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1章 魔女狩り編

10 伯爵令嬢は見ず知らずの人を占う

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渡されたカードを前に、セリーナは考えを巡らせていた。

確かに、この方法であれば私がその人物をイメージして占い結果を言う事は出来ず、占い結果の正確性の証明になる…。

誕生日を用いた統計学だと伝えたのだから、理論的にはこの方法でも問題ない筈だ。

ただし、相手を知っている事で占いの正確性が増す事も否定出来ない。

「何だ?出来ないのか?」

セリーナの沈黙を性格に読み取ったリードが尖った声を上げた。

「いえ…やります。ただ、占いは生年月日を基にした統計学でありながら、人生とはその時、その時の選択でその方向性が変わるものです。占う対象と対峙する事により、その人物が纏う雰囲気で、その選択による人生の変化も読み取って行くのですが…今回はどこまで正確な結果に辿り着けるか…。」

「失敗した時の言い訳などいらん。」

リードが間髪入れずにそう言うので、セリーナはカチンと来ていた。

この皇太子に占いの繊細さを理解させるなど無理な話だ。

「やります。やればいいんでしょ。」

少し苛立った気持ちのまま、受け取ったカードに書かれた生年月日を占っていく。

「1つだけ質問しても…?」

「内容による。」

「この人物は男性ですか?女性ですか?」

「女性だ。」

占いの結果が出るまでに、この空間に響いたやり取りはそれだけだった。

セリーナは導き出した結果を一通り書き出した。

「どうだ?」

ふーっと息を吐きながら、手を止めたセリーナにリードは待ちくたびれたとばかりに尋ねた。

「この方は運命数4。安定を意味します。4の持つ色でもあるグリーンが示す通り、癒しの色でもあるので、その存在は周囲の癒しとなります。誠実で堅実。融通の効かない頑固な面もありますが、基本的には協調性も強い人物なので自分が折れて人に合わせるでしょう。王城に仕える方であれば、皆からの信頼は厚く、家庭に入れば良妻賢母と言った感じでしょうか。」

セリーナが一息にいい終わると、リードとコーエンは目を見合わせて頷き合った。

外すはずは無いと分かっていても、セリーナはそんな2人の反応にホッと胸を撫で下ろした。

「他にも…何かわかる事はありすか?」

コーエンが前のめりにそう聞いた。
こんな彼は短い付き合いではあるが初めて見た…と少し意外に思いながらも、セリーナは占い結果の紙に視線を落とした。

「人の運勢は決まったサークルによって1年周期で回っています。
1.始まりの年
2.調和の年
3.創造の年
…後は省きますが、一部例外を除いて、人はこういった9種類の年を1サークルとして繰り返します。多少のずれ込む事はありますが、基本的にはその人の誕生日を基準として1年とします。この方の昨年、今年、来年を占ってみました。」

「それで!?」

今度はリードまで身を乗り出す。
占い結果の紙を奪いかねない勢いにセリーナは驚きながらも続きを説明した。

「昨年は非常にいいです。何かを達成する年でした。今まで頑張って来た事の成果が実ったのではないですか?」

リードとコーエンにそう問い掛ければ、2人は目を合わせて考え込んだ。
そこには何か思い当たる事があるのだろう顔をしている。

しかし、何かを答える様子のない2人にセリーナは先を進める事にした。

「今年は一転、解放の年です。何からの解放なのか…までは人物像がわからないので、今は占えていません。本来であれば、別れや退官のある年です。」

ゴクリと息を飲む音が2人から聞こえて来たが、口を挟む様子はない。

「そして、一番わからないのは来年です。本来であれば9の解放の年の翌年には、1の始まりの年が巡って来ます。ですが、この方は…来年の運勢が非常に不明瞭で…、1…いや、2も見えます。1のサークルが非常に短く終わるのか…始まる事が何も無いと言う事なのか…こんな結果を見たのは初めてです。」

「おい魔女っ!いい加減な事を言うなっ!」

今まで黙っていたリードが突然大声を上げたので、セリーナはビクリと体を震わせた。

「リード殿下。占えと言ったのはこちらです。落ち着いて下さい。」

「しかし…」

コーエンはリードを諫めると、まだ何か言いたそうなリードはそのままに、ゆっくりとセリーナに向き直った。

「セリーナ嬢、貴女の占い…見事でした。見ず知らずの人物について、ここまで言い当てられると、私達は貴女の占いを信じざるを得ないでしょう。」

そうですよね?とコーエンがリード向けば、リードは未だしかめっ面だったがうーんっと唸り声の様な同意を示した。

「貴女の占いを信じるとして…貴女は昨日、私に占いを説明された際に、人生を幸せにする為の技だと仰いましたね?人物像や未来を言い当てるだけでなく、人生を幸せな方向へ導く…と考えていいのでしょうか?」

確かにセリーナは昨日コーエンに占いを説明する時にその様に答えていた。

「ええ…必要な時にその人を勇気付ける色。行くべき場所。身に付けるべき物…そう言った物を使って人生を少しだけ幸せな方に導くわ。」

「そう言って、高価な物を売り付けようという算段かっ!」

リードが声を荒げるが、セリーナはキョトンとした。
今の今まで、そんな事を考えもしなかったからだ。

「いえ…私はアドバイスをするだけで、アイテムの調達はご本人に任せてるの。わざわざ買わなくても、既に持っている様な物が多いけど…クラリスはおまじないって呼んでたわ。」

セリーナの様子や返答に、すっかり失速したリードは、それでもクラリスの名前が出た途端にセリーナをキツく睨んだ。

「おまじない…。セリーナ嬢、折り入ってお願いがあります。先程占って貰った人物をより詳しく占って、そのおまじないとやらをアドバイス頂きたいのです。」

リードの様子などお構いなく、コーエンが口を開いた。
セリーナはリードが何か文句を付けるのでは…と思ったが、彼は無言を決め込んでおり、コーエンの意見に反対する様子は無かった。

それにしても…とセリーナは思った。

それにしても、人を塔に閉じ込めておき、よくもそんなお願いが出来る物だ…。

昨日のコーエンの占い結果からも、彼がそこまで厚顔無恥なタイプだとは思えない。

だが、セリーナの反発などは、続くコーエンの言葉に打ち消される。

「占って貰った人物は、リリア ブルーセル子爵夫人。リード殿下の乳母であり、私の実の母親です。母は現在、体調が優れず寝たきりの状態となっています。」

コーエンの言葉に、セリーナはハッと2人を見遣れば、2人は静かに頷き返して来た。
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