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3章 疑惑の夜会編

8 伯爵令嬢は友人と語らう

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「ここに塔が建っているのは知ってたけど…中がこんな風になってるなんて知らなかったわ。」

クラリスはセリーナの部屋の中を物珍しそうにキョロキョロと眺めた。
部屋でセリーナの帰りを待っていたティナは、セリーナが客人を連れて来た事で、慌ててお茶の準備に向かったので、部屋にはセリーナとクラリスの2人きりだった。

「ねぇ…こんな所に居て大丈夫なの?」

能天気とも言えるテンションで窓からの眺めを確かめているクラリスに、セリーナはさっきから何度目かになる問いを投げ掛けた。

夜会会場に颯爽と現れて、ニコニコとアーサフィス侯爵令嬢を撃退したクラリスは、そのままの笑顔でセリーナに近付くと、まるで元からそう約束していたかの様に言ったのだ。

「久しぶりね、セリーナ!何処かゆっくりお話し出来る場所へ行きましょう。」

「え…でも、クラリスは来たばかりなんでしょ…?」

クラリスは皇太子殿下との婚約を断ったと言う事で、ある意味、セリーナなんかより話題の人なのだ。
そのクラリスが夜会の序盤から居たなら気付かないはずがない。

「大丈夫よ。陛下にはもうご挨拶したから。」

「リード殿下は…?」

聞いてから、セリーナはしまった…と口をつぐんだ。
一連の騒動を見ていた周囲の人達に、一番気になる皇太子殿下の婚約破談騒動の噂の種を蒔いたような物だ。

焦るセリーナとは対照的に、クラリスは全く気に留めた様子もない。

「リード殿下なんて後回しで大丈夫よ!今はセリーナの話が聞きたいわ。他の皆様も良ければ一緒にいかが?何処か城内に部屋を用意して貰いましょう。」

我が国の筆頭公爵家の令嬢にして、隣国の王子妃となるクラリスだ。
彼女が別室でティータイムを設けるとなれば、それに参加するだけでステイタスとなる。
今日夜会に参加しているご令嬢方は何が何でも参加したいと考えるだろう、特に爵位が高くなれば高くなる程。

周囲からそんなギラギラとした欲の様な気配を敏感に感じ取ったマリアーナ嬢はおずおずと口を開いた。

「これ以上ない程、光栄なお誘いではございますが…折角のご帰国なのですから、私共に遠慮せずセリーナ様とお二人でお過ごし下さい。」

直接誘われたマリアーナ嬢が辞退してしまえば、他のご令嬢方に入り込む隙など無いだろう。

セリーナはマリアーナ嬢に申し訳ないと思うと同時に、有難い気持ちで一杯になった。
彼女はそういう心遣いの出来るご令嬢だ。

「まぁ…確か、ラナフィス伯爵令嬢よね?」

クラリスも驚いた顔でマリアーナ嬢を見た後に、綻ぶ様に笑った。
彼女が辞退した真意がわかり、セリーナの様に嬉しい気持ちになっているに違いない。

「ハフトール公爵令嬢に名前を知っていただけているとは思いもしませんでした。どうぞ、マリアーナとお呼び下さい。」

「マリアーナ様!私の事もどうぞクラリスと呼んで下さい。お心遣いに感謝致します。良ければ、お礼に明日の午後にハフトール公爵邸にご招待させて下さい。美味しいお茶菓子をご用意してお待ちしてます!」

クラリスはニコニコとそう言うと、えーっと…と、まだ涙の残るドロシー嬢を見た。

「ニドルート子爵家のドロシーと申します。」

クラリスの瞳が自分を捉えている事に気付いたドロシー嬢は素早くカーテシーを取り、名乗った。

「ドロシー様ね、貴女もお越しになれる?是非、貴女の恋のお話も聞かせて頂きたいわ。」

伯爵令嬢であるマリアーナはともかく、たかが子爵令嬢である自分まで声を掛けて貰えるとは思わず、ドロシーは無言のままに首だけを激しく上下させた。

「じゃあ、今日のところはお言葉に甘えて行きましょうか、セリーナ。そう言えば今は王城で暮らしてるのよね!?セリーナのお部屋にお邪魔してもいいかしら?」

「えっ…うん、それはいいんだけど…あっわ、でも私、コーエン様にエスコートして頂いてて…。」

登場から終始マイペースなクラリスに、セリーナはまだ追い付いていない頭を振り絞って返事をすると、それまでずっとニコニコしていたクラリスがプクっと頬を膨らませて不機嫌なら声を上げた。

「パートナーのくせに、セリーナをこんな目に合わせたコーエンは、後で私がとっちめてあげるわ。」

そして、あれよあれよと言う間に2人で夜会の会場から抜け出して、塔にあるセリーナの部屋へと来たのだった。


「大丈夫よ!ハフトール公爵家も、アドルフ様も私がセリーナと一緒にいる事は知ってるから安心して。」

クラリスは窓からの景色に満足したのか、クルリとこちらを向き直って言った。
アドルフ様とは、クラリスの婚約者であるアドルフ ミルワード殿下で説明されるまでもなく隣国のミルワードの第二王子の事だ。

そう言われて、クラリスが夜会の会場にエスコートも無く来るはずがなく…クラリスをエスコートするとなれば、婚約者のアドルフ ミルワード殿下に決まっているのだ。

まさか…コーエン様だけでなく、隣国の王子までも夜会会場に置き去りにしてきていたなんて…。

セリーナが自分の取り返しの付かないミスに気付き、放心しているうちに、ティナが戻り素早くティーセットを整えてから、また退出して行った。

「とりあえず、座りましょ。アドルフ様の事なら気にしなくて大丈夫よ。私が居なくても勝手に夜会を楽しめる人だから。」

何故か自分の部屋のようにクラリスに誘導されてソファーに座り、セリーナはようやく諦めの気持ちに至った。

「それにしても、本当に久しぶりね。ミルワードでの生活はどう?到着はもう少し遅くなるって聞いてたけど…。」

諦めさえ付けば、目の前にいる友人に聞きたい事も、聞いて欲しい事も沢山あるのだ。

「今日の夜会でセリーナが聖女としてお披露目するって聞いて、急いで来たの。まぁ…お披露目には間に合わなかったけど。でもピンチには間に合ったみたいで良かったわ。」

「あぁ…本当にありがとう。助かったわ。」

「なんでルイーザ嬢なんかに絡まれてたの?セリーナと知り合いだった?彼女…気が強いのは相変わらずね。」

「いえ…彼女とは今日が初対面で、まともに挨拶を交わした事さえないわ。」

アーサフィス侯爵令嬢のこちらを睨む視線を思い出すだけで嫌な気分になり、セリーナは目の前の紅茶をグイッと煽った。

「へぇ…じゃあ、コーエン絡みの私怨って訳ね。」

クラリスがニヤリと意味ありげな笑みを浮かべながらそう言ったので、セリーナは思わず口に残る紅茶をを吹き出しそうになった。

「いや…別に、コーエン様の事は…いや、関係なくは無いけど…。」

取り繕えない程の狼狽えぶりに、クラリスはふふふと笑みを深めた。

「まず、何よりもその話を詳しく聞かせて貰わなくっちゃ。まさか、セリーナとコーエンが…考えもしなかったわ!でも言われてみればお似合いかも?ねぇ、どっちから好きになったの??」

セリーナが動揺すればする程、クラリスは饒舌になった。

お似合い!?
私とあのコーエン様が…?
いやいや、流石に真実をありのまま伝えると私が可哀想な事になるから、クラリスが気を遣ってくれたんだわ。
それにどっちから好きになったの…なんて…それじゃあ、まるで私かコーエン様が相手の事を好きみたいじゃない…。

「どっちからって…そんな…別にどっちもないよ。コーエン様は婿入り出来る家を探してて、私がたまたま一人娘だったってだけよ。」

「え?じゃあ、セリーナは別にコーエンの事は好きじゃないの?」

キョトンとされてしまえば、セリーナも何か変な事を言っただろうかと、自分の発言を振り返る。

私が…コーエン様の事を好きかって…?

「何か…話が先に先にって勝手に進んで、好きとか考えてなかったわ。確かに結婚相手としては申し分ない…とは思ったけど。」

セリーナは自信が無くなって、どんどん声が小さくなっていた。

「そっか。確かに家の為に結婚するって考えもあるわよね。私達、貴族だしね。でも、私はセリーナの占いに後押しされて…本当に好きだと思える人と一緒にいられる嬉しさを知ってるから、セリーナにもそういう人と一緒になって欲しい。…って、少し押し付けがましいかしら?」

クラリスの言葉にセリーナがゆっくり顔を上げると、クラリスが一つ頷いてから、続きの言葉を紡いだ。

「まぁ、私はセリーナがどんな選択をしたって、一番に応援するわ!セリーナが私にそうしてくれたみたいに。」

「クラリス…ありがとう。」

「まだ何もしてないわ。あっ、占いは?コーエンとの相性はどうなの?」

その方法があったじゃない!とクラリスが手に持つカップを勢いよくソーサーに置いたので、セリーナも一緒になって驚いてしまった。

「あ…、そう言えば占って無かったわ。」

まさか自分と誰かの相性を占おう等とは考えもしなかった。
セリーナはそう考えて、リードの顔が頭をよぎった。

自分と一番相性のいい相手…。

「もう、セリーナったら自分の事となるとウッカリなんだから。じゃあ、早速占ってみましょうよ!」

クラリスの明るい声に、セリーナは頭からリードの存在を追い出すかのように頭を振った。

そもそもリード殿下は、目の前にいるクラリスの事が好きなのだ。
失恋の八つ当たりで、私を魔女狩りするくらいに…。

コーエンとの事を占うはずが、何故かクラリスとリードの事ばかり考えている。
このモヤモヤした気持ちが何なのか、セリーナは適切な名前を付けられずにいた。
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