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4章 事件解決編

6 伯爵令嬢は事件の真相を知る

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「来たか。急に呼び出して悪かったな。座ってくれ。」

セリーナがノックの後に、執務室内に入ると、リードは書類から視線を上げずに言った。
執務机に山積みになっている書類の量がいつものそれに増して多いところを見れば、どうやら多忙と言うのも嘘では無いらしい。

「失礼します。」

セリーナが既に定位置となりつつあるソファーに腰掛けると、メイドが素早くセリーナの前にお茶を準備した。

どうやら、この部屋の主は書類から視線を上げる暇はないが、それでも一応、セリーナをもてなす気があるらしいと分かると、セリーナも遠慮なく紅茶を飲みながら、リードのその書類仕事がひと段落着くのを待つ事にした。

別に急いでいるわけでは無いし、むしろこの部屋から出た後は、気の重くなる話し合いが待っていると思えば、いつもは偉そうな皇太子が眉間に皺を寄せて書類仕事に手こずっている姿を観察するのも悪くないと思えた。

ちなみにコーエンは、やはり3人で話し合う時はそこが定位置となっているリードとセリーナの間に位置する壁際に立っていた。

「すまない。急ぎで処理しなくてはいけないものが多くてな…。」

リードがそう言い、目を通していった書類にサラサラと何かを書き込むと、待ち構えて居たかの様に現れた政務官にその書類を渡し、その視線をやっとセリーナへと向けた。
それはセリーナがちょうど紅茶と一緒に用意されたマカロンを一口頬張った所だった。

セリーナは不躾にも観察していた相手が突然こちらを見た事に動揺するが、その口は美味しいマカロンに占拠されており、うまく言葉を紡ぐ事が出来ない。

「本当…数日ぶりに会うが…お前は相変わらずだな。」

リードが気の抜けた様に表情を崩した。
その表情は、先程まで眉間に皺を寄せて書類を睨んでいた人物とはまるっきり別人だ。

「なっ…どういう意味ですか?」

わざわざ確認せずとも、リードの言葉のニュアンスは間違いなくセリーナを小馬鹿にしている物である。

「最後に会った時も、その様に間の抜けな面構えでエクレアを頬張っていただろう。」

今度は思い出したかの様にくっくっと笑うリードに、セリーナは顔を赤くした。

「間抜けではありません!」

「なんだ…褒めていると言うのに。」

「…どこがですか。」

「まぁ、いい。今日呼んだのは、前に占って貰ったアビントン伯爵領の件についての報告だ。」

セリーナは不満顔を浮かべるが、リードはそんな彼女の様子を面白そうに口の端を持ち上げただけだった。

間抜け呼ばわりされたセリーナからすれば、「まぁ、いい。」では無いのだが、今更話を蒸し返す事は大人気ない行為だと、素直に頷いて返した。

「えぇ、それはコーエン様からも聞きました。」

セリーナの返答に、リードも一つ頷くと話を続けた。

「まず、結論から言うと、アビントン伯爵に指示をしていたのは、アーサフィス侯爵である事がわかった。」

「え…?」

セリーナは意外な人物の名前に、一瞬思考を停止させた。

確かにアーサフィス侯爵という名前は、セリーナの思考の大部分を占めていると言っても良かったが、それは娘であるルイーザ アーサフィス侯爵令嬢の事だ。
少なくとも、セリーナの中では、今回のアビントン伯爵領の件と、アーサフィス侯爵令嬢の件は全くの別問題だった。
それこそ、仕事の問題とプライベートの問題と言った明確な隔たりがあったのだ。

「アビントン伯爵は違法にアーサフィス侯爵へ鉄鉱石を売り渡していた。それは量も価格も国の規定に反するものだ。」

「そんな事をして、アビントン伯爵に何のメリットがあるのですか?」

国の定める規定の量や価格は、鉱山が長くその運営が出来るようにと計算され定められている物だ。
それを破って、一時は莫大な利益を享受出来たとしても、それは長く続く物では無いことは、長年鉱山による利益で領を維持してきたアビントン伯爵ならわかっていたはずだ。

「それを今吐かせているところだ。既に両名の身柄は抑えてある。脅されていたにしろ、裏で多くの賄賂を受け取っていたにしろ、違法である事には違いない。アビントン伯爵は領地から鉱山を切り離した上、隠居とするつもりだ。」

隠居…。
と言う事はアビントン伯爵令息がその後を継ぐのかしら…。
でも、鉱山を失ったアビントン伯爵領の運営は厳しいのでは…。

セリーナの考えが顔に出て居たのか、リードは溜息混じりに補足した。

「罰なのだから、仕方ないだろう。それが嫌なら、爵位と領地を返上し、平民としてやっていくしかない。」

セリーナはリードの瞳の力強さに、思わず頷いた。

これは権力という責任を背負う者が、悩んだ末に下した結論だと納得させるに十分な力強さがそこにはあった。

「…そうですね。あの…アーサフィス侯爵は…?」

「そっちは爵位と領地を全て没収する。アビントン伯爵から手に入れた鉄鉱石を、よりによって他国に流していたとなれば逃れようがない。」

今や公爵家をも凌ぐ力を持つと言われるアーサフィス侯爵家を…。

でも、仕方のない事だろう。
鉄鉱石はそれだけ貴重だ。建築などの分野で重宝するのは勿論だが、その用途の最たる物が武器である事は、セリーナも知っている。

他国に違法に鉄鉱石が大量に流れていたと言う事は、それだけ世界で戦争が起こる可能性が増していたという事だ。

このグリフィス王国が直接戦争に巻き込まれ無くとも、大量の武器となった鉄鉱石の出所が我が国だとなれば、それだけで責任を問われるだろう。

セリーナはリードの執務机の上に山の様に積まれている書類の理由がわかった気がした。

「あの…アーサフィス侯爵令嬢は…?」

「侯爵令嬢?…あぁ、お前とは因縁があったな。」

セリーナは口に出してから、これは今聞くべき事では無かったと慌てて口を噤むが、それは既に手遅れだった。

「いえ…忘れて下さい。」

「アーサフィス侯爵家が無くなるのだから、彼女も無事ではない。ましてや、今回の件が明るみになった時に一家で国外への逃亡も図っているしな…。どの様な形になるか…まぁ、少なくとも、生涯監視のつく事になるだろう。」

正直、他の処理に追われていて、まだそこまでは考えが及んでいないんだ…とリードは首をすくめて言った。

あのアーサフィス侯爵令嬢が…。

お世辞でも友好な関係だったとは言えないが、それでも知ってる人がそんな事になるなんて…。

「そんな事になっていたなんて…驚きました。」

「アーサフィス侯爵は元々きな臭い動きをして居たから目を付けていたんだ。まさか、ここまでの事をしているとは思って居なかったが…。今回はコーエンがきっちり証拠まで掴んでくれたお陰で、ついに膿を出し切る事が出来た。」

リードの視線を追う様に、セリーナも壁際に立つコーエンを見た。

そうか…。今回の事はアーサフィス侯爵令嬢と親しかったコーエン様が何か証拠を掴まれたのね。

でも…とセリーナは考えた。
好意を寄せた相手をそこまで非情になれるものだろうか?

あの笑顔の下で、コーエンが何を考えているのか、益々わからなくなったセリーナだった。
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