前世占い師な伯爵令嬢は、魔女狩りの後に聖女認定される

皐月 誘

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1章 魔女狩り編

12 伯爵令嬢は子爵夫人を占う

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「じゃあ、セリーナさんはその占いと言う力を使って人を幸せにするお手伝いをしているのね。素敵だわ。」

リードとコーエンから一通り、セリーナの紹介を聞いたリリアは、ふんわりと柔らかな笑みを浮かべた。

いや…占いをそんな特殊能力みたいに言われると…。

セリーナは否定しようかと思ったが、リリアの人の良さそうなニコニコした顔に、結局は何も言えずに言葉を飲み込んだ。

それに、コーエンの説明の最中に挟まれる魔女だの、魔術だの、怪しいだのと言った不本意なリードの言葉を思えば、ポジティブな響きを持つだけ、リリアの方が数倍マシだと思った。

「セリーナ嬢に母上の事を占って貰おうと、今日はこちらへ来てもらいました。」

「まぁ、いいのかしら?私の為に折角来てくれたのに、この様な格好でごめんなさいね。」

背をコーエンが置いた大きなクッションに預けて、何とか起き上がっているリリアに、セリーナは慌てて答える。

「いえ、無理をなさらずに横になっていて下さい!占いは起き上がらなくても出来ますから。」

ベッドの横に置かれた椅子に腰掛ければ、今までよりリリアが近く感じる。
占いにおいて、対象者を感じる事は非常に重要な要素だった。

美しさを保ちながらも、その頬や肩付きは、それが彼女の原型では無いと、ありありとわかるほど痩せこけている。

「ふふふ。近くで見ると、ますます元気になれそうな髪の色ね。綺麗なオレンジ色。ねぇ、リード殿下もそう思いません?」

セリーナがリリアを観察していたのと同じように、向こうもこちらを観察していたのだと思うと、セリーナは思わず髪の毛を撫で付けた。

「やかましい色だ。」

髪色にやかましいと言われても…。
そうは思ったが、セリーナは既にリードの発言に慣れてきており、リリアの前で声を張って言い返すのも憚られたので、沈黙を決め込んだ。

「素直じゃないと、女性に嫌われますよ。」

なおも、楽しそうに笑うリリアを見れば、リードのこの態度は幼い頃から変わらないのかもしれない。

「あの…占いを始めて行きますね。まず…左手を見てもいいですか?」

セリーナがそう口を挟んだのは、リリアにこれ以上褒められるのも、リードにこれ以上けなされるのも、同じくらい疲れると思ったからだ。

「左手ね。はい、お願いね。」

握手でもするかの様に差し出されたリリアの左手を、セリーナは両手で受け止めると、その手のひらをしげしげと覗き込んだ。

「セリーナ嬢、何をしているのですか?」

セリーナの背中越しにその様子を覗き込んだコーエンが不思議そうに声を上げた。
昨日、コーエンを占った時はこんな行為は無かったからだ。

「手のシワに刻まれた運勢を読み取っています。」

セリーナの専門とする数字と色の占いとは異なるが、手のシワを読み取る手相学は同じく過去の膨大なデータによって構築された統計学の一種だ。

専門では無いとは言っても、好んで行うのが数字と色の占いと言うだけで、セリーナはその手相学の知識を十分に持ち、数字と色による占いを補助する意味で、たびたび取り入れていた。

「今から18年前、何か大きな決断をしていますか?そこで運勢の流れが変わって…どちらが良いとか、悪いとかではないけれど、元々描かれていた運命からルートが少し外れてます。」

まだ質問を重ねたいコーエンの様子を背後に感じたが、セリーナ自身がリリアに質問したい事が出来た為、気付かないふりをした。
それに、コーエンの質問に答えるより、実際に手相学を見てもらった方が早い気がしたからだ。

セリーナの言葉に、それまでニコニコと笑っていたリリアが目を丸くした。

占いを言い当てた時によく返される反応だ。
気持ち悪がられるか、信頼されるか…それは相手次第ではあるが、入口はいつでもこの驚きの感情からだ。

「そうね…、息子を…コーエンの兄を出産した年だわ。それでブルーセル子爵家へ嫁いだの。」

「失礼ながら…その時、別の方とご婚約を?」

リリアとコーエンが驚き息を飲んだ。
前者は言い当てられた驚きによるもので、後者は初めて知った情報に対する驚きによるものだ。

リードが大きな反応を示さないのは、元より知っていたのかもしれない。
皇太子が乳母の素性を詳しく知っていても、なんら不思議はない。

「そう…。家が決めた婚約者が居たけど、今の主人と一緒になりたくて…そんな時に主人の子供を身篭ったの。あまり褒められた行為じゃないけれど。」

リリアが慎重に口を開いた。
もしかしたら、コーエンの前で出すべき情報では無かったかもしれない。

セリーナの目的はリリアの過去を暴く事ではなく、リリアのこれからをよくする事だから。
でも、その為には過去をしっかりと見極める事が重要だった。

それに、この後に続く彼女の人生が、いかに幸せなものか…手のシワからも、リリアの表情からも、既に読み取れているセリーナは、コーエンがその事を知っても傷付くとは思えなかった。

「だから…ですね。そこから数年…特に3年間はとても幸せな時期だと出ています。公私ともに充実されてます。」

セリーナがそう告げれば、今まで、何を言われるのかと恐れの混ざっていたリリアの表情から一切の不安が消え、ふんわりと優しい笑みが戻ってきた。

「体調が悪くなられたのは…3年ほど前からですか?」

セリーナも幾分安心した様子で問い掛ければ、不意に沈黙が部屋を包んだ。

あれ…外した?

セリーナがゆっくりとリリアを見れば、その瞳はこちらを真っ直ぐに見返している。

「いえ、母が体調を崩したのは昨年の暮れです。」

コーエンが冷静に訂正をした。
しかし、セリーナもその事は覚えていた。
昨年、皇太子の立太子を見届け、その後体調を崩したと、事前に説明を受けていた。

「寝込むほど体調が悪くなったのは、昨年でしょう。その前から、何処か体調不良を感じるところはありませんでしたか?」

セリーナがコーエンに気を使うようにチラリと視線を向けてから、リリアを見れば、彼女の表情には笑顔が戻っている。

「本当に、何でもお見通しなのね。凄いわ!そうなの…実は3年くらい前から、息切れが激しくて、咳もよく出るようになったの…。」

「母上!本当ですか?」

「そんな事は今まで一度だって言わなかったじゃないか!」

コーエンとリードが驚きの声を上げる。

「息切れくらいで心配を掛けたく無かったのよ。」

そう答えるリリアの表情は相変わらず笑顔だ。
その姿はコーエンとリードに後悔を抱かせないようにと努める母の姿だ。

「それで、いい加減何かいい案は無いのか!?何だ…そのまじないだか、呪いのろいだかってやつだ。」

それでも、やっぱり悔しいのだろう。
リードが八つ当たりとも取れる勢いでセリーナを睨んだ。

そんなに睨まれても…。
しかも、おまじないと呪いじゃ、全く効果が逆じゃない。

セリーナはリードの短慮さに呆れながらも、手元の紙にサラサラと沢山の数字を書き留めて行く。

セリーナは会ったばかりのリリアの人柄に既に惹かれており、リードに怒鳴られずとも、彼女の事を何とかして助けたいと思うようになっていた。

占いで助けるなどと、おこがましい事は分かっているが、それでも自分に出来る限りの事をしたい。

「リリア様の運命数は4。それは緑が保護色と言うことです。緑が表すのはそのまま自然…。」

セリーナはぐるりと室内を見渡した。

「何か部屋に観葉植物を…。」

うーんっと、真剣に考え込んだ後のセリーナの言葉に、リードが勢いよく噛み付いた。

「ふざけるな!そんな物、気休めにもならないだろ!」

気休め…。
確かにその通りかもしれない。
でも自然には元来、人を癒す治癒の力が備わっている。

「リード殿下…、私は試せる事なら何でもやってみたいです。」

何と言ってリードを説得しようか…と考えていたセリーナは、コーエンの声にゆっくり顔を上げた。

リリアを見れば、相変わらずニコニコとした表情で頷いてくれる。

「私も何でもやるわ。セリーナさんの占いは本当に凄かったもの。そのセリーナさんがいいと言うなら、何でも試してみたいわ。」

セリーナはふーっと胸が軽くなる気がした。
人を前向きな気持ちにする…そう、占いにはそういう力があるのだ。

「そうやってクラリスの事も誑かしたのか…。」

…まぁ、こういう物事を一方向からしか見えない者には何を言っても無駄なのだろう。

セリーナは早々にリードを無視しようと決め込むと、意外にもコーエンも同じ考えだったのか、リードの言葉に触れる事なくセリーナの方を向いた。

「セリーナ嬢、他にも何か出来る事はありますか?」

「ええ、食事方法からも緑のエネルギーは取り込めると思う。あと…本当はリリア様に馬車に乗れる体力が有れば、何処か…。コーエン様、ブルーセン子爵領はどんな所なの?」

とりかく、リリアには自然の多い環境が良いのだ。
特に体の弱っている今は。

「自然豊かな事だけが取り柄の小さな田舎町です。」

セリーナの考えが既に伝わっているのか、コーエンは嬉しそうにそう告げた。
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