59 / 68
5章 夢の結婚式編
2 皇子は伯爵令嬢と夕食を共にする
しおりを挟む
クラリスの結婚式の為にミルワード王国へ出向いたリードだが、まだ国ではコーエンを始めとした臣下達が鉱山の後処理に追われており、手放しで休暇を楽しむ状況ではなかった。
与えられた部屋に備え付けられている机は持ち込んだ資料で溢れ返っているが、このペースで片付ければ、なんとか最終日には街を散策する時間くらいは作れるだろうか。
街へ連れて行くと約束した時のセリーナの嬉しそうな顔を思い出しながら伸びをした所に、トントンとドアがノックされた。
「夕食のご用意はいかが致しましょうか?」
女性の声が聞こえる。
入り口に護衛を立たせているが、このドアをノックして声を掛けられると言う事は、間違いなくこの城の侍女だろう。
通常、他国の城に滞在するとなれば、その国の王族と晩餐を共にするものだが、今回は結婚式に参加をする為に様々な国から来賓がある。
そんな中で一ヶ国のみと晩餐を共にする訳にもいかないという事情があり、今日の夕食は部屋か、もしくは解放された晩餐室で取る様にと事前に説明を受けていた。
その代わり、明日の結婚式の後は来賓全員が参加する晩餐会が開かれるのだ。
「すぐに運んでくれ。」
手短に答えた後に、リードは少し考えて付け足した。
「…隣の部屋の分もこちらに頼む。」
テーブル越しに座ったセリーナは、何とも複雑な表情をしていた。
「私、晩餐室で頂く予定だったのですが…。」
我が国の国民で、俺が夕食に誘ってここまで露骨に嫌そうな顔をするのはこいつくらいだろうな。
リードはふんっと鼻を鳴らした。
別に嫌な気はしない。
それどころか、セリーナのそういう裏表の無いところを好ましいとさえ思っている。
「お前みたいなマナーの怪しい者を一人で晩餐室に行かせる訳がないだろう。グリフィス王国の名に泥を塗るつもりか。」
「なっ、私だって食事のマナーくらいちゃんと出来ます!」
セリーナがムキになる様子が見たくて、わざわざ揶揄っただけで、リードはセリーナのマナーに問題がない事は知っている。
セリーナの教育に付けた教師達からもマナーに関しては問題ないと報告を受けているし、実際に接していてもセリーナの行動で気分を害される事などほとんどないからだ。
「それに様々な国から人々が集まっているのだ。余計な虫が集ってはいけないからな。」
リードは自分の発言にキョトンと目を丸くするセリーナを見て、初めて自分の発言の内容を意識した。
なっ…何がいけないと言うのだ。
別にこいつが何処の王侯貴族に言い寄られようと、俺には関係ないだろ…。
「…そんな事があっては、コーエンに悪いと言う意味だっ!」
何とか捻り出した言い訳に、セリーナは今度は困惑の表情を浮かべたので、リードは薄々気付いていた事を敢えて確認する事にした。
「お前…コーエンと喧嘩でもしたのか?」
「…距離を置いて…婚約についても考え直したいと言いました。」
カチャカチャとカタラリーの音に混ざって、セリーナがポツリと呟く様に言った。
上手く行っていない事はセリーナの表情にそのまま書いてあったので、リードはまさか返答があると思っておらず、思わず一瞬たじろいだ。
コーエンが彼女を好いている事は、その態度を見れば明らかだったし、セリーナもコーエンに好意を抱いているのだろうと感じていた。
そんな二人の関係性に変化があったと感じたのはここ数週間の事だった。
まさか、婚約という話まで進んでいるとは予想外ではあったが…。
「…そうか。」
「コーエン様には酷いことをしました。私、自分の気持ちがわからなくなってしまって。」
セリーナがポツリポツリと話す。
彼女は自分に何を求めているのだろう。
懺悔をして楽になりたかったのか、それともコーエンと親しい自分に責めて欲しかったのか…。
残念ながら、そのどちらも与えてやる事が出来ないと、リードは小さく首を振った。
「自分の気持ちがわからない…と言うのも、お前の正直な気持ちなのだろう。その正直な気持ちで向き合ったのなら別にお前が罪を感じる必要はない。」
リードの言葉にセリーナは手元に落としていた視線を上げると、二人は意図せず見つめ合う形となった。
「…俺はお前が条件ではなく、自分の気持ちに従って結論を出したと言うなら、それを羨ましく思う。俺は常に国の事を一番に考え、自分の気持ちは前に出してはいけないと言われて来たからな。」
そうリードは皇太子として生まれ育ち、一見すると欲しいものは何でも与えられている様だが、本当の所は自分で選択出来る物などそう多くは無かった。
常に国の為になる選択をしなければならない。
それが自分に課せられた義務であり、宿命だった。
だから、好き嫌いなどの自分の気持ちは意識しない方が一層気楽だったのだ。
だけど、自分と同じだと思っていたクラリスが、婚約を白紙に戻してまで他の人と婚姻を結びたいのだと言った時、リードはそれまでの自分の中の常識が崩れた様な気がしていた。
そして、前回の夜会で会ったクラリスや、今日の彼女を見て、自分の気持ちに従うと言うのはどう言う気持ちなのだろう…と羨望の気持ちが芽生えていた。
「リード殿下…。」
どこまでリードの立場や気持ちを理解したのかはわからないが、セリーナは悲しそうに眉を寄せた。
こいつにこんな悲しい表情をさせるつもりでは無かったんだが…。
リードはどうやら自分が失言したらしい事に気付き、苦笑した。
「そんな深刻な顔をするな。クラリスなどは俺の事を笑っていたぞ。そう言えばお前に将来の伴侶でも占って貰えばどうかとも言っていた。」
だから、お前も気にせずに哀れな皇太子だと笑えばいいのだと伝えようとして口にした言葉に、セリーナは真剣な表情で言った。
「占い…ますか?」
与えられた部屋に備え付けられている机は持ち込んだ資料で溢れ返っているが、このペースで片付ければ、なんとか最終日には街を散策する時間くらいは作れるだろうか。
街へ連れて行くと約束した時のセリーナの嬉しそうな顔を思い出しながら伸びをした所に、トントンとドアがノックされた。
「夕食のご用意はいかが致しましょうか?」
女性の声が聞こえる。
入り口に護衛を立たせているが、このドアをノックして声を掛けられると言う事は、間違いなくこの城の侍女だろう。
通常、他国の城に滞在するとなれば、その国の王族と晩餐を共にするものだが、今回は結婚式に参加をする為に様々な国から来賓がある。
そんな中で一ヶ国のみと晩餐を共にする訳にもいかないという事情があり、今日の夕食は部屋か、もしくは解放された晩餐室で取る様にと事前に説明を受けていた。
その代わり、明日の結婚式の後は来賓全員が参加する晩餐会が開かれるのだ。
「すぐに運んでくれ。」
手短に答えた後に、リードは少し考えて付け足した。
「…隣の部屋の分もこちらに頼む。」
テーブル越しに座ったセリーナは、何とも複雑な表情をしていた。
「私、晩餐室で頂く予定だったのですが…。」
我が国の国民で、俺が夕食に誘ってここまで露骨に嫌そうな顔をするのはこいつくらいだろうな。
リードはふんっと鼻を鳴らした。
別に嫌な気はしない。
それどころか、セリーナのそういう裏表の無いところを好ましいとさえ思っている。
「お前みたいなマナーの怪しい者を一人で晩餐室に行かせる訳がないだろう。グリフィス王国の名に泥を塗るつもりか。」
「なっ、私だって食事のマナーくらいちゃんと出来ます!」
セリーナがムキになる様子が見たくて、わざわざ揶揄っただけで、リードはセリーナのマナーに問題がない事は知っている。
セリーナの教育に付けた教師達からもマナーに関しては問題ないと報告を受けているし、実際に接していてもセリーナの行動で気分を害される事などほとんどないからだ。
「それに様々な国から人々が集まっているのだ。余計な虫が集ってはいけないからな。」
リードは自分の発言にキョトンと目を丸くするセリーナを見て、初めて自分の発言の内容を意識した。
なっ…何がいけないと言うのだ。
別にこいつが何処の王侯貴族に言い寄られようと、俺には関係ないだろ…。
「…そんな事があっては、コーエンに悪いと言う意味だっ!」
何とか捻り出した言い訳に、セリーナは今度は困惑の表情を浮かべたので、リードは薄々気付いていた事を敢えて確認する事にした。
「お前…コーエンと喧嘩でもしたのか?」
「…距離を置いて…婚約についても考え直したいと言いました。」
カチャカチャとカタラリーの音に混ざって、セリーナがポツリと呟く様に言った。
上手く行っていない事はセリーナの表情にそのまま書いてあったので、リードはまさか返答があると思っておらず、思わず一瞬たじろいだ。
コーエンが彼女を好いている事は、その態度を見れば明らかだったし、セリーナもコーエンに好意を抱いているのだろうと感じていた。
そんな二人の関係性に変化があったと感じたのはここ数週間の事だった。
まさか、婚約という話まで進んでいるとは予想外ではあったが…。
「…そうか。」
「コーエン様には酷いことをしました。私、自分の気持ちがわからなくなってしまって。」
セリーナがポツリポツリと話す。
彼女は自分に何を求めているのだろう。
懺悔をして楽になりたかったのか、それともコーエンと親しい自分に責めて欲しかったのか…。
残念ながら、そのどちらも与えてやる事が出来ないと、リードは小さく首を振った。
「自分の気持ちがわからない…と言うのも、お前の正直な気持ちなのだろう。その正直な気持ちで向き合ったのなら別にお前が罪を感じる必要はない。」
リードの言葉にセリーナは手元に落としていた視線を上げると、二人は意図せず見つめ合う形となった。
「…俺はお前が条件ではなく、自分の気持ちに従って結論を出したと言うなら、それを羨ましく思う。俺は常に国の事を一番に考え、自分の気持ちは前に出してはいけないと言われて来たからな。」
そうリードは皇太子として生まれ育ち、一見すると欲しいものは何でも与えられている様だが、本当の所は自分で選択出来る物などそう多くは無かった。
常に国の為になる選択をしなければならない。
それが自分に課せられた義務であり、宿命だった。
だから、好き嫌いなどの自分の気持ちは意識しない方が一層気楽だったのだ。
だけど、自分と同じだと思っていたクラリスが、婚約を白紙に戻してまで他の人と婚姻を結びたいのだと言った時、リードはそれまでの自分の中の常識が崩れた様な気がしていた。
そして、前回の夜会で会ったクラリスや、今日の彼女を見て、自分の気持ちに従うと言うのはどう言う気持ちなのだろう…と羨望の気持ちが芽生えていた。
「リード殿下…。」
どこまでリードの立場や気持ちを理解したのかはわからないが、セリーナは悲しそうに眉を寄せた。
こいつにこんな悲しい表情をさせるつもりでは無かったんだが…。
リードはどうやら自分が失言したらしい事に気付き、苦笑した。
「そんな深刻な顔をするな。クラリスなどは俺の事を笑っていたぞ。そう言えばお前に将来の伴侶でも占って貰えばどうかとも言っていた。」
だから、お前も気にせずに哀れな皇太子だと笑えばいいのだと伝えようとして口にした言葉に、セリーナは真剣な表情で言った。
「占い…ますか?」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
私、魅了魔法なんて使ってません! なのに冷徹魔道士様の視線が熱すぎるんですけど
紗幸
恋愛
社畜女子だったユイは、気づけば異世界に召喚されていた。
慣れない魔法の世界と貴族社会の中で右往左往しながらも、なんとか穏やかに暮らし始めたある日。
なぜか王立魔道士団の団長カイルが、やたらと家に顔を出すようになる。
氷のように冷静で、美しく、周囲の誰もが一目置く男。
そんな彼が、ある日突然ユイの前で言い放った。
「……俺にかけた魅了魔法を解け」
私、そんな魔法かけてないんですけど!?
穏やかなはずの日々に彼の存在が、ユイの心を少しずつ波立たせていく。
まったりとした日常の中に、時折起こる小さな事件。
人との絆、魔法の力、そして胸の奥に芽生え始めた“想い”
異世界で、ユイは少しずつ——この世界で生きる力と、誰かを想う心を知っていく。
※タイトルのシーンは7話辺りからになります。
ゆったりと話が進みますが、よろしければお付き合いください。
※カクヨム様にも投稿しています。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【書籍化決定】憂鬱なお茶会〜殿下、お茶会を止めて番探しをされては?え?義務?彼女は自分が殿下の番であることを知らない。溺愛まであと半年〜
降魔 鬼灯
恋愛
コミカライズ化決定しました。
ユリアンナは王太子ルードヴィッヒの婚約者。
幼い頃は仲良しの2人だったのに、最近では全く会話がない。
月一度の砂時計で時間を計られた義務の様なお茶会もルードヴィッヒはこちらを睨みつけるだけで、なんの会話もない。
お茶会が終わったあとに義務的に届く手紙や花束。義務的に届くドレスやアクセサリー。
しまいには「ずっと番と一緒にいたい」なんて言葉も聞いてしまって。
よし分かった、もう無理、婚約破棄しよう!
誤解から婚約破棄を申し出て自制していた番を怒らせ、執着溺愛のブーメランを食らうユリアンナの運命は?
全十話。一日2回更新
7月31日完結予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる