悪役令嬢を追放されたけれど、国一番の公爵様に異例の溺愛をされています

exdonuts

文字の大きさ
4 / 4

第4話 辺境の街と一人の騎士

しおりを挟む
雪原を越え、森を抜けると、ヴァレンシュタイン領の中心都市――ラウゼンの街並みが見えてきた。  
石造りの建物が連なり、冬の風の中でも人々が行き交い、小さな市場の喧噪が響いている。  
王都とは違う。煌びやかさの代わりに、力強い生活の音があった。  
リリアは馬車の窓からその光景を眺め、胸の奥がわずかに高鳴るのを感じていた。  

「辺境だなんて言われるけれど、皆さん逞しく生きておられるのね」  
「そうですね。」隣に座るクレアが頷く。「このあたりの人たちは、公爵様をとても信頼しているそうです。町の治安も良く、魔獣からも守られているとか。」  
「公爵様が……。」

リリアは自然と、公爵の硬い横顔を思い浮かべた。  
厳しく、容赦のない人。けれど、彼の一言には不思議と人を動かす力がある。  
昨日、自分を助けたときの温もりを思い出し、頬がわずかに熱くなる。  
クレアがそんな主人の変化を見逃すはずもなく、口元を隠して小さく笑った。  
「お嬢様、まさか……公爵様を意識してらっしゃる?」  
「な、何を言っているの、クレア! そんなこと……」  
「ふふ、冗談ですよ。でも、お嬢様に笑顔が戻ってきて、本当によかった。」  
その言葉にリリアも少し照れくさそうに微笑む。  
馬車はゆっくりと街の中央広場に入っていった。

広場には屋台や露天、そして武具を並べた店が立ち並んでいる。近くの冒険者や傭兵たちが、武器の手入れを任せたり、領兵たちと情報を交わしたりしている。  
その光景の中に、ひときわ目立つ人物がいた。  
黒い外套を羽織り、剣を腰に下げた若い騎士。  
彼は何かの書類を商人に渡しながら、穏やかな声で責務を果たしているようだ。  
クレアが小声で耳打ちしてきた。  
「あの方は、ヴァレンシュタイン軍の副団長、ディラン様だとか。とても優秀な方で、領民からの信頼も厚いそうですよ。」  
「副団長……。」

ちょうどそのとき、男がふとこちらを振り向いた。  
整った顔立ちに落ち着いた灰青の瞳。そして柔らかく整えられた金髪。  
その視線がリリアに届いた瞬間、一瞬、時間が止まったような気がした。  
ディランは軽く微笑し、礼を取った。  
「もしかして、公爵様のお客様でいらっしゃいますか?」  
リリアは少し戸惑いながらも頷いた。  
「ええ。リリア・エルンストと申します。少し用事があって街を見ているのです。」

「お噂は伺っています。王都を……離れてこられたとか。」  
その言い方には、同情も侮蔑もなかった。  
ただ、事実を確認するような、誠実な声音だった。  
それだけで、リリアは少し救われたような気がした。  
「はい。でも、今では公爵様のご厚意で、この領で暮らしています。」  
「それは何よりです。ヴァレンシュタイン様は厳しい方ですが、領民にとっては信頼に値する殿です。お嬢様がそこにおられるのなら、きっと守られるでしょう。」  
「……ありがとうございます。」

丁寧に頭を下げると、ディランは優しく微笑んだ。  
「……王都では恐らく、真実は語られないでしょう。でもこの地では、努力する者を愚弄する者はいません。どうか安心なさってください。」  
リリアの胸の奥に温かな火が灯る。  
この土地には、王国で失われていた“誠実さ”があった。  
その一瞬の温もりが、彼女を再び前へ進ませる。

すると騒ぎが起こった。  
広場の向こうで、馬が暴れている。荷車が傾き、果物が散乱する。  
悲鳴が上がり、人々が逃げ惑う。  
誰かが倒れかけたその瞬間、リリアは反射的に動いた。  
「危ない!」  
暴れ馬の近くにいた子供を抱きかかえ、地面に転がるように避ける。  
肩に砂と泥がかかったが、構っていられない。  
だが次の瞬間、背後で金属の音が響いた。  
振り返ると、ディランが剣を抜き、馬の手綱を素早くつかみ取っていた。  
鋭い掛け声と共に、馬の首筋を軽く押さえ、見事に静めた。  
彼の動きはあまりに滑らかで、まるで舞うようだった。

ざわめいていた街の人々が、一斉に拍手を送った。  
倒れた子供が泣きながらリリアの腕をつかむ。  
「お姉ちゃん、ありがとう……!」  
「いいのよ、もう大丈夫。」  
リリアが微笑むと、ディランが歩み寄ってきた。  
「お怪我は?」  
「いえ、私は平気です。」  
そう答えると、ディランはリリアの肩口に手を差し出し、軽く払いのけた。  
泥がついた布がふわりと舞う。  
「……その勇気、立派でしたよ。公爵様にも伝えておきます。」  
その言葉に、リリアは思わず頬を赤くする。  
「そ、そんな……ほんの咄嗟のことです。」  
「咄嗟であっても、誰でもできることではありません。」

ディランの言葉は真っ直ぐで、何かを見透かすようだった。  
まるで、自分の中に眠っていた価値を思い出させてくれるように。  
リリアはその視線を受け止めながら、深く息を吐いた。  
「もしよければ、この街の近くにある教会にお立ち寄りください。領民たちの支援にあたっている場所です。お嬢様の力が、きっと役に立ちます。」  
「教会……?」  
「はい。公爵様のご意向で設けられた救援組織のようなものです。領民の生活や教育を助けるための場所でもあります。きっと、王都で学ばれた知識も活きるでしょう。」  
その提案は、リリアにとって思いがけないものだった。  
王太子妃として学んだ礼儀、政治、書類仕事。全て無駄になったと思っていたことが、この地で人のために使えるかもしれない。  
胸の奥に、再び温かな希望が生まれた。

「ありがとうございます。考えてみます。」  
「ええ、ぜひ。」

別れ際、ディランは敬意を込めて頭を下げ、再び街の巡回へ戻っていった。  
冷たい風が吹き、雪がひとひら彼の肩に落ちる。  
その姿を見送りながら、リリアは小さく呟いた。  
「……あの人も、公爵様と同じ目をしている。」  
心の奥のどこかで、確信していた。  
この地の人々は、ただ厳しいだけではない。  
深く傷つき、それでも誰かを守ろうとする者たちだった。  
彼らと共に生きていくなら、きっと自分も強くなれる――そう感じた。

屋敷へ戻る帰り道、リリアはふと馬車の窓から空を見上げた。  
朝に見た灰色の空は、今や薄い青を取り戻している。  
冬の空気の中で、光が淡く滲んでいた。  
あの日、王太子に断罪されたときに見上げた空とは、まるで違う。  
後悔ではなく、希望の匂いがする空。  
リリアは静かに息を吸った。  
この空を、もう恐れない。どんな嵐が来ても、自分の足で立ち向かう。  
その決意を胸に、彼女は小さく微笑んだ。

その頃、屋敷の執務室ではレオンハルトが報告書を読んでいた。  
ユリシーズが控え、静かに言葉をかける。  
「――お嬢様、領民たちとよく馴染んでおられます。副団長からも報告が届いています。」  
レオンハルトは目を細めた。  
「……そうか。」  
「公爵様が思っておられるより、ご令嬢は強い方のようです。」  
しばしの沈黙。  
やがてレオンハルトは、机に視線を戻しながら、かすかに呟いた。  
「……強い、か。」  
その声には、どこか微かな安堵が混じっていた。  
窓の外では雪が舞い、遠くから人々の笑い声が微かに届く。  
それを聞きながら彼は立ち上がり、空を見上げた。  
夕陽が淡く照らすその空の向こうに、確かに新しい風が流れていた。

続く
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

幼い頃、義母に酸で顔を焼かれた公爵令嬢は、それでも愛してくれた王太子が冤罪で追放されたので、ついていくことにしました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 設定はゆるくなっています、気になる方は最初から読まないでください。 ウィンターレン公爵家令嬢ジェミーは、幼い頃に義母のアイラに酸で顔を焼かれてしまった。何とか命は助かったものの、とても社交界にデビューできるような顔ではなかった。だが不屈の精神力と仮面をつける事で、社交界にデビューを果たした。そんなジェミーを、心優しく人の本質を見抜ける王太子レオナルドが見初めた。王太子はジェミーを婚約者に選び、幸せな家庭を築くかに思われたが、王位を狙う邪悪な弟に冤罪を着せられ追放刑にされてしまった。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。 ※他サイト様にも掲載中です

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

22時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない

柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。 目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。 「あなたは、どなたですか?」 その一言に、彼の瞳は壊れた。 けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。 セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。 優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。 ――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。 一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。 記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。 これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。

処理中です...