魔物の森のソフィア ~ある引きこもり少女の物語 - 彼女が世界を救うまで~

広野香盃

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64. カラシンに再会するソフィア

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(人間の国の兵士視点)

 目を開けると俺は草原に横たわっていた。起き上がって驚いた。周りには先ほどまで戦っていた農民の義勇兵達が沢山いる。慌てて草むらに身を隠す。俺はひとりきりだ。しかもいつの間にか槍も盾も腰に吊るしていた剣も無くなっている。今襲われては戦う事すら出来ない。仲間の兵士達はどこに行ったのだろう。一刻も早く合流しないと見つかったら殺される。農民達は意外なほど強い。ひとり、ひとりは小柄で弱そうな奴らなのだが、集団で襲われると屈強な兵士でも倒されてしまう。あれ? そういえば俺も農民と戦って押し倒されたんだ...。その後槍で突かれた。慌てて槍を突き立てられた下腹部を触ってみるが痛みはない。あれは夢だったのだろうか。

 とにかくこの場を離れることが先決だ。姿勢を低くして草陰に隠れながら移動を開始する。とにかく仲間に合流するのだ。いくらなんでもあれだけの数の軍隊が全滅したとは思えない。戦いに負けて逃げているにしても、いや、それならばなおさら俺も一緒に逃げた方が生き残れる可能性が高くなる。

 数百メートル移動したところで仲間の兵士の一団を見つけた。だが様子が変だ。武器を持ってないのはもちろん鎧すら身に着けていない。そっと近づくと手足を縛られているのが分かった。敵に捕まったのだと気付く。どうしようかと悩んだが、その内のひとりに見覚えがある。幼馴染のサムだ。放って置いたらサムが殺されるかもしれない。おれは農民達に見つからない様に身を隠しながら、サム達が座らされている場所に近づく。

「サム、俺だトルムだ。今縄を解いてやるからな。」

「トルムか!? ダメだ。俺は怪我して動けない。もう助からんよ。お前だけ逃げろ。」

そう言われてサムを見ると、腹部が血に染まっている。

「お前を放って置けるか。一緒に故郷に帰るんだ。」

と俺が答えた時、少し離れたところにいる農民達が歓声を上げる。しまった見つかったかと身構えるが、違う様だ。しきりにある方向を指さしている。その方向を見て驚いた。金髪の女性がこちらに飛んで来る! 何者だ!? 魔族は化け物とは言うが空を飛ぶなんて聞いたことが無い。それにどう見ても人間に見える。そいつは農民達のところまで来ると。

「今から怪我をされた方を治療します。」

と大きな声で叫んだ。途端に女の身体が金色に光輝く。

「美しい...」

と俺は思わずつぶやいた。これほど美しい女性を見たことが無い。すぐに農民達から喜びの叫びが上がる。

「おお! 傷が治って行くぞ! 」

「嘘だろう...切り落とされた腕が生えて来た...。」

「女神様だ。ソフィリアーヌ様は女神様だったのだ。俺達の王は女神様なのだ、すごいぞ!」

 農民達は次々に女に頭を下げる、女は農民達に笑顔で手を振ると、今度はこちらにやって来る。女は捕虜達の上で止まると再びその身体を輝かせた。まさか捕虜も治療してくれるのか? そんな馬鹿な。と思ったが、サムの顔色が見る見る良くなって行く。その時、女と目が会った。しまった農民達からは隠れられても上から見れば見つかって当然だ。

 女は高度を下げて俺に近づくと小さな声で言った。

「捕虜になってください。その方が生き延びられます。」

それだけ口にすると女は飛び去ってゆく。俺はしばらくあっけに取られていた。ソフィリアーヌが誰かは知らないが、魔族の国にはとんでもない奴が居るのだけは分かった。とてもかなわない。それに恩も出来てしまった。サムの怪我は完全に治った様だ。

「あれが魔族の国の女王らしい。」

とサムが言う。あんな女王が居る国に戦いを挑むなんて、俺達の国はなんて無謀なことをしたんだ。俺は捕虜になる決心をして両手を上にあげながら農民達に近づいて行った。




(ソフィア視点)

 直轄領での戦いから3年が経った。あの後人間の国は亡びた。正確には隣国に征服された。ただし征服されたのは王都とその周辺だけだ。ジョン隊長の戦争も辞さない覚悟の強気の交渉のお陰で、反乱を起こした農民達の領は約束通り魔族の国に加えることが出来た。どうやら隣国は大国だった人間の国から征服されそうになっていたらしく、魔族の国との戦いに敗北して弱体化したことをチャンスとみて攻め込んだらしい。

 魔族の国は一気にこの地域の大国となった。人間の国に開拓される以前に魔物の森だった広大な地域をすべて取り戻したと言って良い。だが良いことばかりではない。一気に大国になったものだから周辺の国々には恐れられている。こちらからは何度も使節を送って、これ以上国土を拡大するつもりはないと伝えているのだが、どこまで信じてくれているかは疑わしい。沢山の国が魔族の国から攻められた時に備えて軍備を整えたり、互いに同盟を結んだりして備えている様だ。反対に魔族の国の庇護下に入りたいと言って来る国もあり、この大陸は反魔族の国同盟と、親魔族の国同盟のふたつの陣営に分かれてしまっている。困ったことだ。

 戦いから1年経った時、直轄領で城の爆発に巻き込まれた精霊達は無事に復活して返ってきたが、トムスの言葉通りお母さんだけは帰って来なかった。今ではトムスが精霊王だ。

 私はなんとか女王の仕事を続けている。王都に帰還したときにはすべての希望が無くなった様に落ち込んでいた私だが、サマルの顔をみると、やはり私はりっぱなお母さんになりたいと気力が湧いて来た。すべてはサマルとサマルを私に与えてくれたカラシンさんのお陰だ。

 マイケルさんはあのままラミアのアリスさんと一緒に開拓村に住み着いて薬草の仕事を再開した。多くの人間が魔族と一緒に人間の国の軍隊と戦ったことから、魔族の人間に対する反感は薄らぎ、人間であっても魔物の森に入れる様になった。そこで森の薬草を採取して、アルトン山脈の西に住む人たちに販売している。お父さんの店にも安く卸して喜んでもらっているとか。もちろん薬草の採取に入る魔物の森では魔物が襲って来るから油断はできないが、そこは奥さんのアリスさんが助けてくれているらしい(魔族は強いからね)。子供も出来たらしい。是非会ってみたい。

 ケイトさんは結婚した。相手はマルクさんだ。

「何度も求婚されてね、まあいいかなって。」

とケイトさんは言っていたけれど悪い相手じゃないと思う。今では夫婦そろってジョン隊長の下で領の治安を守る兵士として働いている。ちなみにケイトさんの方が階級は上だ。これは...まあ仕方ないよね。

 そして今日、ジョン隊長から緊急連絡があった。直轄領の城の立て直しのために瓦礫の除去作業を行っていたところとんでもない物が見つかったという。クリスタルの巨大な結晶だ、しかも内部にカラシンさんが入っているらしい。カラシンさんの生死は不明、クリスタルを破壊してカラシンさんを取り出そうとしたが、傷ひとつ付けられないらしい。もしかしたら...と期待が膨らむ。私は直ちにクリスタルを王都に運んでくれる様にジョン隊長に依頼した。それと同時に私と一緒に住んでいる精霊のククムに頼んでトムスに連絡してもらう。ククムは私の護衛としてトムスが残してくれたのだ。クリスタルの中に人間を閉じ込めるなんて芸当が出来るとしたらお母さんくらいだろう。だとしたら、その意図はカラシンさんを助けるために決まっている。

 一月ほどしてようやくクリスタルに入ったカラシンさんが到着した。ケイトさんも一緒だ。オーガの兵士50人が護衛として同行している。万が一カラシンさんに何かあっては大変だと、ジョンさんが手配してくれたのだろう。待ちかねていた私はさっそくカラシンさんの入ったクリスタルに縋り付く。久々に見るカラシンさんの顔だ。思わず涙が出るが、いくら呼びかけてもカラシンさんからの返事は帰って来ない。

クリスタルを見たトムスが言う。

<< ソフィア、こいつは精霊の核を包む外殻と同じものだな。これがあるから精霊の核はちょっとやそっとじゃ破壊されない。精霊王様は核から復活したばかりだったから核に戻ることは出来なかったが外殻は作れたわけだ。内部には時間停止の魔法が掛かっている。外殻を解除すれば中の奴は生き返るぞ。>>

<< ほ、本当に生き返るのね!? そ、それで、それで外殻を解除するにはどうすれば良いの?>>

と焦って尋ねる私に、トムスが冷静に答える。

<< フム、フム、これは誰かの魔力が解除のキーになっているな。まあ、精霊王様が作った外殻だ、ソフィアの魔力で間違いないだろう。やってみな。>>

<< 本当ね、大丈夫だよね。もし私の魔力じゃなかったら、カラシンさんがこのまま死んじゃうなんてことはないでしょうね。>>

<< 心配するな、精霊の外殻は最強だ。失敗しても内部に影響しない。>>

それを聞いて私は意を決してクリスタルに両手を当てる。魔力を流すとクリスタルは一瞬で水になった。後にはびしょ濡れになったカラシンさんだけが残っている。

「ゴホッ、ゴホッ」

とカラシンさんがせき込みながら目を開ける。そして私の顔を見て、

「ソフィア! なぜここに?」

と言った。私は嬉しさの余り言葉を発することが出来ず、黙ってカラシンさんに抱き付いた。涙が溢れる。ケイトさんから経緯を聞いたカラシンさんは当然のことながら驚いたが、人間の国に勝てたことを喜んでくれた。ただ一緒にいたトーマスさんが亡くなったことはショックだった様だ。

「カラシン様。」

と声が掛る。振り向くとカミルがサマルと手を繋いで立っていた。

「カラシン様、サマル様ですよ。」

と言うカミル。

「サマル! サマルなのか? 」

と驚くカラシンさん。無理もない、カラシンさんがクリスタルに入った時に赤ちゃんだったサマルは、今では3歳だ。サマルはカラシンさんを見て、怯えたようにカミルの後に隠れた。さすが我が子だ。この親にしてこの子ありと実感するが、私はカミルの後に居るサマルを抱き上げてカラシンさんの前に連れて行く。

「サマル、お父さんよ。」

と言うがサマルはいやいやする様にカラシンさんに背を向けて私に抱き付いた。

「ソフィア無理強いはダメだ。今は仕方ないさ。」

とカラシンさんが私を窘める。相変わらず優しいカラシンさんに嬉しくなる。お母さんが私にカラシンさんを残してくれた。お母さんありがとう、私はとても幸せです。
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