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3章 疑惑の夜会編
7 伯爵令嬢は絡まれる
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「まさか、セリーナ様とブルーセン子爵令息がその様なご関係だったなんて!」
若草色のドレスに身を包んだドロシー嬢が、先程から皆が口々に言ったセリフを再度なぞった所で、セリーナは心の中で深い溜息を吐き出して、今度こそは…と声を上げた。
「それよりも!ドロシー嬢の恋はどうなったのですか?確か…商家の方でしたよね?お父上のご了承はいただけました?」
久しぶりに顔を合わせる友人達は、セリーナ自身が王城での夜会はデビュタント以来であるのと同様に、珍しい王城での夜会に興奮していた。
伯爵家の中でもディベル伯爵家の様に力の強くない家や、子爵家以下が王城の夜会に招待される事は稀だった。
もしかしたらコーエン様が私に気を遣ってくれたのかも…。
普通なら王城で揃う事のない顔触れを見回し、またコーエンが友人と話す時間を作ってくれる為にわざわざ離席した事を思い出し、セリーナはきっとそうに違いないと確信を深めた。
そして、友人達にとってお城や皇太子など物語の中の存在なのに、仲の良かったセリーナがその物語に入り込み聖女と呼ばれている。
興奮しない方が変だった。
「その件ですわね…。実はお父様にはまだお許しいただけなくて…貴族の娘が商家に嫁ぐなんて許せないみたいです。」
若草色のドレスごとしゅん…と萎んでしまったドロシー嬢に、話題を変えられた事に安心しきっていたセリーナは再び慌てた。
「まぁ、そうなのね。最後にお茶をした時に占いをするって言ってたのに…途中になってしまっていたものね。」
そう、セリーナはまさにその日にリードとコーエンによって魔女狩りにあったのだ。
「まぁ、商家との婚姻ですって。お聞きになりました?」
皆が口々にドロシー嬢を励ます言葉を掛けて居ると、あらぬ方向から笑い声が聞こえ、一同はそちらを振り返った。
「でも、あんなに流行遅れのドレスしか着れないくらいですから、さぞお家が逼迫しているのでしょう。支援目的で商家へ嫁がされるのがお似合いではなくて?」
「本当ですわね。王城の夜会なのに珍しく何年も前に流行ったドレスの集団がいるから、何処の田舎貴族が迷い込んだのかと思えば…例の聖女様と、そのご友人だったのね。」
そこには3人のご令嬢達が、何が楽しいのかオホホホと扇子で口元を隠しているが、その瞳は明らかにセリーナを睨み付けている。
「あれは…アーサフィス侯爵令嬢だわ。」
聞くに耐えない言葉に涙を潤ませるドロシー嬢の肩を抱いたマリアーナ嬢が小さな声で教えてくれた。
他の2人のご令嬢を従えるようにセンターに立つ深紅のドレスのご令嬢を指している事は明白だ。
セリーナと同じ伯爵令嬢であるマリアーナ嬢は、姉妹兄弟が多く、色々な貴族家と縁を結んでいる事で、今ここに集まる誰よりも貴族事情に明るかった。
アーサフィス侯爵令嬢…。
アーサフィス侯爵家と言えば、あまり貴族事情に詳しくないセリーナも聞いた事がある。
とにかく莫大な資産を有し、今の王政においてその発言権は公爵を凌ぐ事もあると言われている。
その一人娘が今、目の前にいるルイーザ アーサフィス侯爵令嬢だ。
社交界の華と呼ばれる彼女が同じ様に派手な印象のご令嬢を引き連れて、セリーナを睨んでいる。
自分が聖女と呼ばれる事を気に食わない人が居るかもしれない。
むしろ、突然現れた伯爵令嬢ごときが聖女だなんて、リード殿下でなくても鼻で笑う状況だ…とセリーナは前々から思っていた。
だから、誰に何を言われても耐えようと決めていた。
でも…とチラリと振り返れば、マリアーナ嬢に隠れる様に、ドロシー嬢が声もなく泣いている。
でも、私の友人にまで酷い事を言われるのは耐えられないわ!
セリーナは意を決して、目の前のアーサフィス侯爵令嬢を睨み付けた。
「まぁ、ご覧になってあの表情。」
「聖女様なのに品のない事。」
「聖女と言っても、所詮田舎の伯爵家のご令嬢ですから。」
またしても3人揃ったかの様な笑い声が上がる。
セリーナはその物言いに奥歯をグッと噛み締めるが、言い返す言葉が出てこない。
いや、言いたい事は山ほどあるが、この場でそのまま発せば、それこそ目上の侯爵令嬢に対する口の聞き方もなっていないとでも、衆人の笑い者にするつもりなのだろう。
「ブルーセン子爵令息もお役目と言えど、こんな田舎者のお世話係など…さぞ大変でしょうね。」
「本当ですわ!私でしたら御免ですもの。」
後ろに控える取り巻きと言えるご令嬢達がこれ見よがしにコーエンの名を出した。
「そんな事おっしゃらないで。コーエン様は真面目な方なのだから。どんなお役目でも立派に務められるわ。」
2人の言葉を引き継ぎ、嬉しそうにコーエンの名を呼ぶアーサフィス侯爵令嬢の様子に、セリーナは何かモヤモヤとした感情が心の中に芽生えたのを感じた。
「そうですわね!流石、ルイーザ様。ブルーセン子爵令息の事を誰よりも分かっていらっしゃるわ。」
「まもなくご婚約ですものね!お二人が深い仲なのは社交界では周知の事ですわ。ブルーセン子爵令息ほどの方が、気の迷いなど起こすはずありません。」
お前の付けいる隙などないのだと、声高に言われれば、先程までの舞い上がった気持ちも一瞬で萎んでしまう。
「気の迷いだなんて…、コーエン様がお優しいからって、田舎者が勝手に勘違いをしただけでしょう。そんな勘違いを出来るほど面の皮が厚いなんて…。」
「まぁ、流石に無知な田舎貴族でも、ブルーセン子爵令息がアーサフィス侯爵家に婿入りする事がどれだけ有意義な事かは説明せずともわかるでしょう。」
いいように言われっぱなしのセリーナを、アーサフィス侯爵令嬢は再度キッと睨み据えた。
「コーエン様は将来、皇太子殿下とこの国を支えていくお方よ。貴方の様な社交界の右も左も分かっていない分際で、コーエン様の将来を邪魔するような事があれば、許さなくってよ。」
もう…やめて…。
自分でも恥ずかしくなるような勘違いなら、彼女達がコーエンの名を出した時点で、アーサフィス侯爵令嬢と並び立つコーエンの姿を想像した時点で、セリーナは既に気付いていた。
周囲の状況の変化で、身に付けたドレスで…まるで自分まで立派になった様な気がしてた。
自分も物語の中の…そちら側の登場人物になれたような気がしていた。
心ない言葉から友人の一人も守れなくて…何が聖女か…。
恥ずかしさから、セリーナはただ俯き唇を噛み締めた。
頭上からは、そんなセリーナを面白がるような笑い声が響き続けている。
もう…やめて…。
「あらあら。幼馴染の私からしたら、貴女も彼の事など何も分かっていないけど…。それにそんなに品がない笑いで会場の注目を集めるなんて、社交界なマナーもご存知ないのは貴女の方でなくて?見ているこちらが恥ずかしくなってしまうわ。」
俯いたセリーナの耳に、コロコロと鈴の転がるような笑い声が聞こえた。
聞き馴染みのあるその声に、セリーナはゆっくりと顔を上げた。
「…ハフトール公爵令嬢…。」
「ルイーザ嬢、ご無沙汰しておりますね。相変わらず艶やかな装いだわ。予定より早く到着出来たので…少しでも早く友人に会いたくて会場に参りましたの。ルイーザ嬢の艶やかなドレスが目印になって、大切な友人を早く見つける事が出来ました。御礼申し上げますね。」
「…あの…いえ、これは…。」
先程までのアーサフィス侯爵令嬢の勢いは何処へ行ってしまったのか…。
セリーナがゆっくりと顔を上げれば、視線の先にニコニコと柔らかな笑顔のクラリスが立っている。
薄いピンクのシンプルなドレスに、皇族女性とその婚約者のみに許されるティアラを頭に輝かせて。
「クラリス…。」
彼女こそ、セリーナの知っている物語の中の本物のお姫様だ。
いや、もうこのタイミングでの登場はむしろ王子様かもしれない。
その笑顔だけで場の空気を支配したクラリスは、より一層笑顔を深めてセリーナを見た。
「セリーナ、会いたかったわ!聖女就任おめでとう。」
その花が綻ぶような笑顔に、セリーナは凍りついていたその場の空気が温かく解れていくのを感じていた。
若草色のドレスに身を包んだドロシー嬢が、先程から皆が口々に言ったセリフを再度なぞった所で、セリーナは心の中で深い溜息を吐き出して、今度こそは…と声を上げた。
「それよりも!ドロシー嬢の恋はどうなったのですか?確か…商家の方でしたよね?お父上のご了承はいただけました?」
久しぶりに顔を合わせる友人達は、セリーナ自身が王城での夜会はデビュタント以来であるのと同様に、珍しい王城での夜会に興奮していた。
伯爵家の中でもディベル伯爵家の様に力の強くない家や、子爵家以下が王城の夜会に招待される事は稀だった。
もしかしたらコーエン様が私に気を遣ってくれたのかも…。
普通なら王城で揃う事のない顔触れを見回し、またコーエンが友人と話す時間を作ってくれる為にわざわざ離席した事を思い出し、セリーナはきっとそうに違いないと確信を深めた。
そして、友人達にとってお城や皇太子など物語の中の存在なのに、仲の良かったセリーナがその物語に入り込み聖女と呼ばれている。
興奮しない方が変だった。
「その件ですわね…。実はお父様にはまだお許しいただけなくて…貴族の娘が商家に嫁ぐなんて許せないみたいです。」
若草色のドレスごとしゅん…と萎んでしまったドロシー嬢に、話題を変えられた事に安心しきっていたセリーナは再び慌てた。
「まぁ、そうなのね。最後にお茶をした時に占いをするって言ってたのに…途中になってしまっていたものね。」
そう、セリーナはまさにその日にリードとコーエンによって魔女狩りにあったのだ。
「まぁ、商家との婚姻ですって。お聞きになりました?」
皆が口々にドロシー嬢を励ます言葉を掛けて居ると、あらぬ方向から笑い声が聞こえ、一同はそちらを振り返った。
「でも、あんなに流行遅れのドレスしか着れないくらいですから、さぞお家が逼迫しているのでしょう。支援目的で商家へ嫁がされるのがお似合いではなくて?」
「本当ですわね。王城の夜会なのに珍しく何年も前に流行ったドレスの集団がいるから、何処の田舎貴族が迷い込んだのかと思えば…例の聖女様と、そのご友人だったのね。」
そこには3人のご令嬢達が、何が楽しいのかオホホホと扇子で口元を隠しているが、その瞳は明らかにセリーナを睨み付けている。
「あれは…アーサフィス侯爵令嬢だわ。」
聞くに耐えない言葉に涙を潤ませるドロシー嬢の肩を抱いたマリアーナ嬢が小さな声で教えてくれた。
他の2人のご令嬢を従えるようにセンターに立つ深紅のドレスのご令嬢を指している事は明白だ。
セリーナと同じ伯爵令嬢であるマリアーナ嬢は、姉妹兄弟が多く、色々な貴族家と縁を結んでいる事で、今ここに集まる誰よりも貴族事情に明るかった。
アーサフィス侯爵令嬢…。
アーサフィス侯爵家と言えば、あまり貴族事情に詳しくないセリーナも聞いた事がある。
とにかく莫大な資産を有し、今の王政においてその発言権は公爵を凌ぐ事もあると言われている。
その一人娘が今、目の前にいるルイーザ アーサフィス侯爵令嬢だ。
社交界の華と呼ばれる彼女が同じ様に派手な印象のご令嬢を引き連れて、セリーナを睨んでいる。
自分が聖女と呼ばれる事を気に食わない人が居るかもしれない。
むしろ、突然現れた伯爵令嬢ごときが聖女だなんて、リード殿下でなくても鼻で笑う状況だ…とセリーナは前々から思っていた。
だから、誰に何を言われても耐えようと決めていた。
でも…とチラリと振り返れば、マリアーナ嬢に隠れる様に、ドロシー嬢が声もなく泣いている。
でも、私の友人にまで酷い事を言われるのは耐えられないわ!
セリーナは意を決して、目の前のアーサフィス侯爵令嬢を睨み付けた。
「まぁ、ご覧になってあの表情。」
「聖女様なのに品のない事。」
「聖女と言っても、所詮田舎の伯爵家のご令嬢ですから。」
またしても3人揃ったかの様な笑い声が上がる。
セリーナはその物言いに奥歯をグッと噛み締めるが、言い返す言葉が出てこない。
いや、言いたい事は山ほどあるが、この場でそのまま発せば、それこそ目上の侯爵令嬢に対する口の聞き方もなっていないとでも、衆人の笑い者にするつもりなのだろう。
「ブルーセン子爵令息もお役目と言えど、こんな田舎者のお世話係など…さぞ大変でしょうね。」
「本当ですわ!私でしたら御免ですもの。」
後ろに控える取り巻きと言えるご令嬢達がこれ見よがしにコーエンの名を出した。
「そんな事おっしゃらないで。コーエン様は真面目な方なのだから。どんなお役目でも立派に務められるわ。」
2人の言葉を引き継ぎ、嬉しそうにコーエンの名を呼ぶアーサフィス侯爵令嬢の様子に、セリーナは何かモヤモヤとした感情が心の中に芽生えたのを感じた。
「そうですわね!流石、ルイーザ様。ブルーセン子爵令息の事を誰よりも分かっていらっしゃるわ。」
「まもなくご婚約ですものね!お二人が深い仲なのは社交界では周知の事ですわ。ブルーセン子爵令息ほどの方が、気の迷いなど起こすはずありません。」
お前の付けいる隙などないのだと、声高に言われれば、先程までの舞い上がった気持ちも一瞬で萎んでしまう。
「気の迷いだなんて…、コーエン様がお優しいからって、田舎者が勝手に勘違いをしただけでしょう。そんな勘違いを出来るほど面の皮が厚いなんて…。」
「まぁ、流石に無知な田舎貴族でも、ブルーセン子爵令息がアーサフィス侯爵家に婿入りする事がどれだけ有意義な事かは説明せずともわかるでしょう。」
いいように言われっぱなしのセリーナを、アーサフィス侯爵令嬢は再度キッと睨み据えた。
「コーエン様は将来、皇太子殿下とこの国を支えていくお方よ。貴方の様な社交界の右も左も分かっていない分際で、コーエン様の将来を邪魔するような事があれば、許さなくってよ。」
もう…やめて…。
自分でも恥ずかしくなるような勘違いなら、彼女達がコーエンの名を出した時点で、アーサフィス侯爵令嬢と並び立つコーエンの姿を想像した時点で、セリーナは既に気付いていた。
周囲の状況の変化で、身に付けたドレスで…まるで自分まで立派になった様な気がしてた。
自分も物語の中の…そちら側の登場人物になれたような気がしていた。
心ない言葉から友人の一人も守れなくて…何が聖女か…。
恥ずかしさから、セリーナはただ俯き唇を噛み締めた。
頭上からは、そんなセリーナを面白がるような笑い声が響き続けている。
もう…やめて…。
「あらあら。幼馴染の私からしたら、貴女も彼の事など何も分かっていないけど…。それにそんなに品がない笑いで会場の注目を集めるなんて、社交界なマナーもご存知ないのは貴女の方でなくて?見ているこちらが恥ずかしくなってしまうわ。」
俯いたセリーナの耳に、コロコロと鈴の転がるような笑い声が聞こえた。
聞き馴染みのあるその声に、セリーナはゆっくりと顔を上げた。
「…ハフトール公爵令嬢…。」
「ルイーザ嬢、ご無沙汰しておりますね。相変わらず艶やかな装いだわ。予定より早く到着出来たので…少しでも早く友人に会いたくて会場に参りましたの。ルイーザ嬢の艶やかなドレスが目印になって、大切な友人を早く見つける事が出来ました。御礼申し上げますね。」
「…あの…いえ、これは…。」
先程までのアーサフィス侯爵令嬢の勢いは何処へ行ってしまったのか…。
セリーナがゆっくりと顔を上げれば、視線の先にニコニコと柔らかな笑顔のクラリスが立っている。
薄いピンクのシンプルなドレスに、皇族女性とその婚約者のみに許されるティアラを頭に輝かせて。
「クラリス…。」
彼女こそ、セリーナの知っている物語の中の本物のお姫様だ。
いや、もうこのタイミングでの登場はむしろ王子様かもしれない。
その笑顔だけで場の空気を支配したクラリスは、より一層笑顔を深めてセリーナを見た。
「セリーナ、会いたかったわ!聖女就任おめでとう。」
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