魔物の森のソフィア ~ある引きこもり少女の物語 - 彼女が世界を救うまで~

広野香盃

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63. 宰相と戦うソフィア

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(宰相視点)

 俺はすべての魔法兵の魔力の送付先を俺に変更した。魔法兵は1万人つれてきたが、谷底の道の封鎖に遣わした部隊に1,000人派遣した。それ以外にも今までの戦いで消耗した者がいるから、現在ここに残っているのは8,000人程度だ。それでもこれだけの人数の魔力をたったひとりに集約して使ったことは無い。ひょっとしたら魔力の大きさに魔道具が持たない可能性もある。だが躊躇している暇はない、現在我が軍は周囲を膨大な数の農民の義勇軍に包囲され。内側からは城から出て来た魔族の兵士に攻撃されている。魔族の兵士も強いが、農民達も軍隊相手に一歩も引かずに戦っている。まるで悪い夢でも見ている様だ。このままでは軍が総崩れになるのも時間の問題だ。神の力を使うなら今しかない。

 俺は飛行魔法で空へと飛び立った。都合の良いことに、敵兵は皆戦いに夢中で俺の事には気付いていない。そのまま城の上空に到達した俺は、すべての魔法兵に極限まで魔力を絞り出すように命じた。苦労して集めた魔法兵達が全滅する可能性があるが、今はそんなことを言っていられない。戦争に負ければ俺はすべてを無くす。

 城の上空に超大型のファイヤーボールを作り出した俺は、即座に城に向けて送り込んだ。ファイヤーボールはまるで小さな太陽の様に輝きながら城に吸い込まれて行き、
ズゥゥゥゥゥォォォォォォォォォォンンンンンンンンという低い音と目もくらむ閃光を撒き散らしながら城を吹き飛ばした。

 俺は咄嗟に防御結界を展開する。城の破片が辺り一面に飛び散る、城の周りには魔族の兵士だけでなく味方の兵士も沢山いる。そいつらにも大きな被害が出るだろうが構わん。とにかく戦いに勝つのだ。

 閃光と爆音はしばらくして収まったが、周りには土煙が充満して視界が効かない。戦いは敵のトップを倒せば終わる。この場合オーガキングの代行官のジョンとかいう奴か、それとも魔族の軍を率いて来た将軍かは分からないが、どちらも城にいたのは確かだろう。ドラゴンもすべて城の城壁に留まっていた。ならば城ごと皆殺しにすれば戦いは終わる。

 幸い飛行魔法と防御結界を継続出来ていると言う事は、魔法兵は全滅していない。それどころか、伝わって来る魔力の感じからして半数は残っている様だ。これは予想以上の幸運だ。俺は風魔法を発動して俺の声が広範囲に伝わる様にしてから声を発した。

「魔族よ、お前達の負けだ。お前達の頭は城ごと吹き飛んだ。ドラゴンも同じだ。諦めて降参しろ、お前達に勝ち目はない。」

 実際には土煙のせいで城がどうなったのか確認できていない。魔族の軍のトップもひょっとしたら城外で戦っていて無事かもしれない。だがそんなことは関係ない。問題は城という魔族の国の守りを象徴するものが消え去ったことを農民どもがどう思うかだ。どんな人間も心が折れれば弱い。たとえ魔族の軍のトップが生きていても、その事実を短時間に伝える術はない。これほど強力な風魔法を使うのは神の力でなければ不可能だ。

 そして土煙が薄れていくにつれ、期待通りの風景が見えて来た。ボルダール伯爵の城は見る影もなく瓦礫の山とかしている。ドラゴンの死体もあちこちに転がっている。それに城の爆発は、城の周囲で戦っていた魔族の兵士達にも大打撃を与えた様だ、沢山の魔族の兵士が倒れているのが見て取れる。人間の兵士も同じくらい倒れているが同数ならこちらの勝ちだ。俺は続けて勝利を宣言した。

「俺達の勝ちだ! 兵士達よ薄汚い農民達を一掃しろ! 魔族の残党狩りはその後だ!」

 俺の命令に従って兵達が動き出す。農民達は完全に戦意を無くした様だ。一方的な虐殺が始まるだろう。だがその時若い女の声が辺りに響き渡った。俺と同じ様に強力な風魔法を使っている。

「皆さん、私は魔族の女王ソフィアです。魔族の国はこんなことで負けません。諦めないでください。勝利は目の前です。」

魔族の女王だと! くそ! 今ので確実に農民達の戦意が回復するだろう。

 そして、さらに土煙が薄れて行くと女の姿が見えて来た。何と俺と同様飛行魔法で空中に浮かんでいる。金髪に青い目、そしてソフィアと言う名前、まさかソフィリアーヌか!!!

「ソフィリアーヌか? お前が魔族の女王だと!? なぜだ?」

「あなたは、人間の国の王?」

とソフィリアーヌは俺の質問に質問で返してきた。

「王ではない、俺はギラン、執政官だ。」

「あなたがギラン! オーガキングの仇ですか。ならば遠慮はいりませんね。」

こいつは女王のくせに自ら戦うつもりだ。まあいい、こいつさえ倒せば勝てる。それどころか魔族の国が崩壊するかもしれん。

「こちらこそ遠慮はせんよ。なにせ、魔族の国を亡ぼす千歳一隅のチャンスだ。こんなところに現れたことを後悔するんだな。」

と言うと同時に強力な雷魔法を女王に落とす。再度魔法兵達に極限まで魔力を絞り出す様に命じた強力な魔法だ。これで倒せれば俺の勝ち、倒せなければ俺の負けだ。もはや魔法兵は使い物にならないだろう。おれは力が残っている内に地表に降りる。墜落して死にたくはない。

 だが、俺の賭けは外れた。ソフィリアーヌは雷を浴びても平然と浮かんでいる。負けた。今度こそ手はない。だがソフィリアーヌはいつまでたっても攻撃してこない。何故だと思ったが後を見ると農民達の一団が俺を目掛けて突進してくるところだった。そのまま俺は農民達に押し倒され、股間に槍を突き立てられた。俺が最後に見たのは、空中に浮かんだまま俺を見下ろすソフィリアーヌの憐れむ様な顔だった。




(ソフィア視点)

 精霊達と共に空を飛び直轄領の城が見えて来た時、城の上空に巨大な光の球が現われた。ファイヤーボールなんて呼べるものでは無い、まるで太陽の様に強力な光を発するそれは、城の中心に向かって一直線に落ちて行く。

<< ソフィア! 結界を! >>

とトムスが叫ぶ。次の瞬間視界が光で満たされ何も見えなくなる。城にはお母さんもカラシンもいる。あんな魔法は見たことが無い。もしかしたらと不安が心を埋め尽くす。私は全速力で城のあるはずの方向に飛んだ。城が爆発した時に飛ばされたのだろう、大きな石の塊が何個も結界に衝突する。こんな離れたところまで飛んで来るなんて...と私はますます焦る。光は収まったが、今度は土煙が立ち込めて何も見えないのは変わらない。

<< ソフィア、精霊王様から応答がない... >>

とトムスが呟く。私も先ほどからカラシンさんとお母さんを探査魔法で必死に探しているのだが、何処にもいない。まさか....

「魔族よ、お前達の負けだ。お前達の頭は城ごと吹き飛んだ。ドラゴンも同じだ。諦めて降参しろ、お前達に勝ち目はない。」

突然大きな声が響き渡った。迫力のある男の声だ。こいつが城を破壊したのか? 怒りが沸き上がる。少し土煙が収まるとぼんやりと相手の姿が見えた。私と同じように空を飛んでいる。あの魔道具を使っているのだろう。

「俺達の勝ちだ! 兵士達よ薄汚い農民達を一掃しろ! 魔族の残党狩りはその後だ!」

再度、男が言葉を発する。もう黙って居られなかった。

「皆さん、私は魔族の女王ソフィアです。魔族の国はこんなことで負けません。諦めないでください。勝利は目の前です。」

と叫び返す。そして私に気付いた男と空中で相対した。

「ソフィリアーヌか? お前が魔族の女王だと!? なぜだ?」

と男が尋ねて来る。そのときトムスが仲間の精霊達に叫んだ。

<< 皆、ソフィアから離れろ、俺達を庇っては戦えない。急げ! >>

私の心を読んでくれた様だ。そう、たった今、私はこの男を殺すと決めた。トムス達精霊が離れて行くと、私は男に聞き返す。

「あなたは、人間の国の王?」

「王ではない、俺はギラン、執政官だ。」

「あなたがギラン! オーガキングの仇ですか。ならば遠慮はいりませんね。」

「こちらこそ遠慮はせんよ。なにせ魔族の国を亡ぼす千歳一隅のチャンスだ。こんなところに現れたことを後悔するんだな。」

ギランがそう言うなり、強力な魔力の流れを感じた。先ほどの光の球に匹敵する強力な攻撃が来る。私の要請に応じて精霊達が全力の魔力を送ってくれる。私はそのすべてを使って防御結界を展開した。

 次の瞬間、視界が再び光に閉ざされる。辛うじて超強力な雷魔法だと理解する。とんでもない威力だが、精霊達から送られてくる魔力も強力だ。私はそれを束ね精一杯の抵抗を試みる。

 光が収まった時、ギランが地表に降りて行くのが見えた。何とか攻撃に耐えられた様だ。地表に降りたギランに反撃しようとしてギリギリのところで止める。農民の一団がギランに向かって突進して来るのが見えたのだ。ギランを攻撃すれば巻き込む可能性がある。ギランはそのまま農民達に押し倒され、槍で突かれて息絶えた。

 ギランを倒した農民達は、「やったぞー」と叫びながら跳び上がって喜んでいる。その姿を見て何故か悲しくなったが、その気持ちを押さえて農民達に声を掛けた。

「よくやりました。ですがお礼は後にさせてください。今は戦いを終わらせなければなりません。」

と空から私が言うと、農民達が全員私に向かって頭を下げた。

 私はそのまま空中高く舞い上がり、再び風魔法を使って広範囲に声を届かせた。

「皆さん、敵の執政官ギランは死にました。魔族の国の勝利です。人間の国の兵士達に告げます、直ちに武器を捨て、鎧も脱いで降伏してください。そうすれば命を補償しましょう。」

自信はなかったがうまく行った。ギランより上の司令官が居れば意味はないと不安だったのだ。敵兵達は私の指示どおり、次々に武器を捨て、鎧も脱いで降伏して来る。

「皆さん、降伏してきた兵に危害を加えてはいけません。縄で縛るだけにしてください。」

空中で事の成り行きを見守ったが、しばらくして、ほぼ敵兵の捕縛が終わった。農民達が縄を持参していたので捗った様だ。その時下から、

「ソフィリアーヌ様~」

と私を呼ぶ声がする。声のする方を見るとジョン隊長だった。ジョン隊長は無事だったんだと安堵する。着地するとジョン隊長を始め、周りの者が一斉に私に跪く。その迫力に思わず数歩下がる。無意識にカラシンさんの背中を探している自分に気付く。

「ジョンさん、ご無事だったのですね。良かったです。」

だが、頭を上げたジョン隊長の顔は血で染まっていた。頭に酷い怪我をしている様だ。思わずポケットから回復薬を取り出して差し出すが、ジョン隊長は受け取らない。

「私より重症の者が多くいます。どうか他の者に使ってやって下さい。」

ジョン隊長にそう言われて周りを見ると、沢山の人達が血を流している。私は念話でトムスに相談した後、回復魔法を使う。回復魔法は苦手だがそんなことを言っている場合ではない。トムスに指導してもらいながら発動した回復魔法は、周りの人達の怪我を短時間に直して行く。まるで回復薬と同等だ。自信を持った私は人々に、

「今から怪我をしている人達を治療してきます。」

と告げて再び空に昇る。この方が魔法が広範囲に届くからだ。精霊達にお願いして魔力を送ってもらいながら強力な回復魔法を発動すると、身体が輝くのを感じる。回復薬を使った時に光るのと同じだろうか。そのまま、眼下にいる怪我人たちに魔法を行使する。

 かなりの時間を要したが、戦場のあちらこちらを回って怪我人の治療を終え、再びジョン隊長の前に降り立つと何故か先ほどと雰囲気が違う。先ほども頭を下げられていたが、今度は何というか頭の高さが低い。地面すれすれまで下げられている。

「み、皆さん、どうか頭を上げて下さい。」

と魔族語と、人間の言葉の両方で言う。それでも人々は頭を上げようとしない。しかたなく、

「これは命令です。」

と言って無理やり頭を上げさせた。

 その後、ジョン隊長にお母さんとカラシンさんのことを尋ねたが、やはり心配していた通りギランに城が攻撃されたとき城内に居た様だ。ジョン隊長だけが魔族の兵士を指揮するために城の外に出ていて助かったらしい。思わず座り込んでしまった私にジョン隊長が続けて言う。

「ソフィリアーヌ様、お気持ちはお察し申し上げます。ですが、どうかお立ちになってください。あなたは女王なのです。あなたには国民を導く義務があるのです。そして、その資格があることを我々全員が目にしました。ここはもう大丈夫です。ソフィリアーヌ様はどうか直ぐに王都にお戻りください。戦いが終わったとはいえ、ここではいつ敵の敗残兵に襲われるか分かりません。」

「でも...」

と私は躊躇する。ジョン隊長は大丈夫と言うが、周りの惨状をみるととてもそうは思えない。あちこちに死体が無残な状態で転がっており、城も完全に廃墟となって寝る場所すらないだろう。食糧だって城と一緒に吹き飛んでしまったかもしれない。でも、だからと言って私がここに居ても出来ることは無い。かえって気を遣わせることになるだろう。

「分かりました。でも必要なものがあれば連絡してください。すぐに届けます...あっ、でも通信の魔道具がなくなってしまいましたね。まずはそれを届けることにします。」

「ありがとうございます。ですが、決して女王さまが自ら届けて下さるなどと言う事がありませんように。」

と釘を刺されてしまった。それから私はトムス達精霊と一緒に飛び立った。目指すはサマルが待つ魔族の国の王都の我家だ。途中で精霊達は魔道具の首輪を外してドラゴンの姿を取る。この方が早く飛べるのだ。私はトムスの背中にしがみつく。

<< トムス、お母さんはまた復活してくれるよね。>>

<< ...だめだ。核から復活してしばらくの間は核に戻れない。>>

それからしばらく沈黙が続いた。トムスも他の精霊も一言も話さない。だが、しばらくしてトムスが囁いた。

<< ソフィア、泣いてもいいんだぞ。>>

途端に堰を切った様に涙が溢れた。一旦泣き出すと止まらなくなった。私は、お母さんとカラシンさんという大切な家族をふたりも無くした。もう会えないと思うと心に大きな穴が開いたように感じる。そのまま我家に到着するまで私は泣き続けた。
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