神の娘は上機嫌 ~ ヘタレ預言者は静かに暮らしたい - 付き合わされるこちらの身にもなって下さい ~

広野香盃

文字の大きさ
23 / 102

22. 囚われのアーシャ

しおりを挟む
(アーシャ視点)

 目を覚ますと馬車の中の様だった。私は手足を縛られた状態で3人掛けの座席の真ん中に座っていて、私を挟むように両側に誰かが座っている。それに首が火傷でもしたようにヒリヒリする。

 気を失っている間に掴まってしまった様だ。神力で手足を縛っている縄を切ろうとして意識を集中した途端、首に更なる激痛が走った。

「キャッ」

と思わず声を出す。それが聞こえたのだろう、右側に座っていた人物が声を掛けて来る。暗くて顔は分からないが中年の男性の様だ。

「お待ちください。神力をお使いになると電撃の首輪が反応して御子様のお身体を傷付けます。どうかお静まり下さいますよう。」

男性がそう口にした。緊張しているのか声が震えている。

 電撃の首輪? 私が神力を使おうとすると激痛が走るのはそのせいか? 

「電撃の首輪とは何ですか?」

「お恐れながら申し上げます。電撃の首輪とは罪を犯した魔法使いを捕らえるための魔道具です。首輪を装着された者から発せられる魔力を感知し、電撃を発して装着者を動けなくします。電撃の威力は御子様が体験された通りです。」

 魔法使い? 昔、かあさまから人間にもわずかながら神力を使える者がいるとの話を聞いたことがある。その人たちの事だろう。神力を使う者を捉えるための道具.....。しまったとんでも無いものを付けられてしまった。パニックになって心の中でどうしよう、どうしよう、どうしよう......と繰り返す。

「電撃の首輪が感知する神力は身体から外に発せられたものだけよ。首が痛むなら身体の内部を通して神力を送れば治療できるわよ。」

 突然左から少女の声がしてびっくりした。この声は祭壇の上の箱に入っていた女の子? 少女が言う様に体内から神力を流して首の治療を試みるとすぐに痛みが治まった。どうやら火傷をしていた様だ。

「あなた達は何者?」

「これは失礼したわね。私はガニマール帝国第8皇女ジャニス。そっちに居るのは私の側近アニルよ。」

 目を凝らすが、まだ夜なのだろう暗くて辛うじてシルエットが分かるだけだ。千里眼を使おうとしたらまた首に激痛が走った。男性が言っていた様に神力は使えない。これは本当に不味い.....。

「私をどうする気なの?」

「明るくなってから説明するわ。今は一刻も早く神域から遠くに離れたいの。流石に聖なる山の神様に見つかったら無事では済まないでしょうからね。」

とうさまが気付かないはずは無い。今の内に私を開放しなさい。」

「その危険は覚悟の上よ。もっとも今のところは見つかっていない様ね。やはり馬車の外壁に水晶の粉を混ぜた塗料を塗った効果が有ったのかも。」

 水晶の粉? 水晶は神力を吸収する物質だ。ひょっとして周りを水晶で囲むと千里眼でも見通せない? そんなことを知っているなんてこの少女は只者ではないかも.....。

「まあ、朝まで少し休みましょうよ。私達は何日も御子様を待ち伏せしていたから疲れ切っているの。少し眠らせてもらうわね。」

 そう言うと少女は静かになった。右側の男性も言葉を発さない。私の前にも座席があるからこのふたり以外にも人が乗っているのかもしれないが、暗くてそれすら分からない。

 それにしてもこの馬車は本当に動いているのか? 不思議なキュルキュルという音がする以外静かだし、なにより走っていると起きるはずの振動が無い。

 でも先ほど少女が言ったことで思いついたことがある。水晶だ。水晶は神気を吸収して内部に蓄積し魔晶石となる。もし魔晶石を手に入れることが出来て、そこに蓄えられた神力を使った場合はどうなるだろう? 首の魔道具は身体から出る神力を感知するらしいが、魔晶石から取り出した神力の場合は感知しなかったりして。

 僅かな望みを持って、縛られている手で何とか上着のポケットを探ってみるが失望に終わった。ポケットには遊牧民の衣装に使われていた水晶で作られたボタンが入っていたはずなのだ。恐らくこの人達に抜き取られたのだろう。ひょっとして魔晶石を持たせておくと不味いと判断したのか......。

 亜空間には更に何個か私の神気を吸収した水晶のボタンが入っているが、亜空間から取り出すには神力を使う必要がある。首輪を付けている限り取り出すのは無理だ。

**************************

「御子様、お目覚め下さい。朝食のご用意が出来ました。」

 呼びかける声に目を開けると周りは既に明るくなっている。どうやら眠ってしまっていた様だ。声を掛けて来たのは中年の男性。スーツと言うのだろうか、上下同じ布地で作った高級そうな服に蝶ネクタイをしている。

「失礼いたします」

男性はそう断ってから、私の手足を縛っている縄を解いてくれた。

 促されるままに馬車の外にでて驚いた。これを馬車と呼ぶには決定的に足りない物がある。馬だ。馬車に馬が繋がれていない。さらに付け加えれば車輪すら付いていない。

「ジャニス様が設計された浮遊馬車でございます。魔晶石を動力として浮かび自走いたします。」

 私が馬車を見つめていたからだろう、先ほどの男性が説明してくれた。魔晶石か....

ペチン!

 音のした方を見ると10歳くらいの女の子が掌を打ち合わせていた。手が小さいからちょっと情けない音だ。

「浮遊馬車も一種の魔道具よ。普通の馬車の数倍のスピードが出せるわ。改めて挨拶するわね。私はジャニス、ガニマール帝国第8皇女にして、国立魔道具研究所の所長をしているの。そっちは私の執事のアニル。他の者達は全員研究所の職員よ。」

 私の縄を解いてくれた男性はアニルさんと言うらしい。他にも10名くらいの人達がいる様だ。浮遊馬車は全部で3台あり、それらに乗っていたのだろう。

「これだけ離れれば馬車の外にでても大丈夫だと思うの。窮屈な思いをさせて悪かったわ。神域に近いところであなたに逃げられたら、聖なる山の神に神気を感知される可能性が高かったからね。」

「あなたがこの人達のボスと言う事で良いのかしら。私をどうするつもり?」

「その前に朝食はどう? お腹は空いてない?」

 ジャニスはそう言って、右腕ですぐ近くにある組み立て式のテーブルと椅子を示す。テーブルの上には朝食と思われる料理が乗っている。そう言われるとお腹が空いているのに気付いた。

 促されるままに席に着くと向かいにジャニスが座る。朝食の内容はパンに、バターとチーズ、ソーセージと卵を炒めたものに、スープ。それに何種類かの果物だ。

「申し訳ないけど食前の祈りは省略させてもらうわね。」

 そう言ってジャニスは食べ始めた。テーブルは結構大きいが座っているのは私達ふたりだけだ。私も黙って食べ物を口にいれる。質素な食事だが味は悪くない....。ジャニスは皇女と言っていたけれど特に不満を言うこともなく食べている。

「それでは状況を説明させてもらうわね。」

 食事をあらかた食べ終え、お茶を飲んでいるとジャニスが口を開いた。

「簡単に言うとね。貴方は聖なる山の神に言うことを聞いてもらうための人質と言う訳。私達の国がカルロ教国を攻める間、聖なる山の神には中立を保って欲しいの。」

 それを聞いて思わず立ち上がった。

「そんなことさせないわよ。」

「落ち着きなさい。そう思うのは勝手だけど状況は不利よ。神力が使えない貴方は人間と変わらない様だからね。これだけの人数に囲まれて逃げ出せると思う?」

「たとえ私を人質に取ったとしても永遠にその状況を続けられるわけがない。私が死んだ後、神の恨みを買った貴方達が只で済むと思うの?」

「あら! 話が速くて助かるわ。実は心配しているのはそこなのよ。貴方に自殺でもされたら私達は最後でしょうね。もちろん出来る限り逃げ回るつもりだけど、神の目からは逃れられないかもしれない。それでね、貴方に別の話があるの。」

 何だ? ものすごい違和感がある。これがスミカちゃんと同じくらいの少女の物言いだろうか? 

「人質としてではなく、自由意志で私が皇帝になるのを手伝ってくれないかな。父は自分の子供達の内、聖なる山の神を味方に付けた者を次期皇帝にすると言っているの。よほどカルロ教国に負けたのが悔しかった様ね。父はカルロ教国に負けてから落ち込んでやる気をなくしていてね。後のことは後継者に任せてすぐにでも引退するつもりらしいわ。だから後継者に指名されればすぐにでも皇帝の座を継ぐことになる。貴方が自分も聖なる山の神も私に味方すると父の前で証言して、奇跡のひとつでも見せてくれれば事は成るわ。

 その代わり、私が皇帝に成ったらカルロ教国には攻め入らないと約束するし、カルロ教を国教にしても良いわ。国の半分をあなたにあげても良い。約束してくれたら、その首輪は直ぐにでも解除する。」

「その代わりとうさまの怒りを鎮めろと言う訳ね。」

「まったく本当に話が早いわね。その通りよ。」

「もし断ったら?」

「最初の話の通り人質として国に連れていくことになるわね。お互いに破滅の道に進むわけ。」

「貴方はそれほどのリスクを冒してまで皇帝に成りたいの? 皇帝の地位にそれだけの価値があるかしら。」

「私にはあるの、兄達を見返す唯一のチャンスだからね。」

「そんなことの為に?」

「外から見ればそんな風に見えるかもしれないわね。でも皇帝の子供、それも正室の子供として生まれた皇子や皇女は生まれてから直ぐに競争が始まるの、それぞれに側近や後ろ盾になっている貴族が付いているから、その人達の為にも後に引けない。生まれてこの方ずっと足の引っ張り合いよ、殺し合いになったって不思議じゃない。私は女だからね、ただでさえ不利なのよ。」

「悪いことは言わない。そんなつまらないことは止めておきなさい。今すぐこの首輪を解除してくれたら許してあげる。」

「お恐れながら申し上げます。ジャニス様は御兄弟の中で最も皇帝の地位にふさわしいお方でございます。天才でおられながら、それに奢ることなく下々にも心を配ってくださいます。私だけでなく、平民である魔道具開発部の職員が同行しているのが何よりの証。ジャニス様こそが国民が時期皇帝として待ち望んでいるお方なのでございます。」

 アニルさんがジャニスを応援する。そうかもしれないけど、やはり説得力は弱い。

 ジャニスの提案は却下だ。とうさまの娘として脅しに屈するわけにはいかない。そう考えながら、無意識に近くにあった馬車に手を置いた。途端に心に希望の灯が灯る。

「しばらく考えさせてもらっても良いかしら。ここがどこか知らないけれどガニマール帝国に着くまでにはまだ時間があるのでしょう?」

 とにかく今は時間を稼ぐのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【アイテム分解】しかできないと追放された僕、実は物質の概念を書き換える最強スキルホルダーだった

黒崎隼人
ファンタジー
貴族の次男アッシュは、ゴミを素材に戻すだけのハズレスキル【アイテム分解】を授かり、家と国から追放される。しかし、そのスキルの本質は、物質や魔法、果ては世界の理すら書き換える神の力【概念再構築】だった! 辺境で出会った、心優しき元女騎士エルフや、好奇心旺盛な天才獣人少女。過去に傷を持つ彼女たちと共に、アッシュは忘れられた土地を理想の楽園へと創り変えていく。 一方、アッシュを追放した王国は謎の厄災に蝕まれ、滅亡の危機に瀕していた。彼を見捨てた幼馴染の聖女が助けを求めてきた時、アッシュが下す決断とは――。 追放から始まる、爽快な逆転建国ファンタジー、ここに開幕!

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

追放された無能鑑定士、実は世界最強の万物解析スキル持ち。パーティーと国が泣きついてももう遅い。辺境で美少女とスローライフ(?)を送る

夏見ナイ
ファンタジー
貴族の三男に転生したカイトは、【鑑定】スキルしか持てず家からも勇者パーティーからも無能扱いされ、ついには追放されてしまう。全てを失い辺境に流れ着いた彼だが、そこで自身のスキルが万物の情報を読み解く最強スキル【万物解析】だと覚醒する! 隠された才能を見抜いて助けた美少女エルフや獣人と共に、カイトは辺境の村を豊かにし、古代遺跡の謎を解き明かし、強力な魔物を従え、着実に力をつけていく。一方、カイトを切り捨てた元パーティーと王国は凋落の一途を辿り、彼の築いた豊かさに気づくが……もう遅い! 不遇から成り上がる、痛快な逆転劇と辺境スローライフ(?)が今、始まる!

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

【完結】小さな元大賢者の幸せ騎士団大作戦〜ひとりは寂しいからみんなで幸せ目指します〜

るあか
ファンタジー
 僕はフィル・ガーネット5歳。田舎のガーネット領の領主の息子だ。  でも、ただの5歳児ではない。前世は別の世界で“大賢者”という称号を持つ大魔道士。そのまた前世は日本という島国で“独身貴族”の称号を持つ者だった。  どちらも決して不自由な生活ではなかったのだが、特に大賢者はその力が強すぎたために側に寄る者は誰もおらず、寂しく孤独死をした。  そんな僕はメイドのレベッカと近所の森を散歩中に“根無し草の鬼族のおじさん”を拾う。彼との出会いをきっかけに、ガーネット領にはなかった“騎士団”の結成を目指す事に。  家族や領民のみんなで幸せになる事を夢見て、元大賢者の5歳の僕の幸せ騎士団大作戦が幕を開ける。

処理中です...