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68. 第一王子の婚約者と出会う王女と女騎士
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(バート視点)
目覚めた時、私は兵士と思われる赤毛の女性に覗き込まれていた。ベッドの上に寝かされている様だ。カリーナ姫も兵士の傍でこちらを見ている。目が赤い、泣いていたのだろうか?
「初めまして、私は兵士長のケイト。マルトの町とその周辺を担当しているの。まずはお礼を言うわ。この村の娘達をヒュドラから助けてくれてありがとう。剣だけでヒュドラを倒すとはなかなかの腕ね。」
そう言われて思い出す。ヒュドラ? それがあの魔物の名前か。だが私は酷い傷を負ったはずなのに痛みが無い。思わず起き上がろうとして、右腕が無いことに気付く、右足も膝から下が無い。だが胸に開いた穴は完全にふさがっている様だ。私は残った左手で胸を撫でて安堵した。私の胸には兵士のものと思われるマントが掛けられている。恐らく私の服はボロボロになってしまったのだろう。
「回復薬を飲ませたのだけどね...。残念ながら溶けてしまった腕と足までは元にもどせなかったの。もっともこの子が水魔法でヒュドラの酸を洗い流してくれてなかったら、回復薬を使う前に死んでいたところよ。」
と言う。そうか...と涙が出て来た。腕と足が無ければ私の騎士としての人生は終わりだ。カリーナ姫にお仕えすることも出来なくなった。
「それじゃ、いつまでもここのお世話になっている訳にもいかないし。あなたを町まで運ぶわね。」
と言うなり私を背負って部屋の外に運ぼうとする。そこに声が掛った。
「あの、兵士様。助けていただいたお礼を言いたいのですがよろしいでしょうか。」
見ると私が助けた女性達だ。良く見るとまだ若い、少女と言っても良い歳だ。その内の一番背の高い娘が私に向かって口を開く。
「あの、助けていただいてありがとうございました。あなたが来てくれなかったら私達はヒュドラの餌食になっていました。でも私達を助けるためにこんなことになってしまって本当に申し訳ありません。」
「あの、私、女王様にお願いしてみます。女王様ならきっと無くなった手足も元に戻して下さいます。」
と背が低くて小太りな娘が追加する。それを聞いて他の娘達も、「まあ、それは良い考えね。」と同意している。おいおい、と思わず突っ込みたくなった。いくら女王様を尊敬しているとはいえ、女王様でも出来ることと、出来ないことかあると分からないのだろうか。一旦無くしてしまった手足を復元するなんてことが出来たら女王様じゃなくて神様だ。それにただの村娘が女王様にお願いする手段があるとも思えない。
だが、それを聞いて赤毛の兵士までも嬉しそうに言った。
「良かったじゃない。あなたはチナの命の恩人だからね、女王様も放って置かないわよ。」
私はそれを聞いて「はぁ、」としか答えられなかった。冗談にしても意地が悪い。こちらは手足を無くしたばかりなのだ。
その後兵士に担がれ屋外にでると、そこには小さな荷車が置かれ仲間の兵士が何人か待っていた。
「この村までの道は狭くてね、広い道に出るまでは馬車が使えないの。乗り心地が悪いけどしばらく我慢してね。」
と言いながら私を荷車に座らせる。
「マルク、お願いね。」
と赤毛の兵士が言うと、「了解」と答えたひとりの兵士が荷車を引き出した。その後私はマルトの町に連れ戻され、町の役所の様な建物の一室にあるベッドに寝かされた。待遇は悪くない。ボロボロになっていた服も新しいものに変えてくれたし、食事もちゃんと出してもらえる。同行してくれたカリーナ姫の話では、ヒュドラを倒した後、私はヒュドラに襲われそうになっていた娘の家に運ばれ、そこで治療を受けている間に知らせを受けた兵士がやって来て回復薬を飲ませてくれたとのことだ。ちなみに商人見習いの馬車は一足先にマルトの町に引き返したらしい。
「あんな回復薬は見たことが無いわ。正直もう助からないと思っていたの。腕や足までは元に戻らなかったけど、胸の傷が跡形もなく治ったのには驚いたわ。」
シーロムも駆けつけてくれた。
「バートさん。この度はお気の毒です。ですがバートさんはこの国の国民を守るために怪我をされたので、当面の生活は国が面倒を見てくれるそうですよ。でもカーマル共和国に帰るのでしたら私達の馬車に乗ってください。馬車と船での移動ですから、歩くのが不自由でも大丈夫です。」
国が生活の面倒を見てくれる? 役立たずと放り出されるなら分かるが話が旨すぎる、何か裏があるに違いない。 カリーナ姫を無事にコトルラ王国に連れ戻すには、シーロムに甘えてカーマル共和国まで引き返すのが良いだろう。そこから先どうするかは考えなければならないが、カーマル共和国からコトルラ王国までなら国王様に連絡が取れれば何とかなるはずだ。そう考えてシーロムに帰り道に馬車に乗せて欲しい旨をお願いする。カリーナ姫も反対しなかった。
それから数日したとき、ひとりの女性が訪ねて来た。
「バートさんにカリーナさん、初めまして。私はこの町の行政長官のマリアです。今日はあなた達に朗報を持って参りました。バートさんの手足を女王様が治療してくださることになりました。明日馬車が迎えに来て王都までお連れします。」
(カリーナ姫視点)
バートがヒュドラと戦って右手、右足を無くした。私の所為だ。私が国から逃げ出すなんて言わなければこんなことにはならなかった。それなのにバートは私に文句ひとつ言わない。悔しいに決まっているのに...、身体は騎士の命だ。手が無ければ剣を持つことすらできない...。
バートと初めて会ったのは私が3歳の時だから、かれこれ10年以上の付き合いになる。始めてあった時は、大きくていかつい身体が怖くて泣いてしまったのを覚えている。でも、その内にむしろバートの方が私の一挙一同にビクビクしているのが分かってから不安が消えた。バートはメイド達の様に礼儀作法がどうのこうのと言う事もなく私と遊んでくれた。私にとってバートだけが友達と呼べる存在だった。調子に乗って無茶な命令をしても誠実に実行してくれた。一度ドラゴンを捕まえて来て欲しいと言った時には、ドラゴンの神話がある国をあちこち巡って探してくれた(結局は見つからなかったけど)。今考えると悪いことをしたなあと思う。こんな我儘な私に忠誠を誓ってくれたバート、バートなしで生きて行くなんて考えられない。
決めた、私が一生バートの面倒を見る。バートを診察に来てくれた医者の話では、右足は膝まで残っているので義足を付ければ歩けるようになるだろうとのことだ。それを聞いて一安心した。右手はどうしようも無いが、幸いに左手は無傷だ。慣れれば左手だけでも色々出来る様になるだろう。もちろん騎士を続けるのは無理だろうけど、それなら私の側近に成ればよい。とにかく一旦国に帰ろう、お父様が魔族の国に人質として嫁げと言うならその通りにしよう。バートも一緒に連れてくればいい。魔族の国は城に居た時に考えていたような酷いところではない様だし。
ところがある日、マリアと名乗る女性が尋ねて来て、
「バートさんにカリーナさん、初めまして。私はこの町の行政長官のマリアです。今日はあなた達に朗報を持って参りました。バートさんの手足を女王様が治療してくださることになりました。明日馬車が迎えに来て王都までお連れします。」
と宣言した。訳が分からん。女王様ならバートの手足を復元してくれると助けた村娘が言っていたけれど、そんなこと信じられない。それに一介の村娘が女王に願い事をするなど出来るわけが無い。私もバートも何と答えて良いか分からず沈黙していたからだろうか、マリアは続けて言った。
「信じられないかもしれませんが本当のことです。ソフィア女王は無くなった手足も復元できるくらい強力な回復魔法をお使いになられます。先の戦いでも、傷ついた戦士達を何人も治療されています。」
「でも、どうして私の様な者を女王様が治療してくださるのですか?」
とバートが質問する。
「それはあなた方がチナを救ったからです。チナは第一王子サマル様の婚約者で、女王様とも旧知の仲です。」
第一王子の婚約者! 第一王子は私が嫁ぐことになるかもしれない相手だ。ひょっとしたらチナが第一夫人になるのか? 私は村で会ったチナの姿を思い浮かべた。背丈は私と同じくらい(すなわち身長は低い)、歳もそれほど変わらないだろう、ぽっちゃりした身体付きで、顔にはソバカスがいっぱいあって、愛嬌のある顔だけど美人とはとても言えない。それにどう見てもただの村娘だ。
「この国では農民でも王族と結婚できるの?」
と思わず訪ねていた。
「出来ますよ。というより、少なくとも直轄領に住んでいるのは全員平民です。役人も兵士も階級はあっても身分差はありません。貴族は先の戦争の時に全員追い出されてしまいましたからね。もちろん直轄領の代行官も平民です。だから王子が『貴族としか結婚しない』と言ったら結婚する相手がいないことになります。まあ、他の魔族...ドワーフには貴族もいるみたいですけどね。」
貴族がいない。この国の人間には王族はいても貴族はいないのか! 嘘みたいな話だ。王子が村娘と結婚するのが当たり前の国...。私の中で常識が崩壊して行く。
「と言うわけで、明日出発なのですがよろしいですか? もちろん強制ではありませんが、こんなチャンスは二度と無いですよ。」
「ここに戻って来るまでにどのくらいかかりますか?」
「そうですね、王都まで片道2週間くらいだから、往復で一月くらいでしょうか。」
一月! そうなるとシーロムさん達の出発に間に合わない。本当にバートの手足を復元してもらえるならもちろん行くべきだけれど、何かの罠という可能性もある。ひょっとしたら私の正体がバレたのか? 敵国の姫が手の届くところに居るとなれば、歓待するのか捕虜にするのかは別にして放って置く方が不自然だ。でも、もしこの人の話が本当だったら...。
「分かりました、バートの治療をお願いします。それと私も同行しても良いですか?」
「もちろんです。バートさんもそれで良いですか?」
「カリーナひ...、カリーナが良いなら。」
「分かりました。明日の朝出発ですので準備しておいてくださいね。」
と言ってマリアが去ると、すぐにバートが問いかけて来る。
「カリーナ姫様、宜しいのですか? 無くなった手足が復元できるはずがありません。何かの罠に決まっています。私のことなどお気になさらずに国に帰るべきです。」
「ここは敵国のど真ん中なのよ、おまけにバートは戦える状態じゃないわ。私達を捕まえる気なら罠なんてまどろっこしいことをしなくても、ここに兵士の10人も送り込めば十分よ。だからもしかして本当の事なんじゃないかと思ったの。城にあった王族しか操作できない抜け道を覚えている? 私はあれを作ったのは昔の王様が契約していた精霊じゃないかと考えているわ。そして魔物の森には魔族だけじゃなく精霊もいるって話よね。精霊が居るなら、常識では考えられないことも起きるかもしれないわよ。」
目覚めた時、私は兵士と思われる赤毛の女性に覗き込まれていた。ベッドの上に寝かされている様だ。カリーナ姫も兵士の傍でこちらを見ている。目が赤い、泣いていたのだろうか?
「初めまして、私は兵士長のケイト。マルトの町とその周辺を担当しているの。まずはお礼を言うわ。この村の娘達をヒュドラから助けてくれてありがとう。剣だけでヒュドラを倒すとはなかなかの腕ね。」
そう言われて思い出す。ヒュドラ? それがあの魔物の名前か。だが私は酷い傷を負ったはずなのに痛みが無い。思わず起き上がろうとして、右腕が無いことに気付く、右足も膝から下が無い。だが胸に開いた穴は完全にふさがっている様だ。私は残った左手で胸を撫でて安堵した。私の胸には兵士のものと思われるマントが掛けられている。恐らく私の服はボロボロになってしまったのだろう。
「回復薬を飲ませたのだけどね...。残念ながら溶けてしまった腕と足までは元にもどせなかったの。もっともこの子が水魔法でヒュドラの酸を洗い流してくれてなかったら、回復薬を使う前に死んでいたところよ。」
と言う。そうか...と涙が出て来た。腕と足が無ければ私の騎士としての人生は終わりだ。カリーナ姫にお仕えすることも出来なくなった。
「それじゃ、いつまでもここのお世話になっている訳にもいかないし。あなたを町まで運ぶわね。」
と言うなり私を背負って部屋の外に運ぼうとする。そこに声が掛った。
「あの、兵士様。助けていただいたお礼を言いたいのですがよろしいでしょうか。」
見ると私が助けた女性達だ。良く見るとまだ若い、少女と言っても良い歳だ。その内の一番背の高い娘が私に向かって口を開く。
「あの、助けていただいてありがとうございました。あなたが来てくれなかったら私達はヒュドラの餌食になっていました。でも私達を助けるためにこんなことになってしまって本当に申し訳ありません。」
「あの、私、女王様にお願いしてみます。女王様ならきっと無くなった手足も元に戻して下さいます。」
と背が低くて小太りな娘が追加する。それを聞いて他の娘達も、「まあ、それは良い考えね。」と同意している。おいおい、と思わず突っ込みたくなった。いくら女王様を尊敬しているとはいえ、女王様でも出来ることと、出来ないことかあると分からないのだろうか。一旦無くしてしまった手足を復元するなんてことが出来たら女王様じゃなくて神様だ。それにただの村娘が女王様にお願いする手段があるとも思えない。
だが、それを聞いて赤毛の兵士までも嬉しそうに言った。
「良かったじゃない。あなたはチナの命の恩人だからね、女王様も放って置かないわよ。」
私はそれを聞いて「はぁ、」としか答えられなかった。冗談にしても意地が悪い。こちらは手足を無くしたばかりなのだ。
その後兵士に担がれ屋外にでると、そこには小さな荷車が置かれ仲間の兵士が何人か待っていた。
「この村までの道は狭くてね、広い道に出るまでは馬車が使えないの。乗り心地が悪いけどしばらく我慢してね。」
と言いながら私を荷車に座らせる。
「マルク、お願いね。」
と赤毛の兵士が言うと、「了解」と答えたひとりの兵士が荷車を引き出した。その後私はマルトの町に連れ戻され、町の役所の様な建物の一室にあるベッドに寝かされた。待遇は悪くない。ボロボロになっていた服も新しいものに変えてくれたし、食事もちゃんと出してもらえる。同行してくれたカリーナ姫の話では、ヒュドラを倒した後、私はヒュドラに襲われそうになっていた娘の家に運ばれ、そこで治療を受けている間に知らせを受けた兵士がやって来て回復薬を飲ませてくれたとのことだ。ちなみに商人見習いの馬車は一足先にマルトの町に引き返したらしい。
「あんな回復薬は見たことが無いわ。正直もう助からないと思っていたの。腕や足までは元に戻らなかったけど、胸の傷が跡形もなく治ったのには驚いたわ。」
シーロムも駆けつけてくれた。
「バートさん。この度はお気の毒です。ですがバートさんはこの国の国民を守るために怪我をされたので、当面の生活は国が面倒を見てくれるそうですよ。でもカーマル共和国に帰るのでしたら私達の馬車に乗ってください。馬車と船での移動ですから、歩くのが不自由でも大丈夫です。」
国が生活の面倒を見てくれる? 役立たずと放り出されるなら分かるが話が旨すぎる、何か裏があるに違いない。 カリーナ姫を無事にコトルラ王国に連れ戻すには、シーロムに甘えてカーマル共和国まで引き返すのが良いだろう。そこから先どうするかは考えなければならないが、カーマル共和国からコトルラ王国までなら国王様に連絡が取れれば何とかなるはずだ。そう考えてシーロムに帰り道に馬車に乗せて欲しい旨をお願いする。カリーナ姫も反対しなかった。
それから数日したとき、ひとりの女性が訪ねて来た。
「バートさんにカリーナさん、初めまして。私はこの町の行政長官のマリアです。今日はあなた達に朗報を持って参りました。バートさんの手足を女王様が治療してくださることになりました。明日馬車が迎えに来て王都までお連れします。」
(カリーナ姫視点)
バートがヒュドラと戦って右手、右足を無くした。私の所為だ。私が国から逃げ出すなんて言わなければこんなことにはならなかった。それなのにバートは私に文句ひとつ言わない。悔しいに決まっているのに...、身体は騎士の命だ。手が無ければ剣を持つことすらできない...。
バートと初めて会ったのは私が3歳の時だから、かれこれ10年以上の付き合いになる。始めてあった時は、大きくていかつい身体が怖くて泣いてしまったのを覚えている。でも、その内にむしろバートの方が私の一挙一同にビクビクしているのが分かってから不安が消えた。バートはメイド達の様に礼儀作法がどうのこうのと言う事もなく私と遊んでくれた。私にとってバートだけが友達と呼べる存在だった。調子に乗って無茶な命令をしても誠実に実行してくれた。一度ドラゴンを捕まえて来て欲しいと言った時には、ドラゴンの神話がある国をあちこち巡って探してくれた(結局は見つからなかったけど)。今考えると悪いことをしたなあと思う。こんな我儘な私に忠誠を誓ってくれたバート、バートなしで生きて行くなんて考えられない。
決めた、私が一生バートの面倒を見る。バートを診察に来てくれた医者の話では、右足は膝まで残っているので義足を付ければ歩けるようになるだろうとのことだ。それを聞いて一安心した。右手はどうしようも無いが、幸いに左手は無傷だ。慣れれば左手だけでも色々出来る様になるだろう。もちろん騎士を続けるのは無理だろうけど、それなら私の側近に成ればよい。とにかく一旦国に帰ろう、お父様が魔族の国に人質として嫁げと言うならその通りにしよう。バートも一緒に連れてくればいい。魔族の国は城に居た時に考えていたような酷いところではない様だし。
ところがある日、マリアと名乗る女性が尋ねて来て、
「バートさんにカリーナさん、初めまして。私はこの町の行政長官のマリアです。今日はあなた達に朗報を持って参りました。バートさんの手足を女王様が治療してくださることになりました。明日馬車が迎えに来て王都までお連れします。」
と宣言した。訳が分からん。女王様ならバートの手足を復元してくれると助けた村娘が言っていたけれど、そんなこと信じられない。それに一介の村娘が女王に願い事をするなど出来るわけが無い。私もバートも何と答えて良いか分からず沈黙していたからだろうか、マリアは続けて言った。
「信じられないかもしれませんが本当のことです。ソフィア女王は無くなった手足も復元できるくらい強力な回復魔法をお使いになられます。先の戦いでも、傷ついた戦士達を何人も治療されています。」
「でも、どうして私の様な者を女王様が治療してくださるのですか?」
とバートが質問する。
「それはあなた方がチナを救ったからです。チナは第一王子サマル様の婚約者で、女王様とも旧知の仲です。」
第一王子の婚約者! 第一王子は私が嫁ぐことになるかもしれない相手だ。ひょっとしたらチナが第一夫人になるのか? 私は村で会ったチナの姿を思い浮かべた。背丈は私と同じくらい(すなわち身長は低い)、歳もそれほど変わらないだろう、ぽっちゃりした身体付きで、顔にはソバカスがいっぱいあって、愛嬌のある顔だけど美人とはとても言えない。それにどう見てもただの村娘だ。
「この国では農民でも王族と結婚できるの?」
と思わず訪ねていた。
「出来ますよ。というより、少なくとも直轄領に住んでいるのは全員平民です。役人も兵士も階級はあっても身分差はありません。貴族は先の戦争の時に全員追い出されてしまいましたからね。もちろん直轄領の代行官も平民です。だから王子が『貴族としか結婚しない』と言ったら結婚する相手がいないことになります。まあ、他の魔族...ドワーフには貴族もいるみたいですけどね。」
貴族がいない。この国の人間には王族はいても貴族はいないのか! 嘘みたいな話だ。王子が村娘と結婚するのが当たり前の国...。私の中で常識が崩壊して行く。
「と言うわけで、明日出発なのですがよろしいですか? もちろん強制ではありませんが、こんなチャンスは二度と無いですよ。」
「ここに戻って来るまでにどのくらいかかりますか?」
「そうですね、王都まで片道2週間くらいだから、往復で一月くらいでしょうか。」
一月! そうなるとシーロムさん達の出発に間に合わない。本当にバートの手足を復元してもらえるならもちろん行くべきだけれど、何かの罠という可能性もある。ひょっとしたら私の正体がバレたのか? 敵国の姫が手の届くところに居るとなれば、歓待するのか捕虜にするのかは別にして放って置く方が不自然だ。でも、もしこの人の話が本当だったら...。
「分かりました、バートの治療をお願いします。それと私も同行しても良いですか?」
「もちろんです。バートさんもそれで良いですか?」
「カリーナひ...、カリーナが良いなら。」
「分かりました。明日の朝出発ですので準備しておいてくださいね。」
と言ってマリアが去ると、すぐにバートが問いかけて来る。
「カリーナ姫様、宜しいのですか? 無くなった手足が復元できるはずがありません。何かの罠に決まっています。私のことなどお気になさらずに国に帰るべきです。」
「ここは敵国のど真ん中なのよ、おまけにバートは戦える状態じゃないわ。私達を捕まえる気なら罠なんてまどろっこしいことをしなくても、ここに兵士の10人も送り込めば十分よ。だからもしかして本当の事なんじゃないかと思ったの。城にあった王族しか操作できない抜け道を覚えている? 私はあれを作ったのは昔の王様が契約していた精霊じゃないかと考えているわ。そして魔物の森には魔族だけじゃなく精霊もいるって話よね。精霊が居るなら、常識では考えられないことも起きるかもしれないわよ。」
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