転生令嬢は捨てられた元婚約者に微笑む~悪役にされたけど、今さら愛されてももう遅い~

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第5話 裏切りの弟子たち

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春の光が王都の街並みを柔らかく照らしていた。  
リリアーナは王立図書館で得た書類を屋敷の私室の奥に隠し、封印の魔符をかけ終えたばかりだった。  
机の上に積まれた書簡や記録――それはレインフォード公爵家の不正取引を裏づける決定的な証拠。  
けれど、今の彼女にはまだ力も地位もない。武器は知識と冷静さだけだ。  
焦ってはならない、戦うためには味方が必要。  
静かな呼吸を整えながら、リリアーナは自分のこれからの計画を思い描いた。

その日の昼、屋敷には二人の少女が訪れていた。  
若く、まだあどけなさが残る二人の顔──彼女たちはかつてリリアーナが学園時代に面倒を見ていた後輩であり、親しくしていた侍女候補でもあった。  
未来の記憶の中では、この二人こそがセレナに取り込まれ、噂を広める「裏切りの弟子」になる存在だ。  
一度は心から信じ、裏切られ、涙を流した相手。  
彼女たちが今日やって来ることも、すべてリリアーナは知っていた。

「リリアーナ様! こんなに久しぶりにお目にかかれて嬉しいです!」  
先に声を上げたのは、金髪のキティーナ。小柄で明るい性格だが、打算的な一面も持つ。  
もう一人のメイヴィスは控えめな少女で、セレナに取り込まれやすい性格だった。  
「まあ、お二人ともよく来てくださいました。覚えていてくれて嬉しいわ」  
穏やかな声音で迎えながら、リリアーナは完璧な貴族の微笑を浮かべた。  
彼女の瞳には、揺れることのない冷たい光が宿っている。  
「ちょうどお茶の時間ですの。どうぞお掛けになって」  

香り高い紅茶と焼きたてのタルトが並ぶテーブルを囲み、しばし他愛のない話が続いた。  
しかし、やがてキティーナがさりげなく切り出す。  
「そういえば、リリアーナ様。セレナ様の話、もうお聞きになりました?」  
その名を聞いた瞬間、リリアーナの瞳がわずかに冷たく光る。  
「セレナ様、ですか?」  
「はい。あの方、今や王都社交界の花形ですわ。公爵子息エドモンド様からも厚く信頼されているとか……」  
リリアーナは笑みを崩さず、扇を静かに動かす。  
三年前、この噂を耳にした彼女は動揺し、セレナに直接会いに行ってしまった。それが罠だった。  
「そうなのですね。華やかな方だから、皆が好かれるのも頷けますわ」  
まるで関心がないかのような声音。二人の少女がわずかに顔を見合せる。  
「でも……リリアーナ様とエドモンド様の婚約が近いなら、少し心配ですわ。変な誤解がなければよいのですけれど」  
「ええ、私もそう願っております」  
一点の濁りもない声に、キティーナの目が微かに揺れる。  
予想と違う反応に戸惑っているのがわかった。  

リリアーナは静かにお茶を置いた。  
「そういえばあなたたち、もうセレナ様の茶会に参加されたかしら?」  
「え? あ……お招きいただいてはおりますが、まだ……」  
「ぜひ行って差し上げてくださいな。あの方、賑やかなお席が好きだから」  
優雅な笑顔の裏に、どこか鋭い棘が忍んでいた。  
少女たちは感謝の言葉を口にしながら帰っていったが、屋敷の門が閉まると同時にリリアーナの表情から微笑が消えた。  

「来るわね。次の一手は、きっと彼女から」  
呟いて立ち上がる。セレナが動くより先に、その矢を折り返すつもりだった。

***

数日後、王立学園では春の公演の準備が始まっていた。  
リリアーナも名目上、エルヴェール家代表として協賛者に名を連ねている。  
彼女は授業棟の回廊を歩いていた。  
白い制服の少女たちが談笑し、花壇の前では音楽科の生徒が楽器の調整をしている。  
その中にセレナの姿があった。  
真紅のリボンを揺らして、取り巻きたちに囲まれる姿はまるで舞台の主役そのもの。  
だがリリアーナの視線に気づくと、セレナは一瞬だけ微笑みを硬くした。  
「まあ、リリアーナ様。久しぶりだわ」  
「ご機嫌よう、セレナ様。春らしいお召し物、とてもお似合いですわ」  
完璧に礼儀正しく頭を下げた。  

セレナの口元に、見えない緊張の線が浮かぶ。  
三年前、この挨拶の場面では、リリアーナが嫉妬によって声を荒げ、それが周囲の嘲りを生んだ。  
だが今は、逆。  
どれほど挑発されようと、リリアーナの瞳は凪のように静かだ。  
「まあ、ありがとう。あなたも……ええ、とてもお元気そうね」  
「おかげさまで」  
その短いやりとりの間に、周囲の空気が微かに変わる。  
セレナが放ったほんのわずかな敵意が、波紋のように取り巻きたちの間に走った。  
だがリリアーナはさらに穏やかに微笑み、囁くように言った。  
「公演の日、楽しみにしていますわ。きっと素晴らしいお芝居になるでしょうから」  
そして背を向ける。  
その一瞬、セレナの唇が苦く歪むのを背後で感じた。  
彼女の思惑が外れていく音が、確かに聞こえた気がした。  

***

夜。  
リリアーナは書斎で一枚の招待状を手にしていた。  
送り主は──セレナ・フィオリーナ。  
華やかな飾り文字の下には、「親交を深めたい」と律儀に書かれている。  
「もう仕掛けてきたのね。早いわ」  
微笑みながら封を切る。茶会の日程は、ちょうど公演二日前。  
狙いが明白だった。表向きは和解の場、裏では“エドモンドへの誤解を証明する”という口実で罠を張るつもりなのだろう。  
三年前、この茶会の席で、リリアーナは杯に細工された薬を飲み、倒れた。  
「偶然」の一言で済まされたが、あれこそが破滅のはじまりだった。  

——今度こそ、同じ手を逆に返す。  

翌朝、ミリアが心配そうに声をかける。  
「お嬢様、本当にセレナ様の茶会に行かれるのですか?」  
「もちろん。せっかくのお誘いを断ったら失礼でしょう?」  
にっこりと笑うリリアーナに、ミリアは言葉を失った。  
「でも、危険かもしれません」  
「ミリア。危険のない舞台ほど退屈なものはないのよ」  
優しい声に、決して引き返さないという意志が滲む。  
ミリアは唇を噛み、「……わかりました。必ず側におります」とだけ言って頭を下げた。  

***

数日後、セレナ邸の庭園にて。  
白いテントの下には、絹のテーブルクロスと色とりどりの花。  
美しい音楽が流れ、貴族令嬢たちが華やかに談笑している。  
だがその空気の奥には、僅かな毒が潜んでいた。  
リリアーナは静かに入場し、セレナの迎えを受けた。  
「来てくださるなんて思っていなかったわ、リリアーナ様」  
「お誘いをいただいた以上、伺わないわけにはまいりませんもの」  
「まあ、うれしいこと」  
セレナの瞳には笑みの奥で黒い光が宿っている。  
すでに噂を広める準備を整えているのだろう。  

テーブルの上に並ぶカップのひとつに、細工がある。  
珊瑚色の杯は、まるで偶然のようにリリアーナの席の前に置かれていた。  
ミリアがそれを見つめ、心配そうに手を組む。  
リリアーナは微笑んで頷いた。  
そして何気なく隣のメイヴィスのカップとすり替えながら、自然に会話を続けた。  
「ところでセレナ様。最近、王立学園の書庫をご覧になったとか?」  
セレナの肩がぴくりと動く。  
「……ええ、少し調べものをね」  
「素晴らしいことですわ。知識は力ですもの」  
笑みを崩さずに放たれた言葉が、逆にセレナの心を凍らせる。  
その瞬間、メイヴィスが突然カップを口にして顔をしかめた。  
「……苦い……これ、少し……」  
すぐにセレナの侍女が慌てて駆け寄る。  
周囲がざわめき、茶器の検査が行われた。  
「少し薬草が濃すぎたのでしょう」とセレナは苦笑したが、令嬢たちの目は一様に冷たくなった。  
誰もが気づいたのだ、この場に“不自然な一杯”があったことを。  

リリアーナはそっと扇で口元を隠しながら囁いた。  
「まぁ、偶然というのは怖いものですわね」  
セレナの瞳が憤怒に染まり、しかし笑顔を崩せずに凍りついた。  
舞台は整った。  
リリアーナは音もなく立ち上がり、その場を去る。  
庭園を吹き抜ける風が、まるで昔の涙を吹き払うように頬を撫でた。  

「これで第一幕は完了ね」  
呟いた言葉は、春の光の中に溶けていった。  
二度目の人生で、最初の“ざまぁ”が静かに幕を開けたのだった。  

(第5話 了)
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