勇者様みたい!」

 おじさんじゃなく、お兄さんだと言いかけて止める、まず訂正すべきは俺がやっつけたんじゃないってことだ。やっつけたのはこっちのお姉さんだ、と言おうとして隣を見るとソフィアがいない!? 背後の気配に振り向くと、俺の後ろに身を隠すように屈んでいる。しかも、俺の上着の裾を両手で強く握り締めているのだ。何? こいつは何をしたいんだ? いや、分かった、そういうことか、こいつは目立ちたくないんだ。注目されると魔族だとバレると思っているんだろう。だからこの件は俺がやったことにしろと言うことだ。上着の裾を握っているのは逃がしはしないぞという脅しだろう。

「ま、まあ、俺に掛かればオーガなんか一発さ。」

これほど実感の籠らないセリフを吐いたのは生まれて初めてだ。それでも純粋な子供達は信じてしまった様で。

「「「「「わー、すごい!!!」」」」」

と一様に感心した声を発する。やめてくれ...。そんな尊敬の目で見られると、後で軽蔑の眼差しに変わるのが怖い...。そのとき子供達の内、一番年長の少女が思い出した様に告げた。

「お願い、おじさん。オーガはまだいるの。村の皆を助けて。」

な、何? オーガは1匹じゃなかったのか!? 

「後何匹いるんだ?」

「2匹村にいるの、冒険者さん達が戦っているけど苦戦していたわ。」

冒険者が戦っている? 俺のチーム仲間も戦っているのかもしれない。あいつら無事でいてくれよ! と願いながら村に向かって走り出そうとするが前に進めない! 後ろから引っ張られているのだ。そうだ、ソフィアに上着の裾を抑えられているんだった。

「ソフィア、お願いだ行かせてくれ。」

と夢中で頼む。ソフィアは、

「いっしょ、いく」

と返してきた。一緒に戦ってくれるということか? 味方してくれる理由は分からないが、ソフィアが一緒に戦ってくれるのであれば、オーガ相手でも勝てるかもしれない。

「ありがとう」

と言って俺は駆け出す。ソフィアも後から付いてくる。




(ソフィア視点)

 子供達が歓声と共にこちらに走り寄ってくる。私は思わずカラシンさんの背後に隠れる。子供達と言えど人間だ、うまく対応できる自信がない。案の定、子供達は口々に甲高い声で何か言っているが全く聞き取れない。まあ、なんとなく喜んでいる様だから、オーガが死んだことがうれしいのだろう。だってさっきまで追いかけられていたのだから。

 その時、急にカラシンさんが走り出した。カラシンさんがいなくなると直接子供達と顔を合わすることになる。恐怖に駆られて思わずカラシンさんの上着を引っ張ってしまった。

「ソフィア、お願いだ行かせてくれ。」

と振り返ったカラシンさんが言う。嬉しいことにカラシンさんの発言は聞き取れる。声に慣れてきたのかもしれない。だったら、なおさらカラシンさんの傍にいるのが安全だ。

「いっしょ、いく」

と返して、すぐ後ろについて走り出した。

 だが、走り出してすぐに、カラシンさんが向かっているのが村の方向だと分かる。村には200人の人間がいる! どうしよう、どうしよう、どうしよう....カラシンさんの傍にはいたいが、村人に囲まれるのは嫌だ。だが、迷っている内に村についてしまった。ああ! 優柔不断な自分が疎ましい。

 村に入ると、騒がしい叫び声が聞こえる。これは戦い? カラシンさんの陰から顔を出し前方を見ると、オーガふたりが沢山の人間達と戦っていた。それを見た途端、私は恐怖に硬直して動けなくなった。人間! あんなに沢山! 思わず立ち止ってしまった私と対照的にカラシンさんは一目散にオーガに向かって行った。



(カラシン視点)

 村に入ると、先ほど少女が言ったとおり、冒険者達がオーガ2匹と戦っている。冒険者の中に、チーム仲間のケイトとマイケルがいることに気付いて、そちらに駆け付ける。ケイトは俺の姉でチームのリーダーだ。最もチームメンバーはマイケルと俺のふたりだけだ。ケイトは赤毛のショートカットに茶色の目をした、長身のスリムな女で、俺よりひとつ年上。マイケルは黒髪、黒目の男性、年齢は確か20歳だった。背丈は俺と同じくらいだが俺より遥かに逞しい体つきをしている。

 走りながら呪文を詠唱し、ファイアーランスをオーガに向かって放つ。俺に出来る最強の攻撃魔法だ。狙い通りオーガの顔面に命中するが効果が無い。くそっ...。オーガには冒険者達が放った沢山の矢が突き刺さっていて、刃物による傷も多くあるが、どれもこれも皮膚を傷つけているだけで、強靭な筋肉の鎧に防がれ致命傷になりそうなものはひとつもない。

「カラシン!」

俺に気付いたのだろうケイトが走り寄って来る。

「無事だったのね。心配したのよ!」

「なんとかね。ケイトとマイケルも無事でよかった。」

「ええ、もっとも今のところはだけどね。」

 その時、オーガの振り回す棍棒がひとりの冒険者を捉える。冒険者は血まみれになって転がった。手足が変な方向に曲がっている、おそらく助からないだろう...。周りを見回すと、あちこちに冒険者達が転がっているのが見える。

「これは、逃げ出した方が良くないか?」

俺達は魔物討伐を引き受けたけれど、魔族であるオーガは契約外だ。たとえ逃げ出しても契約違反にならない。

「そうなんだけど、隊長が頑固でね。村人が逃げる時間を稼ぐんだって。」

「村人はどこなんだ? まだ逃げてないのか?」

「それがね、逃げてくれないのよ! 村を捨てるくらいなら戦って死んだ方がましなんだって。隊長が説得中だけど。」

「なんてこった。このままじゃ犠牲者が増えるばかりだぞ...」

 隊長と言ったって、俺達のチームの隊長じゃない。この村に集まった冒険者50人をまとめるための臨時リーダーだ。隊長の命令に何の拘束力もないのだが、ここで頑張ってしまうのが冒険者気質という奴だろうか。まあ、隊長も間違ったことは言っていない。普通の村人がオーガに立ち向かえるはずないからな、俺達がいなくなれば、あっと言う間に全滅だろう。

 そうだ、ソフィアならオーガに勝てる! と思って振り向くが、ソフィアの姿が無い!? 慌てて付近に視線を送ると村の入り口にある小屋の陰に頭を抱えてうずくまっている。震えているのか??? だが、ソフィアの傍に駆け寄ろうとしたとき、突然俺の肩にフクロウが舞い降りた。そして俺の肩の上で大きく羽を広げ...

「クエーッ!!!」

と叫んだ!? だがそれに驚いている暇はなかった、フクロウの叫びに合わせて、空から雷が2つ、2匹のオーガの上に落ちたのだ。一瞬の出来事だった。辺りを閃光と轟音が覆う。オーガ達は立ったまま身体から煙を発していたが、しばらくして、ドッという音と共に地面に倒れ伏した。即死だったのだろう。ピクリとも動かない。

「今のはカラシンがやったの? すごいじゃない!」

とケイトが聞いてくる。

「違う、やったのはこのフクロウだ。」

こいつは森の入り口でソフィアの行く手を遮っていたフクロウだ。ひょっとしてソフィアの使い魔か? それにしても何て強力な魔法を使うんだよ...。

「それは、カラシンの使い魔なの?」

「何をば....」

何を馬鹿なことをと言いかけて口をつぐむ。フクロウの足の爪が肩に食い込んだのだ。痛い!  フクロウは俺を見つめて、「ホゥ、ホゥ」と脅す様に鳴く。まさか...。

「俺の使い魔ってことにしろと言うのか?」

とフクロウに囁く、人に聞かれたら正気を疑われる行動だが、驚いたことにフクロウは俺に向かって何度も頷いた。人語を理解しているとしか思えない。ええい、くそ! 分かったよ。

「ああ、俺の使い魔なんだ。森で見つけて使い魔にしたんだよ。」

....言ってしまった。

「やっぱりそうなのね。カラシン、あんたはやれば出来る奴だと思っていたけれど、私の目は確かだったわ。」

ケイトはひとりで納得して、うんうんと頷いている。冗談じゃない、あんな強力な魔法が使えるとこいつに思われたら、次はどんな困難な依頼を引き受けて来るか分かったもんじゃない。次にオーガ級の奴に当たったら確実に死ぬ自信がある。だが、今は話せない、このフクロウがいなくなってからだ。こいつの機嫌を損ねたら俺もオーガみたいに黒焦げになる。

 そんなことを考えていると、周りの冒険者達が動き出した。オーガが絶命しているのを確認すると、「やったぜー!」と言って安堵と喜びに跳び上がる者。村人達に脅威が去ったことを報告に向かう者。怪我人の介抱に向かう者と色々だ。その内に屋内に避難していた村人達も出てきてオーガの死体を見て騒ぎ出す。すると肩に乗っていたフクロウは、どこへともなく飛び去っていった。やった! これで自由だ!

 だが安堵は一瞬だった。突然、誰かが俺の背中に抱き付き、強く締め付けてきたのだ。力が強い、息ができない...。く、苦しい!肋が折れる! 渾身の力を振り絞って束縛を脱し振り返ると、そこに居たのはソフィアだった。全身がガタガタ震えている。どうして? と考えた途端、今度は正面から抱きつかれた。ソフィアの豊かな胸が俺の胸に強く押し付けられるが、その感触を楽しむ余裕は無い。く、苦しい、助けてくれ...。だが、俺の気持ちを他所に彼女は益々強く締め付けてくる。ついに左の脇腹に激痛が走る。

「グエッ!」

と、思わず声が漏れる。肋骨が折れたか?

俺の漏らした声に気付いたのか、ソフィアが突然力を緩め、俺はそのまま地面に座り込んだ。なんだか慌てているように見える。どうやら俺を絞め殺そうとしたわけではなさそうだ。

「あら、お熱いことで。」

と、ケイトが見当違いの言葉を口にする。さっきから俺は誤解ばかりされている気がするぞ。
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