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第18話 過去を暴く者たち
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ルミナス公爵邸の朝は、重苦しい霧に包まれていた。
前夜の騒動のあとのような緊張がまだ屋敷中に漂っている。
使用人たちは口を閉ざし、マリーでさえ足音を忍ばせながら動いていた。
静寂の中で、報告を待つアランの姿は氷の彫像のようだった。
机の上には幾つもの封書が広げられている。
いずれも他の貴族家からの通達だ。書いてあることは同じ――「王国の再建に協力を申し出たい」「ルミナス家と新たな盟約を」と。
一見すれば友好の申し出だが、裏の意味を知るアランの唇が静かに歪む。
「どいつもこいつも、手のひらを返すのが早い……」
呟く声に冷たい笑いが混じる。
扉がノックされ、セバスチャンが現れた。
「公爵様、例の調査の報告が届きました。」
アランは目を上げる。
「例の、か。」
「はい。王妃陛下と王太子殿下が隠匿していた“秘密会合”の記録、そして……王家の前任顧問が残した個人の日誌です。」
「持ってこい。」
分厚い帳簿と古びたノートが机の上に並べられた。
アランはページを開き、くぐもるような声で読み上げた。
「“エリザベート妃の命により、実験計画は続行。対象は数名に限定。成功すれば王家の血は絶えることがない”……?」
眉間に皺が寄る。
「……実験計画?」
セバスチャンが頷く。
「陛下は“血統の純化”を目的とした非公開の施策を進めていたようです。平民や下位貴族の血を混ぜぬよう、魔導師を雇い、“神聖な選別”と称した研究を行わせていました。」
アランの顔から血の気が引く。
「まさか……」
「しかし、この計画は途中で頓挫したようです。大量の資金を浪費し、実験体の消失が問題になったと。」
空気が凍りついた。
レティシアが持つ血筋――母の出自を理由にしたあの冷遇。
それはただの偏見ではなく、王家が根底で掲げてきた異常な思想によるものだった。
「……あの女は、自分が神だとでも思っていたのか。」
アランの両拳が机を打つ。
鈍い音が響き、机の上の封書が跳ねた。
セバスチャンは慎重に言葉を選びながら続けた。
「さらなる問題がございます。陛下が密かに雇っていた者のひとり、すでに死んだと思われていた魔導師が、今も生存しているとの情報が。」
「生存?」
「北方の山岳地帯で“賢者”と名乗り、王国の再興を説いているそうです。」
「……つまり、王妃の遺した闇が今も息をしている、というわけか。」
アランの目が細く光る。
「一刻も早くその者を見つけろ。逃せば、再び国に災いを呼ぶ。」
「はっ。」
セバスチャンが去ると、部屋に残る静寂が冷たく沈む。
その時、扉が再び開いた。
「お邪魔してもよろしいかしら。」
柔らかな声。振り向いた先に立っていたのはレティシアだった。
淡い青のドレスに白い外套。夜明けの光を背に受け、まるで雪の精のように美しい。
アランは一瞬だけ怒りの影を消すように深呼吸をした。
「入れ。」
レティシアは彼の前に進み出ると、机上の書類を見て眉をひそめた。
「また、危険なことを調べておられるのですね。」
「放っておけるか。お前を苦しめた根は、まだ枯れていない。」
「でも、あなたばかりが傷つく必要はありません。」
「俺がやらねば、誰がやる。」
激しい言葉。しかしレティシアは怯まなかった。
「わたくしも、あなたと同じです。王家の罪が私の名を通して広まるなら、それも受けて立ちます。」
アランは目を閉じる。
「……お前はもう十分に戦った。」
「まだ足りません。」レティシアの声は震えていなかった。
「母のことも、王妃陛下の実験も……真実を知らなければ、王国は再び同じ過ちを繰り返します。」
彼女がページをそっと手に取る。
古びた紙から漂う焦げ臭い匂い――かつての罪の証。
「公爵様、これを暴くには王都だけでは足りません。北方に残る貴族領を調べるべきです。」
「なぜそう思う。」
「王太子殿下の養育記録が語っていました。彼は幼少の頃、毎年春になると“母上が会いに行く場所”があったと。記録には王妃陛下の出没先として、北の修道院の名前が残っています。」
「……北の修道院。」
「はい。王妃が流されたのも同じ地方です。不自然でしょう?」
その言葉に、アランの目が細められる。
「つまり、あの女がまだ何かを仕組んでいる可能性がある。」
「ええ。陛下が持っていた“実験計画”の続きが、修道院で行われているのかもしれません。」
二人の視線が交わる。沈黙が塊になって落ちる。
アランは立ち上がった。
「北へ行く。準備しろ。」
「それでは――」
「お前も来い。」
レティシアの瞳が揺れた。思わぬ言葉に一瞬息を呑むが、すぐに微笑む。
「はい。」
────
出発はその日の夕刻に決まった。
王都の門を出ると、冬の風が二人の頬をかすめていった。
馬車の中で、レティシアは窓外に広がる雪景色を見つめる。
長い道のりの中、アランは腕を組み、目を閉じていた。
「北は寒いですよ。暖かい外套をもう一枚持ってこられればよかったのに。」
「心配性だな。寒さには慣れている。」
「氷の公爵、ですものね。」
「その呼び名は好きではない。」
「でも、今はもう違う気がしますわ。あなたは氷ではなく、盾のようです。」
一瞬、アランの顔が柔らぐ。
「盾、か。」
「はい。冷たく見えても、優しさで人を護る盾。」
「……お前は本当に言葉を選ばないな。」
「褒め言葉ですわ。」
馬車が跳ねる。車輪の響きが途切れ途切れに夜の森を渡っていく。
沈黙が落ちた後、アランがぽつりと言う。
「お前は昔、何を信じて生きていた?」
「昔……?」
「王都の令嬢として、虚飾と嘘に囲まれていたときだ。」
レティシアは少し考え、答えた。
「信じていたのは、父の言葉と誇り。そして、“善くあれば報われる”という昔話のような夢です。」
「その夢は壊れたか。」
「壊れましたよ。でも……あなたが拾ってくださった。」
アランは目を伏せる。
窓の外に雪が降り始めた。
そのひとひらひとひらが、白い光を帯びて揺れる。
彼は低く呟くように言った。
「俺は、あの日お前を拾った時から、自分の生き方が変わった。
今まではただ、守るだけだった。だが、お前と共に歩くうちに、初めて“生きたい”と思った。」
レティシアの頬が赤く染まる。
「……この旅の先で、何が待つのでしょうね。」
「闇の中の真実だ。だが、光を信じろ。」
その言葉が終わるとき、馬車は丘の上で止まった。
遠く、雪深い山の麓に灰色の建物が見える。
老朽化した修道院――そこが、王妃エリザベートの“追放先”。
アランが剣の柄を握った。
「ここが、すべての始まりであり、終わりだ。」
風が二人のマントを揺らす。
雪の中、灰色の修道院の尖塔が沈黙を破るように聳えていた。
続く
前夜の騒動のあとのような緊張がまだ屋敷中に漂っている。
使用人たちは口を閉ざし、マリーでさえ足音を忍ばせながら動いていた。
静寂の中で、報告を待つアランの姿は氷の彫像のようだった。
机の上には幾つもの封書が広げられている。
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一見すれば友好の申し出だが、裏の意味を知るアランの唇が静かに歪む。
「どいつもこいつも、手のひらを返すのが早い……」
呟く声に冷たい笑いが混じる。
扉がノックされ、セバスチャンが現れた。
「公爵様、例の調査の報告が届きました。」
アランは目を上げる。
「例の、か。」
「はい。王妃陛下と王太子殿下が隠匿していた“秘密会合”の記録、そして……王家の前任顧問が残した個人の日誌です。」
「持ってこい。」
分厚い帳簿と古びたノートが机の上に並べられた。
アランはページを開き、くぐもるような声で読み上げた。
「“エリザベート妃の命により、実験計画は続行。対象は数名に限定。成功すれば王家の血は絶えることがない”……?」
眉間に皺が寄る。
「……実験計画?」
セバスチャンが頷く。
「陛下は“血統の純化”を目的とした非公開の施策を進めていたようです。平民や下位貴族の血を混ぜぬよう、魔導師を雇い、“神聖な選別”と称した研究を行わせていました。」
アランの顔から血の気が引く。
「まさか……」
「しかし、この計画は途中で頓挫したようです。大量の資金を浪費し、実験体の消失が問題になったと。」
空気が凍りついた。
レティシアが持つ血筋――母の出自を理由にしたあの冷遇。
それはただの偏見ではなく、王家が根底で掲げてきた異常な思想によるものだった。
「……あの女は、自分が神だとでも思っていたのか。」
アランの両拳が机を打つ。
鈍い音が響き、机の上の封書が跳ねた。
セバスチャンは慎重に言葉を選びながら続けた。
「さらなる問題がございます。陛下が密かに雇っていた者のひとり、すでに死んだと思われていた魔導師が、今も生存しているとの情報が。」
「生存?」
「北方の山岳地帯で“賢者”と名乗り、王国の再興を説いているそうです。」
「……つまり、王妃の遺した闇が今も息をしている、というわけか。」
アランの目が細く光る。
「一刻も早くその者を見つけろ。逃せば、再び国に災いを呼ぶ。」
「はっ。」
セバスチャンが去ると、部屋に残る静寂が冷たく沈む。
その時、扉が再び開いた。
「お邪魔してもよろしいかしら。」
柔らかな声。振り向いた先に立っていたのはレティシアだった。
淡い青のドレスに白い外套。夜明けの光を背に受け、まるで雪の精のように美しい。
アランは一瞬だけ怒りの影を消すように深呼吸をした。
「入れ。」
レティシアは彼の前に進み出ると、机上の書類を見て眉をひそめた。
「また、危険なことを調べておられるのですね。」
「放っておけるか。お前を苦しめた根は、まだ枯れていない。」
「でも、あなたばかりが傷つく必要はありません。」
「俺がやらねば、誰がやる。」
激しい言葉。しかしレティシアは怯まなかった。
「わたくしも、あなたと同じです。王家の罪が私の名を通して広まるなら、それも受けて立ちます。」
アランは目を閉じる。
「……お前はもう十分に戦った。」
「まだ足りません。」レティシアの声は震えていなかった。
「母のことも、王妃陛下の実験も……真実を知らなければ、王国は再び同じ過ちを繰り返します。」
彼女がページをそっと手に取る。
古びた紙から漂う焦げ臭い匂い――かつての罪の証。
「公爵様、これを暴くには王都だけでは足りません。北方に残る貴族領を調べるべきです。」
「なぜそう思う。」
「王太子殿下の養育記録が語っていました。彼は幼少の頃、毎年春になると“母上が会いに行く場所”があったと。記録には王妃陛下の出没先として、北の修道院の名前が残っています。」
「……北の修道院。」
「はい。王妃が流されたのも同じ地方です。不自然でしょう?」
その言葉に、アランの目が細められる。
「つまり、あの女がまだ何かを仕組んでいる可能性がある。」
「ええ。陛下が持っていた“実験計画”の続きが、修道院で行われているのかもしれません。」
二人の視線が交わる。沈黙が塊になって落ちる。
アランは立ち上がった。
「北へ行く。準備しろ。」
「それでは――」
「お前も来い。」
レティシアの瞳が揺れた。思わぬ言葉に一瞬息を呑むが、すぐに微笑む。
「はい。」
────
出発はその日の夕刻に決まった。
王都の門を出ると、冬の風が二人の頬をかすめていった。
馬車の中で、レティシアは窓外に広がる雪景色を見つめる。
長い道のりの中、アランは腕を組み、目を閉じていた。
「北は寒いですよ。暖かい外套をもう一枚持ってこられればよかったのに。」
「心配性だな。寒さには慣れている。」
「氷の公爵、ですものね。」
「その呼び名は好きではない。」
「でも、今はもう違う気がしますわ。あなたは氷ではなく、盾のようです。」
一瞬、アランの顔が柔らぐ。
「盾、か。」
「はい。冷たく見えても、優しさで人を護る盾。」
「……お前は本当に言葉を選ばないな。」
「褒め言葉ですわ。」
馬車が跳ねる。車輪の響きが途切れ途切れに夜の森を渡っていく。
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「お前は昔、何を信じて生きていた?」
「昔……?」
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レティシアは少し考え、答えた。
「信じていたのは、父の言葉と誇り。そして、“善くあれば報われる”という昔話のような夢です。」
「その夢は壊れたか。」
「壊れましたよ。でも……あなたが拾ってくださった。」
アランは目を伏せる。
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彼は低く呟くように言った。
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「……この旅の先で、何が待つのでしょうね。」
「闇の中の真実だ。だが、光を信じろ。」
その言葉が終わるとき、馬車は丘の上で止まった。
遠く、雪深い山の麓に灰色の建物が見える。
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