魔物の森のソフィア ~ある引きこもり少女の物語 - 彼女が世界を救うまで~

広野香盃

文字の大きさ
45 / 71

45. 魔族の国に残る農民達

しおりを挟む
(アマンダ視点)

 私達の村が黒死病のための隔離から解放されて半年ほどたった時、大事件が起きた。なんとこの領が、人間の国から魔族の国に移譲されたという。ということは私達も魔族の国の国民になると言う事だ。それが嫌なら村からはもちろん、この領から出ていくしかない。突然の知らせに村は騒然となった。だが、すぐに村長が皆を広場に集めて、

「喜べ! 儂らは魔族の国の国民に成れるんだ。今までよりずっとましな暮らしが送れるようになるぞ。」

と宣言した。村長やカイルを始めとする村人の何人かは、隔離されている間の食糧を提供してくれた礼を伝えに開拓村を訪れたことがある。その時、村には沢山の魔族が人間の国の商人が持ち込んだ品を購入しに訪れていたが、魔族達は礼儀正しく、村は平和そのものだったらしい。村人達の生活もゆとりが感じられ、話に聞いていた極貧の生活を送る開拓村というイメージとは程遠かったと言う。開拓村の村人の話では、全ては魔族の国の国民になれたお陰らしい。その上、カイルが「これは内緒だぞ」と前置きして教えてくれたことによると、私達に黒死病の治療薬をくれた冒険者達も魔族の国の国民らしい、向こうで会ったという。食糧だけでなく、あの奇跡の薬まで魔族の国が提供してくれたものだったのだ。

「皆、聞け。今まで秘密にしていたが、皆が飲んだあの奇跡の薬も魔族の国が儂らに提供してくれたものだ。魔族の国が助けてくれなかったら、この村はとうに滅びていた。その魔族の国を信じないでどうする。皆で魔族の国の国民になって恩を返すのだ。」

 奇跡の薬の話は村人にとって衝撃だった様だ。開拓村からの食糧の提供はもちろんありがたかったが、奇跡の薬は別格だ。なにせ、黒死病を治す薬があるなんて聞いたことすら無かった。あの薬が絶望していた私達に希望の光をもたらしてくれた。カイルの話では、あの薬は金髪の女性の冒険者が作った物だと言う。私が会った時には茶髪の男性冒険者の後に隠れていてほとんど顔が見えなかったが、そんなすごい人だったとは思いもしなかった。せめて一言お礼を言いたかったと後悔したものだ。

 村長の語った奇跡の薬の話で村人達の心は決まった。私達の村は誰一人抜けることなく、村人全員が魔族の国の国民になることになった。

 その翌日、カイルがこっそりと旅支度をしているのに気付いて問い詰めると、なんと他の村の人達に魔族の国の国民になる様に説得して回るつもりだと白状した。放って置いたら、魔族を恐れて村から逃げたし野垂れ死にする村人が大勢発生するから止めるのだと言う。これは一大事と無理やりカイルを引っ張って村長の元に行く。村長にカイルを止めてもらうつもりだったのだが、なんと、カイルの話を聞いた村長までその気になってしまった。村長の話を聞いた村人が10人くらい、自分達も他の村に魔族の国に留まる様に呼びかけて回るという。これは止められそうにないと悟った私は、カイルの腕を思いっきり抓りながら、

「私もカイルと一緒に行くからね。」

と宣言して睨みつけた。まったく心配して待っている身にもなって欲しい。もう一度そんな思いをするくらいなら一緒に行くと決めた。カイルは私の形相に驚いたようにコクコクと頷いた。

 それから旅支度をした私達は村を出発した。カイルが言うには、たった10人程度で回れる範囲は限られる。まずはマルクさん達、魔族の国に行ったことのある人達の村にいって仲間を募るという。だが、村からマルトの町に向かう道に出たところで、沢山の人達が歩いているのに気付く、私達と向かう方向は同じだ。

「あれ、トマルさんじゃないですか。大勢でどちらに行かれるんですか?」

その内のひとりにカイルが話しかけた。どうやら知っている人の様だ。

「おお、今日は、確かカイルさんでしたね。いやね、ボルダール伯爵領が魔族の国に移譲されたんで、これから村々を回って、大丈夫だから魔族の国に残る様にと説得に行こうと言う事になりましてね。」

 なんと私達と目的は同じ様だ。カイルの話ではトマルさんは開拓村の村長の息子だという。ということはこの人達は開拓村の人達か! 100人くらいは居そうだ。カイルが自分達も同じことをするつもりで村を出て来たと話すと、

「それは嬉しいですね。是非協力し合いましょう。」

とトマルさんが笑顔で応じる。それからトマルさん達も一緒に、最初に開拓村に行った人たちの住む村を巡って協力者を募った。それらの村では開拓村に行った人から開拓村の様子を聞いていたからか、魔族の国の国民になることを歓迎している様だ。私達に協力してくれる人達も多くいた。特にマルクさんの村では人口が多いこともあり、100名近くの人達が加わってくれ、私達の総勢は300人くらいに膨れ上がった。

 道中で、私達は何故急にボルダール伯爵領が魔族の国に移譲されることになったのか経緯を聞くことが出来た。今まではこの領が魔族の国に移譲されると聞かされただけで、どうしてそんなとんでもないことになったのか説明が無かったのだ。トマルさんから、あの金髪の女性が先王の娘のソフィリアーヌ姫様だと言われてギョッとした。私達を黒死病から救ってくれたのは王女様だったわけだ。私、王女様に対してとっても失礼な態度だったんじゃないだろうか。王族や貴族なんて私達をゴミの様にしか考えていないと思い込んでいたけれど、ソフィリアーヌ様は違うのだろうか。なぜ、王族が魔族の国に住んでいるのかは分からないけれど、誘拐されかけたと言う事はきっと事情があるのだろう。あんな人が王位についてくれたら人間の国も変わるのかもしれない。

 その後は5名くらいのグループに分かれ、ボルダール伯爵領の各地に散った。どのグループにも開拓村の人がひとり以上入っている。やはり魔族の国に住んでいる
開拓村の人達が話した方が一番説得力があるからだ。私達はトマルさんと一緒に行くことになった。

 だが、実際に村々を回り始めると大変だった。どの村も急に魔族領になったことで騒然としている。そんな時にトマルさんが魔族の国から来たと言うだけで村中が大騒ぎになる。最初に訪れた村では腕っぷしの強そうな連中が殺気だって私達を取り囲んだ。警戒する気持ちは分かるが、変なことを言うと殺されそうな雰囲気だ。それでもトマルさんは堂々と、魔族の国に残っても大丈夫だと伝えに来た旨を話すが、信じてくれたように見えない。私達を取り囲んでいるひとりがトマルさんに反論する。

「俺達をバカにしているのか? 魔族なんて信用できるわけがないだろう。俺達を奴隷にしてこき使いたいから、ここに残らせるためにお前達を寄越したに決まっている。」

「それは違う。俺は魔族の国の人間じゃない。あんたたちと同じこの領の農民だ。俺は開拓村を訪れたことがある。開拓村に奴隷なんていなかった。村人は皆幸せそうで、魔族とも仲良く付き合っていた。この目で見たことだ間違いない。」

とカイルが反論する。

「そうよ、それに魔族の国の人達は私達の村の全員に黒死病の治療薬をくれたのよ。飲んだらたちどころに黒死病が治る奇跡の薬よ。それで私達の村は助かったの。あなた達の村だっていつ黒死病に襲われるか分からない。でも魔族領になったら黒死病になっても薬があるのよ。」

と私もカイルを応援するが、村人全員に呼びかけたいという私達の希望は即座に却下された。せめて村長に話をしたいというと、不承不承ながら村長の家に通され、ようやくまともに話を聞いてもらうことができた。だが、村長は私達の話を聞いてくれたものの、村人全員に呼びかけたいという私達の希望は再び却下され、私達は後ろ髪をひかれる思いで次の村に向かうしかなかった。まあ、貧相な成りをした得体のしれない者たちが、いきなり村を訪れたのだから警戒されるのは無理もないのかもしれないが、やっぱり悔しい。

 その他の村の私達への対応は様々だった。私達の話をじっくりと聞いてくれた村もあれば、最初の村の様に早々に追い返される村もあった。それでも最後までやり遂げられたのは、ひとりでも多く私達と同じ境遇の村人を救いたいという、カイルやトマルさんの思いがあったからだろう。




(村人A 視点)

 村長が突然村人全員を呼び集めた。もっとも村人全員といっても50人程度だ。何事かと集まった俺達に、興奮した様子の村長が伝えたことは驚愕の内容だった。領主から、今年から税を今までの5割から3割に減らすと通達があったと言う。

 俺達は、全員が狐につままれたような顔で黙って村長を見つめていた。

「村長、何かの間違いじゃないのか?」

と俺が問いかけると、村長は通達の書面を見せながら「間違いではない」という。もっとも書面なんて見せられても俺には読めないが...。しばらくして、村長の興奮が俺達にも広がって来る。

「すげえじゃないか! 3割だぞ、俺達に7割が残るんだ。そうだよな?」

「ほんとか!? おれは計算はからきしなんだ。7割も残るのか!?」

「すげえ!」

「領主様、万歳!」

と誰かが興奮して叫ぶ。そうとも、それなら不作の年に備えて作物を村で蓄えておくだけの余裕が出来るだろう。いつも飢餓と背中合わせだった俺達の生活が確実に変わる!

 半年前に、この領が魔族の国に移譲されると聞かされた時は、この世の終わりだと思った。狂暴な魔族の軍隊がやって来て何もかも奪って行くだろう。俺達は殺されるか奴隷にされるかだ。だが、逃げようにも行く当てはない。俺達の唯一の財産である畑を手放したら野垂れ死にするだけだ。それだけでなく、昨年の不作で今年の収穫が取れるまでかつかつの食糧しかなく、全員が腹を減らしいているのだ。正直言って逃げだす体力も残っていない。連日どうすれば良いかで話し合いが持たれたが妙案は出て来なかった。いっそのこと魔族がやって来るまでに全員で自決するかとまで話が進んだ。

 開拓村から来たという奴等がやって来たのはそんな時だ。開拓村から来たと言う事は、魔族の国の国民になった奴等だ。魔族の使いっ走りとしてやってきたのだろう。村全体が騒然となった。幸いにしてやって来たのは人間ばかりで、それも弱そうな奴ばかりだ。俺は仲間と共に奴等を取り囲んだ。

「何の用だ?」

と問い詰める俺達に、トマルとかいう奴が「魔族の国の国民になっても大丈夫だと知らせに来た」と言う。何をバカなことをと思った。そんなこと嘘に決まっている。こいつらは魔族の命令で俺達が逃げ出さない様に、こんなことを言って回っているのだろう。逃げ出したら奴隷に出来ないからな。

 もちろん、そいつらは追い返したが、あいつらの話を聞いてから村人達の意見が少しだけ変わった。今までは悪い方にしか考えが回らなかった俺達に、あいつらは初めて魔族の国になることに対して肯定的な意見を持ち込んだ。もちろん信用なんて出来っこないが、それでも自決するのはもう少し状況を見てからでも良いだろうということになった。今考えればこれが俺達の生死を分けたと言っても良い。俺達は開拓村の奴等に助けられたわけだ。今度あったら是非礼を言いたい。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

野生児少女の生存日記

花見酒
ファンタジー
とある村に住んでいた少女、とある鑑定式にて自身の適性が無属性だった事で危険な森に置き去りにされ、その森で生き延びた少女の物語

竜皇女と呼ばれた娘

Aoi
ファンタジー
この世に生を授かり間もなくして捨てられしまった赤子は洞窟を棲み処にしていた竜イグニスに拾われヴァイオレットと名づけられ育てられた ヴァイオレットはイグニスともう一頭の竜バシリッサの元でスクスクと育ち十六の歳になる その歳まで人間と交流する機会がなかったヴァイオレットは友達を作る為に学校に通うことを望んだ 国で一番のグレディス魔法学校の入学試験を受け無事入学を果たし念願の友達も作れて順風満帆な生活を送っていたが、ある日衝撃の事実を告げられ……

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

異世界へ行って帰って来た

バルサック
ファンタジー
ダンジョンの出現した日本で、じいさんの形見となった指輪で異世界へ行ってしまった。 そして帰って来た。2つの世界を往来できる力で様々な体験をする神須勇だった。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】

水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】 【一次選考通過作品】 ---  とある剣と魔法の世界で、  ある男女の間に赤ん坊が生まれた。  名をアスフィ・シーネット。  才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。  だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。  攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。 彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。  --------- もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります! #ヒラ俺 この度ついに完結しました。 1年以上書き続けた作品です。 途中迷走してました……。 今までありがとうございました! --- 追記:2025/09/20 再編、あるいは続編を書くか迷ってます。 もし気になる方は、 コメント頂けるとするかもしれないです。

処理中です...