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67. ヒュドラと戦う女騎士
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(バート視点)
目が覚めた私は、カリーナ姫とシーロムと名乗る商人から今までの経緯を聞かされた。私は助けられてから3日間寝ていたらしい。
「それで、こっちの嬢ちゃんには既に話したんだが、今この船は魔族の国に向かっていてね。悪いが引き返すことは出来ない。君たちは魔族の国で降りても良いし、この船が帰る時まで待って一緒に乗って帰っても構わない。どちらにする?」
なんとも親切なことだ。帰りまで待てば、私達を送り返してくれる気でいてくれているらしい。だがどこまで信用できるだろうか。
「もちろん、働いてもらう必要はあるがね。君たちは船賃を持っていないようだからね。」
と言われてむしろホッとした。ただで乗せてくれるなんて人が好過ぎる。裏があるのではと疑ってしまう。だが働くといっても私は船の仕事などしたことが無い。カリーナ姫に至っては誰かの手伝いをしたことすらないと確信がある。だが船賃を払いたくても財布は川に飛び込む時に岸に置いてきてしまった。たぶんカリーナ姫も持っていないのだろう。
「シーロムさん、その事なんだけど、私達を護衛として雇うつもりはない? 私は魔法使いなの、ファイヤーボールも使えるわ。それにバートは剣士よ。その辺の兵士なんかよりよっぽど頼りになるわよ。」
とカリーナ姫が言う。
「護衛ですか? ですが、その場合は魔族の国の中まで同行していただくことになりますよ。私はアルトン山脈に近いマルトの町まで商品の仕入れに行く予定です。魔族と出会うこともあります。結構怖がる人が多いんですが大丈夫ですか?」
それは無理だろう。カリーナ姫は魔族が嫌いなはずだ。なにせ生まれてこの方魔族の悪口しか聞いていないだろうから、と考えたが、姫の返事は意外なものだった。
「でもシーロムさんは魔族が怖くないのね。だったら一緒に行くわ。」
「おや意外ですね。実際、私は魔族を恐れてはいません。皆礼儀正しい人たちですよ。魔族が狂暴だなんて単なる噂です。もっとも魔物には要注意ですけどね。それでは後でおふたりの実力を見せてもらった上で決めることにしましょう。今はゆっくり休んで体力を回復してください。まだ魔族の国の港につくまで10日以上かかりますから。」
その後、何日かして私の体力が回復してから、私達の実力をシーロムに見せることになった。といってもカリーナ姫はファイヤーボールを海に向かって発射すれば合格となり、私も木剣でシーロムが護衛として連れて来た冒険者と試合をして勝ったら合格となった。
その後何日かの航海の後、船は魔族の国の港に入港した。魔族の国に入ったといっても取り立てて変わったところはない。船の入港手続きに来た役人たちも人間だった。シーロムは皆とで馬車を5台とそれを引く馬を調達し目的地に向かう。出発に当たり私はシーロムから剣を一振りと簡単な鎧を貸し与えられた。丸腰では護衛の役目が果たせないからだ。目的地はジョンの領地と呼ばれている直轄領のひとつにあるマルトの町だ。アルトン山脈の東側に向かう唯一の道の近くにある町らしい。魔族の国の商品はほとんどがアルトン山脈の東側で生産されている。だからほとんどすべての商品がこの町を通るわけだ。交易の中継地として大変な賑わいらしい。
先ほどジョンの領地と言ったが正式名称ではない。旧ガンビール王国の領地はすべて魔族の女王の直轄領となっていて、基本的に昔の貴族の領地の境界線によって区分されており、1番領地、2番領地と言う様に番号で呼ばれている。だが番号ではあまりに味気ないと、住民たちがその地を治める代行官の名前で呼び始めたらしい。ちなみにジョンの領地は1番領地だ。最初に魔族の領地になったところらしい。
夜は町や村の宿に泊まる。シーロムは船から馬車に積み込んだ商品を村や町で販売しながらゆっくりと進む。何処にいってもシーロムの商売は繁盛している。シーロムがカーマル共和国で船に積み込んだ商品は、綺麗な色に染色された布や、香水や化粧品、それに可愛い装飾の入った雑貨類だ。結構な高値なのだが驚く程売れる。人々の生活にそれだけの余裕があることが見て取れた。
いまも、村の娘達が3人、姦しく話をしながら布を選んでいる。
「ねえねえ、この色素敵じゃない。これなら飛び切り素敵な服がつくれるわ。」
「あら、こっちの柄入りのもいいわよ。迷うわね。」
「私はこっちかな。それとこの香水。」
「あら、トーラは香水も買うの、さてはドランとデートだな?」
「そ、そんなこと無いわよ。ドランなんて好きじゃないもの。」
「あーら、そんなこと言って良いのかな。私が先に誘っちゃうおう。」
「えー、ダメ! 私が先に目を付けたんだから。」
何とも楽しそうに商品を選ぶ娘達を横目に、私は護衛のリーダーのジルに尋ねてみた、彼は何度も魔族の国に来たことがあるらしい。
「なあジル、あんな村娘達でも高価な商品が買えるとは、この村は豊なんだな。」
「この村だけじゃないぞ、この辺の農村は皆ゆとりがあるな。税が安いかららしい。なんとな、魔族の国になった時に税が3割になったらしい、それだけでも驚きだが、最近2割5分に下げられたらしいぞ。」
「2割5分!? 冗談だろう。」
「そう思うよな。だが税を下げた分は商人達からの税金で補えているらしいよ。うまい考えだな。農民達が金を持てば色々な商品が売れる。それを目当てに商人達がやって来る。商人が来れば魔族の国の特産品も売れるし、商人が儲かれば国に収める税金も増えるという寸法だ。誰が考えたのか知らないが、うまくやったものだ。」
はぁ~~~、とため息が出た。しかもこの政策は反魔族の国同盟の切り崩しにも役立つわけだ。この国にはとんでもない策士が居る様だ。もっともそいつのせいで反魔族同盟が機能しなくなり、カリーナ姫が人質にされようとしているのだ。筋違いとは分かっているが、一発殴ってやりたい。
それからも旅は続き、私達はカイルの領地、ロジャーの領地を通ってジョンの領地まで来た。
「ここから先は時たま魔物が出るからぼんやりするなよ。」
ジルが私達護衛に注意を促す。魔物か! 話には聞いているが私は見たことが無い。改めて気を引き締めた。
「魔物ってどんな奴なんだ?」
と私が尋ねると。
「一番多いのがイノシシの魔物だ。弱いが群れで行動するから注意が必要だ。まあ、これだけの人数がいるなら安心だ。期待しているぜ、姉ちゃん。」
からかわれているのかと思ったがそうではなかった。ある時本当にイノシシの魔物が襲って来たのだ。相手は10匹、私達護衛も10人。
「ひとり1匹だぞ!」
とジルが叫ぶ。私はイノシシの突進を躱すと同時にその胴に剣を突き立てた。心臓を貫かれたイノシシは数歩歩いてバタッと倒れる。案外弱い。カリーナ姫も危なげなく魔物を倒している。他の護衛達もイノシシを倒しているが、中には苦戦している奴もいたので手伝ってやる。
「流石だ、正直見直したぜ。そっちの嬢ちゃんも大したものだ。女だからとちょっと不安に思っていた。済まなかったな。」
とジルが口にする。正直な奴には好感が持てる。
「そう言ってくれると嬉しい。」
とだけ返しておく。
ここに来るまでに私はカリーナ姫の真意を確認した。何故姫が嫌っているはずの魔族の国の奥深くにやって来ようとしたのかだ。姫の回答は漠然としたものだった。
「私は魔族の国は酷い所と聞いて来たわ。でも船でシーロムさんから聞いた話は全然違った。だから自分の目で見てみたいと思ったの。実際に自分の目で見てみれば噂とシーロムさんのどちらが正しいかは考えるまでもなかったわ。噂では魔族が人間を奴隷として使っていて、人間は酷い暮らしをしているって聞いたけど、ここに来るまで通って来た町や村の人達は奴隷には見えない。道ですれ違った魔族だって狂暴そうには思えなかった。私は本当のことを知りたいの。」
本当のことを知りたいか...。私は私の知っている限りのことをカリーナ姫に話すことにした。反魔族の国同盟と親魔族の国同盟の対立のこと。魔族の国の交易による反魔族の国同盟の切り崩しと、反魔族の国同盟内で広がりつつある戦争の機運のこと。それによって国王様が窮地に立っておられること。
「まさか!お父様が私に魔族の国に嫁げといったのは、私を人質として差し出すためだったの?」
流石はカリーナ姫、国の状況だけでなく自分の立場も素早く理解した様だ。
「国王様に確認したわけではございませんが、恐らく...。」
「ねえ、バート。私魔族の国の第一王子様に会ってみたい。嫌な奴じゃなかったら結婚してもいいわ。国の為にもなる様だしね。」
「ですが、残念ながら第一王子にお会いするとなると一介の商人の護衛という立場では流石に難しいでしょう。コトルラ王国の第8王女だとお名乗りになれば可能性はありますが危険でもあります、なにせ敵対している国の王女なのですから。この地で第一王子に関する噂を収集するだけにされてはいかがでしょうか。シーロムの話では私達が訪れることのできるのはアルトン山脈のこちら側だけだとか。反対側におられる第一王子をお目にするだけでも難しいかもしれません。」
それから、宿や村でそれとなく第一王子の話を聞いてみる。第一王子の名前はサマルで14歳。下に5人の弟や妹がいるらしい。金髪に緑の目で背が高く、顔立ちは女王様に似ておられる。魔族の国であるにも関わらず王女様も王配殿下も人間だとのことだ、と言う事は当然第一王子も人間だ。まあ、国王様もこれくらいの情報は入手しているのであろう。でなければカリーナ姫を嫁に差し出すとは言い出すまい。マルトの町に付けばもっと有用な噂が聞けるかもしれない。シーロムは町に一月ほど滞在して魔族の国の商品を仕入れるらしいから、休暇を願い出れば許してくれるかもしれない。そうなればもっと効率的に噂を仕入れることができるだろう。
だが休暇を願い出る前にシーロムの方から依頼が来てしまった。船から積んできた商品がまだ少し残っているから、それを5台ある馬車の1台に積み替えて周辺の村で販売するので、私とカリーナ姫にその護衛を頼みたいと言われたのだ。
「ちょっと欲をかき過ぎたようでしてね。持って来た商品が多すぎて少し売れ残っているのですよ。このまま持って帰ったらマルトの町で仕入れる商品も、その分少なくしないと馬車に積めませんからね。」
と言われる。海で溺れて死にそうなところを助けてもらった恩もあるし、これは断れない。
何日か後、とうとう目的地のマルトの町に到着した。到着してすぐ人の多さに驚く。それも人間だけでなく、ドワーフ、オーガ、アラクネ、ラミア、エルフとあらゆる魔族が行き交っている。ここは交易の中継点として栄えていると聞いていたが想像以上だ。翌日からシーロムはここで魔族達から色々な商品を仕入れる予定だ。一方、私とカリーナ姫は、船から積んできた商品の残りを積載した馬車の護衛としてこの近くの村々を巡る。もちろん私達が販売するのではなく、馬車にはシーロムの部下の商人見習いが乗り込んでいる。
それから半月ほどは平穏に過ぎた。この辺りの村々に商人が回って来ることは珍しいらしく。どの村でも私達の商品は人気だった。すでにアルトン山脈の近くまで来ているらしく、山脈の勇壮な姿が眼前に見える。持って来た商品も残り少なくなり、次の村での販売が終わったらマルトの町に引き返すらしい。
突然前方で女性の悲鳴が響く。私は反射的に駆け出した。本当は馬車を守るために慎重になった方が良かったのだろうが、騎士としての習性の方が勝った。曲がり角を曲がると前方に女性が3人座り込んでいる。そして女性に向かってゆっくり近づいてきている頭が3つある巨大な蛇。あれは何だ? とにかく放って置けない。女性たちは恐怖のあまり座り込んだまま動けないでいる。私は剣を抜き放ち、そのまま道に座り込んでいる女性たちを飛び越えて魔物に向かい合った。途端に蛇の1匹が口から何か液体を吐きかけて来る。咄嗟に身をかわすが、地面に落ちた液体から煙が上がる。危険な物であることは間違いないだろう。
その時私の後からファイヤーボールが発射され魔物の頭のひとつに命中し、そのまま頭を吹き飛ばした。振り返らなくても分かる、カリーナ姫が加勢してくれたのだ。私は、驚いて動きが止まった魔物の横を駆け抜けながら頭のひとつを切り落とした。後一匹だ!
だが振り返って自分の剣を見た途端愕然とした。剣の長さが半分になっている、これは折れたのではない、溶けたのだと気付く。あの魔物の体液は鉄を溶かすのか、いや、溶かすのは鉄だけではあるまい。
3つの内、ふたつの頭を殺された魔物は怒り狂って突進して来る。私の武器は短くなった剣だけだ。咄嗟に転がって相手の攻撃を避ける。相手はそのまま私の横を通り過ぎ、振り返って再度突進してくる。再度カリーナ姫のファイヤーボールが飛ぶが今度は頭を振って躱された。攻撃を避けようとして気付く、私の後にはあの女性達とカリーナ姫がいる。私が避ければ彼女達が危ない。そう思った私は魔物に向かって突進し、最後のひとつの首を短くなった剣で切り落とした。途端に首から血が飛び散り、右の腕と足にたっぷりとかかる、鎧の胸当てにも付着した様だ。途端に血を浴びた部分が煙を上げながら溶け始める。私の右腕の付け根が解け落ち、腕は剣を持ったまま地面に落下した。右足もドロドロに溶けて行く。胸当てに穴が開き、その下の服も溶け始めた。私は残った左手で必死に胸当てを引き剥がす。だが遅かった様だ。私の胸の肉が解け始め大きな穴が開いて行く。これはダメだ。カリーナ姫様申し訳ありません。私は心の中で謝った。
目が覚めた私は、カリーナ姫とシーロムと名乗る商人から今までの経緯を聞かされた。私は助けられてから3日間寝ていたらしい。
「それで、こっちの嬢ちゃんには既に話したんだが、今この船は魔族の国に向かっていてね。悪いが引き返すことは出来ない。君たちは魔族の国で降りても良いし、この船が帰る時まで待って一緒に乗って帰っても構わない。どちらにする?」
なんとも親切なことだ。帰りまで待てば、私達を送り返してくれる気でいてくれているらしい。だがどこまで信用できるだろうか。
「もちろん、働いてもらう必要はあるがね。君たちは船賃を持っていないようだからね。」
と言われてむしろホッとした。ただで乗せてくれるなんて人が好過ぎる。裏があるのではと疑ってしまう。だが働くといっても私は船の仕事などしたことが無い。カリーナ姫に至っては誰かの手伝いをしたことすらないと確信がある。だが船賃を払いたくても財布は川に飛び込む時に岸に置いてきてしまった。たぶんカリーナ姫も持っていないのだろう。
「シーロムさん、その事なんだけど、私達を護衛として雇うつもりはない? 私は魔法使いなの、ファイヤーボールも使えるわ。それにバートは剣士よ。その辺の兵士なんかよりよっぽど頼りになるわよ。」
とカリーナ姫が言う。
「護衛ですか? ですが、その場合は魔族の国の中まで同行していただくことになりますよ。私はアルトン山脈に近いマルトの町まで商品の仕入れに行く予定です。魔族と出会うこともあります。結構怖がる人が多いんですが大丈夫ですか?」
それは無理だろう。カリーナ姫は魔族が嫌いなはずだ。なにせ生まれてこの方魔族の悪口しか聞いていないだろうから、と考えたが、姫の返事は意外なものだった。
「でもシーロムさんは魔族が怖くないのね。だったら一緒に行くわ。」
「おや意外ですね。実際、私は魔族を恐れてはいません。皆礼儀正しい人たちですよ。魔族が狂暴だなんて単なる噂です。もっとも魔物には要注意ですけどね。それでは後でおふたりの実力を見せてもらった上で決めることにしましょう。今はゆっくり休んで体力を回復してください。まだ魔族の国の港につくまで10日以上かかりますから。」
その後、何日かして私の体力が回復してから、私達の実力をシーロムに見せることになった。といってもカリーナ姫はファイヤーボールを海に向かって発射すれば合格となり、私も木剣でシーロムが護衛として連れて来た冒険者と試合をして勝ったら合格となった。
その後何日かの航海の後、船は魔族の国の港に入港した。魔族の国に入ったといっても取り立てて変わったところはない。船の入港手続きに来た役人たちも人間だった。シーロムは皆とで馬車を5台とそれを引く馬を調達し目的地に向かう。出発に当たり私はシーロムから剣を一振りと簡単な鎧を貸し与えられた。丸腰では護衛の役目が果たせないからだ。目的地はジョンの領地と呼ばれている直轄領のひとつにあるマルトの町だ。アルトン山脈の東側に向かう唯一の道の近くにある町らしい。魔族の国の商品はほとんどがアルトン山脈の東側で生産されている。だからほとんどすべての商品がこの町を通るわけだ。交易の中継地として大変な賑わいらしい。
先ほどジョンの領地と言ったが正式名称ではない。旧ガンビール王国の領地はすべて魔族の女王の直轄領となっていて、基本的に昔の貴族の領地の境界線によって区分されており、1番領地、2番領地と言う様に番号で呼ばれている。だが番号ではあまりに味気ないと、住民たちがその地を治める代行官の名前で呼び始めたらしい。ちなみにジョンの領地は1番領地だ。最初に魔族の領地になったところらしい。
夜は町や村の宿に泊まる。シーロムは船から馬車に積み込んだ商品を村や町で販売しながらゆっくりと進む。何処にいってもシーロムの商売は繁盛している。シーロムがカーマル共和国で船に積み込んだ商品は、綺麗な色に染色された布や、香水や化粧品、それに可愛い装飾の入った雑貨類だ。結構な高値なのだが驚く程売れる。人々の生活にそれだけの余裕があることが見て取れた。
いまも、村の娘達が3人、姦しく話をしながら布を選んでいる。
「ねえねえ、この色素敵じゃない。これなら飛び切り素敵な服がつくれるわ。」
「あら、こっちの柄入りのもいいわよ。迷うわね。」
「私はこっちかな。それとこの香水。」
「あら、トーラは香水も買うの、さてはドランとデートだな?」
「そ、そんなこと無いわよ。ドランなんて好きじゃないもの。」
「あーら、そんなこと言って良いのかな。私が先に誘っちゃうおう。」
「えー、ダメ! 私が先に目を付けたんだから。」
何とも楽しそうに商品を選ぶ娘達を横目に、私は護衛のリーダーのジルに尋ねてみた、彼は何度も魔族の国に来たことがあるらしい。
「なあジル、あんな村娘達でも高価な商品が買えるとは、この村は豊なんだな。」
「この村だけじゃないぞ、この辺の農村は皆ゆとりがあるな。税が安いかららしい。なんとな、魔族の国になった時に税が3割になったらしい、それだけでも驚きだが、最近2割5分に下げられたらしいぞ。」
「2割5分!? 冗談だろう。」
「そう思うよな。だが税を下げた分は商人達からの税金で補えているらしいよ。うまい考えだな。農民達が金を持てば色々な商品が売れる。それを目当てに商人達がやって来る。商人が来れば魔族の国の特産品も売れるし、商人が儲かれば国に収める税金も増えるという寸法だ。誰が考えたのか知らないが、うまくやったものだ。」
はぁ~~~、とため息が出た。しかもこの政策は反魔族の国同盟の切り崩しにも役立つわけだ。この国にはとんでもない策士が居る様だ。もっともそいつのせいで反魔族同盟が機能しなくなり、カリーナ姫が人質にされようとしているのだ。筋違いとは分かっているが、一発殴ってやりたい。
それからも旅は続き、私達はカイルの領地、ロジャーの領地を通ってジョンの領地まで来た。
「ここから先は時たま魔物が出るからぼんやりするなよ。」
ジルが私達護衛に注意を促す。魔物か! 話には聞いているが私は見たことが無い。改めて気を引き締めた。
「魔物ってどんな奴なんだ?」
と私が尋ねると。
「一番多いのがイノシシの魔物だ。弱いが群れで行動するから注意が必要だ。まあ、これだけの人数がいるなら安心だ。期待しているぜ、姉ちゃん。」
からかわれているのかと思ったがそうではなかった。ある時本当にイノシシの魔物が襲って来たのだ。相手は10匹、私達護衛も10人。
「ひとり1匹だぞ!」
とジルが叫ぶ。私はイノシシの突進を躱すと同時にその胴に剣を突き立てた。心臓を貫かれたイノシシは数歩歩いてバタッと倒れる。案外弱い。カリーナ姫も危なげなく魔物を倒している。他の護衛達もイノシシを倒しているが、中には苦戦している奴もいたので手伝ってやる。
「流石だ、正直見直したぜ。そっちの嬢ちゃんも大したものだ。女だからとちょっと不安に思っていた。済まなかったな。」
とジルが口にする。正直な奴には好感が持てる。
「そう言ってくれると嬉しい。」
とだけ返しておく。
ここに来るまでに私はカリーナ姫の真意を確認した。何故姫が嫌っているはずの魔族の国の奥深くにやって来ようとしたのかだ。姫の回答は漠然としたものだった。
「私は魔族の国は酷い所と聞いて来たわ。でも船でシーロムさんから聞いた話は全然違った。だから自分の目で見てみたいと思ったの。実際に自分の目で見てみれば噂とシーロムさんのどちらが正しいかは考えるまでもなかったわ。噂では魔族が人間を奴隷として使っていて、人間は酷い暮らしをしているって聞いたけど、ここに来るまで通って来た町や村の人達は奴隷には見えない。道ですれ違った魔族だって狂暴そうには思えなかった。私は本当のことを知りたいの。」
本当のことを知りたいか...。私は私の知っている限りのことをカリーナ姫に話すことにした。反魔族の国同盟と親魔族の国同盟の対立のこと。魔族の国の交易による反魔族の国同盟の切り崩しと、反魔族の国同盟内で広がりつつある戦争の機運のこと。それによって国王様が窮地に立っておられること。
「まさか!お父様が私に魔族の国に嫁げといったのは、私を人質として差し出すためだったの?」
流石はカリーナ姫、国の状況だけでなく自分の立場も素早く理解した様だ。
「国王様に確認したわけではございませんが、恐らく...。」
「ねえ、バート。私魔族の国の第一王子様に会ってみたい。嫌な奴じゃなかったら結婚してもいいわ。国の為にもなる様だしね。」
「ですが、残念ながら第一王子にお会いするとなると一介の商人の護衛という立場では流石に難しいでしょう。コトルラ王国の第8王女だとお名乗りになれば可能性はありますが危険でもあります、なにせ敵対している国の王女なのですから。この地で第一王子に関する噂を収集するだけにされてはいかがでしょうか。シーロムの話では私達が訪れることのできるのはアルトン山脈のこちら側だけだとか。反対側におられる第一王子をお目にするだけでも難しいかもしれません。」
それから、宿や村でそれとなく第一王子の話を聞いてみる。第一王子の名前はサマルで14歳。下に5人の弟や妹がいるらしい。金髪に緑の目で背が高く、顔立ちは女王様に似ておられる。魔族の国であるにも関わらず王女様も王配殿下も人間だとのことだ、と言う事は当然第一王子も人間だ。まあ、国王様もこれくらいの情報は入手しているのであろう。でなければカリーナ姫を嫁に差し出すとは言い出すまい。マルトの町に付けばもっと有用な噂が聞けるかもしれない。シーロムは町に一月ほど滞在して魔族の国の商品を仕入れるらしいから、休暇を願い出れば許してくれるかもしれない。そうなればもっと効率的に噂を仕入れることができるだろう。
だが休暇を願い出る前にシーロムの方から依頼が来てしまった。船から積んできた商品がまだ少し残っているから、それを5台ある馬車の1台に積み替えて周辺の村で販売するので、私とカリーナ姫にその護衛を頼みたいと言われたのだ。
「ちょっと欲をかき過ぎたようでしてね。持って来た商品が多すぎて少し売れ残っているのですよ。このまま持って帰ったらマルトの町で仕入れる商品も、その分少なくしないと馬車に積めませんからね。」
と言われる。海で溺れて死にそうなところを助けてもらった恩もあるし、これは断れない。
何日か後、とうとう目的地のマルトの町に到着した。到着してすぐ人の多さに驚く。それも人間だけでなく、ドワーフ、オーガ、アラクネ、ラミア、エルフとあらゆる魔族が行き交っている。ここは交易の中継点として栄えていると聞いていたが想像以上だ。翌日からシーロムはここで魔族達から色々な商品を仕入れる予定だ。一方、私とカリーナ姫は、船から積んできた商品の残りを積載した馬車の護衛としてこの近くの村々を巡る。もちろん私達が販売するのではなく、馬車にはシーロムの部下の商人見習いが乗り込んでいる。
それから半月ほどは平穏に過ぎた。この辺りの村々に商人が回って来ることは珍しいらしく。どの村でも私達の商品は人気だった。すでにアルトン山脈の近くまで来ているらしく、山脈の勇壮な姿が眼前に見える。持って来た商品も残り少なくなり、次の村での販売が終わったらマルトの町に引き返すらしい。
突然前方で女性の悲鳴が響く。私は反射的に駆け出した。本当は馬車を守るために慎重になった方が良かったのだろうが、騎士としての習性の方が勝った。曲がり角を曲がると前方に女性が3人座り込んでいる。そして女性に向かってゆっくり近づいてきている頭が3つある巨大な蛇。あれは何だ? とにかく放って置けない。女性たちは恐怖のあまり座り込んだまま動けないでいる。私は剣を抜き放ち、そのまま道に座り込んでいる女性たちを飛び越えて魔物に向かい合った。途端に蛇の1匹が口から何か液体を吐きかけて来る。咄嗟に身をかわすが、地面に落ちた液体から煙が上がる。危険な物であることは間違いないだろう。
その時私の後からファイヤーボールが発射され魔物の頭のひとつに命中し、そのまま頭を吹き飛ばした。振り返らなくても分かる、カリーナ姫が加勢してくれたのだ。私は、驚いて動きが止まった魔物の横を駆け抜けながら頭のひとつを切り落とした。後一匹だ!
だが振り返って自分の剣を見た途端愕然とした。剣の長さが半分になっている、これは折れたのではない、溶けたのだと気付く。あの魔物の体液は鉄を溶かすのか、いや、溶かすのは鉄だけではあるまい。
3つの内、ふたつの頭を殺された魔物は怒り狂って突進して来る。私の武器は短くなった剣だけだ。咄嗟に転がって相手の攻撃を避ける。相手はそのまま私の横を通り過ぎ、振り返って再度突進してくる。再度カリーナ姫のファイヤーボールが飛ぶが今度は頭を振って躱された。攻撃を避けようとして気付く、私の後にはあの女性達とカリーナ姫がいる。私が避ければ彼女達が危ない。そう思った私は魔物に向かって突進し、最後のひとつの首を短くなった剣で切り落とした。途端に首から血が飛び散り、右の腕と足にたっぷりとかかる、鎧の胸当てにも付着した様だ。途端に血を浴びた部分が煙を上げながら溶け始める。私の右腕の付け根が解け落ち、腕は剣を持ったまま地面に落下した。右足もドロドロに溶けて行く。胸当てに穴が開き、その下の服も溶け始めた。私は残った左手で必死に胸当てを引き剥がす。だが遅かった様だ。私の胸の肉が解け始め大きな穴が開いて行く。これはダメだ。カリーナ姫様申し訳ありません。私は心の中で謝った。
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初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
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もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
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