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3章 疑惑の夜会編
5 伯爵令嬢は外堀を埋められる
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「「セリーナ!」」
コーエンにエスコートされて両親に近付く間に、両親もこちらに近付いて来ていたようで、セリーナはすぐに2人のその暖かい腕に迎え入れられた。
「お父様、お母様…。」
お会いしたかったです。
ご心配をお掛けしました。
お元気ですか?
言わなければならない事が泉の様に湧き上がって、上手く言葉にならない。
「本当に立派になって…。」
「お前が聖女など…夢でも見ているようだ。」
どうやら、それは両親も同じ状況のようだ。
3人はしばらくの間、口数少なく…けれど、心の通い合った時間を過ごした。
「突然、城へ…など、ご心配をお掛けしました。」
「いやいや、ブルーセン子爵令息がお前を保護する前に事前に説明に来てくれていた。城で保護してくれるのであれば、安全であろうと思ってな。それに隣国との国家間の問題と言われれば…ハフトール公爵令嬢と仲良くさせて頂いていたのは知っていたしな。」
本当に無事で良かった。と笑顔で告げる父に、ん??とセリーナはコーエンに視線を向ける。
保護…?魔女狩りではなく…?
しかも国家間の問題…?
失恋の嫌がらせではなく…??
ジーッとコーエンを見れば、言いたい事が伝わったのか、その整った口角をクイッと持ち上げた。
「いくら緊急事態とは言え、ご両親に心配をお掛けする訳には参りませんので。」
非の打ち所がない笑顔で言われれば、目の前の確信犯に言葉も出ない。
そう言う事…。
魔女狩りと言っても、疑いだけの段階で、両親の許可なく勝手に城に連れて行くのは、いくら皇太子でも難しかった…と。
だから隣国との問題だの、保護だのと両親を丸め込んだ…と。
「ディベル伯爵夫妻のご了承も頂いてますので、ご安心下さい。」
初対面の時に馬車でコーエンが言っていた言葉を思い出す。
何がご了承よ…。
視線だけでコーエンを睨めば、まぁまぁと言わんばかりの笑顔で頷かれた。
「それにセリーナがお城に上がってからの事は、定期的にブルーセン子爵令息が知らせてくれていたのよ。」
ねぇ。と笑顔でコーエンを見る母。
完全に信頼しきっている笑顔だ。
「大切なご令嬢をお預かりしているのですから、当然です。」
いつの間に…。
抜け目のないタイプだと言う事は知っていたけど…これは抜け目どころか、綻び一つ無い状況だ。
「まぁ、令息の様なしっかりとした素敵な方が娘の側に居てくれると言うだけで安心ですわ。ところで…2人は…その…ねぇ。」
母が意味深な視線をこちらに向けてくる。
「まぁ、まぁ、こういう事は周りが急かすものではない。なぁ。」
そういう父も、言葉とは裏腹に視線では「どうなんだ?」と雄弁だ。
「その件については…私としてはセリーナ嬢から良いお返事を頂け次第、改めてご挨拶に伺いたいと思っています。」
何のご挨拶ですか…。
これって私の両親との再会ではなくて、コーエン様の就職活動だったの!?
ってか、私が一言も喋らないうちに、急速に外堀が埋まって行く…。
「あの…お父様、お母様、私達はまだそんなんじゃ…。」
「私達ですって。まぁ、テレちゃって。」
ふふふ。と母が嬉しそうに笑う。
「そうだな。こういう時期が一番人から口出しされるのが気恥ずかしい時期だろう。さぁ、そろそろお邪魔になるので私達は行こうか。いやぁ、これで我が家も安泰だなぁ。」
両親はセリーナからすれば完璧な勘違いとも言える訳知り顔で、夜会の人混みの中に消えて行った。
「色々…聞きたいことがあるんですけど。」
両親が完全に見えなくなってから、セリーナは再度コーエンをジロリと見た。
「セリーナ嬢が私に興味を持ってくださるなんて光栄です。」
「いや…あの…分かってるくせに。」
セリーナの言いたい事など全てわかった上で言っているのだから、完全に面白がられている。
「そんな顔をなさらないで下さい。せっかくの夜会なのですから。セリーナ嬢はダンスはお好きですか?一緒に踊って頂けますか?」
全く乱れることのない笑顔でそう言われれば、何を言い返しても勝てる気がしない。
外堀をぐいぐい埋められて焦りこそしたけど、セリーナだって誰よりもリアルにコーエンとの将来を想像していのだ。
それこそ三日三晩、寝不足になる程。
「えぇ、お願いします。」
それに、押されっぱなしでは気が済まないのがセリーナだ。
体を動かすダンスという分野は、令嬢としての嗜みの中でもセリーナにとっては得意分野に当たる。
セリーナだって、少しくらいコーエンをあっと言わせたいのだ。
予想外に嬉しそうなコーエンに手を引かれ、そのまま流れるようにダンスを踊る人の流れに乗り、踊り始める。
「ご覧になって。ブルーセン子爵令息が踊られますよ。」
「お相手は…聖女様ね。確か…ディベル伯爵のご令嬢ですよね。」
「えぇ、私はご挨拶した事はないのですけど…お綺麗な方ですね。」
「それにあのドレスも素敵ですわ。」
周りがザワザワとセリーナやコーエンの名を口にしているが、セリーナ自身は踊りに集中しており、詳しい所までは聞こえていない。
またコーエン様のせいで注目を集めてしまっているわ。
と、その程度に考えており、自分が美しいお褒められているなどはこれっぽっちも考えていない。
「お上手なんですね。」
意外そうに目を見開くコーエンこそ、かなりの腕前だ。
最初の踊りやすいステップから、セリーナの実力を見極めると、徐々に複雑なステップへと難なく移行していく。
その上、この笑顔で喋る余裕さえあるのだ。
「意外ですか?」
私だってやる時はやるのよ!とセリーナは挑戦的にも見える笑みを返した。
「意外…と言うよりは…少し妬いてしまいます。ダンスがお上手と言う事は、それだけ、これまで夜会でお誘いを受けた事が多いと言うことですもんね。」
意図的に耳元に顔を寄せて囁かれるが、それさえもダンスのステップの一つに見せてしまう…コーエンの方こそ、女性の扱いを手慣れている。
「コーエン様の方こそ…いつもその様な事ばかりご令嬢に仰っているんでしょう。」
「まぁ…確かにこれまで…という話では否定出来ませんが…これからはセリーナ嬢だけです。」
囁くようなコーエンの声に、セリーナは顔の熱が上がる。
恥ずかしくて顔を隠そうとしても、ダンスの途中ではそれさえ出来ないのだ。
「また…そんな事を…。」
「私は本気ですよ。これからは他のご令嬢方に、心にも無い世辞は言わないとお約束します。どうか信じて頂けませんか?」
「私に対しても心にも無いお世辞を言うのはやめて下さい。」
「わかりました。お約束します。セリーナ嬢…好きです。貴女と居ると、普段冷静と言われている自分が嘘の様に心が騒ぐのです。」
「約束したそばから、そんなお世辞を…。コーエン様って流れる様に嘘を付けるタイプですよね。」
「嘘ではありません。世辞は言わないとお約束したばかりですから。先程の発言は私の本心です。」
「またまた…」
そこでセリーナはコーエンのあまりにも真剣な表情を間近に受け止め、言葉を切った。
「本気…ですか?」
いや、そんなはずないわ。
セリーナは自分で言った言葉を、心の中で真っ向から否定した。
だって…どこかの嫡男でさえあれば、争奪戦が勃発すると、ご令嬢方が口を揃えて言う…あのコーエン ブルーセン子爵令息よ。
毎日の様に顔を合わせているから忘れていたが、元々は言葉を交わすのも叶わないような…コーエンはそんな物語りの中の登場人物の様な存在なのだ。
ディベル伯爵の家督が目的と言うなら…まだわかるにしても…。
コーエン様が私を好き…?
いやいや、あり得ない。
「もちろん、本気です。先程、陛下に拝謁する際にリード殿下に貴女のエスコートをお譲りしました。それだけの事でも妬いてしまう程、セリーナ嬢の事となると余裕がないのです。私以外には触れさせたくない。本気でお慕いしております。」
「あの…私…えっと…。」
見たことのないような必死な表情で言われれば、流石のセリーナもあり得ない事が現実に起きているのだと認めざるを得ない。
コーエン様が私を…好き…。
「どうか、私と婚約していただけませんか?」
何というタイミングか、丁度ダンスの曲が終わってしまった。
セリーナが無言でここに留まれば留まるほど周囲の注目を集めてしまうだろう事は容易に想像がついた。
思考が追い付かないうちにコクリ…と首を縦に振れば、コーエンが嬉しそうに笑みを深めるのだった。
コーエンにエスコートされて両親に近付く間に、両親もこちらに近付いて来ていたようで、セリーナはすぐに2人のその暖かい腕に迎え入れられた。
「お父様、お母様…。」
お会いしたかったです。
ご心配をお掛けしました。
お元気ですか?
言わなければならない事が泉の様に湧き上がって、上手く言葉にならない。
「本当に立派になって…。」
「お前が聖女など…夢でも見ているようだ。」
どうやら、それは両親も同じ状況のようだ。
3人はしばらくの間、口数少なく…けれど、心の通い合った時間を過ごした。
「突然、城へ…など、ご心配をお掛けしました。」
「いやいや、ブルーセン子爵令息がお前を保護する前に事前に説明に来てくれていた。城で保護してくれるのであれば、安全であろうと思ってな。それに隣国との国家間の問題と言われれば…ハフトール公爵令嬢と仲良くさせて頂いていたのは知っていたしな。」
本当に無事で良かった。と笑顔で告げる父に、ん??とセリーナはコーエンに視線を向ける。
保護…?魔女狩りではなく…?
しかも国家間の問題…?
失恋の嫌がらせではなく…??
ジーッとコーエンを見れば、言いたい事が伝わったのか、その整った口角をクイッと持ち上げた。
「いくら緊急事態とは言え、ご両親に心配をお掛けする訳には参りませんので。」
非の打ち所がない笑顔で言われれば、目の前の確信犯に言葉も出ない。
そう言う事…。
魔女狩りと言っても、疑いだけの段階で、両親の許可なく勝手に城に連れて行くのは、いくら皇太子でも難しかった…と。
だから隣国との問題だの、保護だのと両親を丸め込んだ…と。
「ディベル伯爵夫妻のご了承も頂いてますので、ご安心下さい。」
初対面の時に馬車でコーエンが言っていた言葉を思い出す。
何がご了承よ…。
視線だけでコーエンを睨めば、まぁまぁと言わんばかりの笑顔で頷かれた。
「それにセリーナがお城に上がってからの事は、定期的にブルーセン子爵令息が知らせてくれていたのよ。」
ねぇ。と笑顔でコーエンを見る母。
完全に信頼しきっている笑顔だ。
「大切なご令嬢をお預かりしているのですから、当然です。」
いつの間に…。
抜け目のないタイプだと言う事は知っていたけど…これは抜け目どころか、綻び一つ無い状況だ。
「まぁ、令息の様なしっかりとした素敵な方が娘の側に居てくれると言うだけで安心ですわ。ところで…2人は…その…ねぇ。」
母が意味深な視線をこちらに向けてくる。
「まぁ、まぁ、こういう事は周りが急かすものではない。なぁ。」
そういう父も、言葉とは裏腹に視線では「どうなんだ?」と雄弁だ。
「その件については…私としてはセリーナ嬢から良いお返事を頂け次第、改めてご挨拶に伺いたいと思っています。」
何のご挨拶ですか…。
これって私の両親との再会ではなくて、コーエン様の就職活動だったの!?
ってか、私が一言も喋らないうちに、急速に外堀が埋まって行く…。
「あの…お父様、お母様、私達はまだそんなんじゃ…。」
「私達ですって。まぁ、テレちゃって。」
ふふふ。と母が嬉しそうに笑う。
「そうだな。こういう時期が一番人から口出しされるのが気恥ずかしい時期だろう。さぁ、そろそろお邪魔になるので私達は行こうか。いやぁ、これで我が家も安泰だなぁ。」
両親はセリーナからすれば完璧な勘違いとも言える訳知り顔で、夜会の人混みの中に消えて行った。
「色々…聞きたいことがあるんですけど。」
両親が完全に見えなくなってから、セリーナは再度コーエンをジロリと見た。
「セリーナ嬢が私に興味を持ってくださるなんて光栄です。」
「いや…あの…分かってるくせに。」
セリーナの言いたい事など全てわかった上で言っているのだから、完全に面白がられている。
「そんな顔をなさらないで下さい。せっかくの夜会なのですから。セリーナ嬢はダンスはお好きですか?一緒に踊って頂けますか?」
全く乱れることのない笑顔でそう言われれば、何を言い返しても勝てる気がしない。
外堀をぐいぐい埋められて焦りこそしたけど、セリーナだって誰よりもリアルにコーエンとの将来を想像していのだ。
それこそ三日三晩、寝不足になる程。
「えぇ、お願いします。」
それに、押されっぱなしでは気が済まないのがセリーナだ。
体を動かすダンスという分野は、令嬢としての嗜みの中でもセリーナにとっては得意分野に当たる。
セリーナだって、少しくらいコーエンをあっと言わせたいのだ。
予想外に嬉しそうなコーエンに手を引かれ、そのまま流れるようにダンスを踊る人の流れに乗り、踊り始める。
「ご覧になって。ブルーセン子爵令息が踊られますよ。」
「お相手は…聖女様ね。確か…ディベル伯爵のご令嬢ですよね。」
「えぇ、私はご挨拶した事はないのですけど…お綺麗な方ですね。」
「それにあのドレスも素敵ですわ。」
周りがザワザワとセリーナやコーエンの名を口にしているが、セリーナ自身は踊りに集中しており、詳しい所までは聞こえていない。
またコーエン様のせいで注目を集めてしまっているわ。
と、その程度に考えており、自分が美しいお褒められているなどはこれっぽっちも考えていない。
「お上手なんですね。」
意外そうに目を見開くコーエンこそ、かなりの腕前だ。
最初の踊りやすいステップから、セリーナの実力を見極めると、徐々に複雑なステップへと難なく移行していく。
その上、この笑顔で喋る余裕さえあるのだ。
「意外ですか?」
私だってやる時はやるのよ!とセリーナは挑戦的にも見える笑みを返した。
「意外…と言うよりは…少し妬いてしまいます。ダンスがお上手と言う事は、それだけ、これまで夜会でお誘いを受けた事が多いと言うことですもんね。」
意図的に耳元に顔を寄せて囁かれるが、それさえもダンスのステップの一つに見せてしまう…コーエンの方こそ、女性の扱いを手慣れている。
「コーエン様の方こそ…いつもその様な事ばかりご令嬢に仰っているんでしょう。」
「まぁ…確かにこれまで…という話では否定出来ませんが…これからはセリーナ嬢だけです。」
囁くようなコーエンの声に、セリーナは顔の熱が上がる。
恥ずかしくて顔を隠そうとしても、ダンスの途中ではそれさえ出来ないのだ。
「また…そんな事を…。」
「私は本気ですよ。これからは他のご令嬢方に、心にも無い世辞は言わないとお約束します。どうか信じて頂けませんか?」
「私に対しても心にも無いお世辞を言うのはやめて下さい。」
「わかりました。お約束します。セリーナ嬢…好きです。貴女と居ると、普段冷静と言われている自分が嘘の様に心が騒ぐのです。」
「約束したそばから、そんなお世辞を…。コーエン様って流れる様に嘘を付けるタイプですよね。」
「嘘ではありません。世辞は言わないとお約束したばかりですから。先程の発言は私の本心です。」
「またまた…」
そこでセリーナはコーエンのあまりにも真剣な表情を間近に受け止め、言葉を切った。
「本気…ですか?」
いや、そんなはずないわ。
セリーナは自分で言った言葉を、心の中で真っ向から否定した。
だって…どこかの嫡男でさえあれば、争奪戦が勃発すると、ご令嬢方が口を揃えて言う…あのコーエン ブルーセン子爵令息よ。
毎日の様に顔を合わせているから忘れていたが、元々は言葉を交わすのも叶わないような…コーエンはそんな物語りの中の登場人物の様な存在なのだ。
ディベル伯爵の家督が目的と言うなら…まだわかるにしても…。
コーエン様が私を好き…?
いやいや、あり得ない。
「もちろん、本気です。先程、陛下に拝謁する際にリード殿下に貴女のエスコートをお譲りしました。それだけの事でも妬いてしまう程、セリーナ嬢の事となると余裕がないのです。私以外には触れさせたくない。本気でお慕いしております。」
「あの…私…えっと…。」
見たことのないような必死な表情で言われれば、流石のセリーナもあり得ない事が現実に起きているのだと認めざるを得ない。
コーエン様が私を…好き…。
「どうか、私と婚約していただけませんか?」
何というタイミングか、丁度ダンスの曲が終わってしまった。
セリーナが無言でここに留まれば留まるほど周囲の注目を集めてしまうだろう事は容易に想像がついた。
思考が追い付かないうちにコクリ…と首を縦に振れば、コーエンが嬉しそうに笑みを深めるのだった。
応援ありがとうございます!
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