7 / 7
7
握手
しおりを挟む
7.
図書館が閉館になり、私の足は、いつの間にか研究室へと向かっていた。
ドアをそっと開けると、鳥羽は椅子の上でうとうとしていた。
そういえば……堂本教授もこんな風に、読みかけの本を片手にうとうとしていたっけな、と思い出す。
あの頃は、そんな姿すら愛しくてたまらないものだった。
本当に幸せだったし、最高の恋だったと今なら胸を張って言える。
堂本教授の面影が、またこの部屋に現れても、もう、戸惑わない。
私は鳥羽の元にそ、と近寄って……眼鏡ケースから老眼鏡を取り出すと、それを彼にかけてみた。
やっぱり、なかなかに似合っている。堂本教授にも似ているかもしれない。
思わずくすくす笑っていると、鳥羽が目を覚ました。
少し、寝ぼけている。
「……あ? あぁ、君か──って、うん?」
「その眼鏡、やっぱりアナタが持っていた方がいいと思います」
鳥羽は一瞬、キョトンとした顔になったけど……ゆっくりと、微笑んだ。
「参ったな」
そんな年に近付いてきてるんだな、やっぱり──なんて呟くと、眼鏡を外し、じっくりとそれを見つめる。
「これだよ。……うん、これだった。この老眼鏡が、あの人の象徴みたいなものだった」
「よく、似合ってましたよね」
静かな時間が、部屋に満ちる。
二人、穏やかに、微笑む。
「僕は、穴を埋めたかったんだ、君で」
「はい」
「君とやり合う事で、教授の消えた……この空っぽの部屋を、埋めたかったんだよ」
──お互いの持つ、思い出と、教授への想いで……。
私は、ゆっくりと、頷いた。
「これから、またどんどん埋めていけばいいじゃないですか」
また、鳥羽はキョトンとした顔で私を見つめた。
「この部屋は、沢山の、キラキラとした思い出で埋まってます」
だから、私たちから、教授の存在は消えたりなんかしない。絶対に。
「私たちは、教授の事が大好きだった。そんな二人が巡り会えただけで、慰めになるとは思うんです」
「急にどうしたんだ? あんなに僕の事嫌っていただろう?」
鳥羽は苦笑いを浮かべて、こちらを見つめる。
困った様な、嬉しい様な、そんな、笑みで。
「私、また毎日この研究室に通います」
「それで?」
「アナタと、もっと堂本教授との思い出を、埋め尽くしたいんです」
鳥羽は小さく、クスリと笑った。
「これから、もっと……ね」
「きっとこの部屋に溢れ返りますよ。二人分の、思い出は」
「ははっ。そうだな。……うん、そうだ」
私は一歩、歩み寄る。
「これから、よろしくお願いします」
手を、差し伸ばす。
「……あぁ、よろしく」
私たちはやっと、手を繋いだ。
その繋いだ手の温もりを、私は一生忘れない。
全てが盲目の星が仕組んだ事だとしたら、なんとなく皮肉に感じてしまうけれど……。
でも、今ならそれもありなんじゃないかと思う。
別れがあり、出会いがある。
それが人生だ。
そして……私たちは、前に進まなきゃ、いけない。
失った人の面影を時に、振り返りながら。
今度は二人、手を、繋いで……──
終
図書館が閉館になり、私の足は、いつの間にか研究室へと向かっていた。
ドアをそっと開けると、鳥羽は椅子の上でうとうとしていた。
そういえば……堂本教授もこんな風に、読みかけの本を片手にうとうとしていたっけな、と思い出す。
あの頃は、そんな姿すら愛しくてたまらないものだった。
本当に幸せだったし、最高の恋だったと今なら胸を張って言える。
堂本教授の面影が、またこの部屋に現れても、もう、戸惑わない。
私は鳥羽の元にそ、と近寄って……眼鏡ケースから老眼鏡を取り出すと、それを彼にかけてみた。
やっぱり、なかなかに似合っている。堂本教授にも似ているかもしれない。
思わずくすくす笑っていると、鳥羽が目を覚ました。
少し、寝ぼけている。
「……あ? あぁ、君か──って、うん?」
「その眼鏡、やっぱりアナタが持っていた方がいいと思います」
鳥羽は一瞬、キョトンとした顔になったけど……ゆっくりと、微笑んだ。
「参ったな」
そんな年に近付いてきてるんだな、やっぱり──なんて呟くと、眼鏡を外し、じっくりとそれを見つめる。
「これだよ。……うん、これだった。この老眼鏡が、あの人の象徴みたいなものだった」
「よく、似合ってましたよね」
静かな時間が、部屋に満ちる。
二人、穏やかに、微笑む。
「僕は、穴を埋めたかったんだ、君で」
「はい」
「君とやり合う事で、教授の消えた……この空っぽの部屋を、埋めたかったんだよ」
──お互いの持つ、思い出と、教授への想いで……。
私は、ゆっくりと、頷いた。
「これから、またどんどん埋めていけばいいじゃないですか」
また、鳥羽はキョトンとした顔で私を見つめた。
「この部屋は、沢山の、キラキラとした思い出で埋まってます」
だから、私たちから、教授の存在は消えたりなんかしない。絶対に。
「私たちは、教授の事が大好きだった。そんな二人が巡り会えただけで、慰めになるとは思うんです」
「急にどうしたんだ? あんなに僕の事嫌っていただろう?」
鳥羽は苦笑いを浮かべて、こちらを見つめる。
困った様な、嬉しい様な、そんな、笑みで。
「私、また毎日この研究室に通います」
「それで?」
「アナタと、もっと堂本教授との思い出を、埋め尽くしたいんです」
鳥羽は小さく、クスリと笑った。
「これから、もっと……ね」
「きっとこの部屋に溢れ返りますよ。二人分の、思い出は」
「ははっ。そうだな。……うん、そうだ」
私は一歩、歩み寄る。
「これから、よろしくお願いします」
手を、差し伸ばす。
「……あぁ、よろしく」
私たちはやっと、手を繋いだ。
その繋いだ手の温もりを、私は一生忘れない。
全てが盲目の星が仕組んだ事だとしたら、なんとなく皮肉に感じてしまうけれど……。
でも、今ならそれもありなんじゃないかと思う。
別れがあり、出会いがある。
それが人生だ。
そして……私たちは、前に進まなきゃ、いけない。
失った人の面影を時に、振り返りながら。
今度は二人、手を、繋いで……──
終
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
✿ 私は彼のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい
設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀
結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。
結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。
それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて
しなかった。
呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。
それなのに、私と別れたくないなんて信じられない
世迷言を言ってくる夫。
だめだめ、信用できないからね~。
さようなら。
*******.✿..✿.*******
◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才 会社員
◇ 日比野ひまり 32才
◇ 石田唯 29才 滉星の同僚
◇新堂冬也 25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社)
2025.4.11 完結 25649字
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる