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1章 魔女狩り編
11 伯爵令嬢は子爵夫人と対面する
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リードとコーエンに続いて、塔から出たセリーナは、小さく感動を噛み締めていた。
やっぱり、人間は地に足着けてないとダメなのよ!
2日ぶりの地上に、少しだけ思考がおかしくなっているが、それでもセリーナの感動を小さな物に押し留めたのは、先程コーエンから聞かされた母親の話があったからだ。
「まず母についてですが、人物像は貴女が言い当てた通りです。子爵である父と婚姻前は侯爵令嬢として王城で行儀見習いをしていた事、王女が級友であった事、そして私がリード殿下と同じ年に産まれた事が重なり、リード殿下の乳母を務めておりました。」
セリーナもリードとコーエンが乳母兄弟なのは知っているので、頷いて返した。
「セリーナ嬢の占いで、昨年は何かを達成する年だと仰っていましたね。」
「ええ、何か心当たりはありますか?」
「俺の立太子だろう。」
そこまで黙って話を聞いていたリードが口を開く。
言われてみれば、この皇太子には弟が多く、正式に立太子をしたのは昨年の事だ。
それまでは第一王子と呼ばれていた。
確かに、乳母からすればリードが立太子をしたという事は、一つの大きな成果だろう。
「その事に気が緩んだのか、リリアは昨年の暮れから体調を崩して、みるみる悪化し、今では起き上がるのも辛いほどだ。」
リードの様子から、どれだけ乳母であるリリアの事を慕い、心配しているのかがセリーナにもありありと伝わってくる。
「今年は解放の年。何かが終わる年。そして、来年の運勢が不明瞭だと…セリーナ嬢は仰いましたね?」
コーエンの言葉を聞いて、セリーナは先程自分が言ったことの意味に気付いて、ハッとした…。
意識していなかったとは言え、自分の言ったことが、彼女の死を暗示していた事に…。
「申し訳ありませんっ!私…そんなつもりでは…。」
悲痛に顔を歪める2人に、どの様に謝罪しても許されない気がして、それでもセリーナは必死に頭を下げた。
「謝らないで下さい。先程も言った通り、私達が占って欲しいと頼んで、貴女はその結果を口にしただけです。それに…厳しいという事はお医者様からも言われています。」
辛いはずなのに、セリーナに微笑むコーエン。
そうだ…彼の特性は協調。こんな場面でも気配りの出来る人物なのだ。
セリーナはキュっと胸が締め付けられるのを感じた。
「セリーナ嬢、私の母に会って下さい。もし、母の人生が少しでも幸せな方へと変わるなら…占いだろうが、魔術だろうが…何でも構わないんです。」
あれだけ非科学的なものは信じないと言っていたコーエンから出た切実な言葉だった。
セリーナは自分の占いで何が出来るのだろう…とその責の重大さにギュッと拳を握り締めたが、彼女の中で答えなど元より一択だった。
「何か…少しでもお役に立てるのなら喜んで。」
その様子を見ていたリードが、少しでも早い方がいいと言い、セリーナは2人に続いて2日ぶりに塔から降りたのだった。
来る時にも通った森を抜け、王城の横にあるこじんまりとした入口から中に入った。
入口の造り的に使用人用の出入口なのかもしれない。
セリーナは端の端と言えど、初めて入る王城に周囲をキョロキョロと見回した。
「そんなに珍しいのか?」
先頭を我が物顔で歩くリードが、チラリとセリーナを振り返った。
いや、我が物顔と言うより…王城は王族の物で間違いないのだ。
どちらかと言えば、皇太子がこの様な質素な入口から入る事の方が違和感があるのだが、セリーナの中では皇太子を敬う気持ちなど、とっくに無くなっており、そのお陰でリードの存在に違和感を感じないのだ。
「お城など、私にとっては物語の中の世界ですから。」
「魔女が物語か。」
リードの揶揄う様な口調に、私が物語を読むのはそんなにおかしいのか!と、セリーナは状況も忘れるほどムッと来ていた。
「まぁ、しばらくは城に滞在するのだ。今度改めてもっと煌びやかなエリアも見せてやろう。」
噛みつく寸前にリードから続けられた言葉に、セリーナは瞬時に色々な考えが過ぎった。
しばらくって…解放する話はどうなったのよ。
でも、他のエリアも…って事は、あの塔には戻らなくてもいいのかしら?
「ここは住み込みで働く使用人達の暮らすエリアなのです。私と母もこちらにお部屋を頂いています。」
リードとセリーナの不穏な空気を察したコーエンが速やかに話を逸らした。
言われてみれば、廊下に等間隔に並ぶ扉は使用人達の居住スペースだと言われれば納得だった。
「ですが、ブルーセル子爵邸も王都にあるのでは?」
セリーナは詳しくは知らないが、領地とは別に王都に屋敷を持つ貴族は圧倒的に多く、余程財政が逼迫していない限りは、王都と領地に1軒づつ屋敷を構えるのが常識となっている。
皇太子の乳母を務める子爵夫人が王都に屋敷を持てない程逼迫しているとは考えられないし、赤子ならまだしも、今年で16歳になる皇太子に乳母が住み込みで付きっきりになる必要も無いだろう。
「確かに我が家の屋敷も王都の端にあるにはあるのですが…父や兄は領地にいる事が多く、私も家を開ける事が多い為、寝たきりの母と、年老いた使用人だけを屋敷に残しておくのは不安に思っていたところ、リード殿下がこちらの部屋を貸して下さったんです。」
リードの物言いと違って、コーエンの説明はいちいち納得の行く事ばかりだとセリーナは感心していた。
「体調の悪いリリアをほっておく訳にはいかないからな。城の者達も、皆、リリアを心配していたし。お前に関しては、元から朝から晩まで城に入り浸り…住み着いていたも同然だろう。」
「ええ、リード殿下に振り回されて、帰宅出来ない日も多かったので、城内に部屋を頂けて感謝してます。」
口を挟んだリードに、コーエンがニコニコと言葉を返す。
乳母兄弟になると、皇太子にこの様な口が聞けるのか…。
セリーナは自分が皇太子に対して、たまに敬語を忘れている事など棚に上げて、何故か背筋が寒くなるコーエンの笑顔を見た。
「…着いたぞ。この部屋だ。」
立場が悪くなった所に、丁度目的地に辿り着き、リードはほっと胸を撫で下ろしながら言った。
「リリア、入るぞ。」
それだけ短く告げると、ノックもせずにズカズカと部屋に入って行くリードに、セリーナはどうしていいか分からず、様子を伺っていると、コーエンが後ろから優しくエスコートするように入室を促した。
「まぁ、リード殿下に、コーエン。…そちらのお嬢さんは?」
ベッドに寝た女性が、柔らかな笑みを浮かべて、こちらを見た。
綺麗なアイスブルーの髪を緩く結っており、笑みを浮かべるその頬は、病気のせいか痩せて見える。
日光の明るい部屋にも関わらず、顔色が心なしか青く見える。
「ディベル伯爵家のセリーナと申します。お初お目に掛かります。」
寝たきりでも尚、彼女の品の良さは溢れんばかりに伝わってきて、セリーナも丁寧にスカートの裾を持ち上げ、頭を下げた。
「おい、俺にはそんな挨拶一度もしないじゃないか!」
リードが面白く無さそうに言ったので、セリーナはどうやって、この馬鹿皇太子に今日会った時に挨拶を無視された事を思い出させてやろうか…と、握り拳を握った。
やはり直接刺激を与えるに限る…と思ったようだ。
「リード殿下、女性にそんな言葉遣いはいけません。セリーナさん、初めまして。それで…セリーナさんはリード殿下とコーエン…どちらの恋人なのかしら?」
流石、皇太子の乳母である。
リリアはおっとりとした口調で、誰も言えないようなビックリ発言をして、セリーナの拳を無意識に止めた。
「違いますっ!そんなんじゃありません。」
「何故、俺がこんな魔女など…。」
「母上、揶揄うのもいい加減にして下さい。」
三者三様の反応に、リリアは久しぶりに目を細めて嬉しそうに笑った。
やっぱり、人間は地に足着けてないとダメなのよ!
2日ぶりの地上に、少しだけ思考がおかしくなっているが、それでもセリーナの感動を小さな物に押し留めたのは、先程コーエンから聞かされた母親の話があったからだ。
「まず母についてですが、人物像は貴女が言い当てた通りです。子爵である父と婚姻前は侯爵令嬢として王城で行儀見習いをしていた事、王女が級友であった事、そして私がリード殿下と同じ年に産まれた事が重なり、リード殿下の乳母を務めておりました。」
セリーナもリードとコーエンが乳母兄弟なのは知っているので、頷いて返した。
「セリーナ嬢の占いで、昨年は何かを達成する年だと仰っていましたね。」
「ええ、何か心当たりはありますか?」
「俺の立太子だろう。」
そこまで黙って話を聞いていたリードが口を開く。
言われてみれば、この皇太子には弟が多く、正式に立太子をしたのは昨年の事だ。
それまでは第一王子と呼ばれていた。
確かに、乳母からすればリードが立太子をしたという事は、一つの大きな成果だろう。
「その事に気が緩んだのか、リリアは昨年の暮れから体調を崩して、みるみる悪化し、今では起き上がるのも辛いほどだ。」
リードの様子から、どれだけ乳母であるリリアの事を慕い、心配しているのかがセリーナにもありありと伝わってくる。
「今年は解放の年。何かが終わる年。そして、来年の運勢が不明瞭だと…セリーナ嬢は仰いましたね?」
コーエンの言葉を聞いて、セリーナは先程自分が言ったことの意味に気付いて、ハッとした…。
意識していなかったとは言え、自分の言ったことが、彼女の死を暗示していた事に…。
「申し訳ありませんっ!私…そんなつもりでは…。」
悲痛に顔を歪める2人に、どの様に謝罪しても許されない気がして、それでもセリーナは必死に頭を下げた。
「謝らないで下さい。先程も言った通り、私達が占って欲しいと頼んで、貴女はその結果を口にしただけです。それに…厳しいという事はお医者様からも言われています。」
辛いはずなのに、セリーナに微笑むコーエン。
そうだ…彼の特性は協調。こんな場面でも気配りの出来る人物なのだ。
セリーナはキュっと胸が締め付けられるのを感じた。
「セリーナ嬢、私の母に会って下さい。もし、母の人生が少しでも幸せな方へと変わるなら…占いだろうが、魔術だろうが…何でも構わないんです。」
あれだけ非科学的なものは信じないと言っていたコーエンから出た切実な言葉だった。
セリーナは自分の占いで何が出来るのだろう…とその責の重大さにギュッと拳を握り締めたが、彼女の中で答えなど元より一択だった。
「何か…少しでもお役に立てるのなら喜んで。」
その様子を見ていたリードが、少しでも早い方がいいと言い、セリーナは2人に続いて2日ぶりに塔から降りたのだった。
来る時にも通った森を抜け、王城の横にあるこじんまりとした入口から中に入った。
入口の造り的に使用人用の出入口なのかもしれない。
セリーナは端の端と言えど、初めて入る王城に周囲をキョロキョロと見回した。
「そんなに珍しいのか?」
先頭を我が物顔で歩くリードが、チラリとセリーナを振り返った。
いや、我が物顔と言うより…王城は王族の物で間違いないのだ。
どちらかと言えば、皇太子がこの様な質素な入口から入る事の方が違和感があるのだが、セリーナの中では皇太子を敬う気持ちなど、とっくに無くなっており、そのお陰でリードの存在に違和感を感じないのだ。
「お城など、私にとっては物語の中の世界ですから。」
「魔女が物語か。」
リードの揶揄う様な口調に、私が物語を読むのはそんなにおかしいのか!と、セリーナは状況も忘れるほどムッと来ていた。
「まぁ、しばらくは城に滞在するのだ。今度改めてもっと煌びやかなエリアも見せてやろう。」
噛みつく寸前にリードから続けられた言葉に、セリーナは瞬時に色々な考えが過ぎった。
しばらくって…解放する話はどうなったのよ。
でも、他のエリアも…って事は、あの塔には戻らなくてもいいのかしら?
「ここは住み込みで働く使用人達の暮らすエリアなのです。私と母もこちらにお部屋を頂いています。」
リードとセリーナの不穏な空気を察したコーエンが速やかに話を逸らした。
言われてみれば、廊下に等間隔に並ぶ扉は使用人達の居住スペースだと言われれば納得だった。
「ですが、ブルーセル子爵邸も王都にあるのでは?」
セリーナは詳しくは知らないが、領地とは別に王都に屋敷を持つ貴族は圧倒的に多く、余程財政が逼迫していない限りは、王都と領地に1軒づつ屋敷を構えるのが常識となっている。
皇太子の乳母を務める子爵夫人が王都に屋敷を持てない程逼迫しているとは考えられないし、赤子ならまだしも、今年で16歳になる皇太子に乳母が住み込みで付きっきりになる必要も無いだろう。
「確かに我が家の屋敷も王都の端にあるにはあるのですが…父や兄は領地にいる事が多く、私も家を開ける事が多い為、寝たきりの母と、年老いた使用人だけを屋敷に残しておくのは不安に思っていたところ、リード殿下がこちらの部屋を貸して下さったんです。」
リードの物言いと違って、コーエンの説明はいちいち納得の行く事ばかりだとセリーナは感心していた。
「体調の悪いリリアをほっておく訳にはいかないからな。城の者達も、皆、リリアを心配していたし。お前に関しては、元から朝から晩まで城に入り浸り…住み着いていたも同然だろう。」
「ええ、リード殿下に振り回されて、帰宅出来ない日も多かったので、城内に部屋を頂けて感謝してます。」
口を挟んだリードに、コーエンがニコニコと言葉を返す。
乳母兄弟になると、皇太子にこの様な口が聞けるのか…。
セリーナは自分が皇太子に対して、たまに敬語を忘れている事など棚に上げて、何故か背筋が寒くなるコーエンの笑顔を見た。
「…着いたぞ。この部屋だ。」
立場が悪くなった所に、丁度目的地に辿り着き、リードはほっと胸を撫で下ろしながら言った。
「リリア、入るぞ。」
それだけ短く告げると、ノックもせずにズカズカと部屋に入って行くリードに、セリーナはどうしていいか分からず、様子を伺っていると、コーエンが後ろから優しくエスコートするように入室を促した。
「まぁ、リード殿下に、コーエン。…そちらのお嬢さんは?」
ベッドに寝た女性が、柔らかな笑みを浮かべて、こちらを見た。
綺麗なアイスブルーの髪を緩く結っており、笑みを浮かべるその頬は、病気のせいか痩せて見える。
日光の明るい部屋にも関わらず、顔色が心なしか青く見える。
「ディベル伯爵家のセリーナと申します。お初お目に掛かります。」
寝たきりでも尚、彼女の品の良さは溢れんばかりに伝わってきて、セリーナも丁寧にスカートの裾を持ち上げ、頭を下げた。
「おい、俺にはそんな挨拶一度もしないじゃないか!」
リードが面白く無さそうに言ったので、セリーナはどうやって、この馬鹿皇太子に今日会った時に挨拶を無視された事を思い出させてやろうか…と、握り拳を握った。
やはり直接刺激を与えるに限る…と思ったようだ。
「リード殿下、女性にそんな言葉遣いはいけません。セリーナさん、初めまして。それで…セリーナさんはリード殿下とコーエン…どちらの恋人なのかしら?」
流石、皇太子の乳母である。
リリアはおっとりとした口調で、誰も言えないようなビックリ発言をして、セリーナの拳を無意識に止めた。
「違いますっ!そんなんじゃありません。」
「何故、俺がこんな魔女など…。」
「母上、揶揄うのもいい加減にして下さい。」
三者三様の反応に、リリアは久しぶりに目を細めて嬉しそうに笑った。
応援ありがとうございます!
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