婚約破棄された令嬢は氷の公爵に拾われ、気づけば溺愛されていました~見下してきたあなた、後悔してももう遅いわ~

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第19話 失われた証拠と涙

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山脈の影が長く伸び、日が沈む頃、アランとレティシアを乗せた馬車は北方の修道院へと辿り着いた。  
一面の雪が月光を反射し、静かな白の世界に包まれている。  
修道院は古びた石造りで、壁には蔦が絡まり、半ば廃墟のよう。それでも内部には淡い灯がともっていた。  
二人は門前で馬車を止め、従者たちを下がらせる。  

「ここが、王妃が“追放”された修道院……。」  
レティシアが呟く声は、雪の冷たさに溶けて震える。  
アランは雪を踏みながら頷いた。  
「王族の追放先としては異例だ。表向きは祈りと贖罪のための場所だが、実際には“隠された者”を葬る墓場でもある。」  
「隠された者……?」  
「口を塞ぐべき人間たちだ。王家が不都合な存在を処分する場所として使ってきた。」  
レティシアの胸がひやりと冷えた。母が貴婦人たちの視線に怯えながら過ごしたあの頃――彼女もまた、その“隠された者”の一人だったのかもしれない。  

重い扉を開けると、ひんやりとした空気が肌を刺した。  
中は薄暗く、蝋燭の明かりが細く瞬いている。  
白い修道服を着た数人の修女たちが淡々と祈りを捧げていたが、彼らの姿はどこか人形じみていた。  
アランはそのうちの一人に声をかける。  
「この修道院の院長はどこにいる。」  
「……あなた方は?」  
「王室監査の名において来た者だ。」  
アランの言葉に修女が一瞬だけ顔を上げた。だがすぐに目を逸らし、奥の回廊を指し示す。  
「院長は礼拝堂に。今宵の祈祷を終えたばかりです。」  

二人は導かれるようにして薄暗い礼拝堂に入った。  
そこには年老いた女性が一人、背筋を伸ばして立っていた。  
雪のように白い髪。だがその目は驚くほど鋭く、まるで人の心の奥を読むようだ。  
「……お待ちしておりました。ルミナス公爵様。」  
アランが眉をひそめる。  
「なぜ俺の名を。」  
「王妃陛下はここに来る前、あなたの名を何度も口にされていました。」  

レティシアが息を呑む。  
かつて彼女を破滅の淵へ追いやったあの女が、自分たちの名を呼んでいたという。  
「陛下は、今もこちらに?」  
アランの問いに、院長はかすかに首を横に振った。  
「王妃陛下は一週間前に姿を消されました。」  
「消えた?」  
「雪嵐の夜、何者かが陛下の部屋を荒らし、数冊の記録書が持ち出されていました。足跡は外へ……そのまま行方が分かりません。」  

アランの表情が険しくなる。  
やはりここに来ることを見越して、誰かが先に動いていたのだ。  
「記録書、とは。」  
「王家の歴史を正すためと称して作られた……ですが本当は、“実験計画”の詳細を記した帳簿だと聞いております。」  
「その中に……母の名があったのですね。」  
レティシアが静かに言葉を継ぐ。  
院長は迷うように目を伏せ、やがて小さく頷いた。  
「あなたの母上、セリーヌ・ド・グランベル様は、十五年前、この修道院に運ばれました。」  
「運ばれた……?」  
「王妃陛下の命で。“平民の血が王室を穢す”と。」  

レティシアの膝が震えた。  
あの日、父が母に向かって放った冷たい言葉が耳に蘇る。  
“お前はもう王城には近づくな”――それが王妃の命令だったと。  
「では、母はここで……」  
「ええ、ここで亡くなりました。誰にも知られぬまま、王妃陛下の手で埋葬されたのです。」  

沈黙が落ちた。  
蝋燭の炎が細く波打ち、レティシアの頬を濡らした。  
「そんな……母はずっと、ただ家族と生きたかっただけなのに。」  
アランがそっと肩に手を置く。  
その温もりに、彼女の涙が一気に溢れ出した。  

「陛下の悪行を明かすためには、その帳簿が必要です。」  
院長の声が低く響いた。  
「けれど、それを狙う者が他にもいる。陛下は“賢者”と呼ばれる魔導師にそれを託そうとしていました。」  
「賢者?」  
「王妃陛下の狂信を支えた男。今、北の洞窟で人を集め、“真の血統”を再興すると言って信徒を増やしています。おそらく帳簿はそこに。」  

アランの瞳が鋭さを増す。  
「そこを突けば全てが終わる。」  
「しかし、危険すぎます。」レティシアが首を振った。  
「狂信者が守る場所なら、私たちは――」  
「行くしかない。」  
「でも!」  
アランは静かにレティシアを見つめた。  
「俺が誰のために剣を持つか、分かっているだろう。」  
その言葉に、レティシアは言葉を失う。  

「院長、場所を教えてください。」  
「……北の聖堂跡、凍結谷と呼ばれる場所です。陛下の馬車がその方向に消えるのを見た者がいます。」  
アランは頷き、マントを翻す。  
「礼を言う。」  

────  

修道院を後にし、夜の山道を登っていく。  
雪が強く降り始め、風が肌を刺すように冷たい。  
やがて月が雲を割り、山間に白い光を落とす。  
レティシアは馬車の揺れに耐えながら窓を開けた。外の景色はただの闇。  
「本当に行くのですね。」  
「止めても無駄だと思っているだろう。」  
アランの声はいつものように冷静だが、その瞳の奥で何かが燃えている。  

「あなたはどうして、そこまで……」  
「罪は誰か一人のものではない。俺にも責任がある。」  
「責任?」  
アランは短く息を吐いた。  
「十年前、俺は王妃の指令で“血統の選別任務”を命じられた。平民の出の子供を城から追い出す、それが仕事だった。」  
「まさか……」  
「俺は逆らえなかった。王に従うことが正義だと信じていた。だが今になって思う、あの中にお前の母上もいたかもしれん。」  

レティシアは目を見開いた。  
氷のような男が、誰よりも苦しそうに俯いている。  
「だから、あなたは――」  
「あの頃の贖罪など、いくらしても尽きない。けれどお前に出会って、俺は過去に立ち向かう覚悟を得たんだ。」  
「アラン様……」  
「お前がこの世に生きていることに、救われた。だから今度は俺が全てを終わらせる。」  

その言葉に、レティシアの胸が締めつけられる。  
「……もう一人で背負わないでください。今度は私も一緒に戦います。」  
「駄目だ。」  
「駄目でも、行きます!」  
レティシアの声が夜に響いた。  
アランは静かに目を閉じ、苦笑を漏らす。  
「全く……昔なら、命令に逆らう者などいなかったのにな。」  
「今は令嬢ではなく、一人の女ですから。」  

アランはしばらく沈黙してから、低く呟いた。  
「……分かった。離れるなよ。それだけは命令だ。」  
「はい。」  
レティシアの頬に冷たい風が流れ、涙と雪が混ざった。  
それでもその瞳は、確かに光を宿していた。  

────  

夜半過ぎ、彼らは谷の入り口に辿り着いた。  
月光が雪に反射し、幻想のように美しいが、そこに潜む冷たい気配が二人を無言にさせる。  
崩れかけた聖堂の尖塔が、闇の中で歪んで見えた。  

氷に閉ざされた門扉を見上げながら、アランは呟く。  
「この先に、“証拠”がある。お前の母の名が記された真実もな。」  
レティシアは震える息を吐く。  
「……そして、きっと母の魂も。」  

彼女の言葉を受けて、アランは頷いた。  
雪が風に舞い、夜空の星を覆い隠す。  
凍りついた静けさの中で、二人の足音だけが確かな音を立てる。  

――その先に待つのが救いか絶望か、まだ誰にも分からなかった。  

続く
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