魔物の森のソフィア ~ある引きこもり少女の物語 - 彼女が世界を救うまで~

広野香盃

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34. 誘拐されるソフィア - 1

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(村長視点)

 開拓村の初商売は成功だった。特にドワーフ族の作った剣、アラクネ族の絹、エルフ族の香辛料は好評で村で預かっていただけの在庫がすべて履けてしまった。ラミア族の魔道具については結界の魔道具が完売した。逆にドワーフ族の作った鎧、ラミア族の通信の魔道具はそれほど売れなかった。売れなかったものについては、人間が作った物にも同等の品があると言う事だろう。初めての商売だから売れ筋の品ばかりを揃えられるわけがない。次回にこの経験を生かせば良いのだ。

 それから村は忙しくなってきた。半月に1度くらいの頻度で商人達が村を訪れ色々と商品を購入して行くようになった。それと同時に商人達からこの村で人間の国の商品を魔族に販売できないかと相談を受けた。流石に商人は商機は見過ごさない。儂たちの真似をして商人達が置いて行った商品のサンプルをオーガキングを通じて魔族達に見てもらうと好評だった様だ。ただしこれに関しても商人が直接魔族に販売するのではなく開拓村の人間が間に入ることになった。商人達が持って来たサンプルは多種多様で会ったが、その中で魔族に人気のあったのは装飾品や綺麗な色に染色した布。香水や化粧品等女性の好みそうなものが多い。確かに道具類はドワーフが、布製品はアラクネが作っているが、ドワーフの作る物は実用的なものが多く、見た目の良さでは人間の作った物に軍配が上がる。アラクネの作る布も品質は良いのだが、染色の技術では人間に負ける様だ。香水や化粧品に至っては魔族にはそのようなものを使う文化が無かったから興味をもったようだが、これに関しては化粧が文化として浸透して行くかどうかで今後の売り上げが変わるだろう。

 村で商人達から商品を預かって置き、村を訪れた魔族に販売する。売れた場合は売り上げから一定の手数料をもらう。これは魔族の作ったものを人間に販売するときも同じだ。ただし、村が貰う手数料は多くはない。これらの仕事に従事する村人への小遣い程度だ。やはり頑張ったら頑張った分何か見返りがないとやる気も出ないだろうから、少しだけ手数料を取ることを許可してもらった。手数料だけでは小遣いにしかならないから、販売に従事する村人の食糧や生活費は村から出している。まあ、交易の仕事を請け負っている代わりに税を免除してもらっているのだから文句は言えないだろう。

 人間の国の商品を扱う様になってから、村には様々な魔族が客として訪れる様になった。交易に従事する村人は最初は魔族への対応に四苦八苦だった。なにせ言葉が通じないのだ。幸い村を訪れる魔族は人間に対しても友好的な者が多く、手振り身振りで何とかコミュニケーションを取って急場をしのいでいたが、その内にトクスに依頼して魔族語の勉強を始めた。儂も参加させてもらったが、皆魔族語の習得に熱心に取り組んでいる様だ。

 しばらくすると、人間の国の商人が訪れる頻度も人数も増えて来た。魔族の国に対する恐れがだいぶ和らいで来た様に感じる。

 だが、商人とは別に、もうひとつ待ち望んでいる物が来ない。それは人間の国の国王からの独立宣言に対する回答だ。もうオーガキングの独立宣言から半年に成ろうとしている。いくら何でも遅すぎる。村に来る商人達の話では、特に戦争の噂は無いらしいから滅多なことはないと思うが気に掛かる。まだ人間の国と魔族の国が戦争になる可能性は残っているわけだ。

 だがある日、久々にオーガキングが開拓村にやって来た。町に滞在しているジョンからボルダール伯爵が王の返書をもって魔族の国に向かったと知らせがあったらしい。ボルダール伯爵を出迎えるために、魔族の国の入り口にあるこの村までやって来たわけだ。いよいよ平和裏に魔族の国が独立できるか、人間の国との戦争に成るかが決まる。

 オーガキングは谷底の道と村との間に巨大なテントを張り、ボルダール伯爵一行を待ち構える。オーガキングの指示で儂も同行した。ジョンから連絡のあった日に町を出たとするとそろそろ到着する頃だ。だがボルダール伯爵はなかなかやって来ない。結局伯爵が到着したのは翌日になってからだった。伯爵の一行は50名程度。伯爵の乗った馬車を兵士達が取り囲んでいる。兵士達は緊張している様に見える。あの谷底の道を通って来たからというだけではなさそうだ。

 馬車から降りて来たボルダール伯爵の顔も真っ青だ。これは良くない兆候だな。恐らく国王からの返答の内容が良いものでは無いのだろう。ボルダール伯爵達はここから無事に帰ることができるか心配しているわけだ。

 ボルダール伯爵の差し出した返書を読んだオーガキングは、それを精霊王に見せた後、儂に差し出してきた。内容を見て安堵した。魔族の国の独立を認めると共に、今後国同士が交流を持つうえでの取り決めについてはボルダール伯爵と打ち合わせをして欲しい旨が書かれている。確かに現状では人間は魔族の国に来ることは出来るが、魔族が人間の国に行けば敵として殺されてしまう可能性が強いからな。そうならない様にきっちりと取り決めをしておく必要がある。それにしても、ボルダール伯爵のあの緊張した顔は何なのだ? 国王の返答がこの内容なら問題が生じるとは思えないが...。

「じょうしゅ、こくおうのへんしょ、よんだ。かんしゃする。まぞくのくに、にんげんのくに、なかよくする。」

「王に代わり魔族の国の国王にご挨拶を申し上げます。不肖このボルダール、両国が良き友人として協力し合い、共に栄えていけますよう精一杯努めさせていただきます。」

「よろしくたのむ。じょうしゅ。」

「つきましては、まずは国同士の取り決めについて人間の国より案を持ってまいりました。一度目を通していただき、その上で詳細について協議させていただければ幸いにございます。」

「わかった。あん、みせてもらう。」

オーガキングがそう言うと、ボルダール伯爵が紙の束を差し出してくる。分厚い本くらいある。読むだけで時間が掛かりそうだ。オーガキングはページをめくりながら少し驚いた顔をしている。儂も驚いた、国と国との取り決めなのだ、いろいろと決め無ければならないだろうと言う事は想像がつくが、ここまで分厚いものになるというのには驚いた。もっとも一介の村長に過ぎない儂が驚いているだけで当然のことなのかもしれないが。

「お恐れながら、国と国との取り決めとなりますと、決めることはそこに書かれておりますように膨大な項目になります。とても1回の交渉で合意できるものではありません。魔族の国の方々にとっても、我が国の案をお読みいただき、そのままで良い箇所、変更すべき個所はどこで、どの様に修正すべきかをお考えいただくのに時間が必要でしょう。通常このような国と国との取り決めに合意するまでには何か月もの時間が必要となります。よろしければ、今日の話し合いはここまでとさせていただき、続きは次回来させていただいた時にしたいと考えますがよろしいでしょうか。」

「わかった。じょうしゅのいうとおりにする。」

「ご理解いただき恐縮にございます。なお重ねてお願い申し上げます。我が王は魔族の国の品物をいたく気に入っておいででございます。よろしければ人間の国に帰る前に開拓村に立ち寄らせていただき、王への献上品を購入させていただけないでしょうか。」

「もちろん、もんだいない。こくおうによろしくつたえてほしい。」

「それでは、開拓村までは私が案内させていただきます。」

と儂は申し出て、ボルダール伯爵の馬車の御者台に乗り村へ案内した。村に着くとボルダール伯爵は様々な物品を手あたり次第と形容したくなる勢いで購入した。嬉しいことに売れ残っていたドワーフ製の鎧も購入してくれた。ボルダール伯爵の部下たちが購入した品物を馬車に次々に積み込んで行く。大きな馬車があっと言う間に購入品で埋まった。

 しばらくすると、買い物を終えたボルダール伯爵は再び馬車に乗り込む。オーガキングに挨拶をしてから帰途に就くと言うので、儂は再び御者台に乗り込み一緒にオーガキングの元に向かう。

 だが、オーガキングのいるテントに近づいた時、精霊王が叫んだ。

「村長、馬車を止めろ。」

更に精霊王がオーガキングに向かって何か言うと、オーガキングの命令でオーガの兵士達が馬車の前に立ち塞がる。ボルダール伯爵は恐怖に震えあがっている様だ。

「な、何なんですか? 私どもが何かしましたでしょうか?」

ボルダール伯爵の部下が馬車から降りて、オーガの兵士に向かって言っているが、オーガの兵士には人間の言葉は通じない。それを悟ったのだろう、ボルダール伯爵は儂の方を向いて大声で叫んだ。

「村長さん、これはどういうことですか? 魔族の国は安全だと聞いてやってきたのですよ。お願いです、助けて下さい。」

と言って来る。儂はどうすれば良いのか分からず精霊王の方を振り向いた。精霊王はゆっくりと馬車に向かって歩きながら。

「お前の言う通り魔族の国は安全だ、だが犯罪者に関しては例外でな。魔族の国の国民を攫っていこうとする奴には容赦はせんよ。」

とボルダール伯爵に向かって言う。それを聞いた伯爵の顔が引き攣る。精霊王は馬車までたどり着くと馬車に積み込まれた荷物を次々と引っ張り下ろす。大きな荷物も軽々と持ち上げている。すごい力だ! そしてひと際大きな木の箱を地面に降ろし、蓋をバリバリと言う音と共に引き剥がした。中に入っていたのはなんとソフィアだ! 意識が無い様でぐったりとしている。

 オーガキングが兵士に向かって何かを叫ぶと、馬車に乗っていた人間とその護衛達はあっと言う間に全員捕まえられ、アラクネの兵士が出した糸で雁字搦めに縛られた。一方のソフィアは精霊王が手を翳すとすぐに目を開けた。

「ソフィア、あの程度の奴等に不覚を取るとは情けないわよ。」

と精霊王が言うのを無視して、ソフィアは切羽詰まった声で精霊王に向かって叫ぶ。

「お母さん、カラシンは? カラシンは大丈夫なの?」

それを聞いた精霊王がしまったと言う顔をして村の方を見る。被害にあったのはソフィアだけでは無い様だ。だがその時村の方から何人かがこちらに駆けて来るのが見えた。

「ソフィア~~~」

微かに届いた声を聴くと、ソフィアは「カラシン!」と叫びながら駆け出した。あれはカラシンか? まだ距離があるのではっきりとは分からないが、あんな赤い服を着ているところを見たことが無いが。

 ソフィアは村から来た者たちと合流し、赤い服の人間に抱き付いたままこちらに歩いて来る。赤い服はやはりカラシンの様だ、だとすると残りのふたりはケイトとマイケルだろう。だが、近づいて来たカラシンを見て腰を抜かしそうになった。赤い服を着ていると思ったのは勘違いで、服が血でぐっしょりと濡れていたのだ。カラシンの血か? だがあんなに出血しては動けるはずがない。

 カラシン達は精霊王の前まで来ると頭を下げた。

「精霊王様、ソフィアを守れず申し訳ありませんでした。」

「気にするな、その血はソフィアを守ろうと戦ってくれたからであろう。」

「はい、ですが全く敵いませんでした。」

「よい、人間共がこんなことをしてくることを予測できなかった私が悪い。それにしてもなぜソフィアを連れ出そうとしたのか話してもらうぞ。」

と精霊王は縛られているボルダール伯爵に話しかけるが、伯爵は「そ、それは...」と口籠ったまま話そうとしない。

「ほう、話さない気か? マルシよ、少々手荒な真似をするかもしれんが許せよ。」

「こくみんを、さらおうとした、はんざいにん。えんりょいらない。」

「だそうだ。覚悟は良いな。」

「ま、まってくれ、話す、話すから。」

とたやすくボルダール伯爵は降参した。ボルダール伯爵の話した内容は驚くべきものだった。ソフィアが先王のただ一人の娘ソフィリアーヌ様だと言う。本来なら、人間の国の女王になっていても不思議ではない存在だ。現在の国王は先王を暗殺し王座を奪った。王と同様命を狙われたソランディーヌ様は生まれたばかりのソフィリアーヌ様を連れて魔物の森に逃げるしかなかったのだ。

 全てを聞いたオーガキングは目を閉じて考えていたが、しばらくして口を開いた。

「にんげんのくにのこくおう、しんらいできない。なかよくできない。」
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