19 / 34
7「祝福」
しおりを挟む
ハガネに水城マリの事件の一報が入る少し前、アオは一人でラーメンを食べていた。
この地域によくあるチェーン店で、店内はかなり広い。時間が微妙な事もあって客は疎らで、その中でも周りに誰も居ないテーブルを選んでいた。
アオは豚骨ラーメンを啜りながら、誰かに電話を掛けている。
「スイ、聞きたいことが有るんだ。三色駅の事故についてなんだけど」
「アオか。こんな時に掛けてくるなよ」
「こんな時だからだよ。証拠が残るメッセージはマズいでしょ?」
「ったく……ちょっと待て、人のいないところに行くから」
「了解」
アオはチャーシューを咀嚼しながら、スイが移動するのを待つ。
電話の向こうでは、けたたましくサイレンが鳴っている。詳しくは聞き取れないが、怒鳴り声とざわめきから、かなりの人数が集まっていると思われた。
「………………大丈夫だ。で、駅の事故だっけ?」
「そう」
程なくして、電話口からスイの声が返ってくる。アオが応えると、スイは祝福を送った。
「喜べ、アオ。水城マリは死んだ。要するに、お前の復讐は終わったって事だよ。取り敢えず、めでてえよな」
「事故で解決しそう?」
「自殺かね。出来るだけそういう方面で済ませる」
「本気でそういう方面にしてよ」
「つっても、最近の犯行と同じ手口だ。お前が犯人になる事は無いんだろ?」
「ないね。でも、僅かな可能性も残したくない」
「そりゃそうだな。俺も足が付かない程度に、全力でやらせてもらうよ」
「ありがとう。ところでスイ。俺の復讐が終わりって言った時に、引っかかる言い方しなかった?」
アオは軽く水を飲んだ。『取り敢えず、めでてえよな』という、スイの言葉の引っ掛かりを問い詰める。
「気付いたか。流石だな」
「どういう事?」
「確かにお前の親父さんを自殺に追い込んだ連中は、全員殺した……というか、死んだ。でも考えてみろ。当時高校生だか中学生だかの奴らだぞ。あいつ等だけで大逸れた事できると思うか?」
「……言いたい事は分かったけど、なんでそれを今まで言わなかったの?」
「お前の役割は実行犯を家出させる事だ。それ以上でもそれ以下でもなかった」
また役割だ。
スイは役割に拘る。女子大生を殺す役割。学生という役割。女子高生を紹介する役割。自分の言うことを聞く駒という役割。指示を出す側としては、それが楽だからなのか?スイはアオに役割を振り、それを逸脱する事を異常に嫌う。
今回についてもパパ活グループの元締めへの干渉の役割を与えていなかったから、そこに到達できる情報を割り振らなかったのだろう。
「あくまでも実行犯は女子大生共だ。お前だってプロじゃねーんだから、実行犯共を家出させるだけで十分と思ったのさ」
「事情が変わったの?」
「パパ活の元締めやってた奴が、お前の犯行に感付いているらしい。そいつを放っておけば、いずれお前に辿り着く」
「でも売春グループの元締めなんて、ヤクザか半グレの組織でしょ?俺の手には負えないよ」
「いや、お前に近付いて来てる奴自体は、元チンピラだ。グループにも属していない。白崎ハガネって名前に聞き覚えはないか?」
聞き覚えのある名前が出てくる。酷く口が乾く。
アオは生唾を呑んだことを悟られないように、一息に残りの水を飲みほした。
「ハガネって、俺を付け回してる探偵?」
「探偵……そういや探偵の真似事なんてしてたな。会った事が有るのか?」
「まあ……」
キツネのような顔をした、背の高い男を思い出す。
荒事に慣れた雰囲気の男だった。尾行も殆ど気配が無く、慎重な男のように思えた。
「俺に大の男を殺すなんて、無茶だよ」
「ま、テメーはか弱い女専門だしな」
「嫌味だね」
「ま、厳しいとは思うが、殺らなきゃ殺られる状態だ。お前がやるしかねーんだよ。正味の話、手助けもできねーし」
「なんでさ?」
「白崎は元チンピラとは言え、今は立派な社会人だ。暇な女子大生達と違って、社会的な役割ってものがある。だから、居なくなったら騒がれるんだよ。俺はそれのフォローで手一杯」
「じゃあ、無理じゃないか。自分より力が強くて、荒事に成れてて。フラフラ遊び回ってる女子大生と違って、簡単には近づけないし、消せない。何よりこっちのモチベーションが……」
「モチベーション?」
「大した意味じゃない。復讐は女子大生達だけだと思ってたから」
アオは慌てて誤魔化した。
「一休みしたいってか?まあ、いいから聞け。一応白崎には弱点があるんだよ」
「弱点?雷属性に弱いとか?」
「ふざけずに聞けや」
「分かったよ」
アオはラーメンを啜りながら話を聞く。
スイが得意気に披露する白崎の暴露話を、麺と一緒に飲み込んでいく。始めは真面目に聞いていたアオだったが、話が進む内に微妙な顔になっていった。
「考えただけで、不安になる策だね」
「そうか?使い易いじゃないか、色々と」
「いや、闇が深いなと思って」
「ま、人間なんてそんなもんだ」
アオが溜息を吐くと、スイは楽しそうに笑った。
「取り敢えず、今日取りに行くよ」
「今からか?」
「こういうのは、いつ必要になるか分からないから。不測の事態に備えたい」
「…分かった。仕事抜け出せるようにしとく。近くに来たら、ワン切りしてくれ」
「ん?家にあるんじゃないの?」
「今、持ってる。不測の事態に備えてな」
「趣味が悪いね。駅に行けばいい?」
「ああ。じゃあ、またな」
「了解」
アオは電話を切ると、残っている麺を急いで食べ切った。麺は伸びていたが、マズいと感じる余裕も無かった。
余韻も無く会計を済ませ、足早に自動ドアを潜る。寒空に舞う風に、一つ身震いした。
ふと空を見上げ、思い出す。アカネの捕食を見たのも、こんな寒い日だった。状況が1つ進んだことに気が緩みそうになるが、環境が変わった訳でもない。
まだまだ透明な水底に閉じ込められたまま。重苦しく支配されたままだ。
「大人の塞いで身動きできなくされて、大人に都合よく使われるなんて我慢ならないよ。それが自由というヤツなのかは分からないけど、好きに生きさせてもらうさ」
この地域によくあるチェーン店で、店内はかなり広い。時間が微妙な事もあって客は疎らで、その中でも周りに誰も居ないテーブルを選んでいた。
アオは豚骨ラーメンを啜りながら、誰かに電話を掛けている。
「スイ、聞きたいことが有るんだ。三色駅の事故についてなんだけど」
「アオか。こんな時に掛けてくるなよ」
「こんな時だからだよ。証拠が残るメッセージはマズいでしょ?」
「ったく……ちょっと待て、人のいないところに行くから」
「了解」
アオはチャーシューを咀嚼しながら、スイが移動するのを待つ。
電話の向こうでは、けたたましくサイレンが鳴っている。詳しくは聞き取れないが、怒鳴り声とざわめきから、かなりの人数が集まっていると思われた。
「………………大丈夫だ。で、駅の事故だっけ?」
「そう」
程なくして、電話口からスイの声が返ってくる。アオが応えると、スイは祝福を送った。
「喜べ、アオ。水城マリは死んだ。要するに、お前の復讐は終わったって事だよ。取り敢えず、めでてえよな」
「事故で解決しそう?」
「自殺かね。出来るだけそういう方面で済ませる」
「本気でそういう方面にしてよ」
「つっても、最近の犯行と同じ手口だ。お前が犯人になる事は無いんだろ?」
「ないね。でも、僅かな可能性も残したくない」
「そりゃそうだな。俺も足が付かない程度に、全力でやらせてもらうよ」
「ありがとう。ところでスイ。俺の復讐が終わりって言った時に、引っかかる言い方しなかった?」
アオは軽く水を飲んだ。『取り敢えず、めでてえよな』という、スイの言葉の引っ掛かりを問い詰める。
「気付いたか。流石だな」
「どういう事?」
「確かにお前の親父さんを自殺に追い込んだ連中は、全員殺した……というか、死んだ。でも考えてみろ。当時高校生だか中学生だかの奴らだぞ。あいつ等だけで大逸れた事できると思うか?」
「……言いたい事は分かったけど、なんでそれを今まで言わなかったの?」
「お前の役割は実行犯を家出させる事だ。それ以上でもそれ以下でもなかった」
また役割だ。
スイは役割に拘る。女子大生を殺す役割。学生という役割。女子高生を紹介する役割。自分の言うことを聞く駒という役割。指示を出す側としては、それが楽だからなのか?スイはアオに役割を振り、それを逸脱する事を異常に嫌う。
今回についてもパパ活グループの元締めへの干渉の役割を与えていなかったから、そこに到達できる情報を割り振らなかったのだろう。
「あくまでも実行犯は女子大生共だ。お前だってプロじゃねーんだから、実行犯共を家出させるだけで十分と思ったのさ」
「事情が変わったの?」
「パパ活の元締めやってた奴が、お前の犯行に感付いているらしい。そいつを放っておけば、いずれお前に辿り着く」
「でも売春グループの元締めなんて、ヤクザか半グレの組織でしょ?俺の手には負えないよ」
「いや、お前に近付いて来てる奴自体は、元チンピラだ。グループにも属していない。白崎ハガネって名前に聞き覚えはないか?」
聞き覚えのある名前が出てくる。酷く口が乾く。
アオは生唾を呑んだことを悟られないように、一息に残りの水を飲みほした。
「ハガネって、俺を付け回してる探偵?」
「探偵……そういや探偵の真似事なんてしてたな。会った事が有るのか?」
「まあ……」
キツネのような顔をした、背の高い男を思い出す。
荒事に慣れた雰囲気の男だった。尾行も殆ど気配が無く、慎重な男のように思えた。
「俺に大の男を殺すなんて、無茶だよ」
「ま、テメーはか弱い女専門だしな」
「嫌味だね」
「ま、厳しいとは思うが、殺らなきゃ殺られる状態だ。お前がやるしかねーんだよ。正味の話、手助けもできねーし」
「なんでさ?」
「白崎は元チンピラとは言え、今は立派な社会人だ。暇な女子大生達と違って、社会的な役割ってものがある。だから、居なくなったら騒がれるんだよ。俺はそれのフォローで手一杯」
「じゃあ、無理じゃないか。自分より力が強くて、荒事に成れてて。フラフラ遊び回ってる女子大生と違って、簡単には近づけないし、消せない。何よりこっちのモチベーションが……」
「モチベーション?」
「大した意味じゃない。復讐は女子大生達だけだと思ってたから」
アオは慌てて誤魔化した。
「一休みしたいってか?まあ、いいから聞け。一応白崎には弱点があるんだよ」
「弱点?雷属性に弱いとか?」
「ふざけずに聞けや」
「分かったよ」
アオはラーメンを啜りながら話を聞く。
スイが得意気に披露する白崎の暴露話を、麺と一緒に飲み込んでいく。始めは真面目に聞いていたアオだったが、話が進む内に微妙な顔になっていった。
「考えただけで、不安になる策だね」
「そうか?使い易いじゃないか、色々と」
「いや、闇が深いなと思って」
「ま、人間なんてそんなもんだ」
アオが溜息を吐くと、スイは楽しそうに笑った。
「取り敢えず、今日取りに行くよ」
「今からか?」
「こういうのは、いつ必要になるか分からないから。不測の事態に備えたい」
「…分かった。仕事抜け出せるようにしとく。近くに来たら、ワン切りしてくれ」
「ん?家にあるんじゃないの?」
「今、持ってる。不測の事態に備えてな」
「趣味が悪いね。駅に行けばいい?」
「ああ。じゃあ、またな」
「了解」
アオは電話を切ると、残っている麺を急いで食べ切った。麺は伸びていたが、マズいと感じる余裕も無かった。
余韻も無く会計を済ませ、足早に自動ドアを潜る。寒空に舞う風に、一つ身震いした。
ふと空を見上げ、思い出す。アカネの捕食を見たのも、こんな寒い日だった。状況が1つ進んだことに気が緩みそうになるが、環境が変わった訳でもない。
まだまだ透明な水底に閉じ込められたまま。重苦しく支配されたままだ。
「大人の塞いで身動きできなくされて、大人に都合よく使われるなんて我慢ならないよ。それが自由というヤツなのかは分からないけど、好きに生きさせてもらうさ」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
【電子書籍化】ホラー短編集・ある怖い話の記録~旧 2ch 洒落にならない怖い話風 現代ホラー~
榊シロ
ホラー
【1~4話で完結する、語り口調の短編ホラー集】
ジャパニーズホラー、じわ怖、身近にありそうな怖い話など。
八尺様 や リアルなど、2chの 傑作ホラー の雰囲気を目指しています。現在 150話 越え。
===
エブリスタ・小説家になろう・カクヨムに同時掲載中
【総文字数 800,000字 超え 文庫本 約8冊分 のボリュームです】
【怖さレベル】
★☆☆ 微ホラー・ほんのり程度
★★☆ ふつうに怖い話
★★★ 旧2ch 洒落怖くらいの話
※8/2 Kindleにて電子書籍化しました
『9/27 名称変更→旧:ある雑誌記者の記録』
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる