魔物の森のソフィア ~ある引きこもり少女の物語 - 彼女が世界を救うまで~

広野香盃

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69. 王都に向かう王女と女騎士

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(バート視点)

 翌朝、私の部屋の扉をノックしたのは村で会ったチナという娘だった。娘の後にはカリーナ姫もいる。

「バートさん、おはようございます。先日は私達を助けて下さってありがとうございました。今日は女王様のいらっしゃる王都までお迎えに上がりました。私も同行させていただきます。」

と頭を下げながら言うチナ。これがこの大国の第一王子の婚約者だと言われても信じられない。服装も先日あった時と同じように一般的な農民の物だ。

「ありがとうございます。よろしくお願いします。」

と覚悟を決めて返す。何が待っているか分からないが、これから私とカリーナ姫は外国人の立ち入りが認められていないアルトン山脈の東に向かうのだ。

「外に馬車を留めているのですが、失礼ながら私ではバートさんをお運びするには力が足りません。護衛の兵士さんに運んでもらってよろしいでしょうか?」

とチナが確認して来る。確かに小柄なチナやカリーナ姫に身長2メートルある私を運ぶのは無理だろう。大柄なケイトでさえ担ぐのに苦労していた。

「問題ありませんよ。」

と応えると、チナは扉の向こうに向かって「ドスモさん、お願いします。」と声を掛けた。それに応えて現れたのはなんとオーガだ。そうか、この建物に来た時に随分天井が高く、廊下や階段の幅も広いなと思ったが、オーガも出入りするのであれば納得だ。なにせオーガの身長は3メートルくらいある。背が高いだけでなく筋肉隆々の逞しい身体をしているから横幅も広い。だが、ドスモと呼ばれたオーガは、部屋に入ってベッドに横たわる私を見るなりとんでもないことを口にした。

「あなたは人間か!? ひょっとしてオーガではないか?」

それを聞いて、子供の頃にオーガみたいだと悪口を言われた心の傷が蘇る。本物のオーガにまで言われるとは...。思わず涙が出そうになった。だが私の表情を見たからか、ドスモは慌てて追加した。

「失礼した。余りに美しいご婦人なので思わず同族かと思ってしまった。許してくれ。」

美しいご婦人? そんな風に呼ばれたのは生まれて初めてだった。子供の頃からこの大きくて逞しい身体故、怖がられたり、オーガみたいだと悪口をいわれたりしたことは多々あるが、美しいなんて言われるとは予想もしていなかった。恥ずかしさに顔が熱くなるのを感じる。私が返事できないでいると、

「お運びしてよろしいか?」

と心配気に尋ねて来る。私が頷くと、

「失礼する。」

といって優しく抱き上げてくれる...お姫様抱っこだ。まさか自分がお姫様抱っこされる日が来るとは...。ドスモの逞しい腕に抱かれて運ばれながら私は心臓のドキドキが止まらなかった。考えてみれば、ドスモが最初に私のことをオーガではないかと尋ねたのは悪口ではありえない。オーガが、オーガであることを卑下するとは思えないからだ。ドスモには背が高くて逞しい身体付きをした私がオーガに見えたと言う事だ...美しいオーガの女性に。見上げるとドスモの顔も何だか赤くなっている気がした。

 それから魔族の国の王都に向けての旅が始まった。馬車には私とカリーナ姫が乗り、チナは御者台に座った。

「これでも馬車を扱うのは慣れているので安心してくださいね。」

とチナが言うが、王子の婚約者が御者台に座るなど...いや、もう何も言うまい。常識にとらわれてはダメだ。護衛はドスモを含めて3人、全員がオーガだ。彼らは歩きだが、オーガの歩く速度は速く余裕で馬車について来る。夜は最寄りの村にある宿に泊まるが、その時はドスモが例によってお姫様抱っこで私を宿まで運んでくれる。食事はチナとカリーナ姫と私でひとつのテーブルにすわり、ドスモ達護衛は別のテーブルだ。私の感覚では護衛が主人と同じテーブルに座るなどありえないのだが、

「流石にオーガの方達は食べる量が違いますからね。私達まで同じテーブルに座ると食べ物が乗り切りません。」

とチナが言うから、むしろオーガの護衛達の為にテーブルを分けている様だ。
ふと思いついて、

「チナさん。ドスモさんは魔族なのに人間の言葉が話せるのですね。」

と尋ねてみると、

「ええ、直轄領で仕事をしている魔族の人達は人間の言葉を勉強する人達も多いんです。やはりその方が仕事がしやすいですからね。ドスモさんだけでなく、他の護衛の人達も片言なら話せますよ。逆に人間の方は魔族の言葉を勉強する人が多いですね。」

との答えが返って来た。

 一方、カリーナ姫はこれ幸いと第一王子のことを聞き出そうとする。

「チナさん、サマル様はどんな方なのですか?」

とのストレート過ぎる質問に、チナは気にすることなく答える。

「サマル様は、背が高くて、ハンサムで、格好良くて、魔法が使えて、頭が良くて、優しくて、そして怖がりかな。」

「怖がりなのですか?」

「そうなの、小さい時からお化けの話が苦手で、お母さんがお化けの話を始めるとすぐに私の後に隠れるの。」

「ええっと、それはお幾つの時の話で...」

「御免なさい、今のは小さい頃の話です。でも今でも性格は変わってないような気がするの。」

「と言う事は、チナ様はサマル様と幼い時からお知り合いだったのですね。」

と私が口を挟むと、チナは頷いた。

「私、サマル様がお生まれになって間もない時から10歳くらいまで一緒に暮らしていたんです。お母さんがサマル様の乳母だったの。サマル様が大きくなって乳母が不要になってからも、お母さんはサマル様の世話係として、私はサマル様のご学友として過ごしたの。女王さまからはサマル様と一緒に勉強を教えていただいたわ、もっともサマル様は頭が良くてどんどん先に進むのに、私はついていけなくて途中であきらめてしまいましたけどね。」

といってチナは残念そうに笑う。

「でも、お母さんと村に戻ってからもサマル様は度々会いに来てくださって、今年になってプロポーズしてくださったの。もちろん喜んでお受けしたけれど私なんかで良かったのかなって不安になるときがあります。」

はぁ~、とため息が出た。これはカリーナ姫が入り込む隙はなさそうだ。だけど、カリーナ姫は別のことが気になった様だ。

「チナさん、サマル様が度々会いに来られたとおっしゃいましたけど、王都からチナさんの村までは馬車で片道半月ほど掛かりますよね。それほど度々は来れないかなと思うのですが...。」

「ええっと、それは...ここだけの話にしてくださいね。サマル様はドラゴンに乗って飛んで来られるのです。」

「ドラゴンですか!?」

と思わず叫んでしまった。ドラゴン! カリーナ姫が小さい時に命じられて、色々な国を探し回ったドラゴン! 唯の神話上の生き物だとの結論に至ったが、本当にいるとは! だが、大声で叫んでしまったから周りの注目を浴びているのに気付いて言い訳を口にする。

「驚かせて申し訳ない。昔からドラゴンには興味がありまして。」

「そうでしたか、ええ、女王様がドラゴンを使い魔とされています。サマル様はそのドラゴンをお借りして私達の村まで空を飛んで来られるのです。半日もあれば王都から村まで来ることが出来るそうです。すごいですね。」

「そうですか...」

ドラゴンを使い魔にしているだと! 女王のとんでも話がまたひとつ追加された。なんとなく会うのが恐ろしくなって来た。

 それからも旅は続き、私達は遂にアルトン山脈を横切る、通称谷底の道をとおり山脈の東側に出た。今日は開拓村という名の町に泊まるそうだ。この町にも多くの人間が住んでいるが、女王の直轄領ではなく人間族の族長が統治する領域とのことだ。マルトの町と同様交通の要所として栄えているらしい。開拓村という名称は、昔ここが魔物の森を開拓して作られた村だったからと言うが、見る限りその面影は残っていない。町には沢山の家や倉庫、商店、宿が立ち並び、多くの人間や魔族が往来する商人の町となっている様だ。シーロム達国外から来た商人はアルトン山脈からこちらにはやって来られないが、国外の商人達が運んできた商品が、魔族や人間の商人に引き継がれてこの町に運ばれ、ここから各魔族の居住地に運ばれていく。逆に魔族達が生産した商品は必ずこの町を通ってマルトの町に運ばれるわけだ。

「よう、チナちゃんじゃないスか。こんなところで会うなんて珍しいっスね。」

と男の声がした。馬車の窓から見ると黒色の髪をした大柄な男が、ラミアの女性と並んで手を振っていた。傍にはラミアの男の子と、人間の女の子がふたりと手を繋いでいる。危険な相手ではなさそうだ。

チナはその男と隣の女性に挨拶していたが、恐らくラミアの女性に合わせて魔族語を使っているのだろう。言葉は聞こえても意味は分からない。ふたりはしばらくチナと笑顔で話をしてから去って行った。

「マイケルさんとアリスさんご夫妻です。この町で薬草を扱う大きなお店を営まれています。マイケルさんは、ソフィア様が女王になる前に冒険者って仕事の仲間だったそうです。私が王都に居た時は、ちょくちょく王宮に来られていました。」

私が興味深げに眺めていたからか、チナがふたりを紹介してくれる。

「マイケルさんはラミアの女性と結婚したんですね。」

「ええ、綺麗な方でしょう。私、会うたびにため息がでます。私とは違い過ぎます。」

いやいや、聞きたいのはそこじゃなくて...。まあいい、この目で見たのだから間違いない。一緒に居たのはふたりの子供だろう。つまり人間と魔族でも結婚して子供が作れると言う事だ。ひょっとして私とドスモさんも...。
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