神の娘は上機嫌 ~ ヘタレ預言者は静かに暮らしたい - 付き合わされるこちらの身にもなって下さい ~

広野香盃

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20. 行方不明のアーシャ

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(シロム視点)

「アーシャお姉ちゃんがいないの! 」

朝食に降りてこないアーシャ様を呼びに行ったスミカが大きな声で言う。

「変ねえ、出かけるとは聞いてないわ。黙って出かける様な子じゃないしね。」

と母さんが心配そうに口にする。

「何かあったのかねえ?」

「何か事件に巻き込まれたとか。シロムの担任の神官様が攫われた事件が有ったばかりだからな。」

「部屋にいないと言う事は、夜のうちに出掛けたと言う事じゃな。」

「でも玄関も裏口も鍵がかかっていましたよ。アーシャちゃんは鍵を持ってないから外に出ることは出来ても鍵をかけることはできませんよ。」

 確かに変だ。さっきから念話で何度もお呼びしているのだがご返事が無い.....。

「あのね、アーシャお姉ちゃんの部屋の窓が開いていたの。窓から外に出たのかな?」

「2階の窓からか?」

「ひょっとしたら攫われたのかもしれないよ。どうやったのか知らないけど人を攫う様な奴等だよ、どんな方法を使うのか分かったもんじゃないよ。」

 それを聞いでドキッとした。アーシャ様は無敵だが、寝込みを襲われたらどうだろう。キルクール先生を狙った奴等の仲間が仕返しに来たのかもしれない。

「僕、警察庁に届けて来る。」

そう言って返事も待たずに家を飛び出した。

 家を飛び出したものの、どうすれば良いか分からない。警察庁に行って失踪人として届けても、攫われたという明確な証拠がない以上本格的な捜査はしてもらえないだろう。アーシャ様の正体を話すわけにもいかないし....。

 そうだ! 神官長様か、警察庁長官のサマル様にお伝えするんだ。アーシャ様が行方不明だと伝えれば兵士や役人を動かしてくれるだろう。

 だとしたら.....まず行くべきは学校だ。僕一人で神殿に出向いても神官長様やサマル様にお会いできるとは思えない。でも神官のキルクール先生と一緒なら取り次いでもらえるかも。クラスメイトもアーシャ様の正体を知っているから好都合だ。

 教室に飛び込んだがキルクール先生はいない。キルクール先生はまだ職員室にいる可能性が高いが職員室に入るのはちょっと怖い。もしかしてこっちにと思ったのだ。

「あらシロム、今日は早いわね。どうしたの息を切らして!?」

「シロムさん、お早うございます。何かありました?」

 教室にはカーナとカリーナが先に来ていた。マークはまだの様だ。

「お、お早う.......キルクール先生は職員室だよね。」

「そう思うけど.....。何かあったのね。言いなさいよ!」

「アーシャ様が行方不明なんだ。キルクール先生に知らせないと。」

「まったく早く言いなさいよ。行くわよ!」

カーナが先頭を切って教室を出て行き、僕とカリーナが後に続く。

 職員室に到着し、カーナが入り口からキルクール先生を呼び出す。怪訝そうな顔をして廊下に出て来た先生にカーナがアーシャ様のことを告げると顔色が変わった。

「直ぐに神殿へ向かいます。神官長に報告しなければ。シロム君は一緒に来てください。」

「 「先生、私達も一緒に行きます。」 」

とカーナとカリーナが訴える。

「分かったわ、一緒に来て頂戴。」

 キルクール先生は慌てて職員室の中に向かって何か言うと、僕達を連れて学校の門に急ぐ。これだけ騒いで、実はアーシャ様は何かの用事で出かけられていただけだったという可能性もあるが、胸騒ぎがする。学校に来る途中も何度も念話で呼びかけたのだが返事が無い。第一、断りもなくいなくなるなんてアーシャ様らしくない。

 校門に近づくとマークの馬車が到着したところだった。素早くカーナが馬車に駆け寄るとマークが馬車の窓から顔を出す。それを見て何人かの女生徒が嬌声をあげた。いつものことだ、マークのファンクラブの会員なのだろう。カーナから話を聞いたマークは馬車から降りて御者台に座っている男性に声を掛ける。

「トム、悪いが急いで僕達を神殿まで送ってくれ。」

 マークの馬車で神殿に向かおうと言うのだろう。徒歩で向かうより早い

「坊ちゃん、学校はどうなさるんで?」

「急用なんだ。キルクール先生も一緒だ。神殿まで送ってくれたら家に戻って良いよ。誰かに聞かれたら僕の命令だといってくれたらいい。キルクール先生も一緒だったと言えば納得してくれるさ。」

「分かりました。神殿ですね。」

「ありがとう。」

 僕達が乗り込むと馬車は神殿に向かって出発する。僕は馬車の中で今朝の出来事を皆に話した。と言っても話すことはそれほど多くない。今朝になったらアーシャ様がいなくなっていたと言うだけだ。

「確かに変よ。アーシャ様が黙って出ていかれるはずがない。何かあったのに決まっているわ。」

「私もそう思う。」

「念話が通じないということは、この町からお出になった? 神域にお帰りになったという可能性はないかしら?」

「可能性はゼロではありませんが、元々アーシャ様はあと7日程で神域に帰られる予定だったんです。急にお帰りを早められる理由が思い当たりません。」

「アーシャ様から、『自分が神域に帰ってもシロムさんが供物の間に来れば話ができる』とお伺いしたの。それならシロムさんが供物の間に入ればすぐに結論が出るのじゃないかしら。」

 カリーナの言う通りだ。アーシャ様が無事だと分かれば一安心だ。その後で空騒ぎしたことを笑えばよいさ。

 神殿の入り口で馬車を降り、最奥にある神官長様の部屋に向かう。早朝だからかまだ人出は少ない。神官長様が居られる建物の入り口には兵士が立っていたが、キルクール先生が何か言うと通してくれた。僕達はキルクール先生の後について奥へ奥へと歩を進める。確かこの建物はこの国の偉い方々が会議をする所だ。キルクール先生がいなければ僕達は入れてもらえなかっただろう。流石は神官様だ。

 その後、迷路の様になった廊下を進み漸く神官長の部屋にたどり着いたが、部屋の前の受付で止められた。キルクール先生が急用で神官長様にお会いしたいと伝えるが、流石にアポイントメントが無いと無理だと言われる。それに現在来客中らしい。

「本当に緊急にお伝えしないといけないことがあるの。お願いだからキルクールが御子様のことで訪ねて来たとお伝えして。」

 と先生が受付の若い女性に食い下がる。受付嬢はしぶしぶと言った感じで引っ込んだが、しばらくすると神官長様がバタバタという足音を立てながら飛び出して来た。

「キルクール、おお、シロム君達も一緒か。こっちに来てくれ話を聞こう。」

 そう言って歩き出す神官長様に受付嬢が慌てて声を掛ける。

「神官長様! アリム商会の方達はどうなされるのですか?」

「待たせておいてくれ、すぐ戻る。」

 神官長様はそう言って振り返りもせずに歩き出した。僕達は慌てて後に続いた。アリム商会ってキルクール先生の誘拐に加担した商会じゃないか.....。

「この国での営業許可を取り消すなと五月蠅くてな。それより何があった?」

 神官長様の案内でこじんまりした部屋に入るなり神官長が尋ねて来る。僕に代わってカーナが要領よく今朝の出来事を説明する。僕は横で頷くだけだ。こんな時に僕がうまく話せないのを分かってくれているのだろうか。カーナの説明を聞き終わると神官長様は僕をまっすぐ見つめた。

「シロム君には直ちに供物の間に行ってもらう。ただし前室ではなく本物の供物の間にじゃ。ついて来るが良い。」

 本物の供物の間! この国でもっとも神聖な場所だ。神官長様と神官長様がお認めになった者しか入室が許されない。

「こ、この格好でですか? 禊もしておりません。」

 神聖な場所に入るのだ、身体を清潔にして正装で向かうのが神に対する礼儀だと聞いている。学校まで走ってたっぷり汗をかいた。臭うんじゃないだろうか。

「心配するな、この様な場合じゃ神も気にはされまい。」

 されまいって......それって想像だよね。もし神様が気分を害されたら......。でも今は神官長様に付いて行くしかない。

「あの、私達は?」

「供物の間の前までは来ても良いが部屋に入るのは儂とシロム君だけじゃ。良いな?」

 そんな.....せめてキルクール先生には来て欲しかった。僕と神官長様だけだなんて心細すぎる。僕は死刑台に連行される囚人の気分で神官長様に付いて行く。キルクール先生やクラスメイト達も付いて来てくれた。神官長様のお話では供物の間まではこの建物からも入れるらしい。

「ここじゃ、入ってくれ。」

 神官長がそう言って平凡な扉を開けた。扉は何もないガランとした大きな部屋に通じていた。部屋の奥にはもうひとつ扉があり、その両脇には屈強な兵士がふたり、真剣な表情で立っている。兵士は神官長様の顔を見るとさっと敬礼した。

「実は供物の間には入り口がふたつあっての、ひとつは皆が知っている様に前室にあるが、もうひとつがこれじゃ。供物は前室の扉から入って捧げるが、人目に付きたくないときにはこちらを使う。ひとりで神に祈りを捧げたいときとかの。」

 扉の前で僕はゴクリと唾を飲んだ。扉から膨大な神の神気が流れ出している。供物の間は神域と繋がっていると伝えられている場所だ。

 神官長は懐から鍵を取り出すと、扉の鍵穴に差し込み回す。カチリと音がして錠が解除される。僕を振り返って

「行くぞ」

と声を掛けて下さる神官長様。僕はコクリと頷いた。
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