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3章 疑惑の夜会編

6 皇子の側近は整理する

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真っ赤になりコクリと頷くセリーナに、コーエンは頬が緩むのを感じた。

もちろん、ワザと考える隙もない程に畳み掛けたのだから、彼女が自分の事を好いている…などと誤った自惚れをするつもりはない。

ただ、セリーナから婚約についてイエスと返答を得られた事は事実だ。
貴族では心の伴わない政略結婚などありふれた話だ。
それに、今は心が伴わずとも、これから時間を掛けてゆっくり彼女の気持ちをこちらに向けて行けばいい。

本当はもっとゆっくり…彼女の気持ちを確かめてから婚約を申し込むつもりだった。

けど、この夜会の会場でセリーナに注がれる視線に、立てていた計画が狂ったのを感じた。

「それにしてもお連れのご令嬢のドレスをご覧になって、何て素敵なのかしら。」

「どちらのご令嬢だ?お前、知ってるか?」

「ディベル伯爵家にあんなご令嬢が居たのか。」

「しかも聖女様ですって。陛下や殿下からも信頼されていらっしゃるのね。」

「皇太子殿下と並ばれても見劣りされないなんて…。」

「それどころかお似合いではなくて?」

「後で是非お近付きになりたいな。」

年頃の男女を中心にセリーナに注がれる視線。
中には異性として明らかな好意を孕んだ視線さえもあって…コーエンは自分の計画の甘さに初めて気付いた。

美しく着飾ったセリーナを見たい一心で用意したドレスは、彼女のポテンシャルの高さをここまで見せ付ける結果になったのだ。

国に仕える者としては間違っていない。
セリーナを聖女たらしめる事に成功したのだ。
ただ…コーエン個人としては完全にやり過ぎたと反省している。
わざわざ、余計な虫を増やすつもりなど無かったのだ。

それでも、そんな些細な虫どもなら自分が払い除ければそれで済んだだろう。

実際にセリーナ嬢に下衆い視線を向ける奴らは、例外なく睨み付けて、彼女に手出しは許さない旨を余す事なく伝えていた。

なら、何故ここまで焦って行動を起こしたのか…。

「皇太子殿下と並ばれても見劣りされないなんて…。」

「それどころかお似合いではなくて?」

「ハフトール公爵令嬢が隣国へ行かれてしまったから…今、皇太子殿下の婚約者選定は振り出しに戻ったのでしょう?」

「そうだ、だから我が娘も今日はとびきりめかし込んで連れてきた。」

「まぁ…ご令嬢ですか?卿はご冗談がお上手なのですね。」

クラリス様が隣国に嫁がれてしまい皇太子の婚約者問題が実質白紙に戻った事で、上流貴族達の話題は誰が皇太子の婚約者になるか、そして自分の家がどれだけ甘い蜜を吸えるか…だ。

自分の家に年頃の令嬢が居ない家になると、自分に得のある家…もしくは扱い易い家のご令嬢を…と更に躍起になって牽制し合っている。

政治において特に大きな発言権を持つ訳でも、大きな財力を持つ訳でもないディベル伯爵家の令嬢が、国王陛下と皇太子からの信頼厚く、聖女という称号を賜ったのだ。

彼女を皇太子妃に据えて、自分の思い通りに動かそうと擦り寄る貴族が居てもおかしくない。

コーエンはセリーナだけには気付かれないように、周囲に向かって冷気を含んだ鋭い視線を周りに飛ばした。

彼女を聖女に仕立て上げたのは、他ならぬ自分だ。
でも、それは彼女を醜い政治の世界に巻き込む為じゃない。

コーエンの視線にセリーナに近付ければと様子を伺っていた人集りが、タイミングを改めようと散って行った。

「セリーナ様!」

「わぁ、皆様!ご無沙汰してます。お変わりないですか?」

セリーナの明るい声に周囲を確認すれば、彼女の見知りのご令嬢方に囲まれたようだ。

コーエン自身が直接面識のある令嬢もいれば、例の魔女狩りの日にセリーナとティーテーブルを囲んでいた事により、後日説明の為に訪れた事で面識が生まれた令嬢も居るが、その全てが皇太子妃候補擁立を企てる可能性の低い伯爵家以下の家格のご令嬢だ。

そして本当に嬉しそうなセリーナの様子にコーエンはふっと息を緩めた。

「セリーナ嬢、私は飲み物でも取ってきますので、どうぞ、ご友人方と過ごされて下さい。」

セリーナをご令嬢方の輪の中に優しく押し出せば、控えめながらも甲高い歓声が湧く。
ご令嬢方はクラリスとコーエンの関係を今すぐにでも聞き出さなければと色目に立っている。

「コーエン様、ありがとう。」

そんな周りの反応に気付いてないのか、セリーナはふわりと柔らかい笑みを浮かべて応えた。

普段はハキハキしているし、占いではクラリス様を始め、数々のご令嬢の恋を導いて来た事は知っているが…なぜ、こうも自分のことになると鈍いんだろう。

「皆様、私は席を外しますが、どうぞ私の大切な女性をよろしくお願いしますね。」

コーエンがこう発言すれば、ご令嬢方は皆一様に甲高い歓声をあげながら、お任せくださいと何度も首を縦に振った。
想定通りだ。

そんな中で一人、何事か?と周囲を見回すセリーナの様子があまりにも可愛らしく、本当は一時も離れたくないが…コーエンはこの後の気の重い予定を思い出して、首を横に振りつつ、セリーナを囲む令嬢の群から離れたのだ。


事前に自分で指定した部屋を開けると、中にはピンクのドレスに身を包んだ小柄な先客が居た。

「コーエン様!待ちくたびれましてよ。」

「モニカ嬢…お待たせをして申し訳ございません。」

ソファーから立ち上がったモニカと呼ばれるご令嬢は、その小柄さを遺憾なく発揮した上目遣いでコーエンの前に立った。

「…どうかしまして?あっ、皇太子殿下のご命令で聖女様のエスコートをされていたのですよね。お疲れ様でございました。」

普段であれば、会って一番にその日の装いを褒め、眩しいばかりの笑顔を浮かべてくれるコーエンが、何故か冷ややかな表情で自分を見ている事に、モニカは何か悪い予感から思わず饒舌になった。

「いえ、あれは自分で望んでやった事ですので。」

「えぇ、コーエン様は皇太子殿下の側近を立派に務められていて素晴らしいですわ。本当であれば、私がコーエン様にエスコートして頂きたかったのですが…お役目であれば仕方ありませんもの。」

モニカは冷え切ったコーエンの雰囲気を温めるかのように、彼の手を包み込んだ。
そうすれば、いつもの様に手の甲にキスを贈り、自分の望む様な甘い言葉を掛けて貰えると思いたかったからだ。

だから、バッと手を振り払われた時は思わず言葉を失った。

「申し訳ありませんが、モニカ嬢と個人的にお会いするのはこれで最後に致します。」

そして、次の言葉が出ないうちから、決定的な言葉を突き付けられたのだ。

「なっ…お待ちになって。先日はあんなに素敵な花束まで贈ってくださったのに…それに、私と婚姻を結べば、フェルノッド侯爵の肩書はいずれコーエン様の物になるのですよ!?お父様だってそのつもりで…」

あまりの手のひら返しに言い返してみたが、途中でコーエンから凄まじい冷気を感じて、モニカは言葉を切った。
こんな冷たい表情のコーエンは見た事が無かったのだ。

「確かに…フェルノッド侯爵の広大な領地は魅力的でした。でも、それ以上に欲しいものが出来ましたので。」

「な…何ですの?領地でないなら…お金ですか?それとも人脈?」

これだけ冷たいコーエンに、何とか次の句を繋げたモニカは、令嬢としてはかなり勇ましいだろう。
そして、縁談が白紙に戻れば後がないと言うの焦りもあるだろう。

「もっと貴重で、得難い物です。それに…私はしつこい女性が好きではありません。」

そう言われれば、流石のモニカもそれ以上の言葉は繋げない。

「酷い…ですわ。」

涙と共に、そう一言言い残すと部屋から駆け出して言った。

コーエンはその背中を最後まで見送りこそしたが、その表情には面倒くさいと思っている事を隠す気配さえない。

「まだ1人目…。」

あと何人いるんでしたっけ…?と、手広く婚活を繰り広げていた過去の自分に軽く溜息を吐いた。
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